岸部ロハンは透き通らない   作:マイケル行ける

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タクスキミ

 

 ペンの音だけが今この空間が静止していない事を証明する。

 

先日の依頼のドッタンバッタンの騒ぎ。あれはあれで嫌いじゃあないがやはりこうして原稿と向き合っているのが性に合う。

 

ガチャ

 

玄関が開かれる。

 

「ただいま」

 

そう部屋に入ってきたのはあの廃ショッピングモールで出会った心を読む少女。彼女の行く当てが無いとのことで便利屋で引き取ろうと言う事になったが…人の面倒を見る余裕がある人間が僕しかいなかった為仕方なく引き取ることにした。

 

まあ、キヴォトスで唯一と言っていい能力を持つもの同士だからな。少なくとも僕は僕以外知らない。

 

昨日教えた『ただいま』をしっかりと使っている所に感心を覚える。野生にいたとは思えないくらいの知識はあるが所々常識を知らない部分がある。

 

「初バイトはどうだった?」

 

「良かったと思う」

 

そう答え応対用のソファーに深く座る。

 

「どんなところが?」

 

「先輩が優しい」

 

今日から彼女は『エンジェル24シャーレ店』にてバイトをする事になった。面接など色々障害はあったが…まあ…嫌な言い方をするとコネでなんとかした。あんまり好きじゃあ無いがそうまでして彼女をそこで働かせたかった訳がある。

 

          〜〜昨日〜〜

 

「………」

 

「今日からここが君の拠点だ」

 

そんな僕の言葉に反応すらせず下を向いているそいつに声をかける。

 

「ほら、入れよ……どうかしたのか?」

 

「……中で話す…」

 

まあ、薄々わかってはいるさ。

 

「ほら、座れよ」

 

そう応対用のソファーに誘導する。

 

「なにか飲むかい?」

 

「いや…いい」

 

なんだが少し懐かしいな。不本意に押し付けられた彼女も当初はこんな淡白な反応をしていた。今ではかなり図太くなってしまったが。

 

「そうか」

 

少しばかり沈黙が場に浸透する。だがゆっくりと水滴が溢れ落ちるかのように彼女は語り始める。

 

「……岸部ロハン、お前の言う通り私は私のしている事が良くない事だって…思ってた…」

 

「ああ」

 

「だから…心を返した時…許される筈無いって…でも…許された」

 

 まあ、そのまま心が読める猿が入った少女が君達の感情を奪いましたって言う訳にもいかないからマジシャンを志望していた少女があのショッピングモールで辻斬りならぬ辻催眠を行っていたと説明した。結構無理があると思うが浅黄に協力してもらう事によってどうにか事なきを得た。

 

「依頼人は許さないって言ってたぜ?」

 

「…でもなんの…報復も無い」

 

「だろうな」

 

被害を受けた本人は軽く許していたしな。

 

『まあまあ、こうやって無事なんだしそんな怒んないであげてよ』

 

『無事って…私がこの数日どれだけキヌエちゃんの事心配してたとッ………あのね、どんな理由があっても人に迷惑をかけちゃ駄目!次は無いよ!!』

 

ごもっともだな。

 

「どんな報復でも受け入れるつもりだった…」

 

「……それはある意味身勝手なんじゃあないか?」

 

「……そう…かな」

 

「心の底から罰を求めた男がいた、彼は自分の罪が裁かれないことに苦しみ続け最後には己自身の手によってそれを得た、だが本当の意味での赦しを得れてはいないと僕は思うんだ」

 

「……」

 

「罪に苦しみ続ける事、それこそが償うと言うことであり…彼は身勝手にもそれから逃げた…君も逃げたくなっているんじゃあないか?」

 

「…うん…このモヤモヤは苦しい…」

 

だからきっと今でも彼は…彼を赦せていない。誰よりも。

 

「君が知りたい事はきっとそれに近い、己の恐怖心…本能の天秤を打ち砕いた青年の本質を理解するためにはしばらくその罪悪感ってのを抱えていればいいさ」

 

彼女が知りたいそれは少なくとも誰かを通してじゃあ無くて自分自身で知るべきだ。

 

「…お前…あなたはどうなの?」

 

「罪悪感の事かい?考えた事無いね」

 

「………そう」

 

「まあ…あまり向いてない事するもんじゃあないって事だな」

 

それから僕は猿時代の事や能力について質問をしていく。そうしていく中で僕と彼女の能力の根本が違うのでは無いかという感想が出てきた。何故なら彼女には僕の能力のビジョン…『ヘブンズ・ドアー』の姿が見えていない。本質が同じなら見えてもおかしくない筈だ。

 

「少し気になったんだが…君のその身体の持ち主、確か『心が生きる事を諦めていた』と言っていたが何があったんだ?」

 

僕の言葉に彼女は動きを止め考え込み、重い口を開いた。

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

旧約聖書か?意味は…『空の空、一切は空である』か……あまりそういった方に詳しくないからうろ覚えだ。

 

「それがどうしたんだ?」

 

「この言葉を元に学ばされている子供達の内の1人がこの子」

 

「……」

 

唖然とした。こんな無気力な言葉を?別に僕だって友情・努力・勝利を掲げろなんて言うつもりは無いさ、だがそれにしたって悪影響が過ぎる気がするんだが…

 

