とある呪術の両面宿儺   作:全智一皆

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御使墜し④

「ありゃスゲェな…サーシャ=クロイツェフも死んだんじゃねぇか?」

「だろうね。生きてたら凄い」

 

 遠目で、火の粉が降り頻る海辺を見れば簡素な言葉が吐き出される。

 二人の魔術師は、恥ずかしげもなく追われながら逃げていたのだ。

 

「―――まだ、続けますか?」

 

 ビルの屋上で、3人の魔術師が対峙している。

 四方木冥瞬・ウルライヒ=ドゥンケルハイト・神裂火織。

 聖人が二人、此処に居る。それだけで空気が怯える様に揺れていた。

 

「そっちこそ、まだ追うのか? さっさと諦めてくれよ、もう用は済んでる」

「こちらはそうもいきません。貴方達のボスについて聞きたい事が幾つかあります」

「勘弁してくれよ、あの人の事を喋るとか精神的にキツイ。身内の俺等もよく分かってねぇんだよ」

「そもそも分かる人居ないんじゃない? 人格的に難ある人だし」

「だよなぁ…」

「どんな人なんですか、貴方達のボスは…?」

 

 部下からの印象は決して良いものではない様だ。武器を降ろす事はせずとも、神裂は少し困惑した。

 悩む様にしながら、二人は解答した。

 

「いや、別に悪い人ではないんだぞ? 結構気にかけてもらってるし、助かってる。けどなぁ…」

「何言ってるか分からないというか…一手どころか百歩先を読んで喋ってるというか…」

「簡単に言えば不思議過ぎる人だな。理解が出来ん。今回の仕事も、訳分からん事言ってたし…確か、」

 

「おっと、ネタバレはダメだよ」

 

 ふと、ソレが突如として現れた。

 体が一瞬、硬直する。ついさっきまで其処には誰も存在していなかったにも関わらず、まるで最初から居たかの様に自然に現れた不自然さに緊張が走る。

 誰が居る。誰が現れた。それを、気配と存在の境界線に巧みに入れ込んで突如として現れた敵を確認しようと振り向こうとした瞬間。

 

 ざしゅ。

 

 尖った黒い何かが、胸から突き出た。

 

「あ…?」

「ヨモギ!」

 

 ドバドバと、蓋が開かれた容れ物の様に血が溢れていく。

 亀裂が走った胸と空いた口から、大量の血液が止まる事を知らずに零れた。誰がどう見ようと、致命傷だ。

 四方木冥瞬は聖人である。生半可な攻撃では傷一つつけられない筈の存在であり、ウルライヒ=ドゥンケルハイトはそれを身を以て知っている。

 神裂火織という聖人との戦闘。眩惑術式という単純かつ強力な魔術を以てしても、もはや一方的な蹂躙にしかならなかった存在。

 それと同じ種類の存在だ。そんな聖人が―――簡単に、致命傷を負わせられた。

 

「聖人であろうと結局は人間だ。その肉体は、決して人外のそれじゃない。竜には遠く及ばない。そうと分かっていれば、偶像の理論を用いる必要もない」

 

 例え聖人であろうと、人外じみた身体能力を持っていようと、しかしその肉体が決して人外のモノであるという訳ではない。

 聖人とは、あくまでも生まれた時から神の子に似た身体的特徴、魔術的記号を持つ人間であって本物の神の子ではない。

 神の力、その一端であるとされる天使の力(テレズマ)も、偶像の理論によってその身に宿されているに過ぎないのだ。

 身体機能が常人以上に強化されているのは確かなのだろう。しかし、その肉体の構造が人間という構造とは全く異なるかと言われれば、決してそんな事はない。

 未知のエネルギーによって身体機能が強化されているというだけで、その肉体は人間のものだ。化け物のそれという訳ではない。物質が完全に変異している訳ではない。

 なればこそ―――()()()()()()()()()()()を用いれば、聖人の肉体を傷付ける事など造作もない。

 

「やぁ、はじめまして。君とは一度会ってみたかったんだ、神裂火織」

「あ―――あなた、は――――――」

 

 絶句した。そうする他ない、彼女の体を強張らせ固まらせる程の有り得ない現実が、頭を強くぶん殴ってきた。

 何故なら、今三人の目の前に立っている人物は―――この魔術師は。

 

 本来ならば、もうとっくの昔に死んで消えている筈の伝説である。 

 

「え…え、エリファス=レヴィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!????????????????????????????????」

 

 オカルトの父とすら言われた魔術師でありながら、魔術を一種の科学であると断じた男―――エリファス=レヴィの手にすれば、その程度の事は簡単極まりない。

 絶叫する敵を前に、伝説はにこやかに笑っていながら、突き刺さった槍を引き抜き血潮を吹かす。

 

