新翻案・竹取物語   作:博羅

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引用部分がありますので、後書きにて参考文献を記載します。


7五人目の挑戦・燕の子安貝

 いよいよ最後の挑戦者となってしまった。五人目は中納言・石上麿足(いそのかみのまろたり)である。彼は「燕の子安貝」を手に入れなければならない。麿足は家にいる家来を居るだけ集めた。

 

「皆の者。燕の巣を見つけたら、直ちに私に報せよ」

 

 そう命令した麿足に、家来たちは不思議に思って尋ねた。

 

「なぜそのようなご命令をなさるのでしょう」

 

「燕が持っている子安貝が欲しいのだ。それを取るために、燕の巣を見つけなければならない」

 

 家来の中には燕の生態に詳しい者がいるようで、その者が意見した。

 

「いままでに何度も燕を殺してその身や巣を見てきたものの、子安貝が見つかったことはありません。しかし燕が卵を産むとき、その一瞬には子安貝を出すと聞きます。それから、燕は人が少しでも近づくと飛び去って姿を見せなくなります」

 

「そうか。よいことを聞いた。他に燕について知っている者がいれば言いなさい」

 

 すると別の家来が言う。

 

大炊寮(おおいづかさ)の中の炊飯(すいはん)を専門とする建物のとある柱の上の方に、燕が巣を作っているのを見ました。そこに中納言の忠実な家来を連れて、足場を組んで覗かせてみてはいかがでしょう。たくさんの燕が卵を産んでいるのがわかるはずです。そうすれば、燕の子安貝もお取りになることができるでしょう」

 

 これを聞いた麿足は目を輝かせて大いに喜んだ。

 

「なんと素晴らしいことだ。そんなことは全く知らなかった。褒めてやろう」

 

 

 

 麿足は信頼している家来を二十人ほど選んで、彼らを燕がいるという例の場所へ向かわせ、高い足場を組ませて確認させた。

 それから何度も何度も使いを送って「子安貝は取れたか」と聞きに行かせた。

 

 しかし燕は大勢の人間が巣の近くに来ているのを怖がって、巣に戻ろうとしない。

 それを聞いた麿足は「どうすれば……」と悩んでいた。そこに大炊寮に勤める官人・倉津麻呂(くらつまろ)というお爺さんが麿足の前に現れ、こんなことを言い出した。

 

「中納言は子安貝をお取りになろうとしているのですね。それならば一計を案じましょう」

 

 麿足と倉津麻呂は額を突き合わせて話した。

 中納言という上流貴族と、一介の官人が対等に話すなど滅多にないことだが、それだけ集中しているのだろう。

 

「いま行っておられるようなやり方は悪い方法でございます。これでは取れるはずもありません。高く作った足場に十人も二十人も上らせてしまえば、当然燕も怖がって近寄りません。私が考える方法というのは、こういうものです」

 

 ここで一つ咳ばらいをして、顔をぐっと近づけた。麿足も真剣なまなざしで聞いている。

 

「まず、お作りなさった足場は壊しましょう。そして集めた人を、一度退かせます。そこに信頼できる者一人だけを、かごに乗せておくのです。そして上に滑車でもつけて綱をかけておき、いつでもすぐにかごを吊り上げられるような仕組みにしておきます。これで準備はできました。あとは燕が卵を産みそうだというその瞬間に数人の家来に綱を引っ張らせて、かごを上にあげるのです。さすれば燕が逃げる暇もありませんから、その隙に子安貝を取ることができるという算段です」

 

「なるほど。これ以上ないような素晴らしい策略だ」

 

 麿足は一つ気になることがあり、倉津麻呂に尋ねた。

 

「燕が卵を産む瞬間にと言っていたが、それはどうすれば見極められるのだろうか。なにか予兆でもあるのか」

 

「燕が卵を産むときは尾を上にあげ、その場で七周まわり、その直後に産み落とすとされております。ですので丁度まわっているときに縄を引き、貝を取らせれば良いのです」

 

 倉津麻呂の知識に感心しながらいいことを聞いたと興奮している麿足に、倉津麻呂もにこにこしていた。二人は握手をして、早速その案を実行することにした。

 

 

 

 助言通り多くの人に手伝わせるようなことはしなかった。

 そのためおおごとにならないよう、あまり大勢には策略を知らせずこっそり大炊寮に出かけて、家来たちの中に混ざりながら観察をしていた。

 

 それにしても倉津麻呂の策略に大いに期待し、これを提案してくれたことを喜んでいた。

 彼は、「私の直属の部下というわけでもないのに、私の願いを叶えるために知恵を貸してくれるというのは、なんと殊勝なことだ」と言って、自身の来ている高級な服を褒美として倉津麻呂に渡した。

 

 

 

 さて地平線が赤く輝き、天辺が青暗くなってきたころ。麿足は大炊寮にいた。

 彼がじっと見ているのは燕の巣であった。周りにいるのはかごに乗った一人の家来と、綱を引っ張るための数人の家来だけであった。

 

 そろそろ日も完全に落ちて夜が来ようという時分に、燕が尾を上にあげたのだ。

 これを見た麿足は慌てて家来に合図を出した。それを確認して皆が綱を勢いよく引く。

 かごに乗ったものは燕の巣の中に手を突っ込んで探った。しかしどれだけ懸命に探せどなにも手に当たらない。

 

「巣の中には何もありません」

 

「そんなわけないだろう。おまえの探し方に問題があるのではないか」

 

 そう言われた家来は困り顔になって周りに助けを求めた。

 

