月が隠れ夜も深くなった頃、キャンプ場奥の森の入口の方に何かを待つ人影が3つ浮かび上がる。
「夜の森って何でこんなに雰囲気があるんだろうね?」
「冬ってのもあるんだろうね、虫とか居ないから」
便利屋68だ。
彼女達は現在依頼の為に張り込みを行っている。
キャンプ場の管理人から依頼された人魂の調査。彼女達はおそらくヘイローの事ではないかと推測した。
もし本当に人魂がいた場合彼女達は仲間の1人によって行われる食レポを聴くことになるだろう。
「あ~確かにここ夏だったら蝉の声凄そう」
夏の暑さの中四方八方を蝉に囲まれ聴く大合唱…あまり想像したくは無い光景である。
「うーん…ロハンさんの忘れ物ってなんなのかしら?」
岸部ロハンは数分ほど前に忘れ物したと一旦ロッジに引き返している。
「ライトとか?」
「ヘッドライト着けてたわよ?私達も持ってるし」
そう言っておでこについている丸い物体をつつく。
「なんだろうね」
「ロハンちゃんが忘れ物するなんて意外」
「まあ、珍しくテンション高かったからね」
「『人魂が居ても居なくても夜の森に現れる謎の人物が居ることになるんだ是非取材したい』って言ってたわね」
陸八魔アルが口調を岸部ロハンに寄せてテンションの高さを強調する。
「アルちゃん、物真似向いてないかも」
あまり寄せられて無いようだ。
「夜はやっぱり冷えるね」
「あ、ロハンさんついでに飲み物持ってきてくれるって言ってたわよ」
「そっちが本当の目的だったりして?くふふ、ロハンちゃん素直じゃないからね〜」
「そうかもね」
今、彼女達の頭の中にあるのは湯気の漂うマグカップのイメージだろう。実際寒い中で飲む温かい物程美味しい物は無いと言っても過言では無いだろう。
現在彼女達は先入観に囚われている。こんなに寒い中、まさか冷たい飲み物を持ってくるわけが無い。きっと温かい飲み物を岸部ロハンは持ってきてくれるのだろう。
(((ありがとう…ロハン[ちゃん/さん/岸部])))
甘かった。現在ロッジに居る彼が冷蔵庫から出した炭酸ジュースと同じくらい甘い考えだった。
「でも少し心配だね」
「そう?」
「だって熊に襲われたら…」
鬼方カヨコの懸念通りヘイローの無い人間に熊の相手は厳しい。岸部ロハンの場合、10回中9回は餌になってしまうだろう。(能力を使わない場合)
「あっ…でもここ鹿くらいしか出ないって管理人さんは言ってたわ」
「なら、大丈夫だね」
「くふふ熊が出たってロハンちゃんなら大丈夫だよ」
「どうして?」
「だって…」
不思議な力があるからと口から出そうになるのを寸前で押し込める。うっかりしていた。岸部ロハンから言いふらさないでくれと言われているのに。
彼の力を使えば口止めなんかいくらでもできる。だが彼はそれをしなかった。だからこそ彼女は約束を守るのだ。
「…ロハンちゃんなら熊と仲良くなれるかも〜?」
「流石に無理じゃないかしら…?」
「あはは、どうだろうねー?」
「意外とできちゃうかもね」
そんなふうに駄弁っていると
「あっ!」
「どうしたの?」
「あれ見て!」
指を刺された方を向く2人
「あれは…」
「光の玉…?」
その先に浮かぶのは不規則に揺れる光だった。
「行こう!」
彼女達は網を持って光の方へ向かう。
彼のスマホに
『光が現れた』
とだけ残して。
木々の隙間を抜けて行く3人、途中から光は見えなくなったがその場所を特定するために歩きづらい道を行く。
そうして歩いて行くと先程光のあったであろう場所に辿り着く。そこで彼女達は目にした。
「これは…」
木の幹に半分ほど食い込んだ斧を
「人魂って斧使うかな?」
「使わないんじゃない?」
「つまり」
「人の仕業だね」
鬼方カヨコはスマホで現場の写真を撮る。
「…じゃあ犯人はどこ?」
シャッター音だけが今この場に響いていた。
――――――――――――――――――――
Side岸部ロハン
ロッジから森の入口を目指して歩いていると懐のスマホが音を鳴らす。鬼方からだ。
『光が現れた』
その一文で僕は何が起きたのか察したのと同時に駆け出した。
馴れない雪の感触に足を取られそうになるも何とか森の入口間近に到着する。
入口から見た感じだと特に何かおかしな点は無さそうだ。
彼女達が戻って来るのを待つのが懸命かもしれない。
僕は缶ジュースを飲もうと鞄から取り出す。
ザッザクッ
足音が森の方からこちらに向かってくる。話し声が聞こえないということは人魂を逃して意気消沈といったところか。
ザクッザッ
…何かがおかしい、足音が近づくにつれて違和感を覚える。
ザッザッ
足音が…明らかに足りない…3人で歩いている音のズレが聞こえてこない…1人だけ戻って来たのか…?なんのために?