「がっ…げば、ごぼっっ!?」

「中々良い出来だろう? 基本的に霊装を用いない私が唯一として用いる霊装だ。私自ら一から造り上げた逸品だよ」

 

 膝から崩れ落ち、痙攣する聖人。

 エリファスはそれを見下して、血に濡れた鋒をもう一人の敵へと向ける。

 

「神話に登場する槍の伝承。伝説に登場する神器の槍に必ずと言って良い程にある、『投げれば必ず当たる』という伝承のみを抽出して造り上げた武器だ。ついでに言えば、()()的要素を込めて『縛り』も課してある」

 

 北欧神話の主神、オーディンの槍グングニル。

 ケルト神話の英雄、クー・フーリンが持つ槍ゲイボルグ。

 神話や英雄譚に登場する槍の殆どに存在する、『投げれば必ず当たる』という伝承、必中の伝説。ただそれだけを抽出し、それ以外の槍としての伝承の要素全てを排斥し、さらにそこへ()()()()()()()()()()()の要素を付け加えた代物。

 槍の形をした黒い杖。霊装を用いた伝説など一つもないエリファスが唯一として用いる、完全オリジナルの武装である。

 

「『偶像の理論』すら省いたモノだったんだがね。類感魔術を使って、そちらの頭の中の理論を利用させてもらったよ。自分の『偶像の理論』で殺されるのも、酷だね」

「何故だッ!? 眩惑術式は今も発動している、にも関わらずお前は何故ぼく達が見えている!?」

「別に見えてはいないよ。ただ、さっきも言った通りだ。()()()()()()()。必中効果のみが存在する槍を振るおうとすれば、槍は自然と狙いを定める。レーダーの代わりにもなるだろう?」

 

 眩惑術式は、一定の感覚で動く・自分が持った武器を相手が目にするの何れかの条件をこなすことで、相手の脳に干渉し、その視覚と距離感覚を狂わせるという単純かつ強力な術式だ。

 例え刃が折れていたとしても、武器は武器。その武器を見たならば、誰であろうと発動する。エリファスや聖人であろうと例外ではない。

 だが、そもそもとして。エリファスは彼らを見ていない。見えていない。捉えているのは、あくまでもエリファスの槍杖である。

 必中効果のみを抽出した霊装。振るえば必中、投げても必中、その代わりとして必中以外の伝承全てを省いた代物は、自動的に敵を捉える。

 だからこそ、エリファスは敵を捉える。エリファスが持つ槍だけが、敵を捉えている。

 

「がっ、はぁ…! えりふぁす、れゔぃ…なぜ、ここに…!?」

()()に関わるべきではない君達を消す為だ。宿儺の成長の糧にもならない君達には必要性も感じないし、そもそも私は私や宿儺といった存在(イレギュラー)の所為で発生してしまう君達の様な輩を消すという仕事がある。まったく、『火花』はこういう事にも作用するから厄介だ」

「イレギュラー…? なにを、言って…」

「それを知る必要はないだろ? 君達はただ此処で死ぬ事だけを理解していれば良い」

「っ…!」

 

 ズバッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!

 鋼糸の刃が空を斬り捨てる。

 神裂火織という聖人によって放たれた、本来なら回避も防御も容易ではない筈の不可視の攻撃―――七閃。

 彼女にとって、二人は敵である。サーシャ=クロイツェフを止めようとしていた所を邪魔立てしてきた部外者だ。

 だが、例えそうであったとしても。彼女には敵だから見捨てます、なんて選択肢を選ぶつもりなど毛頭ありはしない。

 救われぬ者に救いの手を―――それこそが、彼女の魔法名。かつての天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)、神裂火織という人物の性である。

 

「すまないね、生憎と君を相手にするつもりは後にも先にもないんだ。それはいつかの彼らの役目なのでね」

 

 ヒュッ、と。呼吸をするかの様に平然と、エリファスは攻撃を無効化した。

 空間が捻じれ、何も映し出す事のない暗闇が垣間見える一つの世界から、目に見えない何かが顔を出す。

 視認は出来ない、だが認識は出来る。確かに其処には何かが居る。この目には映せない、映してはならない何かが喉を鳴らして静かに睨んでいる…!

