Fragmented Memory 作:一般指揮官
──人類の文明継続の為に地上へ残り、最後まで戦い続けるゴッデスに感謝を
装置へ入力と登録がされた無機質な声音の自動音声が全周波数帯へ乗って響き渡る。
「──感謝…お嬢ちゃん達だけですかい」
「──俺達のことは端っから勘定に入れてないみたいですね」
擦り切れた戦闘服を纏い、無精髭を生やした数十名に及ぶ兵士達が鼻を鳴らし、誰かが持ち込んだ携帯ラジオから響く自動音声へ皮肉を口にする。
「──そう言うな。本作戦の主力は
中央政府という統一機構が発足して久しい。かつての世界各国の軍隊は結果を見れば惨敗し、辛うじて生き残った──或いは雑多な小火器を握り、雑多な軍服を纏った敗残兵の群れのいくつかもこの
その目的は時間稼ぎ、そして主力である彼女達の盾となることだ。
「──それに、俺達は
「あぁ、そういやそうでしたね。員数外の
「すっかり忘れてましたよ。そりゃハブられる訳だ」
「違ぇねぇ」
袖へ貼り付けられた揃いのワッペンの刺繍も糸がほつれてしまい、辛うじてM、E、Fのアルファベットが判読できる程度だ。
様々な民族、人種、年齢で構成された士気が瓦解寸前である敗残兵達の各部隊。規模の差こそあれ、雑多な編制が目立つ中で唯一、纏まっているのは口汚い口調を隠そうともしない者達だろう。
「…しかしまぁ…何年も
「──夢にも思わなかったか?」
「いいや、
「──馬鹿を言うな
少尉の階級章──
「──女の為に死ねる。男としてこれ以上の
「…はっ…違ぇねぇや」
階級こそ異なるが、二人は相当に気安い関係らしい。
互いに示し合わせたかの如く煙草を銜えると、それぞれがオイルライターの火を点けた。
紫煙を互いに燻らせ、僅か数分の喫煙を共にする。
──もう今生で会うことはない。
それを察しているからだろう。少尉と3等軍曹は暫しの間、互いの愛煙の銘柄を燻らせる以外の行動を取らず、一言も口を利かなかった。
やがて少尉が先に煙草を吸い終えた。携帯灰皿を──この期に及んでもまだ喫煙者のマナーを守る姿を見せるのは愛煙家の鑑だろう。取り出した携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んだ青年が深い溜め息を吐き出す。
「……そろそろ征く」
「…了解」
綺麗所達へ向かって歩き出した少尉は首と右脇下へ通したスリングベルトに突撃銃をぶら下げている。
その後ろ姿を見送ろうとした3等軍曹だが──おもむろに声を掛ける。
「──小隊長」
仲間内でしか通用しない呼び名や愛称、ではなく珍しく役職で呼ばれた青年がその場で立ち止まり、肩越しに振り返った。
「…どうした?」
改めて言うことでもないだろうが──と3等軍曹は紫煙を吐き出し、中途半端にしか吸えなかった上に、湿気って不味くて仕方ない最後の煙草をアスファルトの地面へ投げ捨て、ブーツで踏み潰すと青年へ向き直る。
「──兄弟と共に戦えたことを誇りに思う。立派に死のう」
尖兵として戦い続け、少なくはない犠牲を出しながら迎えた結末がこれか──それは受け入れ難くもあるが、受け入れざるを得ない。自分達の
ここを死に場所と決めた以上、彼等はここで死ぬ。
決して半歩も退きはしない。
一人残らず。
最後の一兵まで。
刀折れ矢尽きるまで。
「あぁ。
頷きを返した少尉へ3等軍曹の青年が精悍な笑みを浮かべて踵を返す。それを認め、少尉も前へ進み始める。
「──
「──そっちも遠慮なくぶちのめしてやれ!」
湿っぽい別れは本意ではない。だからこそ背を向け合いながら狼が咆哮を上げるが如くに吠え合う。
互いに遠ざかる後ろ姿──二人が相見えることは、やはり二度となかった。
