それでも、彼等は非日常を生きる。 作:ありあんろっど
「し、死ぬかと思った……」
「お疲れ様。頑張ったね」
市街地を駆け抜け、路地裏を回り、日陰の階段を降りてアゲハの住む隠れ家ことワンルームマンションへ戻った二人。雷を発動する際に訪れる頭痛や全身の熱さは既に引いているものの、大概は未だに早鐘のように鳴り響く自分の心臓を抑えることが出来なかった。
日常を生きていて、明確な殺意を持って刃物を振りかぶられるような経験があるだろうか。
生命の原初的な目的として存在する、生きることと増えること。そんな神秘と無限の機構から外れた行為が、自分に向けて行われようとしていた。それは紛れもなく「異常」なワンシーンであり、その異常が日常として扱われた瞬間を生きてしまったからこそ、自分が踏み込んだのは非日常なのだと実感させられる。
その覚悟は曖昧に決めていたはずだったが、自分が助けられ、ここは安全だと脳が理解したアゲハの隠れ家に到着した途端、その「死」という曖昧で知ることは最期まで不可能で不可逆な恐怖に、自分は想像以上に怯えていたことに気付かされた。
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫……だけど、情けねえな……今になって手が震えてんだよ」
「情けなくないよ。私は昔から戦ってるから慣れちゃったけど……きっとそれが普通。それに一人は大雅君が倒してくれたから助かったんだよ」
「それが普通、か」
「うん。それが普通だよ」
震える手先、収まらない心臓の音。フラッシュバックする黒銀の刃、人の血が通わない鋼鉄の機械腕。
──なによりも恐ろしかったのは、あの時襲ってきた四人の影は、皆普段街中を歩いていたら気にも留めないような、「普通の格好」をしていたことだった。服装も、髪型も、顔のパーツも。先週の下校道で隣をすれ違っていたとしても……そのまま通り過ぎてしまいそうなくらい、彼等は普通の、大雅と同じ人間にしか見えなかった。なのに皆腕は機械化され、当然のように凄まじい殺意を放ちながら、爆発する炎やコンクリートを穿つ水流を操り、超高速での格闘も扱って間違いなくアゲハと大雅を殺そうとしていた。その表情の中すら読むことも出来ず、日常の一コマが切り取られ、そこが非日常に書き換えられていくような──それが、何よりも怖かった。
今までも、彼等は大雅の生きていた時間に同じように生き、知らぬ間に大雅の首を取れる距離にいたのかもしれない。
「……なあ、さっきの奴ら」
「気になるよね、ちゃんと説明するね。予想はついていると思うけど、間違いなく私達を狙ってきたシノビ……っていうのは前提条件。私達シノビは大きく分けて六つの流派に分けられているんだ」
「六つの流派?」
アゲハは袂から六枚の折り紙を取り出し、それら一つ一つに一滴の血を垂らしていく。血を吸った折り紙は真っ白な面にそれぞれ紋様を描いていった。
「そう。それぞれ違う流儀を持って生き、それぞれ違う目的の為に活動する六つの流派。所属する流派によって得意な忍法も違うし──生き方、目的が違うから勿論対立もする」
「対立……」
「さっき襲ってきたのは、十中八九「斜歯忍軍」のシノビだろうね。斜歯のシノビは忍器と呼ばれる絡繰を使って高出力の忍法を使ったり、他の流派の秘伝忍法を解析して忍器から発動できるようにしたりするから──」
「──あっ、あの腕!」
思い出すのは影達の右腕に着いていた機械腕。恐らくそれがアゲハの言う「忍器」という絡繰なのだろうと大雅は思い至った。
「うん、あの腕は忍器だった。つまりさっき襲ってきたのは斜歯忍軍ってことになるね……とは言っても使ってきた忍法の練度も大したことなかったし、実力からしても精々下忍ってところだろうけど」
「大したことないって……あれでか?」
「うん」
「マジかよ……」
火球も水流も、そして機械腕から飛び出した鉤爪
