それでも、彼等は非日常を生きる。   作:ありあんろっど

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「おかえり、大雅君」

「灰原……起きてたのか」

「うん、さっき起きたところ。ごめんね、こんな場所じゃ落ち着かなかったよね」

「そういう訳じゃねえよ。ちょっと……気を紛らわす為に散歩してただけだ」

 

 石見雨詩との会話を半ば無理矢理切り上げ、アゲハの隠れ家に戻った大雅。寝込んでいたアゲハは目を覚ましており、その表情もどこか穏やかに見える。少なくとも昨日ほど足が痛むということはないらしく、改めてシノビという種族の回復能力の高さに非現実味を感じる大雅。だが、その穏やかな表情を見て無事であったことを安心した。

 

 ──脳裏にフラッシュバックするのは、石見雨詩が放った言葉の数々。

 

 狙われているのはアゲハではなく、大雅自身なのではないか。

 アゲハが大雅と接触したのには、別の目的があるのではないか。

 何故、アゲハは大雅の通っていた高校に折り紙を放っていたのか。

 

 目の前にいる灰原アゲハという女性は、一体自分に何を隠しているのか? 

 

「……? どうしたの、大雅君」

 

 脳内で渦巻く不安や逡巡が顔に出ていたのだろうか、アゲハが小首を傾げて声をかける。その表情は本当に大雅を心配しているようにしか見えず、彼女が大雅に嘘をついているとはとても思えない。やはり、石見が大雅を混乱させる為に嘘を並べていたのではないだろうか。

 

「そんなことより、足の怪我。大丈夫なのかよ」

「あ、うん。昨日は包帯まで巻いてくれてありがとうね。おかげでもう傷口は塞がってるよ」

 

 上体を起こし、包帯を取って白い足を露わにするアゲハ。昨日開けられた穴は綺麗に塞がり、痕こそ少し残っているもののその空白は完全に埋められていた。改めて目の当たりにした人間離れした回復力に驚く大雅。自らの心にもやりと現れた不安や逡巡から目を逸らすように話題を変えたが、今はその人間離れした回復速度すらも不安材料に見えてきてしまっていた。

 

「……どうしたの、大雅君。何かあった?」

 

 その様子のおかしさにアゲハも気付いたらしく、少し不安そうな声色で大雅に問いかけた。大雅の心臓の鼓動は少しだけ早くなり、上ずった声を絞り出す。

 

「何もねえよ。ちょっと……昨日のアイツのことを思い出してただけだ」

「昨日の……あのシノビのこと?」

 

 半分、嘘ではなかった。実際、今大雅の頭の中には、先程まで会っていた石見の話していたことが渦巻いている。

 

「……厄介な相手だったね。かなり戦闘慣れしてた上に、まだ奥義も隠している。次に戦う時は仕込み針にも警戒しながら戦えるけど……それだけじゃダメだろうね。こっちも、奥義を使うくらいのつもりでいないと」

 

 中忍レベル以上のシノビが皆持っているとされる文字通りの奥の手、奥義。先の戦いではアゲハも石見も奥義を見せずに戦っていた。アゲハが言うには奥義は初見ではとても対応出来ないような大技らしく、大雅からすればそのスケールは想像すら出来なかった。

 

「……灰原も、奥義を持ってるんだっけか」

「一応、中忍だからね。昨日も話した通りだけど、中忍以上のシノビは皆持ってる各々の必殺技みたいなものだからね。よっぽどの実力差があったとしても、初見じゃとても対応出来ないようなものを、私も……そしてあのシノビもまだ隠している」

「灰原でも、初見じゃ対応出来ねえのか?」

「──無理だと思う。例えばだけど、昨日あのシノビが見せた「影分身」という忍法は、主にハグレモノのシノビがよく使う忍法なの。この「忍法」という括りは、ある程度発動までのプロセスが体系化されていて、適性があるなら、修練を積めば修得することが出来る」

 

 大雅君は後天的にシノビの力を得たからどうなるか解らないけど、このままハグレモノとして生きるなら適性が生まれるかもね、とアゲハは続けた。

 

「……だけど、奥義は違う。誰もが自らの身を守る為や敵を倒すために何重もの工夫を重ねたり、自分の得意分野に特化させたり、護符や祈祷を使ってプロテクトをかけたりして、全員がオリジナルの奥義を作っていくの。忍法と違って大きな体系がある訳じゃないから、どれだけの実力差があったとしても、その奥義の仕組みを初見で理解して対応するのは、基本的に不可能なんだ」

