岸部ロハンは透き通らない   作:マイケル行ける

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新入りのレクイエムから抜け出せたので投稿します。


後悔の行き先

 

 

 

 

 

 

「ロハン先生さ、ちょっとお話しようよ」

 

この空間において聖園ミカの声は明瞭でそれが寧ろ違和感を感じさせるに足るものだった。

 

「……」

 

彼は隣に腰掛けた彼女に構うことなくスケッチブックを取り出すとそのまま何かを描き出す。

 

「あれ?描いてもいいの?バレちゃわない?」

 

「別に君以外がここにいるわけでもないだろう?……正直なところ禁断症状的な物がそろそろで出来そうでな、一旦リセットさせてくれ」

 

これから先の生活はまるで修行僧のようなものになりかねない。

 

「あはは!別にそれでもいいよ〜好きだった漫画家が絵を描いてる姿を生で見れる機会だし!」

 

「ふーん」

 

()()()…ね)

 

何故彼女は彼の前で過去形にしたのか、当てつけにしてはこちらに投げかけている感じはせず心の底からの言葉にしてはどこかわざとらしかった。

 

「それにしてもロハン先生も大変だねぇ、好きな事をここにいる間は我慢しないといけないのに2次試験になっちゃうなんて…私だったら」

 

補習授業部の第一次追加試験は散々な結果に終わった。それ自体は別に二次試験を受ければいいだけの話だと彼は言うが、合宿ってのがネックなのだ。油断して絵を描けばたちまち正体がバレてしまう。

 

「さっさと本題に入ろう、この調子だと日が暮れる」

 

「もぉ~少しくらい良いじゃんー」

 

遮られたことにムッとした様子の彼女。

 

「じゃあ単刀直入に聞くけど見つかりそう?補習授業部のトリニティの裏切り者」

 

「なんだい()()()()()()裏切り者って、どうして僕に?」

 

「あははっ惚けなくたっていいよ?ナギちゃんからお願いされたんでしょ」

 

「どうだかな、そういうのは漫画家の仕事じゃあない」

 

「ナギちゃん私がシャーレの先生を補習授業部の顧問に推薦した事が気に入らなかったみたいで別途でロハン先生に調査を依頼したんだよ」

 

子どもの意地の張り合いのようだと岸部は鼻で笑った。

 

「で…誰だと思った?」

 

「その言い草だと君は答えを知っているように聞こえるが」

 

「まあまあ、まずはロハン先生の考えを教えてよ」

 

その態度に文句を一つ二つと言ってやろうとしたが話を進めるために不満をため息へと変換して堪える。

 

「補習授業部にいる外部の生徒は白州アズサに違いない」

 

「なんでそう思ったの?」

 

「彼女の生活態度は真面目で意欲的だ、だからこそ学生として教育を受けるという経験の不足が目立って見えた、彼女のそれは軍隊的だ」

 

「おぉ~」

 

「その反応は正解って事で良いのか?」

 

「大正解だよロハン先生、やっぱり漫画家だと観察眼とか身に付くものなの?」

 

「さあな、なんで君は僕に裏切り者について聞いてきたんだ?」

 

「単刀直入に言うと口止め…かな?多分ロハン先生ならトリニティの成り立ちとか色々調べてると思うんだけど…」

 

彼女が語ったのはアリウスとトリニティの確執、etoとナギサの懸念、そして

 

「だからアズサちゃんには架け橋になってもらおうと思って」

 

という願望。

 

彼女の口から真実がかたられる間も彼は一度もペンを止めることなく目線すら紙から動かなかった。だが彼女はそんな事を気にする様子もなく、岸部ロハンが自分の話を聞き逃すわけがないといった感じで話し切った。

 

「要は僕がその事を桐藤ナギサに報告しなければいいんだな」

 

「…うん!そういう事!」

 

「別に構わないよ」

 

「本当!?よかった…!ありがとうロハン先生!じゃあこれ以上邪魔しちゃ悪いし私行くね!」

 

そう言うとベンチから立ち上がって岸部ロハンに背を向け歩いていく。

 

彼の目にはその足取りはやけに忙しなく見えた。

 

「なあ」

 

それがどうにも可笑しくて

 

「君の言う架け橋ってのは囮って事で良いのか?」

 

ついそんな事を言ってしまった。

 

 

ザアアアァ

 

 

噴水の音だけを残して空白が生まれた。

 

「………」

 