のようなあの刃も、人の命を奪うには十分過ぎる程の圧と脅威、殺傷力があったように見えた。それでもアゲハはそれらを「大したことない」と一蹴した。実際、四人を相手にほぼアゲハ一人で撃退したのだからその言葉は間違ってはいないのかもしれないが、大雅は目の前の少女の強さに若干戦慄した。
「だけど、次に襲ってくる敵がいるとするなら……それは多分さっきみたいにはいかない。私と同じ──中忍クラスのシノビが来ると思う」
「灰原と、同じレベル……」
「そうなったら私一人じゃ勝てるかわからなくなるからね、大雅君にも戦い方を覚えてもらわないとかな……ホントは明日、雷の制御の仕方から一緒に練習しようと思ってたんだけど。先に高速戦闘に慣れてもらわないとね」
顎に指を当てながら、アゲハが呟く。思考、神経の伝達、肉体の運動、世界の全てが加速し人智を越えた速度で繰り広げられる高速戦闘。下忍との戦いですらその動きを目で追うのが精一杯だった大雅が戦力となる為には、超えるべきハードルは加速する世界に対応することだった。
「高速戦闘……ぶっちゃけ俺、足の速さとかには自信があるけどさ、普通の人間基準だぜ? あんなスピードで動ける気なんてしないんだが」
「大丈夫だよ。ショッピングモールで駐車場まで走る時、私に着いてこれたでしょ? 大雅君の身体はもうシノビの力に慣れ始めている。力の使い方が解るだけで、高速機動は問題なく出来るはずだよ」
「あの時も手を引かれて必死について行っただけなんだが……?」
普段通り流れる時間が、空を朱く染めていく。窓から見える雲の動きは遅く、先刻の加速した時間が幻覚なのではないかと錯覚させられる。
それでもその時間は現実であり、その時間についていけないなら肉体が進み続ける時間から外れ、永遠に止まった時間に取り残されるしかないのだ。
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窓から差し込む光は消え、宵闇が世界を支配する時間。部屋の中は小さな卓上ライトの明かり以外に光はなく、時計の音だけが規則的に刻まれ続けていた。
「……起きちゃった? まだ見張りの交代時間じゃないよ」
「……悪い、あんま寝れなくて」
「やっぱり私のベッド使う?」
「いや、いい。なんか……色々考えちまってさ」
「そっか。……ちょっとお話する?」
「……そうしたい」
床に敷いた毛布からもぞもぞと出てきた大雅は、肉体に疲労は感じているのに、脳が睡眠を拒み続けていた。アゲハの隠れ家が誰かにバレていることは恐らく無いとは聞いていたが、それでも念の為にと二時間おきに睡眠を交代し、シノビの襲撃に備える手筈を整えていたが、大雅が眠る時間になってからまだ一時間も経過していなかった。
「……なんかさ、色々考えちゃうんだよな。例えば──両親心配してんだろうな、とか。本当に今日戦ったヤツらより強いヤツが来た時、俺は役に立てるのかな、とか。学校に戻る時、なんて言い訳したらいいんだろう、とか。ホントに学校に戻れんのかな、とか」
「……不安なんだね。そうだね、夜になると……いっぱい考えちゃうもんね」
キィ、と椅子が回る音が響く。卓上ライトに照らされたアゲハの表情は柔らかく、白い肌は作り物のように光を吸い込んで更に真っ白に輝いた。
「大雅君は……本当に優しいねぇ。一番最初に口にしたことが、自分の事じゃなくてお父さんお母さんのことだもんね」
「や、別にそういう訳じゃ……」
「照れなくていいんだよ。大雅君がお父さんとお母さんのことを大事に思ってるのが解るし、それはとてもいい事だと思う。きっと、お父さんもお母さんも大雅君のことを大事に思ってるんだろうね」
「……そうだな。そうかもな」
バスケの試合がある時、母親は必ず会場まで観戦に来てくれていた。バスケを始めた小学生のミニバスの頃から、公式試合は何があっても応援に駆けつけてくれた。中学校に入るまでは夜にランニングに行く時は、父親がついてきてくれた。仕事終わりで疲れもあったはずだが、夜に小学生が一人で外に出るのは危険だからと、一緒に走ってくれた。
