Fragmented Memory   作:一般指揮官

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第2話

 

 

 

 

「──アアアアアッ!!

 

「──母ざああああん!!

 

 敵機が放った砲弾が複合装甲で守られた主力戦車の正面装甲を貫徹する。

 

 炎上した車内から飛び出した車長を始めとした数名の乗員が火達磨となって地面を転げ回り、苦悶の絶叫を奏で上げた。

 

 

 

 

「──弾を寄越せ!早くしろ!!」

 

「──もうねぇよ!!」

 

 本来は低空飛行する航空機の類を攻撃する対空機関砲だが、その射距離や大口径であることの利点から現在では()()()()での使用が推奨され、敵機撃破の有効手段のひとつだ。

 

 欠点として自走式ではないそれは射撃が止んだ途端、格好の標的となる。陣地変換が間に合わない。敵機の攻撃が集中し、たちまち破壊される光景も今や珍しくもなんともない。

 

 

 

 

「──もう殺じてくれ!!いっそ殺じてくれぇぇ!!

 

「──しっかりしろ!軍人の意地を見せろ!!」

 

 急拵えの野戦病院はとうの昔に、その能力のキャパシティを超過している。

 

 担ぎ込まれる負傷兵の対応に追われる衛生兵達や軍医達は良く働いているだろう。その員数の少なさに関わらずだ。

 

 そして同時に脆弱な筈の人間が持つ底知れぬ()()()を彼等は呪う。

 

 礫が頭を直撃すればあっさりと死ぬ人間は珍しく無いというのに、半身を砕かれているにも関わらず息がある人間もそれなりに存在する。

 

 中途半端に死に損なった人間が放つ苦痛の絶叫は野戦病院全体を支配している。昼夜問わずの絶叫の坩堝と化した環境。負傷の程度が軽い筈の兵士までたちまち発狂させるのに充分過ぎた。

 

「──今日は何人目だ?」

 

「──6人目だな」

 

 感慨も湧かず、衛生兵数名が自身で頭を撃ち抜いた兵士の死体を野戦病院から運び出す光景も日常茶飯事と化している。

 

 両腕と両脚を掴まれた死体が運び出される横では、担架に載せられて運ばれて来た新たな負傷兵の救護に別の衛生兵が追われている。

 

「──助かるぞ!助かるからな!!」

 

 搬送の途中で呼吸が止まった、と申告を受けた衛生兵が気道確保を済ませ、心臓も止まっていると気付くと必死の形相で心肺蘇生を試みる。

 

 しかしその蘇生を止める腕が伸びた。

 

「──そこまでだ。もう死んでる」

 

「──まだ生きてます!さっき動きました!!」

 

 グッグッと何度も胸骨を圧迫しては脈動の再開を促す衛生兵は蘇生をやめようとしない。

 

 ──その度に左脚と右腕がそっくり喪われた負傷兵の口から血が溢れ出ている。

 

 軍医は溜め息を吐き出し、胸元から細いライトを引き抜く。点灯させて負傷兵の瞼を指先で開き、瞳孔を確認した。

 

「──もう死んでる。諦めろ。戦える者から治療をするんだ」

 

 淡々と黒いマジックペンで額へ印が付けられる。死亡、或いは直ちに処置しても救命の可能性は著しく低い。それを意味する印はトリアージ──命の選別そのものだ。

 

 これもとうの昔に日常茶飯事である。多くの負傷兵を見送ってきた軍医は最早、生と死の境界が曖昧にすら感じていた。

 

 

 

 

 

「──総力戦の末期ってのは…()()を言うんでしょうね…」

 

「──…かもしれんな。準備は良いか?」

 

「──いつでも。()()()()()()

 

 ボディアーマーを貫通した敵機の大口径の弾頭で背中から腹にかけて綺麗に貫かれ、右腕ももぎ取られた下士官が間断なく襲い掛かる激痛へ耐えながら頷いた。

 

 中途半端に()()()()()()()()()()への処置は相場が決まっている。

 

 血のような色に染まった太陽が西へ沈む。

 

 ()()の下士官が纏っているボディアーマーを脱がせた()は右手にナイフを握りつつ、左手で戦友の肩を抱くと──その刃を水平としながら心臓の真上へ切っ先を宛てがう。

 

 最早、医薬品は底を突き始めている。

 

 弾薬も残り少ない。

 

 野戦病院へ担ぎ込まれてもジワジワと迫り来る死を待つだけだ。

 