忙しなく見えた足取りは不自然な所で止まっていた。

 

「…それは…どういう意味?」

 

「どうもこうも…そのままの意味に他ならないよ、君は僕がこの事を桐藤に報告してもしなくてもいいように白州アズサの事を話に来たんだろう?」

 

もしもこの事を報告すれば白州アズサを排除して気の緩んだ桐藤ナギサを本命の計画が襲うのだと彼は確信した。

 

「やだなぁ、そんな訳」

 

「君は彼女の事をトリニティの裏切り者と言った、それがどうにも引っかかる…僕には君が彼女をスケープゴートにしようとしているように思えてならないんだ」

 

「ん〜気にし過ぎなんじゃない?そんな調子だと疲れちゃうよ?」

 

「そうか?君がそう言った瞬間僕はさながら目の前で犯人が口を滑らせた1時間ドラマの刑事のような気持ちになったが」

 

「やけに具体的だね、あーあそんな言葉1つで疑われちゃうなんてショック!」

 

「言葉1つ?おいおいおい君ぃそれマジで言っているのか?」

 

心底馬鹿にしたように彼は笑う。

 

「そもそも、白州アズサが裏切り者だからと言ってトリニティ生が裏切ったとは言えないんじゃあないか?」

 

白州アズサではトリニティの裏切り者にはなれない。馴染めていないからだ、彼女にはせいぜい刺客か襲撃犯が関の山だと。俗的な表現で言うところのインパクト不足と彼は続ける。

 

「それは…ロハン先生が漫画家だからそう思うんじゃないかな?」

 

「ああ、確かにな……僕がこの件を漫画にするなら裏切り者はもっとトリニティの奥に、内側に、権力を持った人間にする、例えば…1人欠けたティーパーティー内の誰かとかな」

 

誰かなんて白々しく言うが彼の言葉が捉えているのは1人しかいない。

 

「失礼しちゃうなぁ……名誉毀損だよ?」

 

「そいつは失礼、だが君はエデン条約に対してマイナスな感情を抱いていてゲヘナ嫌いの特色の強いパテル派の首長…そして」

 

口にすればするほど笑えてくる程に材料が揃っていた。

 

「ホストの百合園セイアが殺されて一番得する側の人間なんだぜ?」

 

「なんで…それを…?」

 

それは限られた者しか知らないはずの情報だった。

 

「人の口に戸は建てられない、ましてここのトップの事となればな」

 

『ヘブンズ・ドアー』

 

セイアさんが何者かに殺された。最早誰も信用できない、私がエデン条約を締結させなければ。

 

『ふぅん……余裕の無さの理由はそういう事か』

 

だが彼にとっては容易く知れる物の一つに過ぎない。

 

 

(シスターフッドあたりからかな)

 

「……だとしても疑うなら私じゃなくてホストになったナギちゃんじゃない?」

 

「桐藤と百合園セイアの方針はほぼ一致している、ホストの権力が欲しいからといってそんなリスクを犯す必要は無い、暴力に訴える手段を使うのは方針を変えたい側だ」

 

「そんな事言ってるけど証拠がないじゃん、全部憶測から出ないただの連想ゲーム止まりだと思うよ」

 

「ならなぜ君は足を止めているんだ、全部憶測で荒唐無稽な話だと言うのならさっさと立ち去るべきなんじゃあないか?」

 

そう彼は言うが自分に不都合な事を声高に言われてそれを無視できる人間の方が珍しい。

 

彼女の言う通り連想ゲームの域を出ない全くの詭弁だ、だが彼には詭弁を詭弁のままで終わらせない凄みがあった。

 

「……」

 

「立ち去れないのなら座れよ聖園、『お話し』しようぜ」

 

彼はやっと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「ほんと…良い性格してるよね」

 

苦い顔をした彼女は僕の座るベンチの隣のベンチに座った。

 

「さっきも言ったが百合園セイアは殺された」

 

「…うん」

 

「犯人は相当勿体無い事をしたと思わないか」

 

「なんで?」

 

「何故、犯人はその事を広めなかったのか」

 

ティーパーティーのホストが殺害されたとなればトリニティの学園そのものの派閥、組織争いの激化を招いてもおかしくはない。上手く使えば内部崩壊まで持っていける…当然そうなればエデン条約がどうのこうのじゃ済まなくなる。

 