恵まれていたんだなと感じた。だからこそ、今心配をかけているであろうことが申し訳なく感じていた。
「灰原の家族は?」
「いないよ。両親は私が六歳の時に忍務で二人とも死んじゃった」
──真っ白な肌が、柔らかい笑顔が、優しい声が一切崩れること無く、淡々と。それが当然かのように、アゲハは大雅の問いに答えた。
あまりにも当然のように応えたから、大雅は一瞬言葉の意味を理解出来ないまま、口を開けることしか出来ず。そして予想外の答えに脳が処理を終えたとしても、それに対して何も言葉が出てこなかった。
「……よくあることだよ。お父さんもお母さんも、下忍だったから。大して強くなかったんだ。何処にでもある、普通の忍務で、敵対したシノビと戦って、殺された」
時計の音は、それでも時を刻み続ける。生者が現在を生き続けていることを証明するかのように。死者はその時間から取り残されることを証明するかのように。
「強くないとさ、生き残れないんだなって。子どもながらになんとなくそう解っちゃってさ──だから私は簡単に死なないようにいっぱい修行して、死に物狂いで忍務を達成して。今じゃ立派な中忍で、お父さんもお母さんも追い抜いちゃった」
「……ずっと、一人でか?」
「ううん、同じ流派の人に良くしてもらったりはしたよ。でもそうだね……うん、一人だったかもしれない」
隠れ家を照らす小さな卓上ライトは、椅子に腰掛けるアゲハの影だけを薄く映している。睡眠の邪魔にならないよう、大雅のことは照らさないよう調整していたらしい。
机の上に置かれている、折り紙で作った蝶を撫でるアゲハ。真っ白な蝶は明かりに群がることもなく、ただ静かに佇むだけだ。
「強くなかったんだろうけど、優しかったよ。折り紙で、沢山の動物の作り方を教えてくれた。最期の忍務に行く前も……寂しくないようにって折り紙で蝶や、鶴を折ってくれてね、この子達といい子で待ってるんだよって」
「……悪い、変なこと聞いて」
「いいんだよ。大雅君は驚いちゃったかもしれないけど……シノビの世界じゃ、よくあることだから。それにね」
キィ、と椅子が回る音がする。アゲハは卓上ライトを付けたまま手に持ち、ゆっくりと光源を移動させた。光に当たって生まれた彼女の影がゆらゆらと動き、大雅は思わず眩しさに目を閉じそうになる。
──映し出された影は一つ増え、真夜中の小さな世界は二人のものとなった。
「──それにね。「今」は一人じゃないよ。大雅君がいる」
「…………俺?」
「うん」
照らされる少年。刻まれ続ける時計の音。それよりも速く刻まれる鼓動。白い光と紅い頬。
「大雅君もさ、突然こんな世界に放り込まれて、家族のこと、友達のこと、色々考えるだろうし……今自分は一人ぼっちかもって思うかもしれないけどさ。この世界には私がいるよ。だから一人じゃない」
真っ白な肌、柔らかな笑顔。或いは彼を何度も助けた──或いは彼を何度も堕とし、何度も惑わせた、雪のように白く、桜のように儚く、月明かりのように暖かい手。その手が、確かに大雅を照らしていた。
「……ありがとな」
「うん。あと四日、一緒に頑張ろうね」
「その為にまずは戦えるようにならなきゃな……明日、高速戦闘しっかり慣れるから」
「うん。期待してるよ」
時計の針は、静かに進み続ける。
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「足は止めてもいいけど思考を止めちゃダメだよ、大雅君!」
「そうは言っても──うおぁっ!?」
襲い来る紙飛行機を文字通り紙一重のところで躱し、視界から遠のくアゲハの姿を目で追いかける。加速していく時間、音すら届かない速度の世界。日常はおろか常識すら外れた高速の世界で、大雅は熱くなる身体とパンクしそうな脳をフル回転させ、シノビの動きを学んでいた。
