ブルーアーカイブの隅っこで   作:カピバラバラ

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許されぬ欲と罪業

冷たい鉄格子の向こう側に見えるのは、私の先生。

 

 

私が魔女である事を受け入れて、それでいて大切な生徒だと言ってくれた人。

 

 

点滴をぶら下げながら、病服で、ここに来た。

 

 

私はそんな価値なんて無いのに。

 

 

 

 

 

 

“まずは、謝まりたいんだ……本当にごめん”

 

 

「……いきなり来て、最初に言う言葉がそれ?ここに来るの大変だったでしょ?ナギちゃんが目を光らせてるから」

 

 

“それでも私はミカにいち早く会わなくちゃいけなかった、ミカが背負ったモノの、貴方がどんな子かって知ってるから……謝りたくて”

 

 

「…なんで謝るの?全部先生のおかげで丸く治まって、トリニティはこのままエデン条約を締結できる、何を謝ることが……」

 

 

“ミカが抱いたその憎しみが貴方を燃やし尽くしたのは、私の責任だからだよ”

 

 

「……」

 

 

“まず一つ、動機が無かった、アリウスを最初は知らなかったミカがここまで至った動機”

 

 

“アリウスを踏み台に、黒服を利用し、親友までも手中に収めてまで……ミカは、何をしたかったのか”

 

 

それは、彼女が言い続けているたった一つの事。

 

 

「ゲヘナは嫌い、それは変わらないよ?」

 

 

“ミカ、貴方は本気でゲヘナを滅ぼそうとした、トリニティを道ずれに”

 

 

ゲヘナだけじゃない、ゲヘナとぶつかり合う事でトリニティすら彼女は滅ぼそうとしていたのだ。

 

 

「…………あは☆」

 

 

“その前にアリウスが干渉した事で、貴方の憎しみはゲヘナとアリウスに集中したけれど、最初の予定はトリニティすら呑み込む怪物(リヴァイアサン)となる事だったんだね”

 

 

魔女を超え、羽化し、ミカはキヴォトスで怪物に生まれ変わろうとしていた。

 

 

「先生の推測通りだよ、そしてそんな私には価値なんて無い、ナギちゃんや先生が頑張ってるけれど……私は処断されるべき悪魔なの」

 

 

「…はぁ……それで?そんな私に結局先生が謝る理由って、何?」

 

 

 

“貴方がそうやって滅びを心から祈ってしまった責任が、私にはあるから”

 

 

 

『心から』何かをする事は難しい。

 

 

ましてや、憎しみというものは継いで継いで、その種火が消えない様に心を燃やし尽くす事で漸く『心から』憎める事が出来る。

 

 

それを祈る事で成し遂げた。

 

 

『心から』祈る。彼女が憎む全てが滅ぶ事を祈る、憎しむ相手に対して祈る、彼女の…聖女をも超える祈りの力は奇跡を起こした。

 

 

 

“黒服の言葉通り、私達大人は世界を形作る責務がある、そしてその責任も本来は背負うべきものだ”

 

 

 

“だから謝らなくちゃいけない、ミカがこれ以上自分を殺さないように”

 

 

 

“…私は、ミカがどうしてそこまで憎しみを抱いているのか、何があったのか、貴方の悪い所を今から見つけなくちゃいけないくらいに遅かった”

 

 

 

“けど………ミカが優しい事は、知ってるから”

 

 

 

ーー祈りとは。

 

 

祈りとは、己の欲を願うものでは無い。

 

 

祈りとは、誰かの為に行う事だ、誰かが救われて欲しいから、自分だけでも味方でありたいと、救いでありたいと、『誰かの為に祈るモノ』なんだ。

 

 

だから貴方はきっと、私が見た事も無いくらいに眩しい(優しい)

 

 

 

“貴方を見つけるのが遅くなって、本当にごめんなさい”

 

 

 

「………………」

 

 

 

「………赦さないでよ、先生」

 

 

これを贖罪と受け取ってしまう所が、貴方の悪い癖かもしれない。

 

 

けれど、それなら私は貴方の手を取らなくちゃ。

 

 

“ミカの為なら私は何だってするよ”

