新翻案・竹取物語 作:博羅
続いて三人目、右大臣・
彼も上級貴族であるから財産を豊富に所有しており、彼自身に限らず、彼の一族は繁栄している。そんな人であった。
さてその年には
――王慶殿、唐の国に『
この手紙とお金を、家来の中でも特に意志が強く、しっかり者の
房守はそれを宝のように大事に懐に入れて旅立った。筑紫で王慶に会うと、まず手紙を渡した。読み終えた王慶はお金を受け取り、次のような返事を書いた。
――あなたの仰る『火鼠の皮衣』というものは、唐土にはないものであると存じます。風の噂で聞いたことはありますが、実際に見たことはありません。
あなたのご予想通り、この世界に存在するものでありましたら、唐土に持ち寄る者がいるはずです。
しかしそれでも見ないということは、相当な珍物であることは確かです。これを手に入れるとなると、どんな苦労とお金があっても難しいと思われます。
ですが
これを受け取ってから
しかしそもそも在るかどうかすら分からないというのはもどかしい。しかも自分ができることはなく、待っていることしかできなというのだから、もどかしさはひときわ大きかった。
それから季節がめぐり、翌年。唐土から船がやってきた。房守は、
よほど返事が気になるのだろう。房守が筑紫の港へ帰ってきたときに、その報せを聞いた
房守はその馬に乗り、普通の何倍もはやく都へ帰ってきた。
持ち帰った王慶の手紙を渡すと、
その成果の是非が書いてあるのだから、そうもなろう。
手紙を素早く、しかしじっくりと読んだ。
――火鼠の皮衣ですが、いろいろ試行錯誤して探してみました。人を出張させもしまして、やっとのことで買うことができましたので、これをお届けいたします。
人間の歴史が始まって以来、今日に至るまでずっと火鼠の皮衣は珍しいものであるようです。昔、天竺に居られた尊い高僧が、この唐土に持ち込んで、それが西の山寺にある宝物庫に保管されていたようなのです。
それを聞きつけた私は、我が国の皇帝に頭を下げてお願いし、お力をお借りしましてやっと買い取ることができました。長らくお待たせしたかと思いますが、ようやくこうして手に入れることに成功したのです。
ただそこで一つ問題がありました。
買い取ってくださった国の役人が私の使者に申すには『いただいたお金では、皮衣を買うのにたりません』ということでした。
ですので私が立て替えて追加分の代金を支払いました。
そういうわけで手間をおかけしますがもう五十両送っていただくか、それが無理なようであれば火鼠の皮衣をお返しください――
「なんてことない。かぐや姫と結婚できるというのなら五十両など、ほんの端金に過ぎない。それにしてもこのような珍物を本当に手に入れてくれるとは、うれしいことだ。よくぞやってくれたものだ」
などと喜びの言葉を並べ、皮衣を手に入れた王慶を褒めちぎった。そして王慶のいる方角へ向かって両手を合わせて何度も頭を下げた。
件の皮衣が入っているという箱を見てみると、外装は大変麗しく立派な色々の瑠璃がいくつもちりばめられている。
蓋を外すと中にはきちんと皮衣が入っていた。これが「火鼠」というには意外にも、紺青の色をした皮であり、毛先などはきらきらと金色に光っているのである。
まさに宝物というにふさわしく、このようなものは他に見たことがない。
火鼠の皮衣は火をつけても焼けないことが特徴であるというふうに言われているが、そんなことはさして重要でないようにさえ思われる。
見ているだけでなんと美しく、魅了されることか。
こうして素手で触ってしまうのがもったいないほどに思われて、すぐに箱の中に入れ直し、箱に清潔な木の枝を付けた。
「これで自分はかぐや姫の婿だ」と自信満々に思って自分の化粧も入念に行い、今夜このままかぐや姫の家に泊まっても問題ないように準備を行った。
先ほど箱に付けた木の枝に紙を結んだ。その紙にはこんな歌を詠んであった。
かぎりなき 思ひに焼けぬ
(かぎりのない我が思いの火にも焼けないという