「考えられるのは犯人はエデン条約自体の締結は必要としている、もしくは君たちティーパーティーを精神的に痛めつけようとしている……前者はそのプロセスを踏まなくちゃならない理由があるのだろう、後者の場合はアリウスの復讐がここに掛かってくる可能性があるが……周りくどいな」

 

「………」

 

「そこで僕は前提が違うんじゃあないかと考えた」

 

「前…提」

 

「百合園セイアの死は計画外の事故だった、これだった場合は犯人がその事を流布しないのも納得だ」

 

「…ふふっ…あはははっ!」

 

腹を抱えて笑い初める。黄昏に響くその声はやけに不気味だった。

 

「何がそんなに面白いんだ?」

 

「だってあんまりにも的外れだったから」

 

「どこら辺がだ?僕としては最大限真実に近いと思ったんだがな」

 

「違う全然違うよロハン先生、まず最初にセイアちゃんを殺す事こそが計画の第一歩…必要な事だったんだよ」

 

これで彼女がトリニティの裏切り者であるという事が判明したが、問題の焦点はとっくにそんな所を超えている。

 

「へぇ、そこまでしてどうして……」

 

どうして…なんだ?僕はこの後に続けられる言葉を見つけられない。

 

こいつは何がしたいんだ…?

 

「どうしてってエデン条約のこと?あんな野蛮で、無秩序な奴らと平和条約なんて結べるわけないじゃん、考えただけで鳥肌立っちゃうよ」

 

……聖園ミカはエデン条約を必要としていない。となると動機はゲヘナへの憎悪……アリウスの合流は建前なのか?

 

本当に?

 

とてつもなく大きな違和感を覚える。エデン条約の締結阻止が目的だとするのなら今の状況はチグハグなように思えて仕方がない。

 

まるで水と油が完璧に混ざったかの様な……本来は別の物があたかも最初から一つでしたよなんて白々しく居座るかのような。

 

「一部は同意できるな」

 

「ホント?じゃあさ、ロハン先生もこっちに協力してよ」

 

「一部はと言っただろう、ゲヘナの生徒は野蛮で無秩序だが仲間思いで面白い奴らだっている」

 

ゲヘナの生徒とするには少し独立しすぎな気もするが。

 

「ふぅん、まっ角持ちがどんな奴らでもいいんだけどさっ☆あーでもロハン先生の漫画最近読めてなくて良かったかも、解釈違い起こしちゃってかもしれないしね」

 

おいおい、どんな奴らでもいい奴らのためなんかに友人を殺したのか?それに

 

「何が…」

 

何が解釈違いだと食ってかかろうとしたが

 

『私漫画全部読んだよ!』

 

前に彼女が言っていた言葉を思い出し一つ堪える。その言葉が事実なら僕の事は僕自身と同じくらい分かっている事と同義だ。

  

「なんにせよ邪魔するなら消しちゃうよ?」

 

「そいつは勘弁してくれ、僕は百合園セイアのように無駄死になんてごめんだ」

 

霧がかった違和感を晴らすためにはデッドラインに踏み込むしかない。そして彼女のデッドラインは明らかだった。

 

「無駄……?」

 

僕が百合園セイアの死について触れた時の反応をみたところそこに問題の核があるように思える。

 

「君の目的がアリウスの合流だったのなら百合園セイアを殺す必要は無い…寧ろ白州アズサの勤勉さをアピールしてアリウスへの偏見を緩和していくべきだ、わざわざ懐疑心の高まった桐藤をトップに据えるリスクを犯すくらいならな」

 

彼女の中の白州アズサの扱いがいまいち掴めない。ティーパーティーの彼女自身が動けば白州アズサは不必要な存在になるはずだ。

 

「もう一度言う、彼女の死は君にとって想定外だったんだ」

 

「…違う…セイアちゃんは殺さないといけなかった、計画通りで…ゲヘナの奴らと手を組むくらいなら…セイアちゃんは死なないと…」

 

「いーや百合園セイアは無駄死した、君のその取ってつけたかの様なゲヘナへの憎しみなんて関係なく、君の思考の外で君の協力者のうちの誰かの手が滑ったくらいの感覚で死んだんだ、なんてこともなかったかのように…まあ、その点に関してはよかったかもな故意じゃなきゃ殺人は適応されない、教唆もな」

 

「色々言ってるけどさ私が殺した事に変わりはないよ、それでずっと悩んでた…だけど今はねなんか晴れ晴れとしてる…進むべき道が見えてるから、アリウスの子達に学校を返さないと」

 

アリウスへのそれは建前では無い…なら何故白州アズサを利用する…?