ザッザッザッザッ
森の入口から目が離せなくなる。何が出てくる…?音のリズムからすると四足歩行ではない…もしこいつが新種の歩く熊なら喰われてやるのもやぶさかでないが…
ザッ…
足音が止まった、確実に音は出口まで来ていた。
僕の目は先程と変わらない景色を映し出す。何も無かった…そう言えればどれ程楽か。明らかに空気は変わっている。張り詰めた集中の先にある圧迫感、試合前のアスリートが醸し出す雰囲気が漂ってきている。だが雰囲気の先には何も無い。
「はぁ…」
息をするのも億劫の中僕は溜めていた空気を吐いた。その瞬間
ザッ!
ドンッ!
「グッ…!」
ズザザザッ!
ヤマ勘で固めた左腕に加わる衝撃。左腕を挟んでも尚、殺しきれない衝撃によって雪の上を転がって行く身体。
「…ッハッ」
一瞬の隙に入りこまれた。だがその隙のお陰で相手は姿を現したッ!振り向きざまに手のひらを相手がいるであろう方向にかざす。
「ヘブンズ・ドアー!」
・・・
「おいおいおい…冗談だろう!?」
ザッ
その音が聞こえた瞬間横に転がる。
何かが僕に向かって飛びかかってきたのはわかるが…目に映るのは夜の暗闇だけ。能力も通用しない。
僕は一体何に襲われているんだ!?
痛む左腕を抑え次を待つ。
・・・
静寂なんて言葉が陳腐に思える程、音がなくなる。
・・・
こいつは確実に僕の方に来る。おそらくこいつの狙い通りに行けば人魂の味見をする前に僕自身がそっち側に行くことになってしまう。何故か能力も意味を成さない、所謂絶体絶命のピンチって奴だが…
ザッ!
プシュッ!
瞬間炭酸が勢い良く噴き出す。それは僕の手を離れておそらく僕に勢い良く飛び掛かろうとしていた奴に
ゴッ!
ぶち当たる
炭酸が強くなる
「弾は後3発あるぜ」
ザッザッ!
足音は僕が来た道をかなりの速度で遠ざかっていった。
これではっきりした、奴はおそらく…
ここの関係者だ。
――――――――――――――――
最近忘れていた祖父の言葉を思い出した。
夕陽照らす縁側の上で正座をさせられている若い頃の私と胡座をかいている祖父が向かい合っている。
『後ろ暗い事の無い人間の顔って奴はよぉ大抵上を向いてるもんだぜぇ?』
当時の私は少しヤンチャだった。確かそれでお説教をされていたのだ。なんて返事をしたのだろうか。か細い記憶を辿っていく。確か…
「じゃあ、じいさんはどうなんだよ?」
ああ、我ながらぶっきらぼうで無愛想な返事だ。
「俺か?俺はぁ」
祖父はすっと立ち上がると
『ほらっと』
ブリッジを決める。
『上向き過ぎて一周しちまったよ』
「何だよそれ…ははっ」
「笑いやがってこのクソガキ、真剣な話なんだからな?ヘヘッ」
「「わははははっ!」」
それは暖かな春の記憶。今はもう遥か彼方へと過ぎ去った美しい桜の季節の一幕。
――――――――――――――――――――
夏が嫌い、泳げないから。
秋が嫌い、お菓子同じのばっかりだから。
冬が嫌い、サンタさんが私の欲しいものをくれないから。
春が嫌い、お花見。
季節が嫌い、この部屋じゃ何も変わらないから…
彼女は眠っている。
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