ふと少尉は立ち止まり、頭上を仰ぎ見る。
死ぬに相応しい日和──とはいえない曇天は少しばかり残念だが、これはこれで悪くはない。
そう思える程度には、この世界は美しく感じられる。それを感じられる程には自身に人間としての感性がまだ残っていると気付けたからか、少尉は無性に安堵した。
仮初めとはいえ、未来も、安寧も、自由も、全てを投げ渡し、或いは託した。
後は
そう考えると幾分か気張っていた肩が軽くなった気分でもある。
指揮官、と綺麗所が口々に少尉へ呼び掛ける。
「──そっちに行く」
クソみたいな人生とクソッタレな戦争だったが──この場にいて、そして戦って死ぬことが不思議と彼には無上の幸福にも思えた。
だが不安や心残りがないと言えば嘘になる。
「…俺は何かを遺せたんだろうか」
小さな溜め息をひとつ吐き出す。
遠い未来──人類が共食いの果てに種族としての滅亡を迎えていないとすれば、自身や戦友達、なにより
人類の為に死ぬ甲斐はあるのか。
不安が芽吹いては踏み出そうとする足を重くする。
しかし──これは
軍人として、一個の
その意地さえあれば、笑って死ねる。
この犠牲の戦野に骸を無様に晒し、何の成果を挙げられずとも構わない。
何処からか最後の弾薬、最後の燃料を積み終えた
間もなく時間だ。
──さぁ、逝こう。
「──徒花を咲かせてやる。
最後の作戦、最後の任務へ、自身へ課せられた役目を全うせんと一人の男が一歩を間違いなく踏み出した。
「──そういえば…本を良く読んでいましたね…」
司書が不在となり、1世紀以上。
図書館は人類の叡智の宝庫だ。人類が歩んだ歴史を保管、そして未来へ残し、伝承する為の施設はすっかり寂れて久しいのだろう。
保管されていた書籍の数々も書架の中で朽ちるに任せ、埃が溜まり、蜘蛛の巣も至る所に張られている始末だ。
「──えっと……あぁ、これですね」
書架の間に設けられた通路を進む人影。
太い三つ編みの金髪を揺らし、穏やかな声音の持ち主の細く長い指先が書架へ収められた一冊の本を取り出した。
表紙を軽く叩き、息を吹き掛けて埃を軽く払った彼女の指先がページを捲る。
地上のあらゆる人間に遅かれ早かれ死は訪れる。
ならば先祖の遺灰の為、神々の神殿の為、恐ろしく優勢な敵に立ち向かう以上の死に方はあるだろうか。
かつて私をあやしてくれた優しき母の為、我が子を抱いて乳をやる妻の為、永遠の炎を燃やす清き乙女達の為、恥ずべき悪党セクストゥスから皆を守る。これ以上の死に方があるだろうか。
執政官殿、なるべく早く橋を落としてくれ。
私は二人の仲間と共に此処で敵を食い止める。
路にひしめく一千の敵はこの三人によって食い止められるであろう。
さあ、私の横に立ち、橋を守るのは誰か。
「──何を読んでいらっしゃるのですか?」
第二波、第三波──波状攻撃を繰り返す敵の攻勢を辛くも防ぎ切った。
通信状況は最悪の一言であるというのに、人間で編成された各部隊が壊滅する寸前に発せられる最後の通信のみは明瞭かつ鮮明に聞こえるのは最早、質の悪い神とやらの所業そのものだろう。
夜の帳が降り立った人類最後の砦──アークを防衛する為に構築された拠点の中では発電機が忙しなく稼働しつつ電気を供給している。
半壊したビルの一室が幸いにも電灯は点く為、臨時の住処と定めたゴッデス部隊の面々の中で長い金髪を纏めた聖女が壁際へ腰掛け、今や珍しく感じるだろう紙媒体である本を読む指揮官の姿を認めて声を掛けた。
「──本」
「…いえ、それは分かっているのですが…」
尋ねたのはどのような内容なのか、であって、彼が手にしている物体そのものではないのである。