「この子達は群れだった、限りなく憎悪一色に近い色をしている群れ…復讐の野望を燃やして生きる群れにして1つの生き物だった」

 

思わず吐き気がした。そんなものは血を吐くマラソンを生み出すしか無い。破滅しか行く末が無いじゃあないか。

 

「そんな中この子はいつも通り訓練をする筈だった…だけどそうはならなかった…心が燃え…熱くなる物に出会ってしまったから」

 

「……ラブロマンスでも始まるのか?」

 

僕の言葉に首を振る。

 

「それはたった1枚の紙だった、風に飛ばされたのかボロボロで…でもそこにあったのはこの子に取って面白くて…熱くて…未知だった」

 

「それは岸部ロハン、あなたの漫画だった」

 

「……そうか」

 

そこからなんだかんだ這い上がって…って話だったら喜べるんだが…

 

「それを見る前と見た後だと世界の見え方が違った、今を変えたい、知りたい、続きが読みたい…希望を持ったの」

 

「だから罰された」

 

「重要な計画が進み始める頃だったからそれは痛烈で…それだけで終わらなかった、実験台にされそうになって…命にすら届きかねなかった、だから逃げて逃げて逃げた」

 

「そして疲れた、折れた、祈った『助けて』って…そこでこの子の記憶は終わり」

 

僕は震える声で問う。

 

「その集団の名前は…なんて…言うんだい?」

 

「アリウス分校」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

そういった事が発覚した為シャーレに近い方がその連中も手出し出来ないだろうと考えた。大きな計画が水面下で動くなら尚更下手に手を出せない。

 

計画の詳細を聞いたがそもそも身体の持ち主も聞かされていなかった。シャーレに駆け込む事も考えたがとある事情によってそれは出来ない。

 

「漫画の進みはどう?」

 

「しばらくは大丈夫だ」

 

彼女の身体の持ち主の話を聞いてから本当はしたくなかったが描き溜めをする事にした。いつ何が起きるかわからない…そういった事態に片足を突っ込む事になるかもしれないからな。

 

そしてそういった事態は意外な所から来た。

 

電話が鳴る。画面に映るのは…シャーレ…?

 

「もしもし」

 

『もしもしロハン!ちょっとシャーレの方これないかしら?』

 

電話から聞こえてきた声に思わずため息が出そうになる。

 

「あのなぁ…早瀬…君ィ…セミナーだろう?良いのかいそんな入り浸ってて、それに仕事なら君と先生が居れば事足りるだろう?」

 

「……のよ…」

 

「なんだって?」

 

『先生が居ないの!』

 

「何?どういう事だ…?」

 

『私にもよく分からなくて…様子を見に来たら置き手紙しか無くて…』

 

連邦生徒会が仕事押し付け過ぎて嫌になって逃げ出したのか?

 

「置き手紙に行き先は書いてないのか?」

 

『アビドス砂漠に行きますって』

 

ああ…そうか。僕は確信した。歯車が大きく動き始めた事を。

 

ヘルメット団の動きが激しくなるに連れ流れ弾等の危険性を考慮してアビドスには来ないようにと言われていたが先生が行ったのなら僕が行っても別に良い事になるだろう。僕も先生も流れ弾で致命傷だからな。

 

だが…どうなる…?先生が居ないからと行ってわざわざ彼女を消しに来るか…?

 

『ロハン…どうしたの?』

 

思考の海から引っ張り上げられる。

 

「とりあえず仕事は連邦生徒会に投げとけば良いんじゃあないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────―

 

 

「シャーレには駆け込めない?どうしてだい?」

 

僕の問いに彼女はぽつりぽつりと答える。

 

「話を聞いた限り…多分その人は…私の望みを叶えてくれない」

 

「望み?天秤を打ち砕いた物を知る事かい?」

 

「違う、それは目標」

 

「じゃあ望みってのは?」

 

「この子は今眠っている…この子が起きた時に身体から出ていきたい」

 

「へぇ…いや、待て出ていったら」

 

「戻る身体はきっとここには無いから多分……」

 

確かに…先生はそれを許さないだろう。

 

「二重人格としてってのもアリじゃあないか?」

 

僕の言葉に首を振る。

 

「私は多分一度死んでいる…だからあるべき形に還るべきだと思う」

 

「だがどうやって出ていくんだい?」

 

そうだ、そもそも出ていく手段が…

 

「あなたにお願いしたい」

 

迷いの無い目でこちらを見る。

 

「おいおいおいおいおいおい、君は…僕に人殺しになれって言ってるのか?」

 

「そうなる」

 

「話にならない!僕のこの手は絵を描くためにあるんだッ!命を取る為にあるんじゃあない!それに起きたとしてもしその子が折れていたら君が消える意味が無いだろう!?」

 

「いや、意味はある」

 

「無いね!無駄足っていうんだそういうのを!」

 

「未来に繋がる、この子は世界の悪い面ばっかり見てきた…でも私は素晴らしいものを知ってる、だからこの子にそれを繋げたい…彼のように」

 

僕は深く椅子にもたれ掛かる。

 

「……わかったよ」

 

 

 

 

 




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