岸部ロハンは透き通らない   作:マイケル行ける

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魔法の本を閉じて

 

今日が昨日になる間際、ライトを照らしプールサイドに何か不備がないかを確認する。  

 

『最終確認』それが大掃除をサボった僕に課せられた罰というものだった。いや、罰というにはあまりにも楽な事この上ないが…同い年の阿慈谷から言い渡された事を素直にやらざるを得ないというのはどうにもバツが悪い。

 

さっさと終わらせてしまおうと歩く速度を上げプールサイドを一周し終わる。丁寧に掃除された形跡ばかりでバツの悪さがさらに増した。まさか彼女はこれが狙いで僕にこの仕事をやらせたのか?

 

「⋯⋯」

 

汚れ1つないビーチチェアに腰を下ろす。どうせこの先縁のない場所だ。少し体験しておくくらいバチが当たらないだろう。頭を預けると視界の先にはプールが広がっている。

 

照明が消え夜の色をしたプールの水面に月の光が浮かび上がりもう一つの空を作り出していた。

 

ああ、そういえばアビドスにプールは無かったな。

 

設備はあったが砂に満ち使うには掻き出して掃除して、なんてそれなりの時間と労力を割かなければいけないのに加え、水をいれるのにも資金がかかって仕方ない、1回水を入れるだけでも黒見が過労死しかねない。

 

だから(覆面水着団)なのか?」

 

十六夜は憧れたんだろうな、そういう当たり前で何気ない学校らしさってやつに。

 

砂が流れる姿で時間を表現するのなら、こうして留められた水は何を表現するのだろうか。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

分厚い雲が空に広がっている事を彼は知っている。だから今自分は上を見ているということがわかったが何故上を向いているかはわからない。

 

曇天の空を見ていても仕方がないと視線を下げる。

 

「これは」

 

一面に広がるのは赤い。風に揺らぐそれらは波打って正に花の海というべき景色。まるで1人置き去りにされたように中心にポツンと彼は立っている。

 

「誰が僕をここに?」

 

ザァァァ

 

()れていく。彼が進むべき道を作るように、風を通してこの先に答えがあると雄弁に語る。この得体のしれない場所においてその語りは偽りかもしれない、罠なのかもしれない。

 

だが彼は迷いなく歩き始めた。それは敬意だった。答えを示したたちへの。

 

そして辿り着いた彼が

 

「君か、僕を呼んだのは」

 

そう語りかけたのは『』だった。

 

 

 

 

 

ピトャピチャ

 

僅かな風がプールの水を揺らし音を鳴らした。部屋では聴くはずのない音に目を開けた彼は唖然としたように起き上がる。

 

「⋯⋯夢か」

 

(あの芽がどう成長するのか、気になるところだが…)

 

腕時計の短針は2を指していた。つまりあれから2時間以上はここにいた事になる。1人部屋じゃなければ少し騒ぎになっていただろう。急ぎ足気味忍び足で合宿所へと戻る。

 

ガチャ⋯キキィ⋯ガチャン

 

できる限り音を建てないように老朽化からか少し滑りの悪い扉を慎重に閉めはっと一息つく。長い間放置されていたというここは掃除をしてもまだ埃臭い。いや、サボった彼が言うのなら掃除されていてもだが。中々そんな空間が嫌いではなかった。

 

「リアリティがあって良い」

 

ここから自分の部屋に最短で行くには先生か他の4人の部屋の前を通る必要がある。

 

(少し遠回りだが⋯上に上がって共有スペースに降りるルートの方が良いな)

 

この時間に起こしてしまうのが申し訳ない1割、夜の2階の雰囲気が気になるが2割、顔を合わせるとめんどくさそうというのが7割という内訳の気持ちが彼にそのルートを進ませた。

 

階段を登りきって月明かりが窓から入ってくる廊下を進む。やけにノスタルジックであり幻想的だった。

 

ピンッ

 

『え、えっと⋯建物の中でのワイヤーを使うトラップは…あ、あの私のけ経験ですけど意識を奪ったり、戦う気を無くしたりさせるものが上半身に向かって飛んできます⋯すみませんすみません私の経験なんて⋯当てにならないですよねすみません』

 

彼の意識は偶然と必然の間で屈むことを選択した。

 

パスパスバシュッン

 

ライトを向けると宙においていかれた帽子が壁に留まっていた。金の点が光を反射する。画鋲だ。画鋲が彼の首を目掛けて飛んできていたのだ。

 

「⋯ッ」

 

ゆっくりと喉が動いた。

 

光を前方方向に向け直すと張り巡らされた線が浮かび上がる。否、最早それは線というよりも巣と言ったほうがしっくりと来るだろう。

 

この道を進むのは無理だ

 

誰が見てもそう思うだろう、事実彼の体はゆっくりと後ろ足を動かそうとしていた。

 

引けばなんとかなる罠をわざわざ仕掛けるのか。

 

やけに明瞭な考えが彼をそこに留めた。最小限の動きで後ろを照らす、結果は前方向と同じだった。最初にトラップを作動させた時点で後方にもワイヤーが張り巡らされたのだ。

 

(そんな事が可能なのか⋯?)