夜が明け、非日常の生活も二日目。朝から修行の為にアゲハに連れられたのは隠れ家から更に路地裏に入り、凡そ陽の光の届かない、寂れた公園だった。敷地はかなり広く、錆びた滑り台やブランコが佇むこの公園は彼女曰く「幼い頃の私だけの遊び場」らしい。人々から忘れ去られたような薄暗い路地裏の公園は高速戦闘の修行にはうってつけで、大雅はここでアゲハにみっちり教わることとなった。
その修行方法は至極単純、アゲハとの模擬戦だ。彼女の血や言葉が乗せられた折り紙の使い魔が、常人には目で捉えることすら不可能な速度で飛び交う。そんな攻撃を躱し、撃ち落とし、同じ速度で飛び回るアゲハを追い掛けなければいけない。大雅は内心「とんでもないスパルタだ」と文句を言いたかったが、真夜中の会話を思い出す度に「それでもやらねばならない」と気を引き締めた。
折り鶴が向かってきているのを確認し、大雅は小さくジャンプして足を広げ──着地と同時に勢いをつけて一気に右へと動き出す。折り鶴を躱し抜き去り、右足で着地し、そのまま更に加速。アゲハに向かって一直線に向かいながら、目でカバーにくる折り紙達の動きも確認する。
超高速で動き続けること自体はどうやら身体がシノビの力に順応してきたらしく、元々体力にも自信があったことからそう難しくなかった。だが、その高速で動きながら思考も止めず、戦闘の組み立てをするのは非常に大変だった。時間にしてみれば恐らくコンマ一秒にも満たないはずの時間で、試合中の一クォーター以上の緊張感と情報が押し寄せてくる。それらを正確に処理し、選択し、自らの動きとしてアウトプットする──それも一人で完結させなくてはならない。パスを出す相手はいないし、スクリーンをかけてくれる味方もいないのだ。相手に辿り着き、攻撃を決めるまでの流れに、他の要素は介在しない。
対応しなければならない相手も一人なら良かったのだが──
「なぁ!? 折り紙禁止にしないか!?」
「甘いこと言っちゃダメだよ、襲ってくる敵が一人とは限らないんだよ!」
模擬戦の相手は灰原アゲハ。彼女一人のみに集中出来れば脳はパンクしないが、使役する折り紙がそれを許さない。修行を始めて時間が経つまでは「いくら修行とは言えど女子に手を上げていいのか」と攻撃に消極的だった大雅だが、容赦なく攻撃を重ねてくるアゲハに二度ボコボコにされ、そんな思考は男女平等の元に淘汰された。
纏わりつこうとする蝶の折り紙を一蹴し、あと一歩でアゲハに拳が届く距離まで踏み込む。
「ここだっ……!」
左足の裏がしっかりと地面を掴んだ感覚。そのまま地面を蹴り、自身の思い描く最高速度で肉薄し、拳を突き出す──ことは叶わなかった。
「ぅあっ!?」
「おっと」
蹴られた地面、飛び出した身体。その勢いは凄まじく、その速度は大雅が思い描いていたよりも遥かに速かった。予想だにしない速度で飛び出した肉体を制御することが出来ず、その負荷に耐えられず盛大に体勢を崩した。
「逆凪、だね。動きは良くなってきたけど、速く動けば動くほど気をつけないと隙を晒しちゃうよ」
体勢を崩した大雅の頭に、コツンとアゲハの手刀が下ろされる。三度目の模擬戦での完敗。大雅は起き上がらずに頭をさすりながら息を整えた。
「勝てる気がしねえ……」
「私、一応中忍だしね。動きについてこられてるだけですごいよ。それに大雅君はまだ雷の力も使ってないし、それを制御出来たら私も勝てるかわかんないな」
「制御出来たらな。どうやったら出せるのかも解ってねえし……これじゃ昨日襲ってきたヤツらの一人にも勝てねえ気がするわ」
速く動けば動く程、放電していた時のような身体の熱や、頭痛が迫り来る感覚こそあるが、放電には至らない上、それを思い通りに操るイメージがまだ大雅には存在していなかった。身体が慣れてきたのか、自分の意思とは無関係に放電することは無くなったが、小さな電気すら放つことも出来ない。
「ちょっと休憩する?」
「そうしたいです、灰原コーチ」
「ふふっ、何それ……わかった。休憩しよっか」
アゲハは錆びたブランコに腰掛け、キィ、キィとゆるやかに鎖を軋ませる。加速していた時間は元の速度へ戻り、穏やかな時間が流れ始めた。
