岸部ロハンは透き通らない   作:マイケル行ける

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白と無色

 

 

 

「ラストスパートだな」

 

 ガサッと音を立てて置かれていた書類も今では絵本位の厚みになっていた。

 

 "……あぁ……"

 

 虚ろな目で虚空を見つめる先生。

 

「見るなら書類でも見て早く休むんだな」

 

 "……うん…うん"

 

 かれこれ3日間こうして仕事に付き合わされている。別に自分からって訳じゃあない。あの後僕が重要なタブレットを盗もうとしたのではないかと言われもない疑いをかけられたのだ。そこに待ったをかけたのが先生であり、僕は無罪を勝ち取った。までは良かったんだが……

 

 "不法侵入は事実だしね"

 

 やっぱり性格良くないんじゃあないか?まあ、それも今日で最後だ。明日からも早瀬は来るんだろうか?彼女はセミナーであり多忙な筈だが……まあ、良いだろうさっさと終わらして絵でも描きに行こう。

 時計の音と紙が捲られる音のみが進む時を表している。

 

『独立連邦捜査部S.C.H.A.L.E』失踪前、連邦生徒会長が突如立ち上げそのまま形骸化していた組織。その概要を大まかに要約すると超強力な権限を持つ治安維持部隊と言ったところか。正直この組織1つで現在の学園の力関係は勿論の事、キヴォトス全体にとんでもない影響を与えかねない物となっている。

 

 一体何が目的だったのか。この組織を作ったやつはまるで自分が居なくなる前提で動いていたように思えてならない。

 

 連邦生徒会長、彼女は一体どこへ消えたのか。その失踪の鍵を握るであろう人物は……

 

 "書類…書類終わらないよ……"

 

 こんな調子だ。

 

「よく見なよ本当にあと少しじゃあないか」

 

 "何も…見えなくなっちゃった……"

 

 その情けない姿にある意味で安心を覚える。と、同時に少し疑問が思い浮かぶ。

 

 何故連邦生徒会長は先生を任命したのか。

 

 別に先生の能力を疑っている訳じゃあない。だがわざわざキヴォトスの外から、それもこのとんでもない影響力を持った組織を与えるほど先生には『何か』があるということなんだろうか。

 

……今日で最後か

 

 "デキタヨ"

 

「ああ、そうみたいだね」

 

 "ガンバッタ"

 

「あーコーヒーでも飲むかい?」

 

 "ノム、ワタシサトウオオメ"

 

 どうやらあと少しで人間でいられないところだったようだ。この調子でこれから先大丈夫なのか。早瀬がグチグチ口うるさくいうのも頷けるくらい、先生には抜けているところがある。

 

 "ああ〜生き返る〜"

 

「良かったよ」

 

 "3日間もありがとうね"

 

「いや、こちらこそあの場で庇ってくれて助かったよ」

 

 "何もしていない生徒を庇うのは当然の事だよ"

 

「……」

 

 "どうかした?"

 

「いや、なんでもないよ。そういえば僕の描いた漫画読んでくれたかい?」

 

 "読んだよ"

 

「どうだった?」

 

 "面白かったよ、保存用と観賞用を全巻分買おうとしちゃった"

 

 なるほど、だからさっきすれ違った早瀬が機嫌悪かったのか。

 

 "細い感想とか言ったほうが良い?"

 

「いや、大丈夫だ」

 

 "そっか"

 

「読むからな」

 

 "うん?何を―"

 

「ヘブンズ・ドアー」

 

 力無くソファーに沈み込む身体。

 

「さて、今現在キヴォトスで1番のブラックボックスを開けるとしょうか」

 

 僕は胸の高鳴りを抑えることもせずにページを捲っていく。

 

「おいおいおい、マジか」

 

 一目見て圧倒された、明らかに情報量が桁違いだ。指揮能力が高いのは先日の一件で知っていたがそもそもの空間認知能力が高いのか……一体どこでこんな能力を身に付けたんだ……?

 

 そうしてどんどんページを遡っていく。

 

 

我々は望む、七つの嘆きを

我々は覚えている、ジェリコの古則を

 

「これは…」

 

 何かが書いてあるのはわかるが一体何が書いてあるかが一切わからない。どんな流れでこれが出てきたんだ……?

 

 僕が更にページを捲ろうとしたときだった。

 

「なんだ?」

 

 捲れない。ページの側面を見ると南京錠が付けてあった。

 

「まさかロックされているのか」

 

 こんなのは初めてだ。

 

「無理矢理にでも…外すか…?」

 

 いや、駄目だ。仮にこれを壊した時に先生にどんな影響が出るのか一切わからない。別にこれは急を要する事じゃあないんだ。僕の好奇心とは流石に釣り合わない。

 

 僕が先生を戻すために能力を解除しようとしたその時だった。

 

バサッ!

