魔法使いになりたいと都に出て行った息子がSランクになってた 作:敬虔なヴィエナ教信者
……多分ハーメルンに入り浸っている人間なら、もう転生という一言で全てを察するだろう。
ならば最早前置きはいるまい……|い つ も の や つ だ 。《トラックに追突して中世ヨーロッパ風の異世界に転生》
尤も、マジで転生したもんで自分が一番驚いているんですがね。っていうか中世ヨーロッパ風の異世界に転生だっていうのに神様には合わないしチート能力も特典も与えられないとかどうなってんだ。お約束はどうなってんだお約束は!
……とは言え環境自体は悪くないんだよな。生まれがいいという訳ではない。何ならワイ捨て子だったらしいし。しかし
「アル、夕食が出来たよ」
おっと、噂をすればだ。
ベルグリフ。捨て子だった俺を拾って育ててくれた育ての親だ。ボサボサの赤毛を後ろに纏め、髭もモサモサと生やしてもみあげと繋がっていた。元々冒険者の仕事をしており、今でも欠かさず鍛錬を行ってきたその屈強な体は父親としてとても頼りになるように見える。
俺にアルフレッドという名前をくれたこの人はとても優しい人だ。躾と称して暴力を振るった事は一度もない。やっちゃダメな事は厳しく叱るが、その後にはちゃんとフォローが入るんだ。父さんの焚火と藁の匂いは、なんも知らん一般人からしたら唯の加齢臭だが、俺にとっては実家のような安心感を得られるいい匂いだった。ずっと嗅いでいたい。一秒でも長く一緒にいたい。
……だが、そんな大好きな父さんと一緒に暮らせるのは今日で最後だ。別に二度と会えなくなるわけじゃない。だがナーロッパとは言え、技術レベルは中世そこらだぞ? 当然ながら携帯なんてないし、電車も車もなければ真面な街道なんかありゃしない。遠出すれば会話する手段なんかない。
俺は明日、ここトルネラを出て魔法使い、及び冒険者を目指す。ここまで重度のファザコンを拗らせてしまったのなら、一生トルネラに住めばいいんじゃないかとも思ったが、魔法と言う存在に感動し、この異世界の大自然に感動し、探求したいという好奇心は髪の毛一本分の差で上回った。
「父さん、飯作ってたんなら言ってくれれば手伝ったのに」
「魔法の勉強を一生懸命頑張ってるのに、手伝えなんて言えないよ。調子はどうだい?」
「んまぁ、ぼちぼち……てとこかな」
「調子悪くなくてよかったよ。魔法に関しては、お父さん殆ど役に立たないからなぁ……」
そのかわり父さんは冒険者のいろはを教えてくれた。道に迷った時の対処法、水場の探し方、魔獣を相手にする時の心構え、勝てない相手への対処法、何より冒険者は命あっての物種である事を口酸っぱく教えてくれた。
そんな父さんは俺に対して父親としては兎も角、師としては少し自信なさそうにしていた。俺からすればそんなことは全くないのだが、何度言っても「ありがとう、その言葉だけでお父さん嬉しいよ」と本気で受け取ることはない。こればっかりは父さんの気持ちの問題なので、俺が出来ることと言えば父さんを肯定、称賛することだけなのがもどかしい。
「じゃあ、せめて食器の片づけと皿洗いはやらせてくれ」
「いや……いいよ。アルも勉強で疲れてるだろう? お父さんが全部やっておくから」
「父さん……俺、明日にはトルネラを発つんだ。今日やらなかったら、また何時孝行できるか分からない。頼むよ父さん……」
「はは……そうか。じゃあやってもらおうかな」
「!……ああ!」
そう言って俺はテーブルに早歩きで向かった。その先にはやっと来たかとでも言いたげな表情を浮かべた先客が一人。
アンジェリン。父さんの娘で、俺の姉だ。この辺では珍しいらしい黒髪の短髪、冒険者として剣を振るっているからか12歳の少女にしてはしっかりした身体つきの女の子である。それだけに中性的に見えて、見た目だけでは男の子と間違えるかもしれない。
偶然かどうか、我が姉も捨て子らしい。父さんは俺と姉さんの誕生日が分からなかった為、見つけた順に姉かどうかを決めたようだ。まず先に姉さんを拾い、その明日に俺を拾ったから後から拾われた俺は弟だ。
「アンジェ、先に食べててよかったのに」
「ううん、お父さんと一緒にご飯食べたいの。お父さんと食べられるの、今日で最後でしょ?」
「そうか……待たせて悪かったね。じゃ、食べようか」
御覧の通り姉さんも父さんが大好きである。なので父さんがテーブルの真ん中に座り、俺と姉さんが父さんを挟むように座った。窮屈だがまあ仕方ない。父さんからはなるべく姉さんと喧嘩しないように言われてるし、もう慣れた。
テーブルに目を移せば、肉の欠片が入った野菜のスープと、型パンに山羊のチーズ、デザートに俺と姉さんの好物である岩コケモモが添えられていた。
「父さん、随分と奮発したんだな……」
「最後だからね。せめて出来るだけ美味しいご飯にしようと思ったんだ」
「嬉しいよ。頂きます」