 

待て、白州アズサを利用しているのがアリウス側だとすれば…

 

「君のそれは数百年前と同じ結果を生むぞ、虐げられていた者が虐げた者を迫害してそんな記憶がない未来の人間も巻き込んで……終わらない魔女狩りでも起こすつもりか」

 

「じゃあ今のアリウスの子達は蔑ろにしてもいいの?」

 

「そうじゃあない、だが彼女達は憎悪しか与えられていない……人間が他者に分け与える事ができる物は自分が与えられた物だけだ、少なくとも今トリニティの無業の生徒を巻き込んで第2のアリウスを作る必要なんてないだろう、だがら今は少し段階を踏む必要がある」

 

「トリニティに業の無い子なんていないよ…私はトリニティの全部よりも…2人の方が大事だった…嫌いな所もあったけどね………私は計画のためにセイアちゃんを殺した、そうなっちゃったからには止まるつもりはないよ例え全部(ナギちゃんも)失っても」

 

やっとこいつの目的がわかった。心中だ。トリニティの全部を巻き込んで…アリウスへの異様な肩入れ具合は死に場所を見つけたようなもので…重要なのは結果(百合園セイアの死)とそれを意味づけることだけ。

 

「それにロハン先生の言う通りならセイアちゃんは私に何を与えたの?」

 

「………」

 

僕は返す言葉を見失った。

 

こちらの反応を待っていたであろう彼女はベンチから立ち上がる。

 

「ロハン先生さ、色々言ってるけどあなたはナギちゃんに報告しないよ」

 

「何を根拠に……」

 

「見てみたいでしょ?クーデター」

 

ここまで…こいつは僕を…

 

「そんなに面白い?」

     

こんなに声を出して笑うのは書類のコピーを破った時以来だった。

 

「ああ、本当に面白くて……気に食わないね」

 

「じゃあ止めれるものなら止めてみな!……なんちゃって☆補習授業部、頑張ってね」

 

あなた達が抗えば抗う程私の計画は成功に近づくから。

 

彼女はオレンジの光に輝く羽根を翻して校舎の影へと歩いていく。

 

「…私は狩られない魔女になるよ」

 

そんな言葉を最後に。

 

僕は逢魔が時に取り残された。嵐の過ぎ去った後は静かだ。

 

「君には無理だ」

 

今、この場で僕を始末しなかった。できなかった時点で彼女は人殺しになれていない。ましてや魔女になると言うのなら如何なる外法でも使うべきなんだ。

 

狩られない魔女がいるとするのなら、それは本物の魔女に他ならない。

 

「そうは思わないか?」

 

噴水の方に向けてそう声をかける。当然返事は無い。朱色の光は1人分の影しか地面に映さない。

 

風がスケッチブックを捲った。陽光に晒されたページには何の変哲もない目の前の風景画。

 

とはいかなかった。

 

「百合園セイア、君見ているだろ」

 

『………!?』

 

真ん中にポツンと黒い人型がいた。

 

「そう驚くなよ、よく言うだろう?『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』ってな」

 

自分で言うのもなんだが僕ほどのぞき甲斐のある人間は中々いないと思うね。

 

「君がどこで不貞寝しているか知らないが…諦めるなら君一人で勝手に諦めるんだな、君の悲観を僕に押し付けるんじゃあない」

 

『………』

 

ベンチから立ち上がり補習授業部の新しい活動場所へと向かい出す。

 

「君の友人達は曲がりなりにも覚悟を決めたんだ、ならせめて君は覚悟の準備くらいはしておくんだな」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

窓の外は完全に夜になり電灯によって明るくなった通路を歩いていく彼。人工の明かりが反射してその白い光をさらに強調することになっている。

 

タンタンタン

 

廊下を歩く音が反響する。それ程ここは静かだった。

 

もしも電灯が消えて暗闇の中で聴けば少しの不気味さを伴うに違いない。しばらく進みとある建物へと繋がる通路に差し掛かった時、彼の足は止まった。

 

〝………〟

 

視線の先には外を眺めているシャーレの先生の姿があった。その姿はまさに黄昏れているというやつで。彼の経験則ではこういう状態の人間は面倒事しか抱えていない。

 

正直今日はスルーしたいというのが本音だった。

 