これは「思い」の「い」を昔は「ひ」としたことから、「火鼠」の「火」とかけたものである。
さて
竹取の翁が中から現れ、その箱を受け取り中へ戻っていった。これをかぐや姫に見せたところ、彼女は訝し気にその皮衣をじろじろ見ていた。
これが本物かどうか、疑っているのだろう。これまでの二人の挑戦者が偽物を持ってきたのだから、そう思うのも自然なことである。
「たしかに大変立派な皮であるようですね。ただこれが本当に火鼠の皮衣であるという証拠は、どこにもありませんから、素直に信じることができないのです」
こう言ったかぐや姫に翁は「とにもかくにも、まずはお持ちいただいた阿倍の右大臣殿を家に入れて差し上げましょう」とたしなめた。
その上で、二人を結婚させたい翁はこう言った。
「この世にあるものとは思えぬ素敵な皮衣でありますから、こちらが本物であると思ってください。持ってきてくださった右大臣殿に失礼ではありませんか」
そうはいえども、翁も本当は少しだけ疑っていた。だからこそ確かめもせず「本物だと思え」と裏腹なことを言ったのであろう。本心を隠すために、そう言ってしまったのだ。
かぐや姫が独り身であるのは今もずっと気がかりなもので、誰か立派な人と一緒になってほしいと慮る気持ちはあるものの、かぐや姫が「いや」といえば無理強いすることもできずにいたので、こうして期待してしまうのも、至極当然のことであった。
しかしかぐや姫もそう簡単に受け入れるわけにいかない。やはり疑わし気な視線を皮衣に向けたまま、口を開いた。
「ご存じの通り、火鼠の皮衣は火をつけても焼けないという特徴がありますね。それを実際に行って、本当に焼けなかったら、これが本物の火鼠の皮衣であると認め、彼の妻となりましょう」
それを聞いた翁たちはどうしようかと、悩んでいる様子であった。
そこでかぐや姫は重ねて翁にお願いをした。
「おじいさん。あなたは『この世に類のないもので、素晴らしいものであるから、疑うまでもなく本物であると思う』と仰いましたね。ですがやはりわたしは確かめてみないと気が済みません。焼いてみてもよいでしょう?」
翁も元々ほんの少し猜疑的に見ていたこともあって、「それはもっともなことだ。慎重なのは良いことである」と言ってその提案を素直に受け入れた。
「この皮衣は、唐土中を探し回ってもないようなものを、やっとのことで見つけ出して、非常な苦労のもとようやく買ったものなのです。なぜそうも疑われるのでしょう」
翁もかぐや姫のいう事を尊重したいから「わたくしもそのように申し上げたものの、やってみないことにはなんともわかりませんので……」となんとか説得した。
さあ焚き火をしてその中に火鼠の皮衣を入れてみた。火に入れてからほんの一瞬は燃えなかったが、じきにみるみる燃え始めたのである。
それを見届けた翁は厳かにこういった。
「こうして燃えてしまったからには、やはり偽物であると言わざるを得ませんね」
翁は内心では、やはりかと思い、実際にはそこまでの驚きはなかった。
一方で
はじめにぬか喜びしたのもあって、ずっしりと疲れが全身に押し寄せてきた。そのせいか顔色も悪くなっており、思わず座り込んでしまった。
それとは対照的にかぐや姫は「ああ、よかった。ほっとした」と言って、両手を握り、喜びを体で小さく表現していた。
そしてかぐや姫は火鼠の皮衣が入っていた箱に付けられた歌に対する返歌をした。
(あとかたもなく燃えるとわかっていたなら、この皮衣など問題にしませんでしたのに……。焼いたりせずに火の外に置いて見ていましたでしょうに……)※2
これを皮衣の箱に入れて、箱ごと返した。
これを発端にして、目的を遂行できずに落胆であるという場合を、「阿倍なし」ならぬ「敢え無し」などというようになったのだ。
※1 短歌部分および括弧内、以下より引用。
片桐洋一ほか『新編 日本古典文学全集12・竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』小学館 1994年11月18日
※2 ※1に同じ