1回目は祖国崩壊後の地獄のような内戦の果てに英雄として新たな国を建国した自分の国の大統領やってました。
……20年後に完全に国家として破綻して、カーナに先に自殺されたので絶望して拳銃自殺しました。
そんな彼が、あからさまにユーゴスラビアな感じの共産主義国家『ヒルトリア』の士官学校の生徒だった時代に意識だけ戻って仲間たちとやり直す話、それが『約束の国』となります。
ジャンルはレフトノベルだそうな。そして作者は幼女戦記の人だ。
僕が最後にジン……ジグルド・シュリンクと会ったのは、もう2年も前になる。
「よう。久しぶり。元気にしてたか?ダード。ちょっとさ、二人で飲みに行かないか?」
もう30年以上あってなかったはずのジンは、ひょっこりと僕の前に姿を現した。
どれだけ探しても痕跡が見つからなかったなんて、嘘だとでも言うように。
「ジン……?まさか、お前、ジンなのか!?」
「おうよ……しっかしお前、鍛えちゃいるみたいだが、やっぱ老けたなあ。まるであの偉大なる同志トルバカインみたいだ」
記憶にある姿より大分横幅がデカくなり、顔にシワが増え、黒かった髪の毛は灰色になっていたが、見間違えようもない。
その、どこか世界をあざ笑っているかのような皮肉気な笑みは変わらなかったから。
「お前が言うなよ。ジン、随分と太ったじゃないか。あの頃はもっとシュッとしてたのに」
「うっせえ。男はな、おっさんになったら太るもんなんだよ」
お互いの軽口で笑いあう。そこには僕らが士官学校にいた1980年の頃から変わらない、40年ものの友情が確かにあった。
「それで、どうだ?その、ちょっと二人だけで話がしたいんだ」
「分かった。僕の城で飲もう。それでいいかい?」
それは多分危険なことなんだろう。数十年ぶりかで再会した、かつてのエリート軍人。この世界だとどんな『進化』を遂げてるかわかったもんじゃない。
優秀な軍人は、新しい技術に貪欲だ。恐らくはジンも『悪魔業界』に関する何かを得ている可能性が高い。
僕とカーナ、そしてサーシャが戦争と暗闘の中で『デモニカ』の扱いを覚えたように。
だから、これは譲歩だ。僕の本拠地で、何かあったらすぐに誰かが飛んでくるし、敵ならば生きては帰れない場所。
そこでなら、かつてのように男二人で飲むことも出来ると。
……まったく、下手に地位を得てしまうと面倒ばかりが増える。僕がただのエージェントだったらその辺の飲み屋で焼き鳥でもかじりながら談笑できただろうに。
「ああ、カーナ。俺だ、ダードだ。ちょっと飲みに行くことになった。晩御飯はいらない……うん。わかった。タナにもそう伝えておいてくれ」
だが、それでも僕は、男同士の話がしたいというジンを信じたかった。皮肉屋でおふざけばかりだったが、高潔な男だった。
そいつが暗殺だの拉致だのするだなんて、信じられない……否、信じたくないのだ。
「おう。頼むぜ。ここは寒くてかなわん。ヒルトリアみてえだ……酒とつまみはデパートで適当に買ってくか」
「だな。ちょうどこの時間なら半額惣菜が売りだす頃だ。節約にもなる」
今の時間は狙い時だ。そう思い口に出した。そうしたら、ジンに笑われた。
「半額惣菜!?いやはやそうだった。日本にはそういうのがあるんだったな!味に違いはない高級な料理が賞味期限が近いから半額で買える!実に資本主義的でいい話だ!」
「なんだよ。そりゃあ金はあるけど、それは節約をしなくていいって意味にはならないだろ?」
最近は大分入用なのだ。東京では色々と無茶をしていたらしいニコも春には旭川に戻ってきて地元の大学に通うという。