だが迂回しようにも合宿所の指定された部屋に向かうにはこの通路を通るしかない。仕方がないと帽子を目深に被り直しワンチャンに賭け気配を消して先生の後ろを通ろうと……

 

〝大遅刻だよ〟

 

したのとほぼノータイムに声をかけられる。

 

 

 

「道に迷ってしまってね、転校して数日なんだ許してくれ」

 

〝そっか、それなら仕方ないね〟

 

「ああ、そうだろう」

 

〝………〟

 

特に何か言うわけでもなく、再び意識を外へと向け直したように見えた。

 

見るからに何かがあったんだろう。

 

だがそれをわざわざ聞き出してやる義理も道理もない。

 

「じゃあ、君も迷わないようにな」

 

会話を切り上げようとするも

 

〝聞いてくれないの?〟

 

「は…?」

 

予想外の言葉に自然と困惑の声が出た。

 

〝……聞こえなかった?〟

 

「いや、聞こえてはいるんだが…」

 

〝うん〟

 

そうして次の僕の言葉を待っている。まるで言外に〝早く何があったのか聞け〟と言う様な態度。言い方が悪いがまるでめんどくさい彼女の様なその姿勢。

 

僕はそんな姿勢に何ともいえないモノを感じる。

 

僕の語彙の限界で言葉にするのなら…らしくないってやつだろう。元々仕事で追い詰められたときなどに垣間見える情けなさの延長線かとも一瞬思ったがある一箇所がそうではないと強く訴えている。

 

目だ。

 

真っ直ぐと生徒を見ていたあの目が今は揺れている。そしてそれは目の前の『先生』という存在の全てを揺るがす事になり得るだろう。

 

まるでピンと張っていたピアノ線が弛んでしまったように、一箇所の不調、不和がピアノという楽器を破綻させる。

 

「補習授業部のことか?」

 

とりあえず近々の先生へと影響を与えた出来事をあげて様子をみてみる。

 

〝まあ、そんな感じかな〟

 

「彼女達が一次試験に落ちたのは君の指導不足だとでも言われたか?なら安心すると良いあれは君がどうこうじゃあない」

 

あれは見栄と経験不足と疲弊だ。そんな物はそのうち先生やお互いで何とかしていくだろう。

 

スッ

 

先生が一歩横にズレてジッとこちら見てくる。

 

まさか横に並べって事か…?

 

仕方なく横に並び一緒に外を眺める姿勢になる。いよいよどんな話が出るのか推測する事が出来ない。自ずと待ちの姿勢にならざるを得なくなる。

 

〝……裏切り者がいるんだってさ〟

 

「へぇ~」

 

咄嗟に出たのはあまりにも白々しい返事。

 

〝知ってたでしょ〟

 

「まあな」

 

咄嗟に出たのがあれだったため誤魔化すのは無理だと悟った。

 

〝……また言ってくれなかったね〟

 

「またってのが何を指してるのかは知らないが、気にしすぎってやつなんじゃあないか」

 

なんて言ったが僕には心当たりがありすぎる。不用意に具体的な例を出せば

 

「何が原因で呼び出されたのかわかっているか」という質問に対して想定されていない余罪をべらべらと喋る生徒みたいになってしまう。

 

〝……セリカを助けた夜の事覚えてる?〟

 

「ああ、よく覚えているよ」

 

思えばあの時がアビドス生徒会長としての始まりだった。

 

〝その時にロハン言ったよね〟

 

『野望や悪の糸は絡み合ってここで生きる人間を捕らえる網と化してしまう』

 

「ああ、言ったなそんな事」

 

確かその時の先生の返事は

 

『なら…大人が網を切ってあげないと』

 

だったか

 

〝ロハンはその網が生徒だったらどうする?〟

 

やっと横に佇む揺れる目の原因が見えた。 

 

桐藤ナギサが用意した網を切るかどうかを悩んでいるのだろう、生徒が紡いだそれを部外者であった自分が一方的に切るのは正しいことなのだろうかと。

 

「僕は君じゃあない……なんてのは空気が読めてない発言だな」

 

そこで生きる生徒とそこで過ごすだけの先生。どう言葉を尽くそうともそこが変わることはない。

 

「君が思っているよりも生徒が子供じゃあ無かったってだけだろう?」

 

〝……〟

 

「そんなのは当然の話だ、生徒である前にここで生きる一市民なんだからな汚い手の一個や二個覚えるさ」

 