「だれか、私の代わりに探してくれないか」

 

 これに対して「私がやろう」と返事をしたのは、他の誰でもない麿足であった。

 周りの家来たちが驚いて慌てて止めようとするが、制止も聞かずかごに乗って、「早く上げろ。間に合わないぞ」などと強く命令する。

 

 これに反抗するわけにもいかず、家来たちは肝を冷やしながら従うのであった。

 

 麿足は巣に近づくと、さっと手を入れてぐるぐると巣の中を必死に探りまわった。手に伝わるのは巣のがさがさとした感触だけで、貝らしきものはない。

 一体どこにあるのかと焦っていたその瞬間、指先に固い何かが当たった。「これだ!」と思い、ぎゅっと握りしめた。

 

「おい、何か掴んだぞ。もう降ろしてくれ」

 

 手をしっかりと握りしめ、喜色をあふれさせながら言った。

 

 家来たちは早く降ろそうと一斉に綱を掴んで素早く引いた。緩めればゆっくり降りて来るのに、反対から引いて勢いよく降ろそうとしたのがいけなかったのか、綱が切れてしまった。

 

 かごはひっくり返り、中に乗っていた麿足は、真っ逆さまに落ちて、体中を強く打ち付けた。

 

 皆が大慌てで近寄り、麿足が無事か確認した。麿足は白眼をむいて気絶している。

 家来は彼を起そうと水をすくって来て顔にかけたり、少量を口に含ませて飲ませた。そうすると途中で意識を取り戻したので、体勢を整えるために皆で体を支えて安静にさせた。

 

 一人が「お具合はいかがですか」と聞くと、麿足は死にそうな小さな声で答えた。

 

「意識はいまだはっきりとしないが、なんとか起きていられる。それよりも腰が痛くて動かない。これはもうどうにもならないかもしれない」

 

 その言葉に家来たちは深刻そうに顔を見合わせて気遣わし気に麿足の顔色や体を見た。

 それに気づいたのか、麿足はわざとらしいくらいに喜んだ調子で声を出した。

 

「しかし私が望んでいた子安貝はいま、この手の中にあるのだ。皆もよくやった。体調は最悪だが、私は幸運なものだ。しかし暗くて見えないから、誰か明かりを持ってきなさい。早く貝を見たい」

 

 家来は急いで松明を用意した。その明かりのもと、手を開いて中にある貝を確認した。全員がその手に注目していた。

 

「さあ、子安貝とは一体どんなものだ」

 

 麿足は苦しそうに顔を上げて手の中を見た。そして目を見開いた。

 麿足が掴んだのは子安貝ではなかった。燕の乾いた古糞だった。

 

「ああ、なんということだ。貝でないとは」

 

 そういって絶望し、再び気を失ってしまった。

 

 期待外れのことを「甲斐(かい)なし」と言うようになったのは、これがきっかけである。

 

 

 

 さて、全身を打って立ち上がれない体になってまで手にしたものが貝ではなく糞であったことが分かった麿足は、ますます気分も体調も悪くなってしまった。折れた腰の骨もうまくつながらない。

 麿足はこんな情けないことで求婚が失敗したなどと世間の人々に知られたらどんな笑いものだろうかと気に病み、それが原因でさらに弱ってしまう。

 

 貝が取れなかったことよりも、他人がこの話を耳にして、自分を馬鹿にして笑うことの方がいやだった。

 日が経つごとにその思いが強まり、つられて衰弱していく様子は悲惨なものであった。これなら普通の病気に罹って死んだ方がずっとましなものだ。

 

 その状況はかぐや姫の耳にも届いた。かぐや姫もさすがに気にしてお見舞いの歌を贈った。

 

 

 

   年を()て (なみ)立ちよらぬ (すみ)()の まつかひなしと 聞くはまことか

(長らく、お立ち寄りにもなりませんが、貝がなかったので、私のほうも待っている甲斐がないという噂ですが、ほんとうでしょうか)※1

 

 

 

 麿足は起き上がるのも苦しいようで、側近が代わりにその手紙を読み聞かせた。

 しかしそれを聞いた途端、心身共に弱っているにも関わらず頭を起した。そして側近に紙と筆を用意させて、返歌を詠んだ。

 

 

   かひはかく ありけるものを わびはてて 死ぬる(いのち)を すくひやはせぬ

(貝はなかったけれども、あなたはお手紙をいただいて、甲斐はこのように、まさしくありましたよ。この「甲斐(かい)」ならぬ「(かい)」によって、苦しみがきわまって死ぬ私の命をすくって(・・・・)くださらないのですか)※2

 

 

 

 貝や甲斐と同音の「匙」によって、私をすくい上げてくれませんか、という意味である。

 返歌を書き終わるのと同時に、麿足は、ついに息を引き取った。

 

 

 

 これを知ったかぐや姫は、随分落ち込んだ。

 結婚を諦めてほしくて、難題を出しただけだったのだ。いくら求婚されるのを疎ましく思っていても、死んでほしいなどとは少しも思っていなかった。

 

 かぐや姫は後悔して自責した。

 彼女のせいというわけではないのだが、それでも思い悩まずにはいられなかった。

 

 しかしかぐや姫からこれほど思われた人も珍しい。

 そういう意味では死んだ麿足も、浮かばれるのではなかろうか。

 このことから、満足はいかなくとも多少報われることを、「甲斐(かい)がある」と言うようになった。




※1  短歌部分および括弧内、以下より引用。
片桐洋一ほか『新編 日本古典文学全集12・竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』小学館 1994年11月18日
※2 ※1に同じ
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