 

 大雅は思わず唾を飲んだ。目の前にいる灰原アゲハも、そして先程まで言葉を交わしていた軽薄そうな女性──石見雨詩も、その裏で凄まじい研鑽と鍛錬を重ねた末として、そんな切り札を隠し持っているのである。

 

「それくらい、奥義という存在はシノビ同士の戦いの鍵になる──同時に、これを隠していること自体が自分自身の生存率にも関わってくるから、よっぽどの戦いじゃない限り使うこともないんだけどね」

「……足に穴が開くような戦いでも、隠し通すべきなのか?」

「そうだね。私達はこれくらいの怪我じゃ死なないし……奥義はものによっては身体そのものを消し飛ばすエネルギーを持つものもあるから」

 

 身体そのものを消し飛ばす、という現実では凡そ聞くことはない言葉に、大雅は思わず背筋が冷えた。小学生の頃、割れたガラスの破片が膝に刺さり、一針縫う怪我を負った時ですら、思わぬ痛みと溢れ出る血液に怯え、そして両親もひどく心配していたというのに。バスケ部の中で誰もが一度は経験する突き指や、試合に出る為に予防しようとする肉離れや骨折、捻挫。大雅にとっての「リアリティ」の限界はここだった。それがたった一日で「身体の一部に穴が開く」というものに直面させられ、そして今は身体そのものが消し飛ぶという、漫画の中でもスケールの大きいと思うような話を聞かされた。冷や汗が頬を伝い、彼の脳内は限界だと叫び始める。

 

「……あ、ごめん。怖がらせちゃったね。大丈夫、私の奥義だって凄いんだから。大雅君は、ちゃんと私が守るよ。なんてったって昨日はしっかり守ってくれたからね」

 

 そう言いながら、アゲハは笑顔で握りこぶしを作ってみせた。

 

「さて、今日はどうしようか。ここはしばらくバレないだろうけど、長く居座るのも危険な気がするし……」

「何言ってんだよ、まだ休んでないとダメだろ」

「いや、本当に大丈夫なんだよ。傷も塞がってるし、もうほぼ万全なんだ」

 

 軽やかにベッドから降り、その場でくるんと回ってみせるアゲハ。その様子は確かに、足のダメージを一切感じるようには見えない。もう大雅は自身の理解を超えたシノビの生態については何も突っ込まないことにした。

 

「決まりだね。私達くらいの男女が歩いていても違和感の無い場所で、人混みに紛れることにしよっか」

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

「うわ〜! すっごいよ、見て大雅君! あんなの初めて!!」

 

 目を輝かせて駆け出したアゲハの姿を見て、大雅は思わず頭を抱えそうになった。

 

「……おい、灰原」

「なぁに、大雅君」

「身を隠すんだよな?」

「そうだよ」

 

 至極真っ当な質問に対し、当然のように頷いてみせたアゲハ。その首肯を聞いて大雅は勢い良く彼女が目を輝かせていたそのものを指さす。

 

「遊園地はどう考えても隠れる場所に適してねえだろ!?」

「えっ、なんで? 私達くらいの歳の子たちが沢山いるから、カモフラージュにはなるはずだよ」

「だとしても人が集まり過ぎるだろ、こんなとこで襲われたら逃げ場ねえぞ!?」

「シノビが一般人を巻き込んでまで襲ってくることはないよ。モールでの襲撃も、人気の無い駐車場に出てからだったでしょ?」

「それは……! そうだったが……!」

「寧ろ一般人がいる場所だと襲われにくい、ってところを利用すべきだよ」

「言い返せねえ……!」

 

 明らかに大雅の方が正しいことを言っている自覚はあったのだが、アゲハの理論武装に対して対抗する矛を見つけることが出来ない。実際問題、シノビのことについては彼女の方が詳しい為、アゲハがそれで大丈夫だと言うならそれに従った方が良いのではないだろうかという、少し思考停止気味になりながらも大雅はアゲハと共に遊園地の中に足を踏み入れることとなった。

 

 高校に入学してからは部活一筋でほぼ毎日バスケをしていた為、そもそも大雅も遊園地を訪れるのは数年ぶりだった。状況こそ楽しんでいる場合ではないのだが、それでも一般的な高校二年生の男子であり、大雅はまだ世間一般でみれば「青少年」と呼ばれる年齢で、即ち子どもなのだ。遊園地という名前が放つ魅力に逆らうことは簡単ではないし、頭上を通るジェットコースターと、その恐怖と爽快感から発せられる叫び声に思わず胸が踊るのも無理はなかった。

