アレイスターと同じく、魔術をある種一つの科学と断じた男が、牙を剥く。
「残念ながら、君の出番はないよ」
「ッッッ……!?」
背後に人が立っている。そう気付いた時には、既に遅かった。
気配なんてしなかった筈だ。完全に、此処には自分一人だけだった筈だ。誰も居ない屋上、蟻の子一匹すらも存在していない場所だった筈だ!
最初から其処に居たかの様に自然に、それは現れた。ずっと、自分の背後に立っていたのだと思わずにはいられない程に、一瞬で背後を取られた。
バッッ!!! と、前にのめり込む様な形になる程に重心を前方に向けて、飛び跳ねる。
冷や汗が止まらない。鼓膜が張り裂けてしまいそうな程に、胸の鼓動が収まらない。
はぁ、はぁ…! まるで犬が喘ぐ様に呼吸を荒くしながら、背に立っていた存在をその目に映す。
「お、おまえは…!?」
「背後を取られただけで、すごい慌て様だね?」
戯けた様に、誂う様に、その男は笑った。
まるで捕食者に狙われた小動物の様に顔を青くしながら、菅谷はぱくぱくと口を開いて言葉を探す。
もみあげに灰色が混ざった、銀髪を思わせる白髪と、快晴の青空を思わせる綺麗な碧眼、右耳に結晶石の様なものを加工して作られたイヤリング・ピアスを付け、スクエアタイプのサングラスを掛けた、黒い長外套を身に纏う青年と思わしき容姿をした男。
彼が狙っていた、菅谷玄静が殺さんと目論んでいた、両面宿儺の友人が一人。
両面宿儺という存在に出来た、最初の友。
姿こそ青年のそれ。だが、存在そのものがそこらの青年とは全く異なっていた。頭からつま先まで、あらゆる全てが普通という普通から完全に逸脱していた。
彼こそ、この御人こそ――――――かの
「え、え、えり――――――
「至って単純だよ、菅谷玄静。私は私の友達の頑張りを邪魔せんとする部外者を排除しに来ただけさ」
エリファス=レヴィ。黄金にも十字教にも属さぬ、伝説の魔術師。
近代西洋魔術復興の象徴にして、『
あのアレイスター=クロウリーが自らを「エリファスの生まれ変わり」と称していた事がある程に、彼が魔術の世界に与えた影響は凄まじいものだった。
カバラを欧州全土に広めた魔術師はメイザース、近代西洋魔術を完成させた魔術師はアレイスター。
エリファスは、近代西洋魔術を現代に復興させる切っ掛けとなった魔術師、その象徴。魔術の礎の一つを作り上げた男。
そんな偉人が今―――たかが一人の魔術師の前で、死刑を宣告した。
「友人、友人だと!? お前が、両面宿儺の友人!? 否、それ以前に! 何故現代で生きてんだよ!? 少なくとも100年以上も前に死亡が確定している筈だろ!?」
「何を驚く事がある―――オカルトという概念を作り出した私が、魔術師でありながら科学を言及した私が、長生きしている事に何ら不思議な事はないだろう?」
「科学? 科学だと!?」
「
「はっ…はァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!?!?!?!?!? 伝説の魔術師でありながらっ、オカルトという魔術における根本を作り出しておきながらっ、科学に手を染めたってのかッッッ!? 魔術の世界に絶対的な影響を及ぼしながら、オカルトの父とすら言われておきながら、お前はオカルトの全てを投げ捨てたのかッッッ!?」
彼の激昂は尤もだった。おそらく、彼でなくとも多くの魔術師が声を荒らげた事だろう。
そこらの魔術師を捕えて、有名な魔術師を挙げてみろと言えば十本の指が埋まる頃には必ずその名が出てくる魔術師。
オカルトという概念を作り出したも同然のエリファスは、しかし自ら科学の道に走ったのだ。
魔術師達にとって、これ程までに絶望的な事実はない。それこそ、幼い頃から憧れていた人に罵倒を浴びせられた時の様な衝撃が走る事だろう。
しかし、当のエリファスは笑っていた。
「酷い言い様だね? 確かに私は科学に走ったが、別に魔術を捨てた訳ではないよ。アレイスターと何ら変わらない。私は、私の目的の為に魔術だけでなく科学すらも利用すると決めただけさ」
「ッッッ!!!!!」
「さぁ―――抗ってみろ。現代における魔術師がどの程度のものなのか、見させてもらおう」
「ふざけやがって…!」
毒を吐き捨てながら、その懐に忍ばせた手裏剣を取り出し印を結ぶ。
『織り神』。それが、菅谷玄静の術式の名前である。
その術式の性質は、即ち付喪神。彼は自らの折り紙に八百万の神々を宿す事ができ、それによって霊装を創り出す事が可能である。
ただの折り紙が、一つの神話を宿す霊装となる術式。それが織り神。
例えば―――ただの折り紙で作った手裏剣ですら。
「
宿したるは志那都比古神。風神の代表、速度を司る八百万の神々が一柱。
ビュウッッッ、ブォンッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
解き放たれた手裏剣は空を裂いて嵐を吹き降ろし、音速を越えて一人の人間へと向かっていく。
走る神風。誰の目にも留まらない、最速にして神速の紙刃金は確かに脳天目掛けて駆け抜けていく。
だが―――エリファスにしてみれば、大した芸にすらならない。
「霊装、或いは神話の武器を創り出せる術式か。なるほど、中々良いじゃないか。けれど、些か決定打に欠けるかな?」
「な―――!?」
ピタッ、と。
まるで時を停められたかの様に、手裏剣はエリファスの半径10m辺りで停止した。
運動能力は消失し、宿された筈の神は呆気なく弾かれて仏界へと帰還した。もはやそれは大人が作っただけの折り紙に成り果てていた。
だが、それは想定の範囲内だ…!
