藪のつつき方
ここはトリニティのとある教室。今ここには4人の生徒と1人の大人が居た。
「シュー…シュー」
放課後特有の空気感すらもを上塗りする重い空気感。そんな中響くのはガスマスク越しの呼気。
「…えーと…なんとかみんな集まりましたね…補習授業部…ですが…ここからが本当の問題で」
このメンバーを連れてくるのに既に疲れ切ってしまった阿慈谷ヒフミが口を開いた。
「ふふっ…放課後…人気の無い教室…素行不良の女生徒と大人…始まってしまいそうですね」
そうピンク色の連想ゲームを披露したのは浦和ハナコ。
「そうか、ちなみに私は本気を出せばこの教室で一ヶ月は籠城できるぞ」
なににちなんだのかはわからないが桃色連想ゲームに張り合うインパクトの強い挨拶をした白洲アズサ。
「…死にたい」
自分はこの2人と同枠なのかと絶望し、ぶつぶつうわ言を呟くのはこの中で唯一の1年生下江コハル。
「先生……その…よろしくお願いしますね」
“うん、できる限り頑張るね”
そんな様子に苦笑いを浮かべる先生。だがその目はやる気に満ちていた。
この補習授業部の生徒は成績不良から退学寸前となってしまっている。そんな生徒達を導き、退学回避をさせるのがティーパーティー桐藤ナギサからシャーレへの依頼だった。
ガラガラガラッ
突然、教室の扉が開かれ何者かがツカツカと教壇の方へ歩いてきた。白い中折れハット、眼鏡、ティーパーティーの物らしき男子用制服。
「あの…どちらさ…!?」
その何者かの顔を確認した先生と阿慈谷ヒフミは目を見開いた。そんな2人を置いて黒板に『山村ニモン』と書き。
「転校して来ていきなり補習授業部に入る事になった山村ニモンだ、よろしく頼むよ」
そう挨拶をすると固まってしまっていた2人が再起動し
“あの…ロハ「ニモンだ」
“ニモンは…名簿には無いけど…”
先生の持つ名簿に山村ニモンは勿論岸部ロハンとも無い。
岸部ロハンとは浅から無い繋がりがある。とある一件から疎遠となっていたがこの様な再会の仕方をするとは夢にも思わなかった。
「ああ、その資料抜けがあるらしいと桐藤…さんが言ってたよ」
そう、彼は先生に一つ紙を渡す。そこには『山村ニモン』の名がしっかりとあった。ということはこれは桐藤ナギサの差し金なのかと思考を巡らせる。
「ニモンさんはティーパーティー関係者ということで良いんでしょうか?」
「ん?ああ…そうか…そうだよ」
ニモンは一瞬答えに迷うが自分の今の服装に視線をやると浦和ハナコを肯定する。
「えーと…そうですね…ニモンさんはとりあえずこちらに…」
阿慈谷ヒフミは席に案内するふりをして小声で
「ロハンさん……何やってるんですか…」
耳打ちする。
「……君のファウストと似たようなものだと考えてくれ」
「……本当に何やってるんですか……何か困ったことがあれば頼ってくださいね…」
「助かるよ」
ひとまず席に着こうとするが
「ちょっと待って!」
待ったを掛けられ、何事かと下江コハルの方を見た岸部の背に冷や汗が流れる。
ジロッ
彼女は鋭い目でニモンを睨みつけていた。
(バレたのか…?)
眼鏡を掛け変装したとは言え彼はキヴォトス唯一の男子生徒。バレるのも時間の問題だったのだろう。
「あんた……何年生?」
「……2年生だ」
「ふんっ…年上だからって敬われるとは思わないでね!あんた達も!……こんな部活さっさと抜け出してやるんだから馴れ馴れしくしないでね!」
そこからここは先輩後輩の上下関係は気にしなくて良いという事になった。
「そもそも、私とあんた達じゃ状況が違うの!」
下江コハルは飛び級のため2年生のテストを受けていた為、1年生のテストを受ければ楽々と受かるということ。それら全てを嵐のように告げると去っていった。
「ふふっ…これから面白くなりそうですね」
そうして補習授業部の初日は終了した。
「……何か用か?」
じっと白洲アズサの方を見た山村ニモン。
「いや、別に」
「なら良いんだが」
そう背を向け教室の外へ歩いていく彼女。その手に持つガスマスクを見て彼は苦笑いを浮かべた。
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久しぶりにここに入ったが景色は相変わらず良いな。風に運ばれてくる切り分けられたアップルパイの匂いが心に良いものを生み出してくれているようだ。
ここはトリニティ総合学園のテラス。今回は聖園は居らず桐藤しかいなかった。
僕がここにいるのは先日うちの学校の生徒が色々と巻き込んだということの謝罪、それと前々から約束していた『ステップラック』の続編*1についての報告をするため。どちらもかなり期間が空いてしまったが桐藤の寛大な心に掛けるとしよう。
つつがなく1つ目の用が終わり、2つ目の用であるステップラックについても最初のうちは何事も無く進んでいたさ。だが、
「インターネットで公開する事にした*2のは知っていると思うが、この3冊だけは……個人的なツテで用意してもらった…くれぐれも流出させないでくれよ」