 

「なっ!?」

 

 一人でにページが開かれる。そこに書いてあったのは

 

我々は望む、七つの嘆きを

我々は覚えている、ジェリコの古則を

 

 先ほどの読めない文字。

 

「一体何が……」

 

カランっ

 

 子気味のいい音が響く。

 

「文字が鍵になっただとッ!?」

 

 何から何まで奇妙で正直どうにかなってしまいそうだ。

 

 床から拾ったそれの冷たさを感じながらゆっくりと南京錠に近づけていく。

 

カチッ

 

 開いた、そう認識した時には鍵と南京錠は消えていた。一体この先のページに何があるのか。僕は何を知ってしまうのか。見るのをやめようとする自分と好奇心が抑えられない自分。その2人が僕を引っ張り合っていると言っても良い。だがその拮抗は長くは続かず僕をゆっくりとページを捲った。

 

「……嘘だろう?」

 

 どうやらここまで立て続けだとさすがの僕でも疲れを感じるらしい。

 

 目の前に広がる黒は少しくたびれた僕を映し出す。

 

「液晶画面…タブレットか……電源は付くのか?」

 

 まさかヘブンズ・ドアーが進化して電子書籍化した訳じゃあないよな。僕は一度自分に能力を使い確認するも当然液晶画面は出てこない。やはり先生側の問題のようだ。

 

 先生の普段使いのタブレットもしっかりとある。ならこれは何だ?

 

 そっと黒に指を置いた。

 

キーン

 

「あがっ」

 

 頭が割れるかの様な痛みに襲われる。自動防衛装置のような物が発動したのだろうか、ということはあの鍵は先生の秘密を探るものを炙り出すための罠、だとしたら僕はまんまと乗せられた形になる。

 

「ま、不味いっ!ヘブンズ・ドアーをか、解除……しなけ……」

 

ガタンッ

 

 僕の意識が黒に塗りつぶされる瞬間、青い光が見えた気がした。

 

 

 

 

ダンダンッダンダンッ

 

 耳障りな音で目が覚める。右手に冷たい感触。手すり……?ここは……

 

「電車の中か」

 

 拉致かワープか……いや先生の姿がないとなると拉致ではないのだろう。あの場にいる人間の中で僕の方を優先するメリットはあまり無い。ワープはどうなんだろうな。仮にしてたとしてどう証明したもんか。一先ずここが何処なのか把握しなければ。

 

「これは……凄いな」

 

 窓から見えたのは水面に映る何処までも透き通る空。いわゆる塩湖といった物なのだろう。それが水平線にまで広がっている。だが、線路なんて通ってるのか?塩で錆びるんじゃあないのか。

 

 いや、そもそもこの列車は実在しているのか。

 

 確か都市伝説であったよな。きさらぎ駅……だったか。主人公がいつも通りの電車に乗っていたはずなのに気がついたら知らない駅に辿り着いてしまいそこで数々の不思議な出来事に遭遇するという話だった筈。

 

 だが駅に止まる気配は無い。それどころか時間の進みすら怪しい。まさかもうとっくに天国へ行ってしまってるって事なのか。

 

「……」

 

 じっと景色を眺める。未練は……結構無い。だがやらなければいけないことが沢山あった。それに付随した約束も。

 

『ロハンくんさ、お願いがあるんだけど』

 

『僕に?おいおい大丈夫なのか、相談料結構高いぞ僕は』

 

『え〜!あっ出世払いってことで!』

 

『出世ねぇ……言うだけ言ってみなよ』

 

『うん、あのさ──────────ね』

 

その言葉は

 

『……なぁ、なにかあったのか?』

 

『うーん……特に無いかな。どうしたの?』

 

『いや、無いならいい』

 

遺言のようだった。

 

「ヘブンズ・ドアー」

 

 電車の座席を本に変え読もうとするも

 

「白紙か」

 

 正直お手上げ気味だ。この透き通った景色を眺めてるってのも中々良いものだが絵が描けないんじゃあ僕のアイデンティティが崩壊してしまうだろう。むしろこの景色を見せられ絵が描けない状況は地獄と言っても過言では無いんじゃあないか。

 

「運転手は居るのか」

 

 かなり確率は低いがやれることはやってみよう。

 

 僕が前の車両に行こうとすると後方から

 

「居ませんよ、ここには私だけです」

 

 ここ最近聞かなかった声がした。

 

「……気が付かなかったよ、トレードマークがそんなになってちゃあな」

 

「……」

 

「その様子だと君も休養かい?…連邦生徒会長」

 

 その姿の痛々しさと景色の美しさのアンバランスさは僕に春を思い出させた。

 

 

 

 

 

 

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