ポケモン世界を安全に観光するなら 作:ミパデネア
流石に当時の私だって分かっていたわ、バトルはいつだって真剣で油断なんてできない。
画面の向こうや街中で行われたものを遠巻きに見つめていただけでも、そこにいるトレーナーとポケモン達の表情からそれは読み取れた。
旅に出て、そうじゃない人がいた。
いや、真剣なのだろうし油断なんてしていないのだろう。けれど、彼の……カシアくんの表情からはいつだってその手前の、楽しさしか読み取れなかった。まるでゲーム、遊んでいるかのような気分で彼はバトルを楽しんでいる。
別に、バトルが楽しいと思うこと自体は当たり前のことだ。けれど、自分のポケモンへ指示を飛ばしている中で楽しいとだけ感じ続けることは、少なくとも私にはできなかった。
いつだって自分の選択にミスがないか不安になるし、目の前の相棒が傷つく姿は心を揺さぶる、そして相手を倒せる高揚感は制御できない。
初対面でもポケモンバトルをすれば相手のことが分かる、というのはカントー地方でなくともよく聞く話。
バトルをする時、トレーナーは自分を隠しきれないし、同時に相手をよく観察する。
ポケモンという不思議な不思議な生き物と向き合っているトレーナーにとって、同じ生き物である人間は観察するだけなら簡単な相手だ。余程の実力差があれば別なのだけれど。
だから目と目があったら、なんて言うのは言い過ぎかもしれないけれど挨拶を交わすように私達トレーナーはバトルをする。
相手を知るために。
旅をしていた時の私はそういったことを当然のようなものとして処理していて、文字や言葉として理解していたかは正直曖昧だわ。けれど、だとしてもカシアくんにはずっと違和感を抱いていた。
それは多分実力差で判別できないとかそういったものではなく、生来的なものなのだと思う。彼は常に楽しそうにバトルをする。
だからこそ相手は何をしてくるか分からない。
ジムリーダー相手に、あるいはフィールドを知り尽くした地元のトレーナー相手に関係なく意表をつけるのは、彼から楽しさ以外を読み取るのが難しいから。
私はそれをカシアくんが世間を知らないことが由来だと思ったわ。
私もポケモンを捕まえて旅へ出るのが初めてだったのを棚に上げているようになってしまうが、それでもオーキド博士の周りで色々とお手伝い(と言えるのかは今思うと怪しいのだけれど)してきた私はそれなりの経験値があった。
対してカシアくんは少々世間知らずなところがあった、旅の準備やポケモンの知識はすごいのだけれど一方ポケモンのお世話にはあたふたと困惑することが多くチグハグで。
初めて触れるバトルが楽しくてそうなっていると、私はいつものお姉さんぶった考えで、はしゃぐ弟を見るような気持ちもあった。
私だってカシアくんとのバトルでは楽しい気持ちが先行している自覚があったし、これからどんどんといろんな人とのバトルを経て、彼もトレーナーらしくなっていくのだろうと。
けれど、違ったわ。
ジムリーダーとの緊張の一戦、トキワの森で野生の群れに襲われたこと、ジムと関係のないトレーナーとのポケモンバトルを経ても彼は変わらなかった。
彼は、普段私と戦っている時と変わらず、ずっと楽しそうだった。
全く知らない相手の作戦、ビードルを森の中に隠すそれ(名前は忘れちゃったけど)を彼は楽しみながら解いていく。
また一つ、彼が遠くなった気がした。
焦っていたわ。ニビシティに着いて、私はすぐにでもジムに挑戦したかった。
それを止めたのも勿論彼で。二人での旅だというのに相手のことを考えていなかった私を思い出すと今でも顔から火が出そうになる。
まあカシアくんも私のことを考えて、ではなく自分の趣味だったのだろうけれど。
それでも、ニビ科学博物館でのひと時は私の癒しになった。
今でもたまに行くけれど、通うのが趣味になったキッカケ。
見たことのない地方のポケモン達は、私にバトル以外にもポケモンとの楽しいことはあるということを思い出させてくれた。
何よりもカシアくんの説明。普段の会話でも感じとれたことだったけれど驚くべきことにあの広い博物館の展示の中で彼が説明できなかったポケモンはいなかったの。
次々とどのポケモンに対しても追加の小話といった風に生態を、特にわざに関してはすごかったわ。
当時は別の地方から来たであろう修学旅行のスクール生達がいたのだけれど、どの展示でもスラスラ続く解説に興味をひいたのか最後尾の額を出したコは先生の話よりこっちを聞いて感心していたのを覚えている。
そう、それでタケシさんにも会ったの。
私はいきなりのことで驚いたのもあったけれど何よりとっても緊張していた。
当時タケシさんはカスミさんと並んでジムリーダーに就任して一年目、二人の若き天才トレーナーとしてカントーで話題の人物だったのだ。
