新翻案・竹取物語 作:博羅
はじめに
本作『新翻案・竹取物語』では、『竹取物語』(古活字十行甲本)を底本として、その口語訳をしたうえで、翻案を行った。
ただし、以下の点に注意されたい。
イ、翻案という性質上、物語の本筋・結末を改変することはないが、本筋から逸脱しない範囲で新たな解釈および描写を大幅に増補した。
ロ、口語訳においては、直訳より意訳を重視して行ったため、底本の原文と一致しない表現が多分にある。また古典・小説に親しみのない者でも楽しめるように、できるかぎり平易な言葉遣いを心がけた。
ハ、『竹取物語』成立当時ないし作品内の時代設定においての常識や文化風俗に沿うよう努めるが、現代人たる読者が理解しやすいように、部分的にそれらを現代的に直した。
ニ、本文のみでは理解がしづらいと判断した場合、その直後か後書きに簡易な解説あるいは私見を記す。また引用がある場合も前書き及び後書きにその旨を記す。
改めて申し上げるが、これはあくまで『竹取物語』の口語訳及び翻案を行った、物語小説であることを理解していただきたい。
最後に、これによって『竹取物語』をはじめとした日本古典文学に興味を持って、実際に読んでいただけたら、最上の喜びである。
文明も技術も進歩した現代人から見れば、もう随分昔のことになってしまう。平安京ができる更に前、平城の都で帝や貴族が政治をしていた時代の話である。
都からはほんの少し離れた、今でいう奈良県のとある里に、竹取の
彼は本名を、さぬきの
さて、そんなふうに暮らしていた翁だが、いつものように竹を取りに山へ行ったある日のこと、夕暮れになりそろそろ帰ろうかというときに、根元の部分が煌々と光る竹を見つけた。
どんな仕組みなのか見当もつかないが、放置しておくのも気味が悪いので、恐る恐る近寄って、光の正体を確認してみることにした。
すると、その光が竹の中の空洞から漏れ出ていることが分かった。
竹筒の中に一体何があるのか気になった翁は、中を傷付けないように光のちょっと上の節を真横に切って、上から中を覗きこめるようにした。
切った瞬間、竹の中の光が一層強く光った。目がくらんだ翁は目に手を当て、一歩下がった。光は一瞬で消えたため、翁が慌てて竹の方へ目をやると竹の先だけが綺麗に割れて、その中にいる正体があらわになった。
そこにはなんと人形のような、10cmくらいしかない、とてもかわいらしい女の子がちょこんと座っていた。
翁は驚いた。何かが入っているとは思っていたが、まさか女の子が居るとは見当もつかなかった。
驚き固まってしまったが、少し冷静になり、やがてこの女の子をどうしようかということに悩んだ。このままそこに置いておいたのでは、きっと死んでしまう。
かといって誰の子か分からない幼子を連れ帰るのはまずいのではないか。そうやって考えながら辺りをうろうろしていた翁は、突然立ち止まり、女の子をじっと見て、独りごとを言った。
「わたくしが毎日毎日、朝も昼も夜も竹を見ているから、こうやって竹の中に居るあなたを見つけることができました」
翁は誰かに言い訳をするように、あるいは自分を説得するように、言った。
「わたくしは竹でかごを作ることを一番得意としていますが、かごは別名を『こ』ともいいます。つまり、わたくしが竹を取ってかごにするように、わたくしが竹から見つけたあなたは、わたくしの『子』となる運命なのではないでしょうか」
翁は突然こんな状況に陥った自分を落ち着けるためか、くだらない洒落を言った。
翁は小さく咳ばらいをしたあと、何かを心に決めたように頷き、女の子をそっと両手で拾い上げた。
翁はその非常に小さな女の子を大切に手のひらで包んで、つぶれないように、息苦しくないように、それはそれは大切に運んだ。その状態で早足になりながら家へ帰った。家に着くと翁の妻、
「あら、どうしたんですか? そんな変な恰好をして」
聞かれた翁は、手のひらの小さな女の子を見せた。媼は腰を抜かすほど驚き、この子はどうしたのかと聞いた。翁がそれまでの経緯を話し終わると、媼は困惑したような顔をしたが、女の子の可愛さにちょっとほほえんだ。
やがて二人でこの子をどのように育てるか相談した。翁はもちろん、媼もこの女の子を大層気に入った。媼は、自分のほうが家にいる時間が長いからと、主だって育てることを翁に告げた。
翁はそれを受けて、これまでよりも一層仕事に打ち込むことを決心した。その手始めに翁は得意の竹かご作りで、女の子にぴったりのゆりかごを作った。女の子はあまりに小さいので、普通のゆりかごでは、大きすぎるのだった。