困惑気味に彼女、ラプンツェルが眉根を寄せると、指揮官──
その仕草から冗談であったことが伺え、金色の聖女は頬を僅かながら膨らませてしまう。
「……大した内容ではないよ」
手にしていた本を閉じた彼はそれを傍らへ置いていた背嚢へ詰め込むと、今度はソフトパックの煙草を取り出してオイルライターの火を点ける。
灯火管制が敷かれている一帯は外へ灯りが漏れないよう窓という窓、或いは壁が崩壊している場合は布等で覆って徹底している。室内ならば煙草一本の火程度は問題ない。
「──指揮官。煙草は止めろ、と軍医に言われてなかったか?」
「…俺が今更、禁煙出来ると思うか?17歳から吸ってるんだぞ」
「……未成年……」
「その頃には戦場にいたからな。…まぁあの当時は
「──
白銀の髪を持つ──以前までは愛嬌があり、人懐っこい笑みも浮かべていたスノーホワイトも思考転換を経て、少々
やや堅苦しい印象を拭えない話し方は、
続けて、柔らかい赤紫色──撫子色の髪を持ったドロシーが苦言を呈する。中隊を始めとした古参兵達が口汚く呼称する敵の通称は生憎と受け入れられないようだった。
「──指揮官が本の虫とは珍しいな。今日は堪えたかい?」
「…キミが知らないだけで本ぐらいは読むよ」
それは失敬、と返すのは長い物干し竿──もとい、剣を抱えたまま床へ腰掛ける紅蓮だ。
どうせ知っているだろうに、わざわざ声を掛けてきたのは──気遣いもあるのだろう。
指揮官である彼が腰掛ける床、その直ぐ側に鎮座する膨らんだ布地の袋。
その中身は全て──
「…16名か…ここ最近で一番多い」
「…お祈りはしなくて宜しいのですか?」
「…要らないよ。俺達は神にも見放された存在だ。その証拠に
ジャラ、と内部で擦れる金属音を響かせながら彼が袋も背嚢へ仕舞い込む。
攻勢がいつ始まるか分からない。それまで少し休むよう彼女達へ伝えると彼はヘルメットを被り直し、突撃銃を握りながら両足をだらしなく投げ出すと──さながら力尽きた死体のような格好で浅い睡眠を取り始めた。
戦友──3等軍曹は死んだ。雲霞の如く襲い掛かるラプチャーを陣地から先へ通すまいと、しこたま設置していた高性能爆薬を起爆させて諸共に。
──立派に死んだ。その言葉通りに。
翌日も、そのまた翌日も──来る日も来る日も戦闘は続く。
人間で編制された軍隊、部隊ではこれが精一杯なのだろう。
夥しい犠牲を対価にしても撃破できる敵機の数は僅か。それを改めて認識させられる日々だった。
見るに見兼ねてか、或いは体たらくに失望したのか追加の増援で量産型ニケまで投入された程に戦況は宜しくない。
既に張り巡らせられた防衛線の半分以上は突破され、ジリジリと連合軍は後退を余儀なくされている。
これでも保った方なのだろう。
予備兵力、直接的な支援、諸々が皆無に等しい状況で
いや、善戦とは物の見方であって他者からは
砲撃が直撃した
「──って、小隊長!?お嬢ちゃん達まで!?」
「──こっちの戦区は俺達の担当でしょう!」
何をしているんだ。
中隊の残存兵力十数名が構築した塹壕へ立て籠もり、必死の戦闘を繰り広げる最中、陣地へ滑り込んできた複数の人影へ信じられない眼差しを向ける。
「向こうの攻勢は一段落した!応援に来たぞ!」
「そりゃ有り難──」
炸裂。
それが陣地となった塹壕の至近で起こった。
敵機の砲撃であろうことは咄嗟に分かったが、飛び散った砲弾の破片が
突撃銃を握ったままの仲間の上体と下半身がマジックショーさながらに別れる。ただし鮮血と、ブヨブヨとした白い腸管を外気に晒しながら。
崩れ落ちる瞬間、その兵士も訳が分からぬ様子なのか呆気に取られた表情を浮かべつつ塹壕の底へと落下した。
「…あ…が…!!」
