「殺す」
挨拶代わりに伊草ハルカが放った弾丸は右頬を掠めるのみだった。それは幸運と野生の勘によってもたらされた偶然であった。
だが当然それで終わる筈もなく攻撃は続く。
「伊草!そいつは…心が読めるぞ」
「…ッ…」
内心舌打ちしながら岸部ロハンを見る。能力が知られた所で心を読めば切り抜けられる…だがもし彼女が一目岸部ロハンを見てしまえば負荷がかかり鈍った所を伊草ハルカに潰される。
(まさかそれを読んで今もそこにいる…?)
だが…彼はもうこちらを本にする事は出来ない。それに
(銃弾は直線にしか当たらないから避けれる…!)
人間離れした反射神経、そして獣に近い低姿勢の構えが伊草ハルカにやりづらさを覚えさせる…はずだった。
伊草ハルカは陸八魔アルを崇拝している。
ではもしもその陸八魔アルが傷つけられたら?
なりふり構わず傷つけた者を排するだろう。
(…銃弾を握った!?)
ぶんッ
それを投げる。
(速度は下がるのにどうして…)
『どうして』そう思わせた時点で彼女の策は成功した。その思考の隙があれば距離を詰めることなど容易い。
ゴンッ
鈍い音が辺りに響く。
(こいつ…銃で…!?)
銃とは殴る武器では無かった筈だ、痛みから逃れるために意味のない思考を挟む。だが
(悪手…そもそも私は銃を持ってないッ!)
元より彼女には接近戦しか無いのだ。
拳、脚、肘、膝その全てが伊草ハルカに注がれる。
「伊草!」
「……」
ガチんっ
手に持つショットガンが力無く落ちる。
「喰らえ…!」
銃を拾わせる隙を与えない為に彼女が繰り出したのは拳によるアッパーそれはクリーンヒットし伊草ハルカの意識を刈り取る。
ガシッ
繰り出した拳それは間違いなく顎に当たったはずだ。意識が保てるはずが無い!なら何故
(私の腕を掴める!?)
動揺…それと慢心。掴んだ所でどうこうなるものではない。
ゴンッ
「がへぇッ」
その傲りが崩された。人体の一番硬い場所…頭部が振り下ろされたことによって。
ゴンッ
何度も
ゴンッ
何度も
ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ
「うがぁぁぁぁっ!」
彼女は痛みに耐えながら腕を思いっきり自分の後方に振り上げる。ダメージによって伊草ハルカの身体は宙を舞う。
ズザッ
口の中に広がる鉄の味と痛みがその表情を歪める。
正直舐めていた…自らが傷つくことも厭わない攻撃を行うとは思ってもみなかった。
「………」
(なんでまだ立てる…!?)
「…まずいっ!伊草!」
気がついても遅い。どんな手段を用いて来るのかわからないのは恐ろしかった。だが伊草ハルカと岸部ロハンは今正反対の方向にいる。
(これで心が読める…)
銃を拾う為に動くか、それとも近接戦で来るか…撤退の場合もある。そのどれでも構わない心を読んで全て出だしで封じる。反撃の余地を与えることなく。今までと何ら変わり無い。
(さあ…行くぞ)
目に力を入れ浮かび上がった言葉は
『殺す』
混じり気の無い殺意のみであった。ただ目の間の陸八魔アルを害したものを殺すただそれだけ。
ポキっ
自分の中から何かが折れた音がした。
「あ…ッ…ッぁ」
震えが止まらない。彼女はそれを知っている…だが覚えていない。身体の芯が冷えていく。
コツ…コツ…コツ…
ゆっくりと近づいてくる。
「ぁ…あぁあ」
足が動かない。
「………」
もう目の前にいるのに足が動かない。目が合っているのに動けない。やっぱり知っている目だった。
「ぁう…うわぁぁぁぁ!」
がむしゃらに拳を叩き込む。だが何度当てても倒れない。
「……」
「ひっ…!」
がんッ
「う…うぅ」
蹴り1発で転がされる。
コツ…コツ…コツ…
また近づいてくる。
「ぁううぅ…」
(逃げないと…逃げなくちゃ)
だがその足はろくに動かない。這ってでもその場から離れようとする。
コツ…コツ…コツ
「おい待つんだ伊草…もうそいつの心は折れている…陸八魔達を元に戻させるぞ」
「……逃さない…」
コツ…コツ
「ひっ」
後ろから聞こえる靴の音から必死に逃げようとする。
這って
這って
それでも
コツ…コツ……カチャ…コツ…
音はついてくる。
(殺される…殺される……)
コツ
「う……ううぅ…」
「………」
彼女は後ろ見ることはもう出来なかった。伊草ハルカの目…あの目がこちらを見下ろしているのはわかっている。銃口がこちらに向けられているのも。だから振り返れないのだ。
バンッ
床に穴が空く。
(…はずした…?なんで…?)
