「まさかこんなところで今1番ホットな人間に会えるなんて思わなかったよ」
座席に腰を下ろす。通路を挟んで向かい合うその姿を眩い光が赤を照らし凄惨さを増させる。その赤が意味するのはヘイローを持った人間がこうなる事態が起きた、もしくは起きているということ。
彼女の傷口が塞がっていないながらも血は流れていないようだ。
となると…彼女がここにいる理由は延命…だが、物理的時間が動いてないとなると自然治癒力にも頼れなくなる。少なくとも延命そのものは重要ではないのか。そもそもこの空間に巻き込まれただけの可能性もあるな。
「良い景色だが飽きるな」
「…あまりそういうこと考えていませんでした」
まあ、そうだろうな。
「凄い怪我だが…一体どうした?小石にでも躓きでもしたのかい?」
「……」
「君達、ヘイローを持った人間は無敵じゃあないが銃弾の10発そこらじゃあ血の一滴も流れないだろう?ましてや1組織のリーダーがだ」
沈黙こそが答えだった。
組織のリーダーが傷つく状況。それは組織自体の存続が危ぶまれる状況でしか起き得ない。ではキヴォトスのトップである連邦生徒会長がこうなっているということは…
強く打ちつける雨と冷たい光が集まっていたあの場所を幻視した。
「治る見込みはあるのかい?」
「…ここに来たときに治ってくれれば良かったんですけど…流石に無理だったみたいです」
そうぎこちなく笑う姿は血塗れであること以上の痛々しさを僕に感じさせた。
「ここには意図して来たということかい?」
「はい」
「この空間は君が作ったのか」
僕の言葉に首を振る。
「私にもよくわかってないんです」
「…ああ、そうか」
状況は振り出しに戻った。得たのは血塗れの話し相手1人。以前停滞したままの僕を乗せた電車は進み続ける。
「なあ、この電車はどこに行くと思う?」
窓から見えるのは際限無く広がる水面。それが僕に不安を与えてくる。
「わかりません、ですが辿り着いてくれるはずです」
「…どこに?」
なんだ…突然彼女の雰囲気が変わった。
「だから、だからお願いします」
「なあ、落ち着こうぜ話が全然見えてこないんだが」
気が付かない内に僕は彼女にとってのタブーを侵してしまったのか…?
「次はもう無いんです」
「さっきから何を言って―」
「もう、私にできる事は何もないんですっ!」
両肩を掴まれ彼女の両眼に映る僕と目が合った。
「お願いします…私の代わりにあの人を…先生を」
その縋るような目を僕は知っている。
「全部私の…失敗だったんです…」
朱い花を前に立ち尽くしていた彼女と同じ目だった。
「岸部ロハンさん…ここに来ることのできたあなたなら先生を…」
それはとても大きな真実を前に絶望している目だ。
「先生を救ってあげてください…」
なら、答えは決まっている。
「嫌だね」
「…ッこのままだとキヴォトスは―」
「滅びるんだろ?それなら結構前から知ってるよ」
「なら、どうしてッ!」
「なんで僕が君から言われて先生を救ってやらないといけないんだ」
本人に頭下げられたならまだ考えはするが。
「…は…えっ…?」
「そもそも救う救わないってのが気に食わないね」
「でも…先生1人ではっ!」
「その為のシャーレなんじゃあないのか?」
「確かに現在シャーレに協力してくれる人間は少ない…寧ろ排除の方向で動く人間の方が多いだろうな」
「ならっ!」
「それでも信じてやりなよ」
「私には…なぜ貴方が滅びを知りながらも動こうとしないのかがわかりません…」
「漫画家1人が動いてどうこうなる問題なら滅亡までいかないと思うよ」
「でも、キヴォトス屈指の実力者のあなたならっ!」
「…あー君勘違いしてるよ」
彼女はキョトンと僕が何を言ってるのかわからない様子だ
「それはうちの高校の小鳥遊ホシノのことだろう?」
