新翻案・竹取物語 作:博羅
「並ならぬ美しさを持つと噂のかぐや姫を、どんな手を使ってでも我がものとしたい」
この国に居る男性は、身分も年齢も関係なく、皆が皆こう思っていた。
その中でも特に熱心な者は仕事も手につかず、寝ても覚めてもかぐや姫の事ばかりを考え、その噂を聞くだけで異常に反応するようになってしまった。
そんな人々がじっとしているわけもなく、翁の家の周りから垣根を覗いて中を見ようとしたり、門の近くをうろついて、なんとか家の者と関係を持てないかと画策したりしていた。
家で雇っている家事手伝いでさえも、そうそうかぐや姫を見ることができぬというのに、周りから血眼で家中を覗いたところで、影を見ることすらできるはずがない。
だというのに夜になっても眠らず、垣根をほじくって穴をあけるようなのもいる。もちろん明るい昼間でさえ見えないのだから、暗闇で見えるはずもない。
こうして「夜」にも「這い」まわり、女性と関係を持とうとするから、「
どれだけ周りでふらふらうろついてみても何の意味もなさず、家の人に声をかけてみても、相手にされない。それでも家の周りから離れようとしない者たちがいた。
それは揃いも揃って裕福な貴族の、更に上流階級の者たちであった。それもそのはず、何日も他人の家をうろついていては、そのうち生活ができなくなり、仕事に戻らなければいけなくなる。そうして残るのは上流層のみとなるのは自然である。
さらにそのなかでも、かぐや姫に対する熱意が冷めてくる者もいた。「こんなことをしていては無駄だ。すっきり諦めよう」と考えて徐々に人が減ってきたのだ。
そんな状況においても、いつまでも家を離れようとしない人がいくらかは居た。
最終的に残ったのは、いずれも女性好きな五人の貴族であった。皆諦めるということを知らぬように、昼も夜も関係なくずっとこの家に通ってきた者たちである。
その五人の名は「
「皇子」とつく者たちは、その名の通り天皇の子供で、いうまでもなく最上級の貴族である。
ただほかの者も負けていない。国家の最高機関である太政官、いまでいう内閣において一番偉いのが太政大臣、次が左大臣で「右大臣」は三番手である。ただし太政大臣は居る時と居ない時があるから、実質上位二人のうちの一人と言ってよい。
また「大納言」と「中納言」も彼らには少し劣るものの、同じく太政官の高官で、上位十人程度に数えられる。
すなわち五人全員が、政治の中枢に関わる最上流貴族であったということである。
彼らは女性好きとして世間でも知られ、少しでも美しい女性が居るという噂があれば、すぐに聞きつけて関係を持とうとする人たちである。
かぐや姫の噂を聞いて、これに食いつかないわけがない。
そのために無駄とも思える努力をした。家の周りに昼夜いたのはもちろんのこと、恋心をしたためた手紙を送りもした。しかし返事もない。
こうまでしても手ごたえがないのなら、もう止めるべきであろうかとも考えた。
だが諦めるに諦めきれず、冬の寒い雪の中にも、夏の暑い日の下にも、さらには雷が鬼の怒号の如く鳴り響いても、お構いなしに休むことなく通い続けていたのである。
彼らはこの家に来ては出てきた翁に向かって「あなたの娘さんを、わたくしにください」と首を垂れて、手を合わせた。
しつこいようだが、彼らは貴族の中でも最高級の位に居て、翁は裕福なだけの庶民である。本来は会話すらできず、あったとしても翁がひれ伏すべき格差がある。それをお願いするどころか頭まで下げるというのは、なんと奇怪で珍妙なことか。
しかし翁も伊達に年を食っているわけではない。
あくまで冷静に「かぐや姫のことは、本当の娘のように思っていますが、我々夫婦から生まれた子ではありませんので、わたくしからはどうこう言えないのです」と断っていた。
そんな状態を何日、何か月と続けているのだから、彼らももう神頼みをするしかない。そういうわけで自宅に帰っては神仏に祈りを捧げ、かぐや姫のところに来ては翁に頭を下げていた。
彼らは「こんなところで止めてしまって、結婚を諦められようか」と、わずかな期待を胸に、執念深く、またかぐや姫への切ない恋心を猛々しく燃え上がらせ、今日もかぐや姫の家の周りをうろうろと、歩き回っていたのだった。
それを見ていた翁は、さすがに気の毒に思ったか、かぐや姫に相談をした。
「大切な我が子よ。あなたがただの人間ではないこと、さながら神仏の
丁寧にお願いをした翁の言葉に、かぐや姫は嫌なことを聞いたかのように難しい顔をしつつ、彼が言い終わるかどうかというところで口を開いた。
「何をおっしゃいますか、おじいさん。あなたの言うことなら当然、どんなことであってもお聞きします。私は自分の事を神や仏などと思ったことは一度もありません。私はただ、あなたがた夫婦の娘だとばかり思っているのですよ」
翁は顔を綻ばせて「うれしいことを言ってくれます」と言って、改めてお願いをした。
「わたくしももう五十を過ぎ、随分歳を取りました。老い先もそう長くはないでしょう。この世では男性と女性は互いに結婚するのが当然です。そして家族が増えて、一族が繁栄していくのです。あなたがそうした人間の普通の営みをして幸せになっていただけないかと、そう思うのです」