曲がりなりにも続編を描くならば公開しなければ読者への敬意に欠ける。3冊のみ実本を用意するのも大分グレーだが、僕の信念とのギリギリのすり合わせだ。
「……」
「どうかしたか?」
彼女は僕のそんな言葉を聞いているのかいないのか黙り込んで3冊の本をじっと見ていた。最初は何か気に食わないことでもあったのかと首を傾げたが3という数字とこれが誰の為に用意されたのかを思い出せばたどり着くのは簡単だった。
ティーパーティーの1人である百合園セイアが入院している、それは少しこの校内を歩けば聞こえてきた。前回ここに来た時もそいつは体調を崩していた為気にもとめなかったが、何か良からぬことが起こっているというのは明らかだった。
となると桐藤の顔はどこか疲れているように見えない事も無い。
まぁ、僕にとってはどうでもいいがな。
アップルパイを刺そうとしたフォークは彼女の言葉によって空中で手を止めざるを得なかった。
「……『エデン条約』だって?」
「はい」
彼女は長々と『エデン条約』 なるものについて語り始めた。
連邦生徒会長によって進められた歴史的にも根深い対立関係にあったトリニティとゲヘナが共に構成員を出し合いエデン条約機構を設立、そいつらによって両自治区の紛争解決を行うことで両学園間の全面戦争を回避させるものだそうだ。
「要するにトリニティとゲヘナでいがみ合うのは辞めましょうというものです」
部外者の僕にそんな説明された所ではい、そうですかとしか言えないんだが……それにしても
「かなり壮大な話だが僕は今まで一度たりとも耳にした事が無い……まさかだがこれ内部機密だったりするんじゃあないか?」
「そのまさかですよ」
「……どういうつもりで」
「岸部ロハンさん、あなたに『お願い』があります」
さっさと帰るべきだった、下手に彼女の『お願い』とやらを断れば機密情報を知った僕は……本当変に上に立つものじゃあないな。
「はぁ…内容は?」
僕が尋ねると彼女は紙の束を取り出し渡してくる。そこには複数のトリニティ生の名前と簡単なプロフィール。
『阿慈谷ヒフミ』 『下江コハル』 『浦和ハナコ』『白洲アズサ』
「ふーん」
「あなたにエデン条約締結の妨げになるであろう『裏切り者』を見つけ出して欲しいのです」
続く彼女の言葉に思わず笑ってしまった。
「何かおかしい事でも?」
「いやぁ…『楽園』ときて『裏切り者』とは…随分示唆的だと思ってしまってね」
エデン条約、トリニティとゲヘナが手を取り合うだけの条約のくせに傲慢だと思ったらなるほど……これほどピッタリな名前は無いかもしれないな。
「つまり、君は僕にこの補習授業部とやらの中からイブを唆す蛇を見つけてほしいわけだ」
「そうなりますね」
なんともくだらない内輪揉めだこと。そんな調子で本当にゲヘナの条約が結べるのか、結んだとしてそれが上手くいくのか。
『断る』そう言おうとしたが
『アダムは…イブと共に生きるために『知恵の実』を齧ったんだと思う』
「受けてやってもいい」
僕の口は気が付けばそう動いていた。
「では…」
色々言おうと口を開こうとする彼女を手で制し立ち上がる。
「そういうのは口頭じゃなくて紙で頼む、紅茶ご馳走様」
「ええ、では後日……方法や日時は郵送させていただきます」
「ああ」
僕は出口に向かって歩き出そうとするが、一つ言いたいことがあった。
「案外蛇は君自身かもしれないぜ」
「それはどういう…」
「蛇が自分は蛇だと気が付くのは困難だ、自分に手や足が無いと自覚しなければいけないからな」
僕はテーブルに放ったらかしにされたアップルパイを一切れ手で掴み口の中に入れた。行儀は最悪だがリンゴの甘みと酸味を活かしきったそれは僕の心を幸せにしてくれる。
「最高のアップルパイだな」
僕は振り向く事無くその場を後にした。
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『楽園』最初の人間アダムとイブが神によって住まわされた地。楽園においては平和と繁栄、幸福のみが存在すると言われている。
だが、アダムとイブの2人は『知恵の実』を食したことで楽園から追い出されることになる。追い出さた2人は『原罪』を背負いながら生きていくこととなる。
そうして畑を耕し子を産み、繁栄させた末が僕達と言うわけだ。
僕の解釈でこれを読み取るのなら
自らが知恵があると自負するのであれば
『アダムは…イブと共に生きるために知恵の実を齧ったんだと思う』
他者と共に生きていくと決意をするのであれば
「人間は楽園に背を向けなければならない」
吐いた言葉は以前よりも静かになった家に溶けていった。その静けさに物足りなさを感じる。
僕は楽園には背を向けるが『天国』は見てみたい。
『私は……天国に行けるかな』
『
旅立つ友をそこに送れたのか知りたいからだ。
天国への扉は開かれた
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