恐る恐る後ろを向くと銃身を掴んでいる岸部ロハンの姿がそこにはあった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうして…?」
そいつは驚いた様にこちらに問いかける。どうしてだろうな。
「君がビビり過ぎてるからじゃあないか?…ヘブンズ・ドアー」
前方に吹っ飛ぶ
「陸八魔の感情を戻して連れて来るんだな」
目の前からそいつの姿が消える。あのまま伊草にボコボコにさせても良いんだがそもそも能力の解除条件がわからない。気絶させて元に戻るんだったら僕が急いで陸八魔を連れてくればあいつが殺される事は無いだろうが…
「……」
「悪いな、僕が呼んでおいてなんだが…色々と都合が悪くなってね」
虫でも払うかの様に銃が振られ身体が持っていかれる前に手を離す。そして伊草はあいつが吹っ飛んで行った方へと歩き始める。
「彼女は陸八魔を元に戻しに行ったんだ、邪魔をするんじゃあない」
その肩を掴み止めようとする。
「邪魔…!」
「うげぇっ!」
目の前に広がる青。ああ…綺麗だな。なんだろうな…最近そういった青を見た様な…
『しゃおらっ!』
嫌な青を思い出してしまった、はぁ…そろそろ落ち始める頃か…ん?…天井のガラスを突き破ったのか!?ヘブンズ・ドアーに落下する人間を受け止める力は無い!ヘブンズ・ドアーにも筋トレさせておくべきだった!
迫る床がやけにスローに見える。
まずい…まずいどうする!
「う…うおおおぉ!ヘブンズ・ドアー!」
インクを飛ばす。
やわい
ボスンと床に埋もれる。発泡スチロールに突っ込んだ気分だ。
僕は3秒経って再び硬さを取り戻した床の破片を投げつける。伊草の頭に命中しさらに砕ける破片。
「天井まで投げたくらいで…僕を舐めてるのか?」
こちらを向いた伊草に銃口を向けた。
ガラガシャンガラララッ!
椅子と机を巻き込んで転がっていく身体。
「…はぁ…はぁ」
(フードコートまでなんとか保ったな…)
「……いい加減にしてください…」
「…なぁ…君…結構甘いんだな…」
結構粘った岸部ロハンは伊草ハルカから見れば大層うざったく見えるだろう。だが彼女はその腕に持つショットガンを撃つことは無かった。岸部ロハンも同様に銃を撃てていないが。
「撃てよ…君がその手に持つ銃を…今こうしている内に…陸八魔をああした奴は逃げているかもしれないぜ…出し惜しみしてる場合か…?」
(せっかくのショットガン相手なんだ、撃たれなくちゃあここまで体張った意味がなくなる)
「……!」
ドンッ
「……ぐッ…!」
彼はテーブルを盾にする。
ゴムの様になる
放たれた複数の銃弾は机を伸ばして近づいてくる。もしこのまま元の状態にしまえばそのまま貫通して彼はお陀仏だろう。だが3秒じゃあ銃弾を止めるのには足りない。
成長しなければいけない。今この瞬間に。できなければ死ぬしかない。
パキ…パキ
(まだだ…ここで終わるわけにはいかない)
「うぉぉぉぉ!」
バリンっ!
打ち返した散弾は天井のガラス全てにとどめを刺し舞わせる。
舞うガラスに光が反射し教会のステンドグラスの様に。
ただの人間が散弾を打ち返し起こした奇跡。それは見るもの全てに神々しさすら覚えさせただろう。
「ヘブンズ・ドアー」
銃弾を放った人間の意識にすら。
「ロハンさん!ハルカ!大丈夫!?」
息を切らして駆け寄る陸八魔アル。
「ああ…僕は大丈夫さ、伊草も気を失っているだけだ…戻ったんだな陸八魔」
「ええ、そこの子が襲ってきたと思ったら急に起こしてきてそうしたら急いでロハンさんの所行ってって…どうなってるの?」
顔を下に向けているその子。
「……」
「そいつは…」
ゥゥゥゥゥウウウウウウ!
彼が口を開こうとした瞬間サイレンの音が聞こえてくる。
「どこかで事件かしら?」
「まあ、最近物騒だしな」
「そうねぇ…」
下を向いていた顔が何かに気が付いたように上げられる。
「ねぇ、これ近づいてきてる」
銃声やガラスが割れる音がひっきりなしに聞こえてくれば通報の1件や2件入ってもおかしくないだろう。
「……逃げるわよ!」
そう言うと彼女は未だ意識のない伊草ハルカを抱える。
「浅黄と鬼方の場所はわかっている!君も手伝え!」
「……うん」
そうして彼女達は走り出した。
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