そして旅を始めたばかりの私の年代のトレーナーにとっては目指すべき目標というか憧れ、あの人のようになりたいというアイドル的な人気が強かった。
「君たちは挑戦しに来たトレーナーかい? もしかしてジムに先に来てたのかな、だとしたら悪いことしちゃったなあ」
どうやら今日は休暇をとっていたようで、どちらにせよ私がその日戦うのは無理だったようだ。
「いえ、さっき着いたばかりで今日はここを見ようとしてたので。そうしたら偶然見かけて……突然話しかけちゃってごめんなさい」
「そんなことはない、嬉しいし大歓迎だよ。なら今日はニビの誇る博物館をぜひ隅々まで楽しんでくれ、ジムに挑戦する君たちの力になる」
それほど年齢が離れていなかったはずだけど、タケシさんは昔から落ち着いていて。流石ジムリーダーだと思ったわ。
そんな思わぬ出会いの後、残った展示を見尽くして。その日の終わりにカシアくんは。
「タケシさんが使ってくるポケモン、分かったかもしれない」
なんて、これは流石というよりは怖かったけれど。
次の日、しっかりと睡眠をとってジムの扉を叩いて挑戦は私から。
カシアくんの予想が当たっていたとして、果たしてどのように攻略するのか分からなかった。
なので見るしかないと思った私は先に挑戦して観戦したかったのだ。
トキワの森で経験を積んだ私と進化したフシギソウにとって、いわタイプとのバトルそのものに苦戦する部分は無かった。
イシツブテも、イワークも問題はない。
いわタイプといえばの二匹だ、イシツブテはつるのムチで拘束してから地面に叩きつける。
イワークの巨体による攻撃はフシギソウにとっても厄介だ、ねむりごなで動きを封じてからやどりぎのタネとはっぱカッターで攻める。
最後の一匹がカシアくんの予想通りだったことに驚きながらも、倒した。
バッジをゲットすると、観客席から拍手が。見ると昨日のトレーナーズスクールの子達。その日はジムの見学だったようで、私は周りが見えてなかったと少々恥ずかしくなりながら早足で移動したのを覚えている。
わざわざ遠くに座るのもと思い、その子達の近くの席に座ると声をかけられた。
「見事なバトルでしたわ」
「え! ええと、ありがとうございます」
昨日カシアくんの話を聞いていた額を出したロングヘアーのコ。
「わたくし、ホウエンでトレーナーズスクールに通うツツジと申しますわ。昨日の博物館で深い知識を話し合うお二人を見てもしやと思いましたが、やはりジムチャレンジでしたのね」
「私はマサラタウンのナナミです。ホウエン地方ですか、みなさん遠くから来たんですね」
「ナナミさんはジムバッジは二個目でしたかしら……流石ポケモンリーグ本部を有するカントー地方はレベルが高いですね」
「……そうですか? でも今回は私の作戦や指示より、フシギソウが頑張ってくれたおかげなので」
「あら、そうして強いポケモンに育て上げるのもトレーナーとしての腕ですわ」
褒められるのは中々慣れない……以前書いた通り私は主人公なんて自分のことを思っていて、つまりその、恥ずかしい話だが理想を高く見積りすぎていた。これくらいで褒められるなんて、という気持ちがどうしてもあった。
より眩しい存在が近くにいたのももちろんあるけれど。
そんなカシアくんがついに入場する。
「彼はどんな戦いをするのかしら、スクールでも優秀なのでしょう?」
「? いえ、私たちはトレーナーズスクールには通っていないので」
思わずといった風にこちらを見るツツジさんの方を向いて話そうかと思ったけれど、ここからは目が離せないと私は結局コートの方を向いて言葉を続けた。
「でもカシアくんは強いです、今回は真っ直ぐいく、らしいですけど」
「真っ直ぐ?」
「ええ、小細工をすると負けるとか何とか」
始まった。
カシアくんが出すのはもちろんリザード、そしてタケシさんはイシツブテ。
「リザード、メタルクロー!」
「イシツブテ、たいあたりだ!」
最初は力と力のぶつけ合い、もはや得意技であるメタルクローはイシツブテの硬さを以てしても相当なダメージなようで体当たりの勢いごと地面へと捩じ伏せた。
「なるほど、確かにメタルクローなら並のいわタイプには有効でしょう、あのリザードもよく育っているようですし」
ツツジさんの言葉に同意する、確かにリザードはそのまま追撃のメタルクローを放って見事イシツブテを戦闘不能にした。
けれど、逆にいえばイシツブテに二発もかかっている。
「イワークの硬さは並ではないですわ、おまけにあのわざがあります」
出てきたのはイワーク、タケシさんの使う最も有名なポケモンだ。
「イワーク、がまんだ!」
タケシさんの言葉にやはり、とツツジさんが呟く。