 

 ──そして、その遊園地に胸を踊らせていたのは、実はアゲハの方である。

 

「ねえ大雅君! ジェットコースター乗ろうよ!」

「お前完全に遊ぶ趣旨で来てないか?」

「だって初めて来たんだよ? 折角ならちょっと遊びたいじゃん!」

「まあ……俺もちょっと折角来たならとは思うけども」

 

 出会って数日ではあるが、大雅はアゲハの心底嬉しそうで楽しそうな表情を初めて見た気がした。或いはこの表情、この姿だけを見ていたら、彼女は昨晩足を貫かれているだとか、生まれながらにシノビとして非日常の世界で戦い続けてきたというような話は全て嘘のように思える。どこにでもある等身大で、可憐な女の子にしか見えなかった。或いは──その笑顔、表情は可憐すぎて、日常離れしていたかもしれない。太陽の光に照らされた白い肌が、大雅の瞳と頬を焼くには十分だった。

 

「……てか、来たことなかったのか? 遊園地」

 

 思わず見とれてしまいそうだった自分を誤魔化すように、アゲハに問い掛けを投げた大雅。しかしそれが失敗であったことを、発言の直後に自分で気付いてしまった。

 

「うん、なかった。前も話したかもだけど、両親は私が六歳の時に死んじゃってるしね。そこからずっとシノビとして生きていたから、同年代の友達もいないし。大雅君も、一人で遊園地には来ないでしょ」

 

 それは予想出来ていたはずの回答。表情が変わることも、声色が変わることもない。それが当たり前だから、気分が落ち込むこともないと言わんばかりのアゲハに、大雅は少し胸が締め付けられるような気になった。そして軽く自分の頬を叩く。

 

「……悪い。そうだよな。俺が守るって言ったんだから、灰原がどんな所にいても安心出来るようにしねえとな」

「え?」

「乗ろうぜ、ジェットコースター。てか乗りたいアトラクションはなるべく乗ろう。何処で待ち伏せされたり、襲われたりしても、ちゃんと俺が守るから」

 

 意志の篭った瞳で、自分に言い聞かせるかのように大雅はそう宣言した。アゲハは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔を取り戻し、大雅の手を取りジェットコースターの待機列に向かって走り始める。

 

「ありがとね、大雅君」

 

 彼女の頬は、白い肌は、陽光に照らされて紅く輝いていた。

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

「はぁ……はぁ……ガチでビビった……」

「あはは、大雅君本気で叫んでたね」

「お前と違って……あんな高速で落ちることに慣れてねえんだよ……!」

 

 ジェットコースター、ショーステージ、観覧車、そしてフリーフォール。平日の昼間であったことが幸いだったか、人気とされるアトラクションも比較的並ぶこともなく、アゲハの目が輝くままに、多くのアトラクションを堪能した二人。流石に乗り物酔いのようなものを感じた大雅が白旗を上げ、ソフトクリームを購入し、ベンチにて休憩をとっていた。

 

「……楽しいね。もし、普通にシノビになんてならず、普通の生活をしていたら。こういう気分だったのかな」

「どうだろうな……少なくとも今日は平日だろ。普通に学生をやってる奴らは学校にいる時間だよ。そういう意味じゃ俺からしたらシノビなんて関係なくても、今日は普通じゃない一日だ」

「ふふっ、そっか。学校……そうだね。学校も、楽しいだろうな」

 

 太陽も少しずつ傾き始め、茜色へと変わる光。アゲハの言う通り、遊園地で二人でただただ遊んだこの時間は、文字通り時間を忘れるほどに楽しかった。何処から襲われても守ると息巻いていた大雅も、シノビの世界に片足を踏み入れてしまったという非日常を忘れてしまう程に、楽しい時間だった。

 或いは、彼女の言う通り。アゲハとは、シノビという非日常の世界で出会わず、普通にクラスメイトとして、学校の中で出会うことがあったなら。体育祭や文化祭で同じ目標に向かって団結し、テストの結果に一喜一憂し、このように休みの日に何処かへ出掛けていたのかもしれない……否、彼女と大雅では恐らく仲良くなるグループが少し違うだろう。このように、二人で遊びに来ることは無かったかもしれない。

 

 だとしたら、シノビの世界に。非日常の世界に足を踏み入れてしまったことも、良かったことがあったのかもしれない。少なくとも、この形でなければ、赤城大雅という少年は、灰原アゲハという少女と出会うことは出来なかったのだから。

 

 

 

 ──それが君を騙すためのブラフだったとしたら? 

