彼が語った一夜の危機と奇跡、到底信じ難い話だが彼…『岸部ロハン』の話ならそんな事もあるんだなと納得してしまう。だけどそれと同時にこの話の彼について違和感を覚えてしまう。
「何か聞きたい事あるかい?」
彼のその言葉によって私は違和感を解消する為にこう投げかけた。
〝どうして2人に能力を明かしたの?〟
私の質問に彼は
「助かりそうになかったからな、自暴自棄になっていたんだ」
そう答える。確かにそれなら彼が隠している能力を明かした事は理解できる。だけど納得はできていない。
〝でもさ、君なら助かった後でも消せるよね?〟
そう、それ程までに彼の能力は便利だ。便利だからこそ、それをしなかった事がどうしても気になってしまう。
「おいおいおい一体いつから探偵に転職したんだ
〝生徒の事が気になるっておかしいかな?〟
「随分と立派だが少し足りてないんじゃあ無いか?デリカシーってのが」
〝人の事勝手に読もうとした君にだけは言われたくないよ〟
「さぁ?そんな事あったかなァ」
とぼける彼に思わず目が鋭くなる。
「そんな怖い目しないでくれよ、仕方がないだろう?あの連邦生徒会長が指名した超法規的機関シャーレのトップとなれば読みたくなってしまうじゃあないか」
〝・・・〟
「…反省しているからその目やめてくれないか?」
恐らく彼が反省しているのは本当だろう。だが、彼ほど好奇心は猫を殺すという言葉が似合う人間を私は知らない。恐らくまた何かしら気になればやるだろう。
〝話を戻そっか〟
「あ~なんとなくとかじゃあ駄目かい?」
〝・・・〟
「悪かった、その目はやめてくれ。ゲヘナにいる知り合いを思い出す」
そう言うと彼は少し考えて
「粋じゃあ無いからだな」
〝それって…どういう?〟
「彼女達を見た後にそれを書き換えるとどこか心に良くないものが残りそうな気がしてね」
ああ、納得した。彼はそういうのを大事にする子だ。
〝そっか、でもそれなら他の子達に教えてあげても…〟
「敵を騙すには味方からってよく言うだろう?」
〝まあ、言いたくないなら言わなくても良いと思うよ〟
「ああ、謎が多い方がかっこいいしな」
〝うーん?そうかなぁ〟
やっぱり納得できないかもしれない。
〝謎で思い出した、屋敷で遭遇したモノの正体とかはわかってないんだ?〟
「…ああ」
〝でも意外だね〟
「何がだい?」
〝君なら絶対に解明すると思ってたから〟
「…おいおい、それこそ僕は探偵じゃあない」
それはそうだけど何か腑に落ちない。話が一段落したところで冷めたコーヒーを一口。彼との話は中々面白く気がつけばそろそろ夜ご飯が美味しい時間帯だ。このまま独りでご飯というのもどこか味気ない。
〝よかったらご飯でもどう?〟
「あ~気持ちは嬉しいんだが先約が入っていてね」
〝そっか、あっもしかしてデート?〟
「いや、ちょっと知り合いの晴れ舞台をね」
―――――――――――――――――――――――
集合場所である劇場前の広場に着くと見覚えある顔が2人ベンチに座っている。そのうちの1人と僕の目が合う。
「岸部さんー!久しぶりっす!」
「久しぶりだな」
ちょくちょくメッセージのやり取りはしていたが対面するのはあの日ブリだ。
「遅いっすよ!」
「君達が早いんだ」
そう、僕は時間通りにここについている。
「だって姉御の晴れ舞台っすよ!落ち着きませんって!」
「おいおいおい、何分前からここに居たんだ?」
「えーと、50分位…?」
張り切りすぎだな。
「はぁ、ご飯は食べたのかい?」
「いやぁ…今食べると戻しちゃいそうで…」
舞台に立つ本人より緊張してるんじゃあないか?