 

 

「何だってって……あんまりそういう事……」

 

 

“まだミカが泣いているからね”

 

 

 

泣いていたから。

 

 

生徒が生徒であるために、人生を謳歌する為に、その命が祝福される様に。

 

 

私も、祈りたい。泣いている貴方の為に。

 

 

 

 

「……またでた、先生の謎の精神論……うん、でも…ありがとう先生」

 

 

 

 

 

 

「私、ちゃんと泣けてるかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“……暖かいな”

 

 

 

トリニティのベンチで休憩を挟む、体力だけを戻してくれたと言っていたが……ここまで身体を動かせる様になるとは思ってもいなかった。

 

 

“……”

 

 

木々の間を抜けて差し込む光が、丁度上半身を照らして程よく暖かい。

 

しかし、ここに到るまでに大分無茶をしてしまった、傷を隠し続けられなくなる日も近い。

 

 

“いてて”

 

 

元から消えていなかった傷は更に深く刻まれ、胸の火傷跡は一部崩壊を始めている、アロナが居なければ現状維持も難しい所だが…平常に動ける様になるのも無理だろうな、足も直せない。

 

 

カードを使いすぎた、不可逆の傷は増えるばかり、治せる傷は全て救護騎士団のおかげで治ったけれど……。

 

 

“ずっとごめんね、アロナ”

 

 

「……」

 

 

今の私の身体の状態を知っているのはただ一人、アロナだけ。救護騎士団による全ての処置を終えた後、誰にも知られず再び壊れかけた私の身体を一人で修復し続けていたのはアロナだ。

 

 

残りの時間は……後、どれだけ残されているのか。

 

 

そんな事を考えても仕方が無いし、思考も今は纏まらない、ツバキに教えてもらった日光浴は……心地好くて眠たくて……うつらうつらと…。

 

 

 

“……デミ…………”

 

 

 

天を仰いでも答えは返ってーー…。

 

 

“……おっと”

 

 

舞って落ちた葉が顔にかぶさってきたので、摘んで軽く放り投げる。

 

 

その葉がまた風に運ばれて、遠くへ飛んでいきそうになった。

 

 

「よいしょ」

 

 

それを手早く掴んで私の頭に乗せてくる子が現れた。

 

 

“イチカ”

 

 

「朝振りっすね、先生……体調、悪いんすか?」

 

 

“あはは、大丈夫だよ……暖かくて眠たくなっちゃっただけ、そんな感じに見えちゃったかな?”

 

 

柔らかい笑みで返したのに、イチカはいつも通りには笑ってくれなかった。

 

 

手には私が以前勧めて、やってみると返してくれたからプレゼントしたギターが握られていて…

 

 

もしや……練習して聞かせに来てくれたとか?…嬉しいな。

 

 

“ギター、続けてくれてるんだ”

 

 

「…そこまで頻繁に持ち出してる訳じゃないっすけど」

 

 

“隣、座るかい?”

 

 

「失礼するっす」

 

 

ベンチの隣の空白が埋まる、少し憂鬱だった気持ちも晴れてきた。

 

 

持ってきてくれたギターはベンチの背面に立て掛けてしまって、聞かせてくれるだなんて恥ずかしい妄想をしてしまったなぁ…。

 

 

「……先生…前に夢中になれるものを一緒に探してくれて、私も一人で何か無いかなって…それで、ちょっとしたゲームしません?」

 

 

イチカにしては珍しいゲームの提案、受けるしかない。

 

 

“ゲーム?良いよ、どんなの?”

 

 

「……あ〜…その、あっち向いてホイ?」

 

 

“あはは!なんで疑問形なのかは置いといて…イチカが自分で夢中になれるものを探している事がとっても嬉しいよ、あっち向いてホイね、よしやろう!”

 

 

「…………」

 

 

元気にイチカの方を振り向いて顔と顔を合わせると、イチカが無表情で固まっていた。

 

 

“…え、えっと…あれ?嫌だった?イチカ…?大丈夫?”

 

 

「……ぁ…な、何も…」

 

 

「何も、無いっすよ、大丈夫っす」

 

 

“……イチカ?”