前世の充実した食事と比べればそれは雲泥の差ではあるが、この世界で用意できる平民の食事としては上等だろう。寧ろここがナーロッパである事を感謝すべきだろう。史実の中世ヨーロッパの平民などは鼠を食べて飢えをしのいだという話も聞く。それと比べて何と恵まれた食卓であろうか。
岩コケモモに至っては普通に美味しい。少々控えめな味だが煩くない甘味が口の中を優しく包み込む。
「「「ご馳走様でした」」」
食事を終えると、俺は全員の食器を重ねて数回に分けて流しに持っていき、
「お姉ちゃんも手伝うよ」
「い ら な い」
「んなっ!? こぉんの、折角お姉ちゃんの親切を……!」
「……ぷっ、あっはっは! 冗談だよ! ありがと。じゃあこの洗い終わった食器を拭いてくれ」
「もう……」
そう言えば姉さんも父さんに孝行できるのは今日が最後になるのか、と思い出した。姉さんとはどちらが父さんを一番愛しているかのライバル関係であったが、姉さんの父さんが大好きという気持ちは痛いほど理解できる為、手伝わせないなんて無粋な事はすまい。
「……なあ、姉さん」
「ん?」
「俺達、冒険者として上手くやれるかな……父さんは色々教えてくれたし、教え自体は実践でも間違いなく通用するはずなんだ。けど……」
「なぁに? 今更怖気づいた?」
「……まあ、いざ本当にその日が来たと思うと、ちょっとな……」
「……そっか。……ねえアル、もしも森で迷ったらアルはどうする?」
「俺だったらまず迷わないように対策を重ねる……けど、そうなったら銀竜草を探すよ。大きな花弁は間違いなく北向きだから、それで方角を確認できる。それと、方位磁針も持ってく。ちょっと高価だから、今は手に入れるのは無理だけど」
「うんうん。じゃあ、水場を探す時は?」
「オニバミゼリの匂いを辿る。奇麗な水のある場所にしか生えないからな」
「よしよし……」
「じゃあ姉さん、魔獣を相手にする時に注意する事は?」
「周囲に別の魔獣がいないか。有利な地形に自分が立てているか」
「勝てない相手に出会った時は?」
「すぐ逃げられるときは逃げる。すぐに逃げられない時は、逃げることを念頭に置いて退路を確保しつつ相手の虚を突いて動きを止める。それで逃げる」
二人で父さんの教えを確認していく。俺も姉さんも馬鹿じゃない。姉さんは間違ったことは言っていないと思うし、姉さんもそれは違うという言葉が出てこないあたり俺の答えも正解だろう。
問答をしてる途中、「それでいい」と後ろから父さんが少し満足気に頷いた。
「冒険者は命あっての物種だからね。二人とも、絶対に無理しちゃいけないよ」
「「ああ(うん)……分かった」」
それからは更に数度問答をして、皿洗いが終わったら俺と姉さんは父さんの体に飛びついた。
先に飛びついたのは姉さんだった。手も拭かないでズルい奴め、と俺は手ぬぐいで手を拭いてから父さんに飛びつく。
「おっとっと……」
俺と姉さんに対して、父さんは抱擁で返した。父さんの髭の毛深さがかえって気持ちいい。匂いも落ち着く。気色悪いファザコンと罵られようが構わん。俺はこの父性を全力で堪能する。
「……わたし、頑張る」
「うん」
「一人でも……きっと頑張って、弱い人を守れる立派な冒険者になる」
「うん」
「それで、いつかお父さんに一太刀当てる」
「はは、それは楽しみだな」
姉さんが猫のように甘えながらそう言った。
「俺も頑張るよ、父さん」
「うん」
「たくさん魔法の勉強をして、困ってる人を助ける。魔道具とか魔法薬とか色んな物を作って、皆の生活を豊かにしてみせる」
「はは、それはなかなか大きく出たな」
「確かに。でもそうすれば父さんも幸せだろ?」
「そりゃね。でもお父さんは、二人が幸せに生きてくれれば、それだけでお父さんも十分幸せだよ」
「ん……ありがとう、父さん。ここまで育ててくれて。俺、父さんが父親で本当に良かった……」
「私も! ありがとう、お父さん。本当に大好き!」
「二人とも……ありがとう。お父さんも、こんないい子に育ってくれて本当に嬉しいよ……」
感謝の念が堪えない……駄目だ……本当に最後だと思うと涙が出てくる……
「さて、明日は早い。そろそろ寝ようか」
立ち上がった父さんの袖を姉さんは掴む。
「今日は一緒に寝ていい……?」
「んー? 一人で寝る訓練はいいのか?」
そう言ってちょっと意地が悪くいう父さんに、姉さんは口を尖らせて「……いじわる」と口を零す。
「嘘だよ。おいで」
「やった……!」
「あっ、ズリィ! 父さん、俺も俺も!」
「ははっ、アルもおいで」
そう言って俺は姉さんが抱き着いている右腕とは反対の左腕に抱き着いて寝床に向かった。
これからどんな人生を送るんだろう。どんな体験をするんだろう。魔法を極めた先に何があるのだろう。どんな危険が俺達を待ってるんだろう。そんな期待と不安を胸に、父さんと姉さんと一夜を共にした……。