「君はそうかもしれないが…お腹は大丈夫かい?」
僕はそう言って隣に座っている少女…耀奈石に声を掛ける。
「……あっ…はい」
どうやら心此処にあらずって感じだ。
「どうした?そこのお姉さんにいじめられでもしたのかい?」
「んなっ!心外っすよ!」
抗議の声を聞き流し耀奈石の返答を待つ。
「初めて演劇観るから…」
「緊張してるって訳か」
僕の言葉に耀奈石が頷く。
「あははっ、緊張コンビの結成だな」
「岸部さんは、緊張しないの?」
「ああ、別に僕が演じる訳じゃあないからな」
「でも、そういう割には靴下裏だよ」
少女の言葉に咄嗟に下を見てしまう。そしてその瞬間敗北を悟った。耀奈石に僕の靴下が見えるわけない。今日僕はブーツを履いてきている。
「引っかかったー!」
「何だかんだ岸部さんも緊張してるんすね」
2人がニヤニヤしながら僕に声を掛ける。
「会わない間に浅黄に似てきたな」
「えへへ、そうかな…」
「言っておくが褒めてないからな」
僕の言葉が届いているのかいないのか嬉しそうに顔をほころばせる耀奈石。
「間もなくー!入場時間時間となりますー!」
係員の声が聞こえてきた。
「さ!行きましょう!」
僕達はチケットを見せ、指定された席に着いた。
劇が始まる前特有の雰囲気をダイレクトに感じながら僕は2人の様子を見る。
「やばいっす…やばいっす…」
「人…人…人…パクッ」
大丈夫じゃないな。2人の目がぐるぐるして見える。
「おいおい、君達の姉御はそんなに頼りないかい?」
そんな僕の言葉に2人は動きを止め背筋を伸ばす。
「間もなく開演です」
アナウンスが聞こえる。
「ねぇ、岸部さん」
「ん、どうした?」
「楽しみだね」
「ああ、そうだな」
ゆっくりと幕が上がっていく。
拍手の音が劇場を揺らす
「凄かった…」
「まあ、中々良かったんじゃあないか?」
「……」
「おい、大丈夫か?」
やけに静かなスケバンに声を掛ける。
「…グスッ…姉御…夢、叶ったんだなって…」
「ああ、そうだな」
「ずっと…頑張ってるの…わかって…たから」
ツリ目気味の目から涙が溢れる。
「ほ”ん”どに”よ”がっだ〜!」
溢れる涙を僕達はただ眺めていることしかできなかった。
悲しい涙を止め方は知っている。
だが嬉しさで流す涙の拭き方を知るには僕達は若すぎる。
彼女の涙は場所が変わり今夜の主役が合流してもなお止まらず、そのうち釣られて主役も泣き出してしまった。
そんな2人を僕はキッチンのカウンター越しにクリームシチューが放つ湯気越しに眺めていた。そんな僕を耀奈石がよだれを垂らしながら眺める。
「味見するかい?」
「はい!」
小皿に少し注ぎ耀奈石に渡す。
「うわぁ…すっごい美味しい…」
「そいつは良かった」
「岸部さんって料理上手なんですね、キッチンも広いし」
「ああ、どうせ食べるなら美味しい物の方が良いと思ってな、ちょっと凝っているよ」
「ちょっと…?」
「ああ、ちょっぴり」
「そんなレベルじゃないような…」
「君ならこのレベルすぐにできるようになるさ」
「そうかなぁ…?」
そんな会話をするとどこからか
ぐぅ~
そんな音が聞こえてきた。
「こっちに来て涙の分補給したらどうだい?」
僕の呼びかけに2人は恥ずかしそうに座る。
「大盛りかい?」
3人の頷く姿を見て盛り付ける
流石の涙も空腹と僕の料理には勝てないようだ。
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題名…無し
とある役者が友人に「今日の私を描いてくれ」とお願いしたところ笑顔で快諾され描かれた絵。白い着物に身を包んだ役者が描かれている。