かぐや姫は深くうなずいた後、一つ質問をした。
「どうして、結婚をしなければならないのでしょうか」
「あなたが
「私は自分の容姿が美しいとは思っていません。それなのに美しいという噂だけで来た男性を受け入れられるはずもない。相手の愛情の深さというのを確かめずに結婚して、浮気でもされてしまったらきっと後悔しましょう。これ以上ない程に素晴らしいお方であっても、愛情があるかどうかを確かめないことには、結婚はできません」
こうは言うものの、かぐや姫はどんな相手であれ結婚などしたくなかった。
しかし翁の願いとあっては断ることも忍びない。血は繋がらずとも本当の親のように、あるいはそれ以上に慕っているから、ここまで育ててもらった恩を仇で返すわけにいかない。
考えに考えを重ねて、婉曲的に断ることを思いついた。すなわち翁の提案を受け入れるふりを見せ、条件を加えるというのである。無論、その条件を異常に厳しくすれば誰も結婚など出来ない。しかし体裁上は受け入れるつもりであるという姿勢をとれる。
そして翁はかぐや姫の思惑など知る由もなく、話をつづけた。
「確かにかぐや姫の言う通りだ。わたくしも同じように考えていました。ですがどのようにして愛情を持った方と結婚しようというのですか? いま残った五人は皆、ここまでずっと求婚を飽きもせず続けられた、並外れた愛情を持っているように思えますが」
かぐや姫にとっては期待通りの流れになり、内心で安堵していた。
「皆様がどれほど深く私を愛しているのか、それを見たいのです。今はまだ、五人の方の愛情を比較しても、同じようなもので、誰が深い愛を持っているかなど、到底わかりません。そこで、私が見たい品物を一人一つ提示いたしますから、それを持ってきて、私に見せてくださった方こそが、最も愛情深い方だとするのはいかがでしょうか」
「なるほど、そうしましょう」
そろそろ日も暮れようかという時間、いつも通り五人の求婚者は家の前に集まっていた。
一人は情熱的に笛を吹いて、一人は高らかに歌をうたって、一人は楽器の旋律を声で表現し、一人は細やかに口笛を吹き、一人は扇を太鼓のばちのように叩いてリズムをとり、それぞれにかぐや姫へ向けてアピールをしていた。
そのとき、家から翁が出てきて言った。
「非常にもったいないことに、このみすぼらしい庶民の家に長い間お通いいただいたこと、誠に恐れ多く、ありがたいことでございます」
普段と異なる様子に何かを感じ取り、皆黙ってじっと翁を見た。翁は五人をゆっくりと見渡して、一拍おいてから話し始めた。
「わたくしがかぐや姫に『わたくしの命もそう長くはないので、ここまで仰ってくれる方々のうちから一人、よく考えてお付き合いなさい』と申したところ、姫も『あなたの言う通りです。五人の方々は皆さま優れた方で甲乙つけがたいものです。ですので私の見たいものをご用意くだされば、皆様の愛情がいかほどか判ることでしょう。お付き合いする方はその結果によって決めます』と答えられたのです。それを聞きわたくしも『ごもっともだ。そうしたなら皆も納得して、互いを怨むこともなかろう』と思い、これを申し上げに参上した次第でございます」
五人はそれぞれ顔を見合わせてうなずいた後、「問題ない」だの「よい案だ」だのと、肯定の言葉を口々に言った。
皆から同意を得られた翁は一安心し、家中に戻りかぐや姫にことの次第を伝えた。
かぐや姫は、いよいよ五人それぞれの課題物を発表した。
「はじめに石作の皇子は、仏の御石の鉢を持ってきてください。次に庫持の皇子のお題です。東の海に蓬莱山というのがあるといいます。そこにある銀の根、金の茎、真珠の実でできている木を持ってきてください。右大臣阿部御主人は、
これを聞いた翁は悩ましい顔をしていた。
「どれもこれも、大変難しいお題のようですね。この国にあるものでないものばかり。このような難題を、あの方々にどう申し上げたらよろしいのでしょうか」
「一体なにが難しいというのです。愛情があれば簡単ですよ」
かぐや姫が随分はっきりというので、それ以上は反対しようと思えなかった。翁は彼女が言ったこと覚え、家を出た。
そこで期待した顔で待っている貴族たちを見て、お腹がいたくなるような、胸が抑えられるような、そんな気分になり口ごもってしまったが、彼らに催促されたために、観念してかぐや姫の要求を伝えた。
「……と、このようにかぐや姫は申しております。皆様、それぞれ姫の望んだものをここにお持ちしてください。よろしくお願いいたします」
一通り言い終えた翁は、深々と頭を下げた。
貴族たちに難題を伝えるという仕事を終えて、疲れにうなだれているようにも見えた。
問題の貴族たちは、当然のことだが、皆かなり落ち込んでいた。
一人がぼそっと「いっそのこと正直に『もう近寄らないでくれ』と仰ってくだされば。まだその方がましなものだ」とつぶやいた。他の四人も閉口したままではあるが、同じように思っているのか、その呟きに呼応するように彼らは肩を落として帰路に着いた。
だが、そうはいえども、かぐや姫と結婚できなければ生きている意味もないような感じがしたので、誰も諦めきれずにいた。