 

「僕が消すのは、この二人だけだ。必要のないモノは処分するに限る」

 

 槍を虚空へと()()し、エリファスは懐から一枚のカードを取り出して見せる。

 頭上に無限のマークが刻まれ、光に照らされる外套を身に纏った男と、机に杯と短剣が置かれたイラストが描かれたカード。

 タロットカード。魔術師のタロットである。

 

「他の魔術師がタロットを属性魔術で応用するのとは違い、私が使うタロット魔術は22枚のカードからランダムで引き出されたカードが持つ意味を魔術として現実にするものだ。だが、態々22枚もカードを用意するのも面倒だからね―――だから、魔術師のカード一枚に込められた意味全てを具現化する」

「は?」

 

 近代西洋魔術復興の象徴、エリファス=レヴィ曰く。

 魔術師の姿で、アレフ・修行・普遍・王冠・用意・存在・精神・人・神・理解可能なもの・唯一性・数の母・第一質料の全ての概念が象徴的に表されているという。

 エリファスが使うタロット魔術は、一般的なタロット魔術とは全く異なり、そのタロットに込められた意味を現実に持ってくるものである。

 魔術師のタロットカード。それに込められた意味の全てを、エリファスが現実にする。

 

「象徴するは『存在』。頭上には無限と光、左右の二肢はアレフを象る。魔術師の姿で以て此処に『存在』を照応し、隔たりを産む」

「待ちなさい!」

「大丈夫、すぐ終わるさ」

 

 ぐにゃりと世界が歪む。まるで陽炎の如く揺らめきながら、三人の人間が消え失せる。ただ一人を残して、存在が隔たれる。

 存在の隔離。世界からの一時的追放。

 たった一枚のカードに込められた無数の意味を現実にし、それにアレンジを加える事で標的という存在を世界の余分なフィルターへと存在を送り込む。

 それはもはや、普通の魔術師に出来た芸当ではない。エリファスだからこそ出来る業である。

 

「天にして光、続いて寒にして乾、即ちセリオン」

 

 ジュウぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 目を焼く光が、本来なら上げない筈の音を唸らせて空間に衝撃を奔らせる。

 まさしく神の火。天をも焼き尽くす極光によって照らし出されたその瞬間、焼かれて裂けた空間から数多の鉄火と津波の如き土砂が振り降ろされる。

 

 バキバキバキバキバキバキバキバキッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

象徴武器(シンボル・ウェポン)無しの属性魔術で、この大規模だと…!?」

「ただの属性魔術じゃないよ。アレイスター(後輩)魔術(Magick)をアレンジとして付け加えたものだ」

 

 Magick系魔術。黄金の魔術師、アレイスター=クロウリーが自ら開発した独自の魔術式。セレマの魔術。

 ホルスの時代、イシスの時代、オシリスの時代。新しい時代から古い時代までの魔術を組み分けたもの。

 セリオン。終末の獣、黙示録の象徴。欲望のタロット、11の数価。獅子宮に照らし出された神。

 

「だとしても、これは―――あまりにも、桁違いにも程があるだろ……!?」

「これが、エリファス=レヴィ……近代西洋魔術復興の象徴と言われた魔術師の力……」

 

 ザザザザザザザザッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 鉄火と土砂は混ざり合い、互いを消す。

 鉄火と土砂の両方も確かな脅威だろう。だが、この魔術の本質はそれではなく、()()()が打つかり合う事によって発生する『対消滅』。

 互いに互いを反発し合い、莫大なエネルギーを生み出して周囲全てを巻き込む爆弾こそが、この魔術の正体である。

 これから先の未来、アレイスター=クロウリーが見せた『ビッグバン爆弾』と同程度のエネルギーが―――これより、解き放たれる。

 

「象徴する数価(かのうせい)は11、有限の域たる120から150の領域より相対する鉄火と土砂から解き放たれし宇宙(そら)の猛りを現出せよ」

 

 スぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 バギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギバギッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 粉々に砕け散る世界。熱風と爆風は何億光年もかけ離れた星々にすら行き渡り、そこにあるもの全てを融かし尽くしても止まる事を知らない。

 もはや痛みも無し。あまりにも一瞬で、突然迫り来た宇宙の爆発によって二人の魔術師は完全に消え失せた。

 隔たりが解かれ、夜空が現れる。明かりが灯る町並みが、嫌に懐かしく感じられるのは―――本当の滅亡が其処にあったからなのだろう。

 神裂からしてみれば、それは数分程度の出来事でしかなかった。たった数分にして、隔たれた世界から一人だけが生還してきたという、それだけの事だった。

 

「いったい、何を―――」

「ごめんだけど、君には全て忘れてもらう。なに、忘れても問題はないさ。そもそも僕は本当なら存在しないんだ、憶える事もない」

 

 ぱきん、と。

 頭の中で何かが割れる音がした瞬間―――

 

「…何故、私は此処に? 確か、天使と戦っていた筈…」

 

 記憶は、すっかりと抜け落ちていた。

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