新翻案・竹取物語 作:博羅
こんなふうに死人が出るような事件すら起こってしまい、その原因となったかぐや姫の美貌に関する噂はますます広くささやかれることとなる。
噂はついに、
「貴賤を問わず多くの人が身を亡ぼすような苦労をしても結婚しないらしいかぐや姫という者は、本当にそれほどの価値があるのだろうか。あなたが家まで行って、見てきなさい」
そう命令された
彼女が翁の家に着くと、大変な騒ぎになる。これまでも随分高貴な方々を招いてきたが、今度は帝の使いがきたのだから、わけが違う。
その時は翁が外へ出ているため媼が応対した。非常に恐縮して家中へ招き入れる。
「陛下は次のように仰せになられました。『かぐや姫という者は、大変な美貌であるということを聞き及んだ。それを確かめるため、よく見て来い』と。これを受けてここに参りました」
「左様でございますか。それでは姫に、そうお伝えして参ります」
そういって媼はかぐや姫のいる部屋へ向かった。
媼は部屋に入るや否や、素早く事情を話した。
「……こういうわけで勅使がいらっしゃいました。はやくお会いなさい」
媼の様子とは反対にかぐや姫は落ち着いて答える。
「私は自分を優れた容姿であると思ったことはありません。人に見せるようなものでもないのに、どうしてお会いしなければならないのでしょう」
媼はこれに大変困ったようで「帝の御使いですよ。どうして逆らえますでしょう」などと慌てていた。それを見てもやはりかぐや姫の表情は変わらなかった。
「帝がおっしゃられることを、ありがたいとも思いません」
言い終わると毅然とした態度で黙ってしまった。内侍に会うつもりはないようである。
媼も翁と同じように、自分が産んだ子であるように接してきたが、このように気が強い様子ではっきりと断られると、強制させるのも気後れしてしまう。
致し方なく内侍の待つ部屋へ戻り、事情を正直に話すことにした。
「誠に申し訳ないことでございますが、姫は並ならぬ頑固者でございますゆえ、お会いしそうもありません」
「必ず会いなさいという勅命でございます。お会いできぬまま帰るなどあってはなりません。この日本に住んでいる者であれば、国家の長たる帝に従うのが当然です。その命令に逆らうというのは道理に反するものではありませんか」
内侍は、勅使として威厳に満ちた態度で断言した。その態度に媼も気圧されて、再びかぐや姫のいる部屋へ戻る。
媼は言われたことをかぐや姫に伝えた。するとちょっと黙った後に、静かな部屋によく響き渡る声でこう言った。
「私が帝の命令に背く反逆者だと言いたいのですね。ならば私を殺してしまえば良いでしょう」
結局、どうすることもできなくて内侍はそのまま内裏に帰っていった。このお話を奏上された帝は、「その強い意思が多くの人を惑わせ、殺してしまったのだろうね」といって、その時はかぐや姫を諦めた。
しかし時が経つほどに、やはりかぐや姫のことが気になる様子であった。
美貌の噂もそうだが、自分の命令を断ったうえに「不都合なら殺せ」とまで言う者などそう居るはずもなく、つい思い出してしまう。そして思い出すたびに悔しさがこみあがり「このような計略に負けられない」と考え、今度は翁を宮中に呼び出して命令を下した。
「お前の娘であるかぐや姫を、
これまで多く貴族の相手をした翁でさえ、さすがに帝の
「かぐや姫は陛下にお仕えする積もりが全くないようです。わたくしもそのことを持て余しているのでございます。ですが陛下のご命令とあらば文句などあるはずもありません。できるか分かりませんが、ご命令は承ります」
「竹取の翁よ。おまえが育てたというのに、どうして言うことを聞かせられないのだ。姫を朕に献上できた暁には、特別に叙爵してやろう」
これを聞いた翁は驚いた。叙爵されるということは上級貴族に列せられ、
帰り道、翁は浮つく心を落ち着かせるのに精いっぱいだった。家について早速かぐや姫にこのことを相談した。
「陛下はこのようにおっしゃってくださいました。こんなことは滅多にない、すばらしいことでございます。それほど陛下はあなたを評価し期待しているのですよ。それでも宮仕えはなさらないのですか」
かぐや姫はこれまでの毅然とした態度とは異なり、少し怒った様子で言う。
「いくらおじいさんに頼まれたとしても、宮仕えは決してしません。それでも絶対に仕えさせるというのでしたら、私は消え失せてしまいましょう。おじいさんが位を欲しているのでしたら、一時だけ宮仕えをしてあなたが叙爵されることが決まった瞬間に死にます」
かぐや姫がここまで嫌がるとは思っていなかった翁は仰天した。
「そんなことはしないでください。確かに位が欲しいとは思いましたが、可愛い娘がいなくなってしまうなら、位など無駄なものです。あなたがそんなことを言うのなら、欲しいとも思えません。どうして死ぬなどと言うのですか」
「あなたは、私が死ぬというのが嘘だとお思いなのですね。それなら試しに私に宮仕えをさせてみて、本当に死ぬか観察なさいますか」
「嘘だなどとは少しも思っておりません。大切な我が子を疑うことがありましょうか」
翁の質問に少しずれたことを言うかぐや姫。彼女も冷静さをなくしているのだろう。
「かぐや姫よ。なぜそうも宮仕えをいやがるのですか」