その防御力を以って受けて受けて耐え切った攻撃を全て一撃にまとめて返す必殺技ともいうべき攻撃。
「せめてメタルクローはイシツブテ相手には温存するべきでしたわ、アレを見れば最初からがまんされるのは当然……」
「そっか、じゃあカシアくんはがまんをさせたかったんだ」
ツツジさんの分析で、私はようやくカシアくんの意図を読み取れた。
だってカシアくんが考えなしにわざを使うわけがない。
「リザード、にほんばれ」
「なに!?」
リザードは指示を聞くと大きく息を吸って力を込めて頭上へ火球を飛ばした。それは太陽のように宙に止まりじりじりと灼けるような暑さが観客席まで届く。
「まさか、この隙を作り出すために?」
がまんは相手の攻撃を耐えるカウンターのわざ、だからこそその間は攻撃されない。隙の大きいにほんばれを使うため、先にイシツブテに対してメタルクローを見せてがまんを使わせた。
「リザード、かえんほうしゃ!」
そのままリザードは普段より激しい炎をイワークに向けて放つ。環境がいつもより過ごしやすいからだろう、覚えさせはしたものの私とのバトルでは一度も成功しなかったかえんほうしゃまで使えるようになっている。
「これは勝負アリですわね」
「真っ直ぐ勝負って、つまり得意なほのおタイプを通すことだったんだ」
いわタイプのポケモンに対するほのおタイプはいまひとつである。普通なら。
けれど天候の力で強化し、イワークの苦手なとくぼうを狙い、強力な技で畳み掛ければ。
「よくやった、イワーク」
難攻不落と思われたイワークは沈んだ。
そして最後に出てくるポケモンは。
「いってこい、カブト!」
カシアくんの予想したポケモン、カブト。正確に言えば「カブトかオムナイトで多分カブト」とのことだったが。
本当に当たるなんて……しかも根拠が『ジムに挑戦する君達の力になる』って発言だけなんて。
『タケシさんは意思の固い人でしょ、その人が言い切るくらいなんだから自分が使ってくるポケモンの展示があったんだと思う。普通にトレーナーとしての力じゃなくてジムに挑戦するなんて付け加えてたし』とはカシアくんの言葉、続けて二番目のジムチャレンジで使うには獰猛すぎるとプテラの可能性まで除外した。
トレーナーは相手をよく観察する。
それの頂点に触れたような気分だった。
彼が強い理由がその時もう一つ分かったわ、彼のトレーナーに対する観察眼は精度が良過ぎる。そこにあの様々なポケモンの知識が合わさっているのだ。
昔の自分を擁護するわけじゃないけれど、これじゃあ目が眩んでも仕方ないと思わない?
でも、私はまだ彼のことを分かっていなかった。
「カブトは確かにいわタイプとみずタイプの複合ですが、にほんばれでみずタイプのわざを弱められている上にあのかえんほうしゃが相手では受け切れないでしょう」
勝負は決まったとツツジさんは思ったのだろう、私もそうだった。だからもっと言えば私はタケシさんのことも、ジムリーダーの強さも分かっていなかったのだ。
「リザード……」
「カブト、すなあらしだ!」
カシアくんの指示に割り込むように、タケシさんが吼える。
ニビジムのコートは砂場である、足を取られ素早さが大きく低下する中岩タイプはその屈強なボディで難なく行動する。
その地形を丸ごと巻きあげるようにカブトはその場で走り回る。すなあらしは頭上に輝くリザードのにほんばれをかき消した。
「すなあらし! その手がありましたわ。これならにほんばれの効力は消え、さらにカブトのとくぼうもサポートできる。あのかえんほうしゃだって余裕を持って耐えられます」
いや、それ以上にまずい。リザードはにほんばれがなければかえんほうしゃを使えないのだ、このままではカシアくんは。
「
しかし続けたカシアくんの指示は全員にとって予想外のものだった。
リザードが口から放つのは無色のエネルギー、それが天候を、砂を巻き込んで変質していわの力を纏ってカブトへと突き進む。
すなおこしを使い疲れて立ち止まっていたカブトに命中、コートの外まで押し出されたカブトは目を回して。
「……守りを上回る強烈な攻撃……おれの予想以上だ……! さあ、このバッジを持っていってくれ!」
一瞬遅れて、拍手と称賛の声がコートを包んだ。
「……かえんほうしゃもメタルクローと同じ布石でしたのね。天候を変えられたら不利になると分かっていて、あえて火炎放射を見せてウェザーボールを通す隙を作った。すなあらしでもあまごいでも使えますもの」
いよいよ届かなそうな光は、ただスタジアムの中央で輝いて、笑顔だった。
もちろんカブトやオムナイトを使うというのはカシアくんの原作知識、今回はポケモンスタジアム2からのを用いた逆算の推理みたいなものなのでチートというかズルです。けど側から見てたら怖いよね。