■ ■
「ミサカは…幸せを感じました。と、ミサカは譫言の様に零します」
「はァ? 急に何言ってンだ、テメェ」
満身創痍だった。もはや、死ぬ一歩手前だった。
片足をもがれて、出血も酷くて。視界はボヤけていて、もはや相手の声もよく聞き取れなくて。
それでも―――ミサカ9982号は、残る力を振り絞って声を発した。
「お姉様に会い、優しくしてもらいました。血の繋がった実妹である訳でもないのに、ミサカはお姉様に…優しくしてもらいました」
「何だ何だ、ここにきて遺言かァ? まァ、別に構わねェがな。時間稼ぎのつもりもねェだろうし…特別に聞いてやるよォ」
面倒くさそうに頭をかきながら、白髪赤眼の少年は―――「
決して、耳を傾ける事はしなかったが。
「それだけでなく…友達が、出来ました。ストラップをくれて、クレープをくれて…たくさん、遊んでくれた…」
胸ポケットに入れた、ゲコ太のストラップ。御坂美琴から貰った缶バッチとは別にストラップ。
面白半分だったのかもしれない。単に興が乗っただけなのかもしれない。ただの気紛れだったのかもしれない。
それでも。それを分かっていても。ミサカ9982号は―――たかが一体のクローンを相手に、物を与え、食物を奢ってくれた一人の鬼人に、感情の様な何かを抱いたのだ。
感情なんて持たない筈の自分が。単なる模造品程度でしかない筈の自分が。
楽しい―――そんな感情に似た何かを、覚えたのだと。
そして、それは紛れもなく、御坂美琴と両面宿儺のお陰であると。
「ミサカはクローンです。感情もインストールされていません。ですが……どうしてか、詳細もできませんが………ミサカは、幸せを感じました」
「……あっそ」
それだけだ。ただ、それだけ。
ガコンッッッッ!!!!!!!
大きな鉄塊が、宙に打ち上げられる。
地に伏せる虫を踏み潰す踵。ただ一人の模造品、生きているが命を他者に握られているだけの人ならざる者。
それを叩き潰す、無慈悲な鉄塊。
影が広がる。小さな彼女の体を、暗澹が塗り潰す。
虚ろな目には、自身が姉と呼ぶ少女が、焦った表情を浮かべて必死に走っている姿と――――――
「…」
酷く不快な顔を浮かべて立っている、彼女が友人と呼べる鬼人が居た。
キンッ。一閃。
キンッ。二閃。
キンキンッ。斬撃は―――止まず。
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それは『解』。ただ斬撃を対象に放つだけのシンプルな術式。だが、そのシンプルさ故に扱いやすく、連射性を有している。
いとも簡単に、鉄塊は消え失せた。ただそれだけを理解していれば、十分だ。
「あ……」
「おいおい…なんだなんだァ? 随分とお客が多いじゃ」
「口を閉じろ、糵」
キンッ! と、斬撃が飛ぶ。だが―――
キィンッッッ!!!!
少年の首を跳ね飛ばすつもりで飛ばした斬撃は、しかし少年の首を跳ね飛ばす事はなく、
宿儺は驚いた。しかし、それは宿儺の斬撃を反射した本人である少年も同じ事だった。
(ほう…俺の斬撃を反射するか)
(何だ…反射が正確に機能しなかった?)
学園都市に存在する7人の超能力者、その序列1位『一方通行』。その能力名もまた、
その能力は、ベクトル操作。あらゆる力の向きを自在に操る事が出来るという、汎用性が高く極めて強力な能力である。
アクセラレータは、自身に向けられたあらゆる物理的現象を反射する様に設定している。太陽光に含まれる紫外線なども反射している為、彼の体はアルビノなのだ。
攻撃の反射。銃弾は勿論、放射線すらも反射するそれは、ただ突っ立ているだけで敵を圧倒する事が出来るという、まさしく最強に相応しい力だ。
だが、それが上手く機能しなかった。斬撃は宿儺には反射されず、明後日の方向に逸らされる様に反射されたのだ。
「テメェ…何者だ?」
「貴様如きに教える名など無い」
宿儺は一蹴し、そして一瞬にして地に伏せるミサカ9982号を回収し、御坂美琴の方へと連れて行く。
「おねえ…さま…」
「無理して喋らないで! 大丈夫よ、今すぐ病院に」
「ならん」
「はぁッ!? アンタ、巫山戯た事言ってんじゃないわよ! このままじゃこの子が」
「貴様がどれだけ急ごうが、この距離では間に合わん。確実にな」
「……っ! でも「故に」」
ここで治す。
そう言って、宿儺は死にかけの少女へと手を翳す。
白い靄の様なものが、宿儺の手のひらに発生する。ゆらゆらと蠢くそれは、まるで生きているかの様に波を打っていた。
そして―――少しの時間が経てば、
「え…!?」
「あァ…?」
『反転術式』。そう呼ばれる技術がある。
それは呪力と呪力を掛け合わせる事で、正の呪力を生み出す技術である。
呪力が負のエネルギーであるならば、反転術式で生み出される呪力とは正のエネルギー。数学で言うところの「−×−=+」の式のイメージだ。
この正のエネルギーというのは、人間を治癒する事が出来る他、術式効果の反転・術式の回復・呪力の中和などの使用も可能である。
自他の治癒が可能ではあるが、そもそも反転術式の使用には通常よりも倍の呪力を消費する。自身に用いる時ですらそうだが、他人に使用するとなればさらに難しい。
本来の両面宿儺が存在していた世界において「現代最強」とすら言われていた者ですら、他人への使用は出来なかったのだ。
「あ、あんた、どうやって!?」
「そんな事はどうでもいい。さっさと其奴を連れて去れ」
二人から目線を外し、アクセラレータへと目線を移す。
にやりと、アクセラレータは凶悪な笑みを浮かべた。
「イイネイイネ、最っ高だねェッ! まさか学園都市に『
「言葉は選べ―――今際の際だぞ」
学園都市最強の能力者と、最強に未だ至らぬ鬼人。
二人の強者が、開戦の狼煙を上げた。