「……そういや、下忍と中忍って具体的に何か違いとか、条件ってあるのか? なんとなく漫画とかの知識で中忍の方が偉い、強いってのはわかるが」
起き上がり、そのまま地面に座って大雅が質問する。
「うーん……一番わかりやすいのはやっぱり強さの違いになるんだけど……そうだね、中忍以上のシノビは皆「奥義」を持ってる」
「奥義?」
「そう。文字通り奥の手って感じかな。自分だけの必殺技──初見じゃ対応出来ないような、忍法とも違う大技を、中忍以上は皆持ってるの。勿論私も」
「忍法とは違うって……昨日見た、あの火の玉とかよりも凄いってことか?」
「そうだね、比にならないと思うよ。それが下忍と中忍の一番の違いなんじゃないかな」
大雅は思わず天を仰いだ。目の前の少女も奥義を隠し持っているということは、少なくともあの火球や水流、そして折り紙の使い魔達よりも遥かに規模が大きい必殺技をまだ隠し持っているということだ。同じ人間にしか見えないというのに、大雅は恐ろしさすら感じた。
「……次襲ってくるとしたら中忍レベルって話してたよな。それってつまり──」
「うん。多分だけど、奥義を持ってるシノビが来ると思う。もし、相手が奥義を使ってきたら──大雅君は全力で逃げてね」
「そこまでのレベルなのかよ……!?」
「そこまでのレベル、だね」
穏やかな時間、ゆったりと流れる時間。然れど交わされる言葉に日常は消え失せ、命を握られる感覚からは逃げられない。少しづつ大雅も慣れたつもりではあったが、それでも想像を上回るスケールの話を受けると怯えずにはいられなかった。
「マジか……ただでさえ昨日のヤツらも腕見るまでは普通の人間にしか見えない格好してたのに、すれ違う人間全員に怯えそうだわ、俺」
「シノビも基本的には人間社会に溶け込んで生活してるからね。私だって普通に歩いていたら普通の人にしか見えないでしょ?」
──和服にロングスカートを重ね、太くゴツいベルトを巻いた出で立ち。そのコーディネートを完璧に着こなす真っ白な肌の黒髪美人。ルックスもファッションも普通からかけ外れた灰原アゲハが普通に歩いていたとしても、恐らく普通の人だとは思わないだろう──そんな大雅の思考は、そのまま口に出せばアゲハが期限を損ねる気がした為、胸の内にしまうことにした。
「……まあ、最近はファッションも多様性でそういうのやる人も増えてきてるもんな」
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「ご飯出来たよ、食べれそう?」
「全然食べれる。疲れてはいるけど」
「じゃあ食べよっか。今日は頑張ったね。雷はまだ出ないけど……高速戦闘はもう普通にやれそうだね」
「なんとかな。部活の練習よりキツいメニューだったぜ」
「ふふっ、体力自慢なのにぜえぜえ言ってたもんね」
黄昏時を過ぎ、窓から見える景色が紫色に変わっていく頃。アゲハが机の上に置いた鍋の中にはいっぱいのシチューが湯気を立てながらいっぱいに幸福の香りを放っていた。数度の模擬戦や雷を制御する為の意識集中、そして夕飯の買い出しを終え大雅は大会前もあわやという程の疲労感に襲われ、夕刻前に隠れ家にて半ば倒れるように眠ってしまった。目を覚ました頃にはアゲハが夕食の準備を進めており、「まだゆっくりしてていいよ」という言葉に甘え、疲れを癒すべく横になっていたところだった。
「結局、今日は何も襲ってこなかったな」
「……ふふっ、実は大雅君が寝てる間に敵襲はあったんだよ」
「マジでか!? それはっ……それはマジで寝ててごめん……! 俺、助けるって言ったのに……!」
「あー、ウソウソ冗談だって! ほら、無傷だしここも襲われた形跡ないでしょ!? ちょっとからかいたかっただけ、ごめんごめん!」
冗談を真に受け、本気で自己嫌悪に陥りかけた大雅を見て慌てるアゲハ。修行も含め、何事も真剣に取り組む姿を見て薄々感じていたが、大雅は若干軽そうな見た目とは裏腹に相当真面目な性格をしているらしい。軽率な冗談は今後慎むようにしようと密かに決心をした。