 それならばいっそのこと──

 

「……またお前のギターを聴きたかった」

 

「ははっ…もう弾けませんが…数少ない特技でした。…小隊長、()()()

 

 下士官が微笑と共に彼の肩へ残った片腕を伸ばす。それを合図に──彼がナイフを心臓へ突き立てた。肋骨同士の隙間からスッと突き刺さった刃が心臓を貫く。

 

「──ッ…!!」

 

 血走った瞳を目一杯に開きながら下士官は最後の力を振り絞った。

 

 肩へ伸ばした片腕で彼をしっかりと掴み、そのまま身体ごと自身を衝突させる勢いで抱き付いたのだ。

 

 ナイフの根元まで肌の下へ突き立てられた刃の冷たさを否応なく感じ──続けてこの上ない幸福を下士官は抱いた。

 

 ──良かった…。

 

 役割(ロール)を務め、戦場で果てること──それよりも彼の手で引導を渡された。それにこの上ない幸福と満足感、そして感謝を抱きながら下士官の心臓はその役目を終える。

 

 見開いたまま事切れた下士官の瞼を指先で閉じた彼は胸元を探る。認識票を引き千切り、返り血で濡れた手を拭うことなくポケットへそれを捩じ込むと、下士官が携行していた弾倉を全て抜き取る。それらは彼自身や戦友達のポーチへ仕舞われた。

 

「……あと…13名…」

 

 上級部隊たる総兵力8万を超えた遠征軍は──いや、或いはこの場に残る健在の13名が最後の遠征軍将兵なのかもしれない。同時に総員135名であった中隊は死に体の有り様。そしてたった今、また一人が最後の務めを終え、手の届かぬ何処かへ旅立った。

 

 最期を見届けた戦友達へ遺体の処理を任せ、彼は腰を上げる。

 

 彼は彼女達の指揮官であるだけでなく、原隊(中隊)では小隊長を担う身だ。二足の草鞋を履いての日々は苦労ばかりが募る。

 

 そればかりではない。今や中隊で健在の将校──つまりは最高階級者は彼だ。下士官からの野戦昇任で少尉となった身である。将校としての専門教育を受けていない下士官上がりの少尉風情には過ぎたる大役だろう。

 

「…それすらも…()()()()と思う日は…」

 

 決して来ないだろう。それへ改めて思い至りながら彼は生き残った僅かな戦友達に一段落した戦場の警戒を委ねると別の戦区へ──彼女達の下へ向かった。

 

 士気阻喪は間近に迫っている。

 

 野戦病院での手術は劣悪な環境に加え、医薬品の欠乏──麻酔すら使われずに実施されていると耳に挟んでいた。

 

 その噂が嘘ではない、と野戦病院の真横を通り抜ける際に間断なく響き渡る悲鳴や怒号が証明しているようだった。

 

 彼女達が担当する戦区はこの5日間、ラプチャーの攻勢が掛かっておらず比較的安定している。

 

 それ以前は1日に3回もの攻勢が掛けられていたのを思えば落ち着いているのだろう。少なくとも()は。

 

「…これは戦力回復しつつ集中しての投入の時期を狙ってるな」

 

 ラプチャーも一連の戦役で()()しているのだろうか。戦術単位から見ても「人類がやられると嫌な遣り口」を学んでいるように感じられてならない。

 

 おそらくは当初こそ間断なく攻め立てて、人類側の最も防御が厚い戦区を探り当てたのだろう。そここそが彼女達が守備する戦区だ。

 

 他の戦区へ攻勢が散発的に生じているのを見るに防衛線を破砕、突破する糸口を今も探っている──のかもしれない。あくまでも彼の勘でしかなく、定かではないが。

 

「──指揮官」

 

 夜の帳が降り始めた時、頭上から声が掛けられる。所々が破れた迷彩柄の覆い(カバー)を掛けたヘルメットを被る頭が傾き、頭上を仰ぎ見ると──

 

「──スノーホワイト」

 

 白銀の髪を乾いた風で靡かせつつ監視塔で警戒に当たる自身の部下を認めた彼は瞳を細めた。部隊のリーダー代行としてドロシーが立候補し、彼女へ一時的に指揮権を委ねて彼は原隊での任務へ当たっていたが、5日しか会っていないというのに不思議なものだ。

 

「……酷く懐かしく感じるよ」

 

「──そうか。指揮官、大丈夫か?疲れているようだが…」

 

