Fragmented Memory   作:一般指揮官

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 国の為 重き努を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき

 仇討たで 野辺には朽ちじ 吾は又 七度生れて 矛を執らむぞ

 醜草(しこぐさ)の 島に蔓る 其の時の 皇国の行手 一途に思う

 ─1945年3月16日 小笠原兵団長 栗林忠道中将 訣別の電文より抜粋─


第3話

 

 

 

 

 薬室が開き、ホールドオープン──最終弾すら撃ち尽くし、弾倉の受筒鈑で遊底の前進が阻止された拳銃の銃口を自身の顎へ突き付ける()()が、何度も、何度も引き金を引き続ける。

 

「──何をしておる!今すぐそれを仕舞え!」

 

「──ドロシー!止めるんだ!!」

 

「──皆さん…私の弾丸を見ませんでしたか?」

 

 虚ろな瞳が集まった仲間達に向けられ、続いて問われるも──その求める弾薬は彼女の足元へ薬莢として散らばっていた。

 

「──…なんて…こった…」

 

「──ドロシーのお嬢ちゃん。銃を下ろすんだ。良い子だから。な?」

 

 打ち上げられた応援を至急求める意味を持った信号弾を認め、別の戦区で防衛戦を展開していた()()の面々も駆け付け、眼前に広がる光景へ睡眠不足や疲労の蓄積もあって窪んで隈が浮かんだ双眸を見開きながら、彼女──ドロシーに握っている拳銃を下ろすよう穏やかな口調で宥める。

 

「──…撃ちたいのに…弾丸がありません…どなたか…頂けませんか…?」

 

 しかし彼女の耳にそれが届いているのか否か。残余の13名──指揮官たる彼を含めた彼等へ虚ろな眼差しと共に涙を流す瞳を向けたドロシーが自決の為の弾薬を求める。

 

 だがそれに応じる訳にはいかない。

 

 一歩を踏み出した彼は──彼女の足元で仰向けに転がるピナの亡骸を踏まないよう注意しながら歩み寄り、ドロシーが握る拳銃をそっと奪い取った。

 

「…返して下さい…」

 

「………」

 

 ()()を求めるように彼女が彼へ向かって緩々と腕を伸ばす。正確には──奪い取られた拳銃(救い)へと。

 

 空になった弾倉を抜き取り、スライドを元へ戻した彼は引き金を引いて空撃ちを済ませると、それを傍らへ歩み寄って来たスノーホワイトに預ける。

 

「…返して…下さい…返してください──ピナを…かえしてください…一緒に…楽園に行くと…だから…返して…ください…」

 

「──三人とも、ドロシーを連れて行ってくれるか」

 

 虚ろな瞳のまま滂沱の涙を流す彼女がヨロヨロと覚束ない足取りで額へ穴が穿たれ、永遠の眠りについたピナへ歩み寄ろうとする。

 

 その足取りを彼が肩を掴んで真正面から止めると、ラプンツェル、スノーホワイト、そして紅蓮へ指示を出した。

 

 頷いた彼女達がドロシーの腕を取り、或いは背中に手を添え、この場から遠ざける。

 

 覚束ない足取りのまま彼女は肩越しに振り向き、傍らに片膝を突き、彼の手が向かう先──瞳を見開いて事切れたピナに眼差しを送る。

 

「──私の…大切な…翼…!」

 

 悲哀が満ちた慟哭が響き渡る。

 

 彼の指先がピナの瞼を閉じさせ、続けて──胸元にある首飾りや探り出した認識票をそっと取り外すや否や、横抱きに抱え上げる。

 

 量産型ニケの質量を物ともせず、人外のそれとも言える凄まじい膂力で抱き上げた彼の腕の中で亡骸の四肢がダラリと力なく揺れ動いていた。

 

「……1等軍曹(ガニー)。穴…掘ってくれないか?」

 

「…お安い御用です。…可愛いお嬢ちゃんの為に丁寧に拵えますとも」

 

「…頼んだ」

 

 1等軍曹を拝命するには若い──まだ20代前半の青年が頷きを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局最後ノ関頭ニ直面セリ

 

 敵来攻以来 麾下将兵ノ敢闘ハ真ニ鬼神ヲ哭シムルモノアリ

 

 特ニ想像ヲ越エタル量的優勢ヲ以テスル陸海空ヨリノ攻撃ニ対シ 宛然徒手空拳ヲ以テ 克ク健闘ヲ続ケタルハ 小職自ラ(イササ)カ悦ビトスル所ナリ

 

  然レドモ 飽クナキ敵ノ猛攻ニ相次デ斃レ 為ニ御期待ニ反シ 此ノ要地ヲ敵手ニ委ヌル外ナキニ至リシハ 小職ノ誠ニ恐懼ニ堪ヘザル所ニシテ幾重ニモ御詫申上グ

 

 今ヤ弾丸尽キ水涸レ 全員反撃シ 最後ノ敢闘ヲ行ハントスルニ(アタ)リ──

 