「──衛生兵!!」
もう助からない、と分かっていながらも彼は仲間の上体を抱き起こしながら衛生兵を呼び寄せる。
中隊で唯一残った衛生兵が駆け寄り、負傷の程度を確認すると──彼へ向かって緩々と頭を左右に振った。
火を見るよりも明らかだ。
「…モルヒネを打ちます」
残り僅かだが──これも廃棄された民間の病院から失敬して来た代物を衛生兵が身体を両断された仲間の肌へ打ち込んだ。
最期の瞬間はせめて、という意識からの行為である。
「大丈夫か?」
「…だ、大丈夫じゃ…ありま…せんよ…寒…い…」
痛い、ではなく寒い、と仲間は口にしながらガタガタと歯の根を震わせ、身体を痙攣させる。
夥しい出血と共に意識が遠退いているのだろう。瞳孔も次第に開き始め、焦点の合わない視線を右往左往としているのを見るに──視界も失われたようだ。
「──お、お嬢ちゃん…ラプン…ツェル…のお嬢ちゃん…」
「──はい、伍長さん。ここにいますよ」
呂律も回らなくなった舌を懸命に動かし、伍長の階級を付与された者が金髪の聖女を呼ぶ。すると彼女が傍らへ膝を突いて呼び声に応じた。
「…し、死んだら…どうなる…のかな…」
「…え…?」
聖職者然とした雰囲気を醸し出す彼女へ逃れようのない死が寸前にまで迫る者が問い掛ける。
即答が出来なかったラプンツェルへ伍長は咳き込みながら力ない笑みを浮かべた。
「…が、柄じゃないってのは…分かってるよ…俺達……
天国にも、地獄にも逝けない──だからこのようなことを尋ねるのは筋違いだ。
しかし彼女は緩々と頭を左右へ振り、片手を伸ばすと全身から力が抜け落ち始めた伍長の手へロザリオを握らせる。
「──お救い下さります。必ず」
「…そうかな…だって俺…人間じゃない──」
「──いいえ。伍長さんも、指揮官も、
「…そりゃ…嬉しい…な…小隊長…」
か細くなる呼吸が死期を否応なく感じさせる中、伍長は自身の上半身を抱えている彼へ声を掛ける。
なんだ、と彼は尋ねた。
「…弱気になって…すみません…許して…下さい」
「…気にするな」
ここまで戦った者をこの程度で叱責する彼ではない。しっかりと許しを得られた伍長は──最後の力を振り絞り、片手に握らせられたロザリオを握り締めた。
「──
特定の宗教へ帰依や信仰はしていない、と知っていたからこそ彼は、そして彼等の仲間達、彼女達は驚いた。
死に体となった唇から紡がれた言葉には間違いなく、祈りが込められている。
か細く吐き出させる呼吸は弱々しい。
それでも紡がれる祈りは続いた。
「──
もう長くはない。
ロザリオを握り締めていた手から力が抜け落ちる寸前なのだろう。胸の上へ腕が置かれ、瞳孔が開いた瞳が空を仰いだ。
戦闘が一段落したからか、砲声や銃声は嘘のように止まり、静まり返った界隈へ祈りの言葉がか細く紡がれた。
「…つ、
──嗚呼。
上体だけとなった伍長を抱き止めた彼が微かな溜め息を漏らす。
最後まで祈りを紡ぐ猶予され貰えなかった、のかもしれない。なにせ──人間ではないから。
彼は瞳を見開いたまま戦場に果てた戦友の瞼を閉じさせてやり、ただ一言を口にする。
「──Amen」
傍らに膝を突いた金色の聖女が十字を切る。その姿を視界の隅へ捉えながら彼は戦死を遂げた戦友をしっかりと塹壕の底へ寝かせた。
「──
来る日も来る日も──彼等は戦い続けた。一人、また一人と戦友を見送りながら。
パタン、と本が閉じられる。
勿忘草色の瞳が揺れ、深い溜め息が静かな図書館へ溶けて消えた。
「──お救い、下さったのでしょうか…」
答えが返って来る筈もない。
しかし──彼等が
静かな溜め息を漏らし、細い片手に握られた本が元の書架、元の位置へ戻された。