「…あぁ。問題ないとも」

 

 問題はない。問題はないのだ。戦友が死ぬのも、それを看取り、見送るのもこれが初めてではない。もう慣れたものだ。

 

「…交代するか?」

 

「いや。あなたはあなたの仕事がある。ここは私に任せてくれ。ドロシー達はいつもの場所だ」

 

「…分かった。任せる」

 

「任された」

 

「…ふふっ…」

 

 このやり取りも懐かしい。思考転換が起こったというのに、このやり取りは忘れていないのだろう。何気ない言葉の応酬は彼を安堵させてくれた。

 

 糧食は日に一度しか口に出来ず、浄水と給水の任務を担う後方支援専門の連隊が所有していた浄水装置が敵の砲撃で8割以上を喪失。

 

 飲み水がなければ軍隊はたちまち烏合の衆と化す。なんとか軍隊としての体を保っているのは()()()()同連隊の何処かの物持ちの良い連中が後生大事に軍需品の一部として持っていた浄水剤があったからだ。

 

 川の水を水筒へ入れ、錠剤のそれを投げ込めば飲用が可能となる代物である。

 

 不幸中の幸いではあるが──裏を返せば、軍隊の体を喪失するまでの猶予が与えられたに過ぎないのだが。

 

 半壊したビルの内部へ足を踏み入れる。

 

 彼女達がいるのはいつもの部屋だろうと考え、指揮官は歩みを進めた。

 

 やがて目的地が近付くと廊下の向こう──扉の前で所在なさげに立っている人影を認める。

 

 本作戦へ投入された量産型ニケ達の唯一の生き残りである彼女だ。

 

 名前は確か──

 

「──ピナ」

 

「──ッ…指揮官様…」

 

 オリーブドラブの戦闘服へ防弾の分厚い装甲が貼り付けられた装具を纏う量産型ニケが廊下を歩いてやって来る長身の人影を認め、姿勢を正そうとした矢先、扉の奥から声が響いた。

 

「──ではラプンツェルも警戒に当たって下さい」

 

 刺々しさを否応なく感じさせる声音を発するドロシーのそれだ。

 

「──狙撃も出来ず、湿度によって軌道が変わる()()()で警戒に当たれば良いではないですか」

 

「──…私が()()()()()()と言いたいのですか?」

 

 腹立たしさを隠そうともしないドロシーの言葉へ応じたのはラプンツェルである。

 

 その言葉はドロシーの熱くなった頭へ冷や水をぶっ掛けるのに充分だったらしい。数秒の沈黙が続いたかと思えば、か細い謝罪が紡がれた。

 

「──違います…ごめんなさい…言い過ぎました」

 

「──さぁ、それくらいにしないか」

 

 どうやら紅蓮も室内にいるらしい。彼女が間へ割って入り、両者を取り持つ様子が伺えたが──

 

「──数日ぐらいは食べなくても平気だろう?私達はニケだから、これぐらいなんとも…ヒック!」

 

 壁と扉越しにも聞こえたしゃっくりは紅蓮が漏らしたそれに違いない。

 

「──おっと…参ったね…ヒック…!」

 

 尚も続くしゃっくり。それが意味するのは──

 

「──いや、これはだねぇ…そのぉ…」

 

「──液体触媒の中からアルコールが…検知されますね」

 

「──食べ物の代わりに少し飲んだのさ。穀物で作ったものだから。ははは」

 

「──何を考えているのですか…!こんな状況で飲酒だなんて…!」

 

 途端に室内から険悪な雰囲気が漏れ出る。

 

 ──彼女達も限界が近い。

 

 士気阻喪の手前にまで陥った状況を打開する術は──生憎と数少ない。これが中隊の()()()()()()()()なら握り拳の一発か二発で済ませられるのだろうが、彼女達へそのような気付けをするなど彼には不可能だ。やれない事はない──のかもしれないが、困難極まる。

 

 被っていたヘルメットを脱いだ彼は壁に背中を預けて大きく亀裂が走る天井を見上げた。

 

 ──俺はどうすれば良い、()()()

 

 この場にはいない()()へ問い掛ける彼は煙草を銜えた。

 

 ピナが思わず扉を開いて室内へ入り込んだ姿を視界の端へ捉えながら彼は火が点いていない煙草を意味もなく揺らした。

 

 ──少佐を少尉が指揮するというのは中々にない状況だったな。

 

「──私はゴッデスの皆さんがこんなことで争う姿は見たくありません」

 