 

 

 

 

 パタン、と本を閉じる音が不気味な程に静まり返った前線へ構築された塹壕の中で一際大きく周囲へ反響した。

 

「…ジェネラル・クリバヤシは…どんな気持ちだったのかな」

 

「…イオウジマ、ですか?」

 

「あぁ」

 

「…さて…どうだか。ただ…まぁ…そんなに俺達と変わらないんじゃないですかね?」

 

「かもしれんな」

 

 溜め息を吐き出した彼が背嚢の中へ本を捩じ込んだ。

 

「──おい、聞こえるか!!」

 

「──うるせぇ!!なんだ空軍(モヤシ)!!」

 

「──そっちに歌が上手い奴はいないか!」

 

「──歌ぁ!?あぁ、それならウチの小隊長はスゲェぞ!」

 

 十重、二十重と構築された塹壕。その内のひとつから声が上がり、それに応じる彼の部下の声が響き渡った

 

「──お、そりゃ良かった!夜明け前はどうも暇でな!一曲頼めるか!?」

 

「──リクエストがないなら御免被るぞ!」

 

「──噂の小隊長さんか!?大丈夫だ!たぶんアンタも知ってる曲だ!」

 

 突撃銃を抱えつつ彼が吼えれば、負けじと大声で何処かの塹壕からリクエストである曲のタイトルが告げられる。

 

「──懐古趣味でもあるのか!?生憎とここはウェストヴァージニアでもなければ、陸軍の工兵はいるが炭鉱夫はいないぞ!」

 

「──似たようなもんだろう!ムサ苦しいのは一緒だ!」

 

「──おう、何処のモヤシだ!!そこで待ってろ!テメェの頭、かち割りに行ってやる!!」

 

 籠もってる塹壕は誰が構築したと思っているのか。工兵の兵科に身を置いているのだろう雄々しい怒鳴り声が響く。

 

 空軍と陸軍で──しかも文字通りの同じ穴の狢同士で争っても体力を消耗するだけだ。だが、まだそれが出来る余裕がある現れであろう応酬に彼の口角が緩く吊り上がった。

 

「──分かった!少し待て!おい、伴奏──……あぁ…そうだったな…」

 

 アコースティックギターが数少ない趣味と特技であり、度々、その腕前を披露していた戦友の姿は此処には存在しない──それを思い出した彼は小さな溜め息を吐き出した。

 

 ──レッドフード(彼女)にも時々、演奏をせがまれていたな。

 

 外見年齢と精神年齢が一致しないとは知っているが、そこまで大きく乖離している訳でもなかろうにレトロな曲が好みだった()()も同時に思い出してしまった彼が再び溜め息を漏らす。

 

 ──楽しかったな。せがまれて何度か一緒に…。

 

 クソのような人生には勿体無い程に──そう内心で呟いた矢先、何処かの塹壕から旋律が響き始めた。ダウンロードしていた楽曲を流し始めたのだろう。

 

 趣味や特技で弾いていた者と比べればプロのそれは間違いなく上等だ。しかし、やはり何かが物足りなくも感じてしまうのは贔屓目が過ぎるのかもしれない。

 

 リクエストされた楽曲は今を去ること半世紀は昔に発表されたそれだ。今も尚、根強い人気があるのは名曲の証なのだろう。

 

 とはいえ戦意高揚が必要な戦場で歌うには少々、そして些か不釣り合いにも思えてならない。

 

 だが──久しぶりに歌うのも悪くはないだろう。残り僅かな煙草を銜え、火を点けずに揺らしながらリズムを取る彼は息を吸い込んだ。

 

 半世紀は昔のヒット曲であるこれは、人によっては強烈な故郷への郷愁を抱かせる。戦場で敵を前にして、塹壕の中へ籠もっている状況で歌って良い楽曲ではない。

 

 だが、ここにいる将兵の大半は──その()()を失った者達だ。

 

 帰りたい、だが二度と帰れない──故郷はとうに無くなってしまった。

 

 それでも生まれ育った故郷への想いは潰えることなど決してない。むしろ時が経てば経つほど、或いは距離が遠退くほどに募るものだ。

 

 なにより──この戦区を始めとして周囲のそれを担当する師団の残余4千余名は今日、尽くが戦死する。だからこそこのような歌を聴きたかった、のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは、昨日だ。

 

 この御時世と戦況に相応しく敗残兵の群れで混成となった急拵えの師団。その師団司令部の体となるライナープレートで数mほど地下へ構築された指揮所群の中に呼び出しを受けた彼が出頭した時から事は始まった。

 

「──来たか。あぁ、敬礼と申告は省略で構わん。忙しいのに呼び出して済まなかった」

 

 現場一筋で登り詰めた軍人、とはこの師団長のことを言うのだろう。

 

 石材や木材を(ノミ)で荒く削り出したかの如くエラも張った顔に爛々と光る鋭い双眸を認める。長袖の戦闘服の袖を捲り、露わとなった日焼けした腕は筋肉がギュウギュウに詰め込まれているのを察するのは容易かった。