生きてきた年数で言えば子供かもしれない。だがここ(キヴォトス)じゃあ子供のままでいられる奴といられない奴がはっきりと別れる。いられない奴にしても自分からか他からの働きかけによるかでも変わるがな。

 

〝子供でいられない…〟

 

「君がその感覚の違いに悩むのもまあ…わからなくはないさ」

 

幸か不幸か、この人の最初の大仕事はアビドスでだった。彼女達が抱えていた借金の額は到底子供が抱えていられるものじゃあなかった。だがそれでも彼女達の態度や手段は未熟で青臭く…真っ直ぐだった。まるで大きな大会を目指す部活のように。

 

それが今回じゃ裏切り切り捨て密告と来た。生徒観に大きな葛藤が生まれるのもしょうがない

 

〝なら…私は…「だが」

 

「彼女達が思っている程彼女達もまた大人じゃあない」

 

〝それって…〟

 

「まぁ…やりたいようにやればいいのさ」

 

僕の言葉に少し間を置いて首を横に振った。

 

 〝私は…「先生だから」…うん〟

 

「なぁ、僕たちの共通点って何かわかるか?」

 

少し考えて懐から忌々しい端末をこちらに見せてくる。

 

冗談じゃあない。

 

「先生って呼ばれているって所さ、そして先生ってのは何故だが知らないが勝手に高潔な者として見られる節がある」

 

当然僕を指す先生とこの人を指すの先生では本質はまた別だがな。

 

「だが、それは自分を抑える…抑えて良い理由にはならない…他人が称した役割に殉ずるなんてのははっきり言って馬鹿馬鹿しいことこの上ないと僕は思うよ」

 

〝私は『先生』だよ…誰がなんて言ってもね〟

   

「なら君のやりたい事は?」

 

〝生徒を護る事〟

 

「その生徒とやらのやりたい事は?」

 

考えに考えぬいて先生は口を開いた。

 

〝…ここを護る事〟

 

その声は澄んでいた。揺れていた目もいつも通り。

 

「両方やらなくちゃあならないが君の辛いところだよな」

 

〝辛くなんかないよ〟

 

「損な質なんだな」

 

 

 

 

 

目の前の彼がそんな事を言うのが面白く感じる。

 

「なんだニヤニヤして」

 

損な質に関してはロハンも中々だと思うんだけどね。損な質が『先生』に必要な条件だったら

 

〝ロハンも向いてると思うけどね〟

 

「そんな面白い冗談が言えるくらい元気になってくれて良かったよ」

 

〝本気だよ?なりたいって言ってくれるなら全力でサポートするし〟

 

「君が漫画家になるって言うなら考えてやるよ」

 

〝それもありかもね、なるって言ったら絵の事とか教えてくれるの?〟

 

「勘弁してくれ」

 

決して頷く事はないってわかってた、もしかしたらも捨てきれなかった。

 

〝絶対良い先生になれると思うんだけど〟

 

「そいつはどうも」

 

〝じゃあ……今なら私の事読み放題〟

 

「…………なる〝読んだ後に能力で約束を書き換えるのは無しだよ〟わけがないだろう…仮になると言ったとして約束を書き換えるなんてそんな詐欺まがいの事、健全な精神を育む漫画家である僕がするわけがない、思いつきもしなかったね」

 

〝……だよね~〟

 

書き換え対策でも探してみようかな。

 

「じゃあ、僕はもう行くよ」

 

体重を窓枠から離し、彼は寂しい廊下を歩き始めた。

 

〝あのさ〟

 

「ん…?」

 

まだ何かあるのかという面倒臭そうさを隠さない返事。

 

〝やっぱりなんでもないや〟

 

「そうか?また明日」

 

〝うん、また明日ね〟

 

彼の背が見えなくなるのを見送った。

 

ただの遅刻というには彼はすっぽかしすぎた。プールの清掃、合宿棟の清掃…勉強会。

 

だけど、それでも私が怒らなかったのは

 

〝…私以上に怒ってる子が居たからなんだよね〟

 

 

 

 

「おかえりなさい」

合宿棟に戻った岸部ロハン。

 

「なんでサボったんですか?」

彼はそこで後悔を見た。

「あはは、一体どんな理由があれば半日もサボれるんですか?」

変な鳥を抱えた友人によって。

「質問に質問で返さないでください、今は私が聞いているんです」

覚悟の準備はできていなかった。

「答えてください」

 

 

 

 

「早く」




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