二人はただの庶民であるから、決して裕福ではなく、むしろ貧しい家だったが、このとてもかわいい女の子が来てからは、誰よりも幸せそうにしていた。
経済的な貧困ではあったかもしれないが、精神的な裕福さは、決して誰にも負けなかった。
さて竹取の翁の家に女の子が来てからというもの、不思議なことが起こった。
翁が普段通り竹を取りに行けば、竹の空洞の中に、黄金が入っていることがあった。
無論、竹の中に黄金があるなどというのはありえない話で、これまでにこうした経験は全くなかった。しかもそれが一度や二度ではなく、黄金を見つけることが度重なった。そのおかげで、翁たちは経済的にも裕福になっていった。
彼らがどんどん裕福になっていくように、女の子もみるみるうちに成長していった。普通の人間の成長速度とは比にならないほどで、たった三ヶ月程度で、幼児からあっというまに13歳くらいに立派に成長したのである。
もちろん出自が普通ではないのだから、不思議もない。むしろ竹から生まれたのだから、それこそたけのこが竹になるような早さであるのは自然なことである。
13歳前後になると、一人前の大人として成人の儀式が行われるのが普通である。
この女の子も、実年齢はともかく、見た目も中身もすっかり大人なので、成人の儀式が執り行われた。
「かわいいかわいい我が子よ、わたくしが歳を取ったからか、あなたの成長は随分と早いように思います。しかし考えてみればそれも喜ばしいことかもしれない。わたくしが死ぬ前にあなたの立派な姿を見ることができるのだから」
翁の言葉に、綺麗に着飾った女の子が答えた。
「おじいさん、ありがとう。それもおじいさんとおばあさんが大切に育ててくれたおかげです。ただそう簡単に死ぬなどとは言わないでください。まだまだたくさん生きて、楽しい思い出を作りましょう」
その言葉に翁は涙を流すほどに喜んで、子を抱きしめた。抱きしめられた子も、嬉しそうに笑っていた。
二人の様子をにこにこしながら見ていた媼は、ふと言った。
「しかしいつまでも名前がないのも不便ですね。成人もしたものですし、そろそろ名付けをした方が良いのではないですか?」
「ああ、確かにその通りだ。この子の成長が思ったよりも早かったから準備が間に合わなかったけれど、急いで命名式をしよう」
その数日後、
秋田はこの子を初めて見たが、あまりの美しさに驚いていた。あの夫婦のこどもらしく、温厚で柔和な印象を受けた。ただ二人と違って自己主張をはっきりする側面もあるようで、確固たる意思をもつ女性であった。秋田は物珍しそうに見てしまったが、当時としてはなかなか居ない性格の女性だったから無理もない。
秋田は彼女に「なよ竹のかぐや姫」という名前を付けた。夫婦はとても良い名だと大変喜び、秋田に礼を言った。
名付けられた本人はというと、名前そのものには大した感慨もないようであるが、翁と媼がはしゃいでいるのと、二人から名前を呼ばれるのがうれしい様子であった。
それを見た秋田も満足げにうなずいて、三人に挨拶をしてから帰っていった。
さて、そんな彼女の容姿の美しさ、艶やかさはこの世のものとは思えないほどで、まるで輝いているかのように美しかった。
いや、もしかしたら実際に輝いていたのかもしれない。そのため家の中に暗く沈んだ場所などなく、いつもどこでも、隅々まで光が届いていた。翁たちが気分が悪くなった時も、彼女がいるだけで、すっと気分がよくなり、苦しいことなど忘れてしまうほどであった。
かぐや姫がすくすくと成長しているそばで、翁は毎日欠かさず竹を取りに山へ行っていた。また竹の中から黄金を見つけることも、いまだに続いている。これだけ長い間、ずっと黄金が見つかるものだから、もはや単なる庶民とは思えないほどの富豪になっていた。
翁と媼はかぐや姫が成人したことを祝い、宴を催した。そこには大勢の客が招かれた。
誰もが声を上げて歌い、音楽を奏でた。成人したということで、翁は結婚相手探しもかねて、そこらじゅうのあらゆる男性を呼び寄せた。
そうして非常に盛大に行われた宴は、じつに三日三晩続いた。しかし参加者のほとんどがかぐや姫の姿を簾越しに、ちらと見ることしかできなかった。
ただ、だからこそ皆の興味をよく集めた。美しいと噂のかぐや姫の姿を見てみたい。そしてあわよくば自分のものにしたい。
そうした思いが噂と共に都中に、また国中に広がっていった。