 

 師団長は彼が敬礼しようとするのを片手で制し、楽にするよう促す。

 

 後ろ手に両手を組み、肩幅に脚を広げると、師団長は単刀直入に用件を済ませるらしい。彼へタブレット端末を差し出した。

 

「…本作戦は明日0900を以て終了する。その上で…このような命令が送られて来た」

 

 受け取った端末の画面上には命令書の様式であろう文面が浮かび上がっている。

 

 それを彼は瞳を細めて上から順に読み始め──やがて大きく眼を見開いた。

 

「──核兵器の使用…」

 

「──400ktの核出力で()()()()を吹き飛ばすそうだ。一体、何処から湧いて出て来たのかは知らんが…どうせ何処かの国土で通信可能なサイロで眠ってた代物を使う目処でも立ったんだろう。まぁ──それはどうだって良い。もっと下を読め」

 

 核兵器の使用を、どうだって良い、と表現するのは些か考え物だ。しかし師団長は双眸を細め、睨みを放ちつつ彼へ続きを読むよう促す。

 

「──本作戦参加の各部隊はアーク閉鎖後、最寄りの昇降エレベーターに搭乗し帰還。尚、搭乗後は速やかに搭乗口の破壊を徹底するよう注意すること。──この際、ゴッデス部隊は予想される敵の前進を阻止し、その退却を()()…」

 

「要は…()()()だ」

 

 戦場に於ける火消し、の表現は本来の消火を意味するそれとは異なる。この場合、退却に際して味方の防衛線には穴が出来る。そこを突破したラプチャー(ブリキ共)が戦況を悪化させ、混乱させるのは想像に難くない。その状況を火事に見立てて、敵の猛攻を阻止し、撃退する役目を()()()と師団長は表現したのだ。

 

「…お待ち下さい。昇降エレベーターの総数は…それを全て破壊するとなると…」

 

 ゴッデス部隊(彼女達)はどうなるのか──それを彼は問い掛ける。師団長は唇を固く結び、まずは紙巻き煙草を銜えた。

 

「……だから君を呼んだ。彼女達の指揮官である君を」

 

 オイルライターの火を点けた師団長が絞り出すような声を放つ。

 

「…軍人として命令には忠実であるべきだ。だが…これは…女子供を駆り出して…この期に及んで見捨てるような真似は俺には出来ない」

 

「閣下、それは──」

 

 抗命にも取られかねない。それ以上の発言を控えるよう彼は促すが師団長は構いやしない、と言いたげに豪快に紫煙を吐き出す。

 

「多くの部下を死なせた。人種や国籍、国語も異なる敗残兵の群れだったが、俺にとっては間違いなく部下達だった。ただの一人たりとも無駄に死なせたとは思いたくないし、ゴッデス──彼女達の活躍が無ければ、師団はとうの昔に壊滅していた」

 

 粗末で汚れた卓上灰皿を手繰り寄せた師団長は胸ポケットを漁り──中から一枚の写真を取り出すと彼へ手渡す。

 

 学校の卒業式──なのだろうか。ティーンエイジャーの少女と、その隣に立つ軍服姿の師団長の姿が収められていた。

 

「…妻が事故で死んでから男手ひとつで育てた。可愛い娘だった。娘が生きていたら、彼女達と同じ年頃だったろう。──娘に父親として何もしてやれなかった。もっと話をしておけば良かった」

 

「…私には父親、母親がどのようなモノかは分かりません。もし閣下が悔いておられるとしても…私にはお慰めする術がありません」

 

 手渡された写真を返した彼へ師団長は、それもそうか、と苦笑を浮かべた。写真を受け取り、それを胸ポケットの中へ仕舞い込む。

 

「…許せ。困らせるつもりはなかった。──まぁ、だから半端者の父親だったんだろうな。大嫌い、と言われたのが娘と最後に交わした言葉だったぐらいだ」

 

「…父親として半端者だったとしても──軍人として、或いは男として一流であれば、それで良いのではないでしょうか?」

 

「…不器用な男だぞ。俺は」

 

「御安心下さい。私もです」

 

 ふっ、と師団長は微かに笑みを浮かべ、肩の力を抜く。そのまま何口か紫煙を燻らせ──半ばまで吸った煙草を灰皿へ押し潰した。

 

「──明日、払暁を以て師団はその総力で全軍の退却を支援する」

 

「…ゴッデスだけでは?」

 

「人手は多い方が良いだろう?」

 

 それはそうだが──と彼が口籠る中、師団長は歩み寄ったかと思えばボディアーマーを纏う彼の肩を力強く叩き、耳元で囁いた。

 

「──今夜中に彼女達を脱出させろ。俺達、4千名が死ねば、彼女達が退却する時間ぐらいは稼げる」

 

 命令は無視しろ──それを暗に告げられた彼は頷きを返した。

 

 

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