「……でも、今日何も襲って来なかったのは逆にちょっと不気味かもね。諦めた──とは流石に思えないし、慎重に攻めてくるつもりなのか、何か策を練ってくるのか……」
「やっぱり、次攻めてくるのも斜歯忍軍ってヤツなのか?」
「可能性は高いけど、そうとは限らないね。封書を狙ってるのは斜歯だけじゃない。他の流派が襲ってくる可能性もゼロじゃないよ」
「……そういや俺、結局斜歯忍軍以外の流派のこと、結局聞かずに終わってるな。他にはどんな流派があるんだ?」
「あ、そっか。そうだね、説明出来てなかったね」
二人分のシチューをよそい、アゲハはゆっくりと座って指を立てて説明を始めた。
「じゃあ……そうだね、大雅君にも関係がある流派から説明しようかな」
「俺にも?」
「うん。大きな流派に属さず、フリーで仕事を取ったり、小さな血盟で集まっているシノビの総称──ハグレモノ。今の大雅君もハグレモノってことになるね」
「ハグレモノ……それ流派って言っていいのか?」
「一番人数が多いし、その性質上忍法や戦術のバリエーションもすごいから、他の流派からしても無視できない勢力なんだよね。厳密には流派じゃないけど、六大勢力の一角として数えられるよ」
「なるほどな……」
自分自身も所属していると言われたハグレモノ──大雅は少なからずそこには興味を覚えた。「私がいるよ」と言ってくれたアゲハも勿論いるが、それとは別に「自分はこの世界で一人ではない」という証明をしてくれる気がして、自分もハグレモノの一員という扱いになるというのは悪い気分ではなかった。
「ハグレモノは他の流派や、表社会の人間からもお金を貰えば仕事を受けるって人も多いから……襲ってくる相手がハグレモノの可能性も高いかな。さっきも言った通り、忍法や戦術、ポリシーなんかもバリエーション豊かだから──正直、相手にすると厄介なシノビだね」
「戦ったこと、あるのか?」
「勿論」
表情一つ変えず答えるアゲハ。幼い頃から非日常に身を置いてきた彼女からすれば、他流派との戦闘は当然でしかなかった。
「大雅君みたいに突然変異なんかでシノビになっちゃった人もいるけど……厄介なのは他の流派から抜け出してフリーになったハグレモノだね。前にいた流派の戦い方と、ハグレモノらしい自由な戦い方を混ぜられたりするから──」
ピンポーン。
──インターホンが鳴った。会話が止まり、アゲハの表情が一気に真剣なものへと変貌する。
「誰だ?」
「……知り合い、ではないね。ここは隠れ家だし、わざわざインターホンを鳴らしてやってくるような人はいない。一応普通のマンションを借りてるだけだから……セールスの可能性はゼロじゃないけど」
ゆっくりと立ち上がり、モニターの方へ向かうアゲハ。部屋の中に一気に緊張感が走り、静かな真夜中に聞こえてきた時計の針の音が突然主張を始めた。
「……はい、どちら様ですか?」
『──あっ、私ただ今こちらの近隣にお住まいの方にお話させて頂いておりまして〜、今お時間よろしいでしょうか〜?』
インターホン越しに聞こえてきた声は若い女性の声。モニターに映っていたのは、キャスケットを被った朗らかそうな女性。アゲハは脳内で記憶を辿ったが、少なくとも知り合いではないと結論付けた。
『少しお話させて頂きたいんです〜、今こんなね、日本だけじゃなくてね、世界が良くない方向に進んでるじゃないですか〜。だからこそね、皆で神様を信じて良い方向に進んで行きましょって話なんですけど』
「……宗教勧誘ってこんな所まで来るのな……」
インターホンの声が聞こえていた大雅が少し面倒そうにボヤく。あまり気持ちのいいものではないが、ある意味大雅にも馴染みがある日常の世界側の出来事に心が落ち着き──
『……あ、それとも既に神様を信仰してました? 例えば──シノビガミ、とか? なんちゃって』
「──大雅君っ、敵襲だよっ!! 気を付けてっ!!!!」
時間が加速し、時計の針が止まる。
隠れ家の扉がドバァン、という音と共に蹴破られたのは、その一瞬の出来事だった。