 

浮かぶのは後方のワイヤーがブラフの可能性。ただワイヤーを射出しただけで踏んでも何も作動しないのではないか。

 

正に彼は絡め取られていた。このまま朝を待ち罠を仕掛けた奴に解除してもらうしか無いのだろうか。

 

「確かこういう罠を⋯ブービートラップと言うんだったか」

 

ブービートラップ(booby trap)とは、一見無害に見える物や安全そうな行為を装い、油断した相手が触れたり接近したりすると突然作動して殺傷する、殺意を持って仕掛けられた罠のこと。英語の「booby(まぬけ)」と「trap()」を組み合わせた言葉なのだ(Google調べ)。

 

ブービー(まぬけ)ね⋯」

 

彼の目の前に張り巡らされたワイヤーは厳密に言うとブービートラップではなくなっていた。だが、今の彼にとってそれは(厳密性)重要ではなかった!

 

「この岸部ロハンがたかだか20メールしかない廊下で立ち往生するようなまぬけだと⋯?」

 

花瓶に手を伸ばし

 

バシャンッ

 

中身を思いっきりぶちまける。水に濡れたワイヤー達が月の光だけでも充分以上に光を反射した。ライトを懐にしまう。

 

「40秒普通に歩いてもそれくらいは掛かるだろうが30秒でいい⋯誰だかわからないが君の罠はなんら僕の歩きに影響を与えない」

 

その言葉が意味するところは、彼は罠を解除するのではなく突破する事を選んだということだった。

 

29.27”

 

彼が共有スペースの扉に手をかけた時間だった。

 

 

 

 

 

ガチャ

 

共有スペースの机に突っ伏している姿があった。

 

「⋯んんぅ⋯」

 

(阿慈谷か)

 

何故、彼女がここで寝ていたのか。その頭の下で枕と化した教科書とノートと問題集の3セットを見れば勉強のち寝落ちしてしまったということを推測するのは容易い。対面の椅子に腰を下ろす。

 

ス⋯⋯スス

 

まるで面接試験で面接室に入ったは良いものの扉と椅子の距離が遠く、歩き方にも気をつけなければいけないなと慎重に一歩を踏み出す就活生のように彼は頭の下からノートを抜き取った。

 

各文章の要点をまとめたページはしっかりと色分けされていた。教科書の方を見れば付箋が細かく貼ってある。そのままの流れで問題集の取り組みも見てみる。

 

「大まかな理解はできているが応用への取り組みが甘いな」

 

(一次と同じ配分なら問題ないだろうが余裕はないな)

 

本来なら彼女は補習を受けるような人間ではない。だがすこぶる頭が良いというわけでもない。阿慈谷ヒフミはある1点を除き逸脱しない。だからこそ、この補習授業部において彼女と彼女以外の3人のテストの出来の差の大きさはそのまま彼女の不安に比例する。   

 

決して優秀ではない自分がこの人達を引っ張らないといけない。

 

当然先生がいるため1人というわけでもないのだが、同じ生徒の目線、彼女自身の進退も関わっているため不安はより直接的だ。

 

その不安を払拭するために彼女は部屋を抜け出し夜の勉強会を1人行ったというわけになる。同部屋である他の3人を起こさないように、机があるここで。

 

「真面目なんだが不真面目なんだか⋯⋯」

 

そう呆れたように呟いたがそもそも彼が勉強会をサボらず彼女が白州アズサや下江コハルに勉強を教えるのをサポートするか浦和ハナコのある疑惑について彼女の目の前で少しでも行動していればここまで不安にならずに済んだのだ。

 

「ヘブンズ・ドアー」

 

バラっ!

 

「へぇ⋯」

 

静かに自分が寝るべき場所へと戻る

 

「どうせ寝るならしっかり寝た方が効率が良い」

 

彼は知ってか知らずか身から出た錆を少しだけ落とし自分も部屋に戻ろうと共有スペースの明かりを消すために立ち上がりスイッチを押そうとした瞬間

 

(何故、玄関の扉が開いた⋯?)

 

疑問が湧き出てきた。彼は鍵を使用していない。彼以外の補習授業部の面々が戸締まりを怠った可能性もあるが…

 

(いや、そもそも僕が2時間も外で寝ていたのにも関わらず騒ぎになっていないのもおかしい)

 

ただ、プールを見回るだけの仕事。三十分だろうとも時間をかけ過ぎと言われてしまうだろうに。彼はスマートフォンを取り出す。

 

 

 

MomoTalk

 

そいつは災難だったな

 

 昨日 
 

阿慈谷: 最終確認は終わりましたか? 

 

 もう部屋で寝るところだよ 

 

阿慈谷 いつの間に……気が付きませんでした  

     何も問題は無さそうでしたか?  