「──私達は君の見世物ではない」

 

「──いいえ。()()()です」

 

「──言葉を選んだ方が良いのではないかね?」

 

 室内から漏れ聞こえるピナと紅蓮の言葉の応酬が壁越しにとはいえ否応なく彼の鼓膜を震わせる。

 

 所詮、この戦争も、ゴッデス部隊も、或いは()()も──見ようによってはフリークショー(見世物小屋)の類の何かだ。

 

 さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。お代は見てのお帰りだよ──

 

「…はっ…」

 

 随分と趣味の良い見世物もあったモノだ。

 

 小さく彼が鼻を鳴らした時──室内から漏れ聞こえるピナの声が不思議と明瞭な響きで耳朶を打つ。

 

「──私達はずっとあなた達を見ていました。あなた達が最初に戦場に現れた時から今までずっと。──人類の希望──勝利の女神。これほどあなた達に相応しい称号があるでしょうか」

 

 彼女の声が耳朶を打つ中、彼は脱いだヘルメットを片手に握りながら緩く両腕を組んで項垂れる。

 

 まるで同意するかのような仕草で項垂れた瞬間は頷きにも取れる動きだった。

 

「──だからずっと()()()()()()()()()()()()

 

 その()は──きっと、おそらく、一瞬の内に消え失せるであろう程に儚く、しかし眩しい輝きを放っているのだろう。

 

「──争わないで下さい。争うなら…()()がいない場所でお願いします」

 

「──そんな事情を汲んでやれるほど…私達に余裕はないのだよ」

 

「──いいえ。無いなら()()()()()()

 

「──君…いい加減に…!」

 

 減らず口を黙らせようとしているのか。紅蓮の声が震え、聞き慣れた足取りの足音が微かに響く。

 

「──私を含めたここにいた量産型ニケ達は、あなた達の隣で戦いたくて志願したんです!こんな姿を見る為に命を賭けてあなた達の隣にいるんじゃありません!」

 

 ピナの張り裂けんばかりの悲痛な告白は、飄々とした紅蓮が珍しく怒りを抱きながら衝動的な行動を取ろうとした動きを止めさせるのに充分過ぎた。彼女が息を飲む様子が壁越しにも窺い知れた。

 

「──亡くなった私の仲間達が…天国でも誇りに思えるようにして欲しいんです。…お願いです」

 

 やがて、私は休む、と言い残してピナが静まり返る室内を後にした。

 

 扉が開き、廊下へ姿を現した彼女は──唇を固く結びながら、漏れ出る嗚咽を耐えようとしているようにも彼の双眸には映った。

 

 壁に預けていた背を離し、脱いでいたヘルメットを被り直した彼はピナへ歩み寄ると左手を伸ばし、茅色──僅かに赤みを帯びてくすんだ黄色の髪を纏めた頭へ手の平を置くと、クシャリ、と軽く撫でる。

 

「……指揮…官…様…」

 

「……()()()()()

 

 ──俺には口が裂けても言えなかった。

 

 女子供まで駆り出して人類という種族の延命を目的とした戦争を遂行させている()()()()()()として──口に出来なかった苦言や叱咤を代わりに放ってくれた彼女へ彼は感謝の言葉を紡ぐ。

 

 そして()()()の隣で戦うと奮い立たせた勇気にも感謝を彼は紡ぐ。

 

 柔らかい茅色の髪を何度か撫で、彼は左手を下ろした矢先──壊れた壁の穴から打ち上げられた照明弾と幾筋もの曳光弾が綺羅星の如く輝き、そして砲声と銃声が遠雷の如く響き渡り始めた。

 

「…また始まったか」

 

「攻勢ですか…?」

 

「…行かなくては…」

 

 二足の草鞋──いや、中隊長の真似事まで担った点を考えれば三足だろう。それらを履く以上、どちらかに付きっきりとなるのは宜しくない。

 

「…ピナ」

 

「…はい、なんでしょうか?」

 

「…死ぬ者は…困らない程に大勢いる。今は…生き残る者が必要なんだ。生き残る者がいなくなったら……()()()()()()()()がない。だから…キミは──いや、()()()には生き残って欲しい」

 

「…それは…どういう…」

 

 意味なのか、と問う前に彼はヘルメットの顎紐を肌へ食い込ませ、廊下を歩いて行った。

 

 歩き去る背中は──何処か寂しげにすら彼女の目には映った。

 

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