ついでに東京で知り合ったお嬢さんを何人か連れ帰るからとか言ってるあたり、同志ニコラオスの名前を付けたのは失敗だったかもしれない。
組織の金は組織のものだし、裏の業界で稼いだ金は、裏の業界で使う。表のことでいる金は表で稼いだ分で賄う。
それが、僕とカーナで決めた約束だ。だから僕らの家の生活費はただの地方公務員1人分の給与と、赤字と黒字の境目辺りにあるカラジョルジョの収益で賄っている。
……そんな暮らしでもかつてのヒルトリアでの『
「しかしタナってのは?確かタナは」
「僕とカーナの娘だよ。本田ターチヤナ。まあ、妹には全然似てないけどね」
そう、この日本で産まれた子供にかつての親友と妹の名前を付けたのは、感傷に過ぎない。
どちらも『ヒルトリア人』だった二人とは似ても似つかぬ『日本人』に育った。多分、その方がいいのだろう。
「……そっか。まあ同じ名前だからって同じ人間になるはずもないわな。しかしそっか、タナちゃんか……きっと美人なんだろうな」
しんみりとした空気が流れる。タナ……『ターチヤナ・エルンネスト』のことを思い出しているのだろう。
思えば何度か顔を合わせたはずだ。僕よりもサーシャの方に懐いていたように思う。
『1回目』は僕が撃ち殺してしまった。くだらない民族の誇りと政治的事情で、あの悪夢の如きクナーアン共和国の礎とやらのために。
そして今の『2回目』では崩壊のどさくさで行方不明になってしまった。恐らくはもう生きてはいないだろう。
「お、これ美味そうだな。こっちの酒とあいそうだ」
そんな僕の様子を見て、察したのだろう。勤めて明るくジンは振舞う。
ああ、そういう変なところで気が回るところも変わらないんだな。お前は。
デパートの地下で、ジンが次々と僕の持つ籠に適当に色々と突っ込んでいく。どれもこれも高級な惣菜ばかり。
カーナが見たらため息と共に文句をつけるだろう。全部僕の奢りらしい。今月は苦しくなりそうだ。
ジンは金を持っていなかった。
『アサヒカワまで、剣と魔法の世界を旅してきたので金が無ぇ。なけなしの金入れた財布はドラゴンの炎で焼かれちまったもんでな』とか冗談めかして言っていた。
まあ、久しぶりの再会なんだ。それくらいは出すさ。
それから、市役所に行って酒を飲むことにした。僕の城とでもいうべき『郷土史資料編纂室』で。
市役所の忘れ去れた地下の一室。少しかび臭いが、まあ悪い場所じゃない。セキュリティはばっちりだ。落ち着ける場所でもある。
それに最近はデビルバスターの市民や職員が何かと訪ねてくることも多いから、意外と暇じゃないのもいい。
それと……旧市役所時代からあったここには『火災検知器』が無いのもポイントだ。
「悪いな。お前はもう、やめたんだったか?」
ジンは慣れた手つきで火をつけて美味そうに煙草をふかす。日本の銘柄だ。やはりジンも最終的に『選んだ』のはこの国だったらしい。
日本。ヒルトリア時代には、あのロシア相手に戦争して引き分けまで持ち込み、その後はアメリカ相手に戦争して盛大に負けた国としか知らなかった。
その後は、アメリカに全土を焼野原にされ、核を2発叩き込まれたのにその後はうまく立ち回って世界有数の豊かさを得た『西側の国』としか知らなかった謎の国。
それが今や第二の故郷になっているのは、いつ考えても不思議な話だ。
「構わないさ……一本貰うよ。それくらいは良いだろ」
その美味そうな様子が羨ましくなり、一本拝借。ジンは黙って僕の咥えた煙草に火をつける。
……もう10年は吸っていなかったはずの煙草がすっと肺に入る。少しむせたが、やはり美味かった。
「美味いな」
「ああ、美味い。やはり同志と分かち合う煙草は最高だな」
この歳になると、そんな言葉ばかり出てくる。これが歳を取ったという奴か。