 

 ああ、おやすみ  

 

阿慈谷 あ、はい。おやすみなさい 

 

 今日 
 

阿慈谷 明日、えっと…今日はしっかりと勉強会参加してくださいね! 

 


 

 

笑ってしまいそうなほどに何の変哲もない、淡白で毒にも薬にもならない会話。

 

「僕が送っていないということを除けば⋯だが」 

 

何故、スマートフォンを操作するだけに留まったのかは不明だが僕は相当迂闊だったと言える。この何者かの情けがなければ今頃プールを堪能する事になっていたのかもしれないな。

 

「寝るか」  

 

かもしれない、もしかしてなんてのに気を取られた所でプラスに転ぶことはない。そうならなかったという過程と事実が今ここに存在してる。それだけでいい。

 

少し小言になるがそういう精神を桐藤ナギサはわかっていない。

 

わかっているのなら、決して阿慈谷と先生にに裏切り者を探れだなんて事は言わないはずだ。使える手札を増やそうとしてるのか何なのか…だが増えた手札も使い方が下手ならただの装飾品だ。

 

もしも僕が2人という手札を持っていて指示を出すとするのなら

 

『補習授業部の皆を気にかけろ』

 

それで充分だ。それだけ言っておけば余計な心労をかけずに最大限2人の力は発揮されるだろう。

 

パチンッ

 

部屋に戻る足取りに澱みはなかった。

 

 

 

 

 

カチャ

 

彼が出ていったのとは逆の扉が閉まる。

 

(何あれ!?)

 

部屋に戻る道すがら唖然と混乱が彼女…下江コハルの頭の中を渦巻く。慣れない布団と枕で寝つきがあまり良くなかった。運悪く目が覚めてしまった所で共有スペースの電気がついていることに気が付いた。そしてそこで見た光景こそが

 

『ヘブンズ・ドアー』

 

(顔をペラって本みたいにめくってたし…そこに書いたらその通りに行動させられるって事なの?)

 

もしも彼が寝ている阿慈谷ヒフミに対して何かしたら乱入しようという威勢は削がれていた。しかし削がれた威勢のかわりに興味が湧き出てきた。

 

いつも読んでるやつ(そういう本)にありそう⋯」

 

もし彼が今の彼女を読めば

 

『芸術性が全くない。ポルノだねポルノ』

 

と吐き捨てただろう。しかしながら彼は自室にいる為、それは起き得ない。彼の言った通り仮定の話をしても仕方がない。だが少し先の未来で彼はこの仮定と同じ言葉を口に出すことになる。

 

「⋯⋯すぅ」

 

自分の考えが正しい事をベットで眠っているヒフミで確信する。すやすやとした寝顔に彼女は少し渋い表情を浮かべる。彼女は知った、ノートいっぱいの文字を、付箋だらけの教科書を。

 

「ふんっ⋯別に私は夜中まで勉強しなくても⋯できるし」

 

尻すぼみの言葉は情けなさとプライドの折り合いがついていないからだ。

 

(⋯もし、ニモンに勉強ができるようになるって書かれたら⋯)

 

一瞬、頭を過ぎるのはまるで魔法の様な虫の良い話。確かに彼の能力からすればそれは容易い事だろう。彼自身の概念がはっきりとしていれば老人をポリグロット(多言語話者)にする事だって可能だ。

 

ペラっ

 

(⋯⋯えっと⋯この問題は⋯ハナコが言ってたやり方よね⋯)

 

小さな明かりを灯し問題集を開く。それが答えだった。無自覚ながら彼女はヒフミの行動に敬意を払うことにしたのだ。

 

夜はいつもよりも少しだけ長かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「失敗しましたか」

 

当たり前の事を確認するかのような声色だった。彼女…ベアトリーチェの下した命令『岸部ロハンの排除』の失敗を報告した秤アツコを見る目に特に特に失望の色は無かった。

 

「⋯⋯」

 

それが逆に不気味だった。

 

本来なら失敗を許すような彼女ではない。だが彼女自身を出し抜いた彼がたかだか一生徒にどうこうできるわけがないということは最初からわかっていたからだ。では何故リスクをとって彼女単体に命令したのか。

 

「彼の持つ能力がロイヤルブラッドに影響を与えるのか…微妙な所ですか……貴方はもう戻りなさい」

 

彼女は秤アツコに興味がなかった。

 

「……」

 

与えられた部屋で静かに記憶を辿る。プールサイドで彼に触れた時に突然目の前に現れた机と椅子と本棚が置かれた空間。

 

「⋯⋯!」

 

特段本が好きというわけでもないが、圧巻だった。そして本棚に目を奪われながらも机の方に進んでいく。はっきりとした足取りだった。その机の上には真っ白な絵が置いてあった。

 

そのを見て彼女は何故か悲しくなった。彼に手をかけることなく立ち去るほどに。

 

vanitas vanitatum. et omnia vanitas. 」

 

ガスマスクに阻まれながら小さく呟く。

 

(⋯それはあのも?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

白とは空白ではない。空白でないのだからもうそれ以上何かが描かれることはないのだ。

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