今夜は樽に埋められていた。
華鏡よさりは今日も悪夢を見る。
そう、悪夢である。久しくそう言うことがなかったため、忘れていたが、そういえばこの手の悪夢はそもそも背景がなかった。
真っ白い空間、それはもう白だ。
「なんだぁ……これは」
自分が置かれている状況を説明するならば、身動きが取れない、である。
樽、大きな樽だ。華鏡よさりは樽にすっぽりと首から下を埋められており、指先ひとつ動かせる気がしなかった。
樽詰めされた華鏡よさり、状況を説明するのに、これ以上の言葉は必要ないだろう。現代的に言えば、ドラム缶にコンクリを流し込まれて動けなくなった筋者と言ったところだろうか。
幸いにも、首は動かせる。辛うじてゆっくりよさりの状態は維持できているのだが、果たして饅頭にどれだけの能力があるのかは不明だ。
少しして、黒服が現れた。
黒服と言っても、黒いスーツにエビフライの異形頭の連中だ。奴らは基本的に喋らず、この夢を演出するスタッフとして機能している。それを証拠に、今回は『スタッフ』というゼッケンをご丁寧にも身に着けているではないか。
そんな一人なのか、一体なのか、あるいは一匹なのか分からない黒服は台車を押していた。
台車にはいくつもの剣が入れられた樽といくつかの物が載せられていた。
黒服が華鏡よさりのすぐ前に到着すると、おもむろに台車に乗せられていたあるものを持ち上げ、同じように台車に乗せられていたハンマーでそれを地面に打ち付けていく。
打ち付けられていたのはプラカードだ。
自立するように固いのか柔らかいのか分からない白い地面に打ち付けると、黒服は剣が入った樽を降ろして、何処かへと去って行く。その背中を目で追ったが、最終的には霧で見えなくなるようにその姿は掻き消えてしまった。
「……」
しっかりと見えるように、プラカードの表面は華鏡よさりの正面に打ち付けられており、暗に読めと言っているような物だった。
『当たりの部分に差し込むと、悪夢から脱出できます。爆発した後に』
最悪の倒置法だ。
何を? 何処に差し込むの? などという疑問は愚問だろう。
樽に首だけ埋まっていて、いくつもの剣が用意されているとなれば、子供でも分かる。そう、等身大であのゲームをやろうというのだ。
しかし、誰が?
「あ、本歌様ぁ~」
そこへ水色のサードテールに兎耳が特徴的な少女がふらりと現れた。
声は華鏡よさりにとても似ている。それは華鏡よさりの写し身、カキョウヨサリである。そんな彼女は浮き出るようにそこに出現した。
「あぁ―――」
刹那、剣が二本投擲される。
一本は樽に深々と刺さり、もう一本は華鏡よさりの顔の右横を高速で通過する。あと数ミリズレていれば、耳をかすめていたかもしれない。
「一本外しちゃった」
誰がそんな事をしたかなど、少し照れたようにそんな事を言う少女を前に、疑問に思う必要すらないだろう。
いつの間にかハイライトがなくなっている目の前のカキョウヨサリは「次はちゃんと刺すからね!」などと、嬉しそうに樽にたくさん刺してある剣を一本抜きながらそう言った。
「まままま、待って⁉」
「大丈夫、爆発するまでは平気だから!」
また投げつけられた剣が華鏡よさりが埋まっている樽に突き刺さる。
こんなにウキウキしながら剣を投げつける奴も居なければ、等身大で危機一髪をすることも無いのだが、この写し身、嬉々として新たな剣を抜いている。
「正気⁉」
「本歌様は安心して大人しくしてくれていればいいから、全部あちきにまかせて? ね?」
今度は優しく剣を樽にそっと差し込んでくれる写し身ちゃんである。
夢だからだろうか、コミュニケーションと言う物が成り立っていないような気がする。と言うより、ハイライトが無くなっていて、ウキウキと刃物を手にする人物を正気かと問いただしたところで、本当の回答が返ってくるはずがないのだ。
「全然安心できないけど⁉」
「あちきじゃ……安心できないの?」
そう言って、両手に持った剣を乱雑に樽へ突き立てるカキョウヨサリ、おそらく、何を言っても手を止める気はないのだろう。いや、止めてくれないだろう。
「そうじゃなくてね?」
「大丈夫、爆発するまでは」
「爆発するじゃん」
「うん!」
それが最後の言葉だった。
満面の、それこそ満点の笑みを浮かべて樽に剣が差された直後、体は謎の浮遊感に襲われた。何が起きたか、など、散々わかっていた事だった。
体への衝撃は? 爆音は? 爆風は?
そんなこと、どうでもいい事じゃないか。
なにせ、気が付いた時には目が覚めていたのだから……
カキョウヨサリは悪夢で奇行を始めた。
だが思うのだ、いや、こう思わざるを得ない。
爆発オチなんてサイテー! と。