それからはしばらく、穏やかに笑いながら酒を飲んだ。
ジンはしきりに僕の家族のことを聞きたがった。それに気をよくして、僕はこの日本での家族4人での暮らしについて語った。
どれもこれも平凡な思い出ばかりだ……そのためにこの年まで戦い続けてきたんだから、そうでなくては困るのだが。
そうしてひとしきり僕が語り終えたあと。ジンはぽつりぽつりと話し出した。ジンのこれまでの人生のこと。この国での家族のことを。
「ああ、本当はこれですら危険なんだがな。どうしてもやりたかった。すまねえ」
その話は、深々と頭を下げるジンから始まった。
何事か?そう思ってた僕に驚愕の鉄槌が振り下ろされる。
「……オレは、ファントムソサエティでダークサマナーをやってた。ヤタガラスに加わったお前なら、その意味は分かるだろう」
「ダークサマナー!?どうして!?」
そう、この日本の社会に潜む闇の組織。ファントムソサエティ。悪魔を犯罪に使う秘密結社だ。
天海市にあった本拠地ごと主要な幹部含めて組織が壊滅した後は大分大人しくなったが、それでもなおダークサマナーたちは恐るべき怪物として社会の闇に潜んでいる。
紆余曲折の果てに僕が加わった組織であるヤタガラスにとっては不俱戴天の敵と言ってもいい存在だった。
「ファントムにはあちこちで傭兵してた時期に知り合ったグルカ人の傭兵がいてな。そいつに誘われた。危険だが傭兵よりはるかに金になるって」
そう、最初の始まりはありふれたものだった。傭兵なんてやるより簡単な仕事。簡単になれる外道。それがダークサマナーだ。
「傭兵時代に、人としてやっちゃいけないことは全部やらかしたからな。畜生働きは今更だった。単純に金も稼げる。それに日本人ってのは金持ちで恵まれてる。
だったら、少しくらい『分け前』を貰ってもいいだろう?って気持ちもあった」
それは、ジンにとっての真実だったんだろう。僕だってそうだ。ヒルトリアは結局壊れたのに、なんでこの国は無事なんだ?そう思ったことなんてないと言ったらうそになる。
だけれども、そのジンの瞳に宿っている深い後悔もまた、真実なのだろう。どこで間違えた?どうすればよかった?
……せめて、最後くらいは、まともでいたい。
それは、1回目の拳銃自殺の時に僕が感じた想いそのままだ。
だから、黙って待つ。ジンがそう思ったきっかけを語る時を。
「……ファントム時代に受けた依頼で、ガキを拾ったんだよ」
やがて、ぽつりとジンが言った。
「事前に貰ったターゲットに関する資料になかった……あの腐れ外道ども、テメエのガキだってのに地下室に閉じ込めて一歩も出さなかったんだ。最低限の餌だけ与えて、ストレス解消に使ってやがった。
黒かったはずの髪がストレスで真っ白になってて、びっくりするほど痩せてて、この国の言葉すら上手く喋れなくて、いつ死んでも気にもしないって顔だった。
それで思わず『目撃者はすべて消せ』って指令を無視して、親どもだけ殺して連れ帰った」
そう聞いてしまえば、理解できた。僕でもきっとそうしただろう。もうあの1回目で体験した地獄のような共和国時代にいくらでも見てきた顔だ。だからこそ、見たくない。
だからこそ、いまさら、ニコが子供の頃大好きだったアニメーションの歌にあるような『生きる喜び』を知らないような子供すらも殺すようなクズにはなれない。そう考えたジンの気持ちは痛いほどわかった。
「んでまあ、兄貴分として、似たような境遇の男の子も買い取ってな。合法都市にお引越ししたわけだ。ファントムでもあそこは早々手が出せねえからな」
そんな話を絶望と後悔をたっぷり込めて吐き出したジンに、僕は言う。