「
相手が誰だと思っている? 眼前の敵が誰だと思っている?
エリファスだ。オカルトという概念を作り上げたとすら言われ、近代魔術の礎の一つを築いた人物である、あのエリファス=レヴィだ。
基礎魔術による魔術の無効化。これからさらに先の物語において、かのキングスフォード女史がアンナ=シュプレンゲルに対しても使用した基礎中の基礎。
彼程の魔術師であれば、たかが神一柱を宿した霊装など簡単に止められるだろう。それを想定していたからこそ、予め準備はしておいたのだ。
「
本来ならば宿儺に用いる筈だったが、この異常事態であればやむを得ないと、菅谷は折り紙で作り上げた一本の槍を取り出し、それに持てる力の全てを込めて投擲する。
天照と素戔嗚。日本神話における最高位の神々二柱を宿した槍は、しかしその二柱とは全く異なる神へと変質する。
伊邪那岐。日本を産んだ神の一人、日本という世界の父とも言える神が振るったとされる神槍―――『
『模倣神技』やそのオリジナルである『主神の槍』には及ばずとも、その破壊力は都市一つを消し飛ばすには申し分ない!
例えこの槍を防ぐ事が出来たとしても、槍の衝撃は間違いなくこのビルを破壊出来る!
菅谷玄静は、そう確信していた。
「
ゴウッッッ!!!
火炎にして疾風、疾風にして火炎。意思を持った火と風の波が顕現した。
御身に向かって解き放たれた折り紙の神槍を苦も無く燃やし尽くし、千切りの様に斬り刻んだ。
「な―――ば、かな…!?」
「発想は悪くなかったよ。予め折っておいた折り紙は時間の経過と共に、より強い神格を宿す為の布石と化す。しかも、君の詠唱は一見すれば普通の魔術詠唱だが、実際は『黄金』と『薔薇十字』の『召喚儀礼』を含めている。それによって、確かな神を降ろす事を確実にしていた。けれど、さっきも言った通り決定打に欠けるね。君の魔術は前持った準備が必要不可欠であり、それが無ければ宿儺はおろか
「
象徴武器。シンボリックウェポン。
近代西洋魔術において用いられる、火・風・水・土・エーテルの五大元素を象徴する武器。
霊装としては基本中の基本であり、しかしそれ故に完璧に御して魔術を使う事が出来れば、世界を制する事すらも可能な代物である。
だが、エリファスはそれを用いない。彼はただ詠唱を口にしただけで、メイザースに匹敵する威力の属性魔術を発動させた。
「元素を象徴するのに、道具なんて必要ないさ。この
ダメ出しをしながら、エリファスは一歩一歩と前に出る。
先程までの激昂は何処へやら。菅谷は顔を真っ青にして、背を向けて颯爽と駆け出した。
ビルの屋上。そこから飛び降りてしまえば、例えば魔術師であろうとも無傷ではすまない。そんな事は重々承知なのだ。
しかし、そんな事は気にする程のものでもなく。今はただ、眼の前の伝説から逃げ出す事だけを考えていた。
それが無駄であるという事は、分からないまま。
やれやれ、大人しくしてほしいのに……と、エリファスは肩を竦めながらも歩みを止めない。
「魔術を大雑把に区切った時、『類感』と『感染』という二つが生まれた。類感は“形の似たもの同士は互いに影響しあう”、感染は“一度接触したもの或いは一つのものであったものは、遠隔地においても相互に作用する”と。アレイスターとアランは類感魔術を応用した。なら私はその逆張り―――応用することもなく、感染魔術をそのまま使うとしよう」
類感魔術と感染魔術。それは魔術理論における基本。
魔術業界だけでなく、現実世界においても広く知られている考えである。
類感魔術で言うならば丑の刻参り。感染魔術で言うならば制服の第二ボタンを受け取るなど、様々である。
感染魔術は、本来ならば標的の体の一部がなければ発動する事は出来ない。
何故ならば、感染魔術とは標的の体の一部を特殊な方法で破損することで、標的の肉体に遠隔地から攻撃を加える事が出来るという魔術だからである。
だが、しかし―――使用するのがエリファス=レヴィともなれば話しは別である。
「忘れ物だよ、少年。全く、自分が作った玩具を忘れるなんて、感心しないね」
彼の眼の前には、菅谷玄静が自らの手で折った、折り紙の手裏剣がある。
エリファス程の魔術師が『感染魔術』を使用するのであれば――――――相手の魔術や霊装、さらには相手の吐息ですらも標的の一部として扱えてしまうのだ。
虚空に停まっていた手裏剣を手に取り、くしゃりと握り締めれば。
「――――――」
グシャッ、と。
その頭が、まるで搾り取られた果実の様にねじ切れた。
だが、それだけでは終わらない。それだけでは終わらせられない。
くしゃくしゃにした手裏剣を空に放り投げて、伝説は告げる。
「温にして乾」
炎は、ただそれだけの言葉で顕現し、紙と人を焼き尽くした。
「君が介入していい物語じゃないんだよ。当然、私が介入していい訳でもない。これは彼の物語であり、彼が関わる
「ん?」
「
「喋るな、汚い」
なんてこともなく、両面宿儺はやはり御坂妹と戯れていた。
ただ、見知った人間の気配を感じ取っただけで、それ以上何かを考える事などしなかった。
判明した宿儺のご友人四人衆
・上条当麻
・絹旗最愛
・エリファス=レヴィ
・?????