 

 

「何も………無い…ですから…」

 

 

“その…ごめんね……イチカが泣いている理由が…”

 

 

「……理由なんて…知らなくて良いです…あっち向いてホイ、しましょう」

 

 

その後、泣きながら縋り付くイチカを慰めながらゲームを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに苦しまなきゃならないのなら。

 

 

「……」

 

 

これだけ悲しまなきゃならないのなら。

 

 

「………」

 

 

貴方に■なんてしなければ良かった。

 

 

「……はぁ…みっともない…」

 

 

思わず感情的になったしまったけれど、あれは仕方ないと思っておこう。

先生は知らないだろうから、自分が死にかけで倒れた時、私を含めたみんながどんな気持ちでいたかなんて。

 

どれだけみんな死んだ顔していたと思う?気絶して目覚めた私が最初にベットで見た先生の姿が死体と見間違うほどにボロボロだった時、どんな想いだったと思う?そんなことを聞いてもきっと無駄だろうけど…。

 

 

気絶させられて、惨めに負けて起きたらこれで、謝りたいのはこっちの方だったのに泣いちゃって…。

 

 

“みっともないだなんて…大丈夫、泣きたいくらい悲しい事があったのなら…私に相談しても良いよ、任せて”

 

 

「……」

 

 

挙句の果てに、コレだ。

 

 

ただ、ベンチに座ってるだけなのに、もう死んでいるのかと思えるほど静かで、弱々しい貴方を心配して……それで、聞こえてきた言葉が同僚の名前だった時……どうすればいいのか、はぁ…乙女って案外傷つくんすよ?

 

 

「先生には分かんない事っすよ」

 

 

“え〜?”

 

 

「それより、知りたい事あるんじゃないっすか?例えば…デミちゃんの事とか」

 

 

“……ん、力を貸してくれるのなら、是非”

 

 

……。

 

 

「……デミちゃんに起きた事を話すのなら簡単なんすけどねぇ、結果がややこしいんすよ、誘拐されたってだけで済ませられないというか」

 

 

“誘拐、それに結果?”

 

 

「まぁまずこの出来事を思い出したのがこの前の事件の時っていう不思議な事が起きてんすけど……先生の方がそこには詳しそうっすね?」

 

 

“あ〜…そうだね、色々と心当たりが…”

 

 

………。

 

 

「彼女、ハチャメチャに強いんすよ、それと彼女なりの正義心が災いしてゲヘナとトリニティの両校の黒い奴らに目を付けられちゃって」

 

 

「出る杭は打たれる、人格も良ければ強さは時期部長レベル、けれど頭はそこまで……トリニティのお嬢様方はそういう所見逃さないんすよね」

 

 

“見逃さ無いって事は……いじめかい?”

 

 

「それは先生が撲滅しちゃったじゃないですか、以前からも無かったっすよ」

 

 

“……そうだね”

 

 

「恨みを買ったってだけですけど、トリニティとゲヘナは……デミちゃんを潰す為に一時的に『手を組んだ』」

 

 

“!?”

 

 

「あの時代にしても衝撃的な事っす、両校は『共通の敵』を持つ事で結託した……一年生の終わりの時期に何ヶ月もの間その姿を消したデミちゃんは…なんと、二年生の始業式に普通に帰ってきました」

 

 

「そして、本人は一切合切の記憶を失って」

 

 

摩訶不思議、狐に化かされたかと思った。

 

 

“……”

 

 

「はは、訳分からないっすよね?証拠も証言も、犯人達の逮捕も全て終わった後でも、誘拐されたデミちゃんは見つからなかった」

 

 

「犯人達をツルギ先輩がそれはもう尋問しまくったんすけど……答えた場所に彼女は居なくて、犯人達もそれ以上の事は本当に知らないと」

 

 

「……これ、どう思います?先生」

 

 

“…ありがとう、イチカ、話を聞かせてくれて……私にはまだ分かんないかな、少し調べてから…ーー”

 

 

…………。

 

 

「嘘ですよね」

 

 

“…”

 

 

「先生は、私の知らないデミちゃんを知っている」

 

 