「いままで私はたくさんの方からの求婚をお断りしてきました。長い間、並大抵でない愛情を向けてくださる方もいましたのに、それらをすべて無下にしてしまったのです。それなのに、帝が命令したから簡単にそれに従うというのは、あまりに薄情ではありませんか。そんなことは世間が許さないでしょう。それこそ道理でないというものです」
かぐや姫は石上麿足の件を引きずっているのか、そう言った。あるいは単に帝に従わない言い訳なのかもしれない。
翁は「そうか」と納得して、かぐや姫の意思を尊重した。
「世間のことや勅命のことは、私にとってはどうでもいい。ただあなたが死なないことが一番大事なのです。それほどに宮仕えをしない決心をなさっているということでしたら、その旨を陛下に奏上することといたします」
翁はかぐや姫と違って一般的な考えを持っているから、勅命を断るのが正気の行動でないことは良く分かっていた。しかし娘のことを思えば、これも親の務めだろうと気を引き締めて参内し、上奏する。
「陛下のこれ以上ないほどありがたきご提案を受け、かぐや姫に
帝は深く考え込んだ。確かに死なれては困る。だがなんとかして手に入れたい。それが無理でもせめて一目会ってみたい。
そこで一つ策を練る。
「おまえの家は山の麓のあたりにあるらしいな。朕がその山へ狩りに出かけるという体でおまえの家に近づき、時機を見計らってかぐや姫に会えないだろうか」
この時代の貴族は、狩りに行くことが娯楽の一つであった。これを利用した作戦である。
「それはよろしいことでございます。突然のご来訪には断りようもありません。偶然を装って
行幸とは天皇が外に出かけることを言う。
翁はかぐや姫の嫌がることはできればしたくないが、これ以上わがままを言うのは一介の庶民には到底不可能であった。帝は直ちに狩りの日程を決め、翁に報せた。
狩りの日になり出発すると、帝も落ち着かない様子でそわそわしながら移動していた。家の前まで到着すると、翁の合図でさっと家の中に入り、かぐや姫の姿を探した。
すると目を見開いて固まっている美しい女性を見つけた。彼女がかぐや姫だろう。
固まっていたかぐや姫は事態を飲み込めたのか、弾かれたように逃げだした。
しかし奥の部屋へ入る前に帝に右腕を掴まれた。逃げられないと察した姫は左手の袖で顔を隠した。それでも最初にちらっと顔を見たから、かぐや姫が噂に違わぬ美貌であることは確認できた。
この世に二人といない素晴らしい女性だと思った帝は、「朕の
「私はこの国で生まれたわけではありません。この国の人間であったなら、宮仕えすることもお断りしませんでしょうが、私はそうではないのです。連れて行かれるつもりはございません」
「そんなことがあるはずもない。あなたはこの国の人間だ。現にここにいるのだから」
そういってやはり強引に引き寄せて連れ出そうとしていた。しかし次の瞬間、帝はかぐや姫の言ったことを真に理解することとなる。
袖で顔を隠したかぐや姫がため息を吐いたと思ったら、突然、ぼんやりと実体のない影のようになり、姿を消してしまったのだ。
帝は人間業でないことを目の当たりにして愕然とし、「本当に普通の人間ではなかったのか」とつぶやいた。
「あなたの言うことが本当だとわかった今、連れ帰って仕えさせようなどとは思わない。だから姿を現して、もう一度だけあなたの顔を見せてくれ。そうしたら潔く帰ろう」
その言葉を聞いたかぐや姫は帝から数歩離れたところで元の姿に戻った。
連れ帰らないと約束した手前、また宮仕えさせようとは言わないが、やはり見れば見るほど美しく、側に置きたいという思いを止めることはできなかった。
そうしてかぐや姫の姿を見られた帝は、協力してくれた翁に感謝を伝えた。翁は帝をもてなす意味も込めて、帝の家来とともに盛大な宴会を催した。
それも終わって帝は帰ろうとする。その瞬間にいよいよかぐや姫を連れて帰れないことの残念さが胸を襲った。魂が抜けたような心持になったが、どれだけ不満に思っても連れ帰れないので意味がない。
もう家を出るという時分に、帝はかぐや姫へ歌を詠んだ。
帰るさの みゆき
(帰り道の
受け取ったかぐや姫も返歌を詠む。
むぐらはふ
(
金殿玉楼は、立派で豪奢な建物のことをいい、ここでは帝の居る皇居を指す。
これを見た帝は、歌の素晴らしさに感銘し、このまま帰るのが一層寂しく思われる。本当は帰りたくなかったのだが、そうも言っていられないので、おとなしく帰った。
帝は皇居に帰り、これまで通りの生活が戻ってきた。
しかし帝は自分のそばで仕えている女性を見る度にかぐや姫の美しさを思い出し、比較して勝手にがっかりしまう。これまでは、誰よりも美しいと思っていたような人であっても、かぐや姫を見た後では、大したことがないように思われる。
そんなふうにかぐや姫のことばかりを考えているから、后たちもなかなか近寄らなくなり、いつも一人でいる。
帝は度々、かぐや姫へ歌を贈った。あまり返事を期待せず詠んだものであったが、意外にもきちんとした返歌をもらう。
かぐや姫にも帝の勅令を無下にした罪悪感があるのだろうか。
歌は季節の草木や花、それから情景を詠んでいるもので、趣深いものを交わしていた。
※1 短歌部分および括弧内、以下より引用。
片桐洋一ほか『新編 日本古典文学全集12・竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』小学館 1994年11月18日
※2 ※1に同じ