「……どこか悪いのか?」
そう。彼は僕に縋りに来たのだ。人の身では、人のままではたとえダークサマナーでもどうしようもない、死の運命を前にして。
「肺と肝臓がものの見事にぶっ壊れた。あと半年の命だとよ」
やっぱ酒と煙草は人類の友だが健康の敵だったなと、ジンは笑って言った。
僕はこれからは酒も控えようと思った。少なくともタナがお嫁に行って、孫を見るまでは死ねない。
「……入院するのか?」
「んな金ねえし、そんなつまらない終わり方。オレはごめんだね」
そう言ってジンは笑う。それはよく見た皮肉屋で、自信家で……そして何よりも覚悟を秘めた笑みだった。
ああ、彼は本当に『ダークサマナー』になってしまったんだな。そう実感した。邪悪で、狡猾で……誇り高い外道に。
「……ダード。病院でこんなはずじゃなかったって泣きながら死ぬのと、ファントムを潰した最強のフリーサマナーに全力で挑んで負けて笑いながら死ぬの、どっちがカッコいいと思うよ?」
「……聞くまでも無いだろう」
その答えに、僕は笑った。ああ、そうだった。お前は、サルニア人の同胞のために立ち上がり、僕に負け、処刑されて死ぬときもまた皮肉気に笑って死んだんだった。
ならば『今回も』それを選ぶのは当然の話だったんだろう。少なくとも病気で動けなくなって泣きながら死んだり、絶望して首を吊ったりするよりはるかにジンらしい。
「ははは!だよなぁ。オレもそう思う。……で、だ。全力を尽くすにはどうしてもやらにゃならんことがあった。コイツを頼む」
そう言いながら、ジンは丁寧に折りたたんだ紙を一枚取り出した。
「……失踪届?」
「ああ……オレの大切な子供たちさ。血は繋がっちゃいないが、なにヒルトリアじゃあ同志は血のつながりなんざなくても家族だったんだ。今更だわな」
ジンと共に写った笑顔の顔写真と一緒に出された、失踪届。そこに日本人としての戸籍が記されていた。特記事項に記された『愛称』は、クマと、ポルノ。
「クマみたいに強い男と、ポルノ女優みてえに男どもに好かれるような奇麗な女になって欲しくてな。オレがつけたんだ」
酷い理由だ。だが、どこかジンらしい。そう思った。
「分かった……だが、すぐには無理だぞ」
「分かってる。あの合法都市を抑え込む拠点、アサヒカワについてはこっちもずっと調べてたんだ、そうそう事が起こせる状況じゃないんだろ?だから、オレの自己満足だ。
オレはちゃんと『親友』に子供たちを託せた。だから大丈夫。全力で死にに行って良いって思うためのな」
またしても酷い理由。だが、そうして頼ってくれたことをうれしく思う。
「ちなみにどこにいるんだ?」
「……合法都市で一番どす黒い『無名地区』だ。そこでアイツらは今も生きてる。早々死にゃあしねえ。オレの見立てじゃあアイツらは天才だ。親のひいき目込みかもしれんが」
そこで、大事な話は終わりだった。あとは朝まで酒を飲み、くだらないことを言いあった。
翌日、ジンは姿を消した。死にに行ったんだろう。
幸い、3週間後には結果も分かった。
匿名で僕の携帯電話に連絡が入ったのだ。ご丁寧にも発信場所の座標つきで。
ーーー街はずれの廃墟で『無名のダークサマナー』が1人、死んでいるので死体を回収してくれと。
その『街はずれ』というのが北海道ではなく『鹿児島県の端っこ』だったことに笑ったあと、僕は急いで手配を終えて死体を回収して、検分を終え、火葬し、埋葬した。
ーーー死んだらいつでも空が見えるような場所に埋めてくれ。空だけは、この国もヒルトリアも変わらないみたいだから。
その、親友の遺言通りの場所に。
というわけで番外故にドシリアス。
次回以降はサタスペに戻ります。