そうでなきゃ、どうして、どうしてあんな顔をして彼女の名を呼ぶのか。

 

 

「答えてくれませんか」

 

 

“ごめん…イチカ、今は…”

 

 

「私には答えられませんか」

 

 

“………”

 

 

違う、こんな風に当たる為に話した訳じゃない、本当は……分かっている、それを知れば私が傷つくからだ。肉体的にも精神的にも。

 

 

“イチカは優しいから、きっとデミの為に動く”

 

 

「そうですね、そしてそれよりも先生は私の身の為を考える」

 

 

「私達よりも圧倒的に弱くて、転ぶだけで命を落とすような人が、私でも命を落とす様な場所へ行こうとする」

 

 

「私を置いて」

 

 

簡単な事だ、今回起きた事件で唯一その姿を消したのが羽音デミ、それを先生が許容するだろうか?

 

 

「先生は無茶苦茶っす、分かってないとでも……いえ、私が分かっていることも承知で黙ってますよね」

 

 

先生の目の届く範囲で彼女は消えた、それはきっと想像よりも重い意味を持っている。あの黒い蛇に対しても……どれだけ詮索をしたと…!…ナギサ様ですら何も分からなかった。

 

 

けど、一つ分かる事は先生がデミちゃんに関われば関わる程怪我を負うという事。

 

 

「そんなボロボロになって、死にかけてまで」

 

 

“イチカ…”

 

 

「いっそこのまま…」

 

 

先生の手首に手を伸ばす。

 

 

先生が誰も見なくなる様に、誰にでも手を差し伸べて死にかけ無いように、このまま…。

 

 

このまま、連れ去ってしまおうか。

 

 

誰も知らない、誰の手も届かない場所で、私だけと一緒に。

 

 

「このまま、私が先生を力ずくで抑えれば、先生は抵抗すら出来ません」

 

 

「私だけじゃないっすよ、キヴォトスの住民なら誰でも先生を片手間に傷つけられる」

 

 

「忘れないで下さい、先生は弾丸一発所か、何が原因で命を落とすか分からない、この後階段でコケて死ぬかもしれない」

 

 

抜け駆けなのは分かっている、皆が先生にこうしたい事も理解している。私も偶然昼休みに見かけただけだ、偶然見つけて、偶然聞いた。

それだけなのに、こんなに苦しい。

 

 

「自分を大切にするのがそんなに難しいっすか?それなら私が……」

 

 

「……私が、先生を…」

 

 

手首を掴む力がどんどん強くなってしまう。

 

 

“イチカ、聞いてくれるかい?”

 

 

「……」

 

 

“私は…バカなんだ、大バカ、貴方達の気持ちを分かって尚、走る事を止められない、大切な貴方達の事が……本当に何よりも大切で、愛おしい”

 

 

“それなのに、貴方達が傷つく事を分かっていて私は自分を大切に出来ない”

 

 

「ッ!」

 

 

“生徒が生徒である為に、皆が世界の悪意に苦しめられる事の無いように、走らなきゃ……だから、ごめん”

 

 

「…………」

 

 

分かっていたからこそ、辛いなぁ…。

 

 

「…ごめんなさい、先生…手ぇ大丈夫っすか?」

 

 

“大丈夫だよ、私の方こそごめんね”

 

 

「……少し、熱くなっちゃいましたね、昼休みも終わるんでそろそろ業務に戻ります、それじゃ」

 

 

“うん、それじゃまた今度”

 

 

泣き腫らした赤い目じりをこさえて、イチカは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後。

 

 

 

 

 

 

正義実現委員会 ロビー。

 

 

 

 

 

「…はぁ、二人とも」

 

 

「えっと、そのぉ」

 

 

「……」

 

 

「中々良い度胸をしていますね、備品の戦車を盗もうとするなんて」

 

 

ハスミにしっっかりと怒られている補習部二人、ヒフミとアズサが問題を起こしていた。

 

 

「ぬ、盗むなんてそんな!」

 

 

「では、何の為に…」

 

 

「それは……勿論、アズサちゃんに」

 

 

「アズサさんに?」

 

 

「海を見せる為です!」

 

 

「…はい?」

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