「いえっ!彼女も確かにッ―」
「まあ、僕はそろそろ帰らせてもらうよ」
「待ってくださいっ!そもそもここから出る方法あるんですか!?」
「当たり前だ僕は岸部ロハンだぞ」
この空間は電車という概念によって構成されているんだろう。だからヘブンズ・ドアーで本にしても白紙だった。電車であるという情報以外持っていないからだ。
当然走行中の電車の扉が開くなんてことは絶対にない。
バリンッ
窓ガラスが水面と同化して見えなくなっていく。
「ぇ…あっ!」
「また、機会があればよろしく頼むよ」
僕は振り向くことなく思いっきり飛んだ。
「私の知ってる彼とは…何かが違う…?」
『――――!』
やけに聞き覚えのある声が頭に響く。人が折角心地良い微睡みの中にいるのに。
僕は文句の1つや2つ言ってやろうと目を開けようと…
『苦しむために、生まれてきたんだ。』
光に包まれる。
「ッ…!なんだ…今の―」
「しゃおらっ!」
「ぐぼぁっ」
突然右頬を襲う衝撃。それは全身を駆け巡ってもなお収まらず僕の身体を後方へと運んだ。
“ちょっ!?アロナっいきなりっ!“
ここ3日間でかなり聞いた覚えのある声が1つ
「先生、この人が先生を本にした犯人ですよ!」
吹っ飛ばされた先にあった机を杖代わりにしてなんとか立ち上がる。僕をこんな目に合わせた奴を……連邦生徒会長には妹でもいたのか?
先ほどまで会話していた彼女と瓜二つ…目の前の奴の方がだいぶ幼いが血縁関係を強く感じさせる容姿をしている。
それになんだこの場所、水浸しの教室か?あんまり水にいい思い出ないんだよな。まあ、とりあえずあの電車からは脱出できたなら一歩前進だな。
「おいおいおい、犯人だなんて人聞きの悪い事言わないでくれよ」
「何を!先生のぷらいばしーをのぞき見ようとしておいて!」
「はっ、君のその身長に似た小さな脳味噌にはその程度の事にしか捉えられないんだな」
「無駄に大きくてもやることがのぞきなんて情けないと思います…」
“ちょっと落ち着いて、話し合いが大事だよ!“
「おいおいおい、僕はいきなり右頬を殴られたんだ。右頬を打たれたら左の頬を出せなんて言葉もあるが、みッすみす差し出すほど僕の頬は安くはないッ!」
シュシュッ
シャドーボクシングの様な動きをするクソガキ。
「バーゲンセールのはじまりですね!」
「君、先生が優しいから勘違いしてるんだろ?外の世界には怖い人間が沢山いるってことを思い知らせてやるよ」
生意気なヤツに上下関係をしっかり教えるのも歳上の責務だ。
「………」
“アロナっ!もうだめ!ロハン意識ないよっ!“
馬乗りになって岸部ロハンに拳を叩きつけるアロナ。どうにかして止めようとなんとか身体で抑える先生。
勝負は一瞬だった。
岸部ロハンの形にはまった構えから繰り出された右ストレート。それに対してアロナが放ったのは幼児最強の必殺技、両の手を縦に大きく連続で振り抜く姿勢…ぐるぐるパンチだった。
『…シッ』
『おりゃぁー!』
『ごへっぇ』
それは一回転でロハンの放った拳を弾くのと同時に彼の意識を刈り取った。
身体能力の差というのはとても残酷なものである。
「駄目ですよ先生…こういう人は苦しめなくちゃ…」
“事情も聞かずに最初から暴力はいけないことだよ“
「…相手が敵でもですか…?」
“ロハンは敵じゃないよ、それに相手がどんな酷いことをしてきても話し合いもせずに暴力なんてのは…とても悲しい事なんだよ“
なぁ、連邦生徒会長…僕には到底この人に救いが必要だとは思えないんだ。こんなにも教え導くのが様になっている。
寧ろ救いが必要なのは…君の方じゃあないか?
「…秘伝のローキックもだめですか…?」
“倒れてる人間へのローキックはハイキックなんじゃないかな…?“
「うーん?」
…いや僕の方だな。