 

 

 

 ふと、脳裏に過ぎったのは朝に石見雨詩から告げられた言葉。

 何故今思い出したのかは解らない。否、ずっと恐らく頭の片隅にはあった。それでも、目の前の少女を疑う選択肢も、昨日死を感じるまで戦った相手を信じる選択肢も無かった。

 

 選びたくなかった。

 

 

 

「……ねぇ、大雅君」

 

 声をかけられてはっとする。振り向くと、茜色に照らされたアゲハの顔が、大雅を覗き込んでいた。彼女の手に握られたソフトクリームは既にコーンだけとなっており、口元には白いクリームが少しだけついている。

 

「何か考え事?」

「いやっ……ああ。何でもねえよ。こんな普通に楽しむことになると思ってなかったからさ」

「そっか。大雅君は優しいね」

 

 大雅の言葉は本心だった。こんなに普通に楽しめると思っていなかったから。だからこそ、石見雨詩の言葉が引っかかり続けてしまう。

 

 二人の目の前にある回転木馬が、軽快な音楽を奏でながら回り続ける。それを眺めながら、大雅は溶け始めているソフトクリームを頬張った。甘く、冷たい感覚が、自分の引っかかりを流してくれると信じて。

 

「ねえ、大雅君。少しだけ、シノビの話をしてもいい?」

「ああ、構わねえけど……どうしたんだよ、急に」

「……シノビはね。シノビ同士で、例えばすっごく友情を感じたり、殺してやりたいほどの激情を抱いたり、その方向が正であれ負であれ……強い「感情」を抱くと、超感覚として、その相手の感覚を共有出来たりすることがあるんだ」

 

 アゲハの言葉を聞いて、大雅はそれが身に覚えがある現象であることに気が付いた。恐らくは、朝に「石見が近くにいる」ということに感覚的に気付くことが出来たのは、大雅が昨日の戦いの中で石見に対して強い感情を抱いていたからなのだろう。

 

「勿論、全部の感覚が共有される訳じゃないよ。だけど、例えばその相手にとってすごく驚いたり、強く意識に残るものは、自然と感情によって感覚が共有されることがある。本人の、意志とは無関係にね」

「すごく驚いたり、強く意識に残るもの……」

「うん」

 

 口の中に残る甘い感覚が、少しずつ不気味なものに感じられていく。何故、今アゲハがこの話を始めたのか。大雅は理解出来なかった。

 理解したくなかった。

 

 

 

「大雅君は優しいね──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 溶け始めていたアイスが、雫となって地面へ落ちようとする直前で──時が止まったかのように静止する。気が付けば遊園地中で聞こえていた和気藹々とした声も、朗らかな音楽も止まっている。回転木馬は役目を終えたかのように静止している──否、止まっているように見えるのは世界全てだ。高速の世界で、大雅とアゲハの時間だけが動き続けている。

 

 

 ──灰原アゲハは、赤城大雅に対して感情を持っていたが為に、赤城大雅が石見雨詩と接触していたことも、そして石見雨詩の本当の使命も、そして灰原アゲハの秘密も知ってしまったことを知っていた。

 

 

 そのことをやっと理解した大雅は、全身の力が抜けたかのようにソフトクリームを落としてしまう。努めて冷静になろうとアゲハの顔を見た。そこにあったのは、同じように努めて冷静に、いつも通りであろうとするアゲハの表情。

 

 

 

「……お前、今日ずっとそれを知ってて」

「うん……ごめんね」

 

 

 

 そのごめんねが、何を意味しているのかは解らなかった。だが、今この高速の世界で話していることが全てを物語っている。

 

 何故なら、シノビとして超高速戦闘がこれから行われることを意味しているのだから。

 

 

 

「じゃあ、あの、石見っていう女が言ってたことは」

「うん。殆ど本当だよ」

 

 

 

 アゲハは小さく微笑む。其処には何も邪気が無いように見えて。あまりにも自然な笑顔だったからか、不意を突かれたからか、或いはそれでもアゲハを信じたかったからか。大雅は警戒という言葉を完全に忘れており──

 

 

 

「カッ……はっ」

 

 

 腹部に、折り紙で作られた手裏剣が突き刺さったことを、痛みを感じるまで理解出来なかった。

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