とある呪術の両面宿儺   作:全智一皆

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禁書目録②

 

 

■  ■

 キンッ―――。

 喧騒たる夜の学園都市を、鋭い刃物の如き一閃が駆け抜ける。得物を振るった訳でも、引き金を引いた訳でもなく、何も無い空間から解き放たれた不可視の刃が、“其処”に張り巡らされた鋼糸を斬り捨てた。

 

「なっ―――」

 

 鋼糸が散って、地面に落ちる。さながら淡雪の様なそれは、しかし誰の目に映る事もなく死んでいく。

 魔術師―――神裂火織は愕然とした。自らの武器が、まるで紙を切るかの如く事もなげに斬られた事に。

 文字通り“糸”を切る様に呆気なく斬り捨てられたソレは、しかし決して簡単に斬られてしまう様な普通の糸ではない。

 名のある鍛冶師が鍛えたとされる業物鋼糸『七閃』。鋼糸は鋼糸でも業物であり、たかが普通の斬撃で斬り捨てられるものではない。

 だが、そうであるにも関わらず―――その業物は、簡単に斬り捨てられたのだ。

 

「いったい、誰の赦しを得て――――――其奴に手を出している」

 

 怒気を孕む低い声が、包丁を入れる様にスッと神裂の内側へと通っていく。憶える事の少なかった筈の恐怖心が、一気に噴き出してくる。

 四つの目。鋭い殺気。そして彼の者から発せられる異質な力。何よりも―――聖人たる自分が恐怖を抱く程の覇気…!

 

(こちらの一挙手一投足全てが死に繋がる恐怖っ…! 何者なんですかっ、彼は!)

「一秒やる。疾く退け」

「っっ!」

 

 地に伏せて呻く少年を置き去り、神裂は一瞬にして大きく距離を取った。無意識に、体が勝手に動き出したのだ。

 彼女は『聖人』と呼ばれる類の存在である。世界に数十人しか存在しないとされる類稀なる存在であり、神の子とも呼ばれる。

 生まれながらにして神の力の一端を宿した人間。まさしく超人と呼ぶに相応しい存在なのだ。そんな彼女が無意識に、即座に距離を取ったのだ。

 それ程までに―――格上!

 

「貴様が誰なのか、何故此奴を襲ったのかは問わん。ただ死ね」

「…貴方は、彼の友人ですか」

「発言を許したつもりはないぞ、売女」

 

 キンッ!!! と、刃が跳ねる。なんてことはないただの斬撃が聖人の強固な肉体を裂き、夜の街に鮮血を溢す。

 

(不可視の斬撃…!? 何の動作もなく、私に傷をつける程の斬撃を放つとは…魔力とは似て異なる力から繰り出されたものですか)

 

 苦痛に表情を歪めながら、思考する。

 露出の多いその体の右腕に、大きな切り傷が深く刻まれて酷く残る。だが、結局はそれだけだった。切断するまでには至らなかった。

 宿儺は、ほうと目の色を関心へと変えた。

 

「下ろせないか。貴様、中々やるな。聖人というやつか。ケヒっ、面白い。発言を許す」

「…魔術を知っているのですか」

「知人が魔術師でな。色々と聞いている。聖人…ケヒっ、存外楽しめそうだなぁ」

「……私は、戦いに来た訳ではありません。ただ彼女を回収しに来ただけです」

「あぁ、あの小娘か。そうかそうか、貴様は奴の追手という訳か―――尚更、興味が湧いてきた」

 

 悪辣に、鬼人は笑う。

 聖人。神の子。興味深い。強者との戦闘というのは、いつの時代も面白い―――そんな経験は無い筈なのに、何故かそれが気に入っている。

 宿儺は構えを取り、殺気と悪意を存分に吐き散らす。鬼人は、聖人を喰らうつもりで挑まんとしていた。

 

「まずは味見だ。貴様がどれだけ美味なのか、魅させてもらおうか!」

「くっ…!」

 

 手に持つ大太刀を構えて―――景色が変わった。

 

「は?」

 

 街が遠のき、夜空が澄み渡る。突如の出来事に理解が遅れたが、それは理解するまでもなく簡単な事だ。

 暗い世界がよく見える高度まで、吹き飛ばされた。聖人である神裂ですら対応に遅れてしまう程のスピードで、普通の人間である筈の男が動いたのだ。

 

「ケヒっ「ケヒヒ「ケヒヒヒっっっ「ハハハハハハハハハハハハハハハハ「ハハハハハハハハハハハハハハハハハ「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 高らかに、悪辣に、鬼人は大声を上げて嗤う。

 ヒュンッ、キンッ!!!

 空を裂いて飛び跳ねる斬撃が、神裂へ牙を突き立てる。しかし、神裂火織はほぼ直感頼りで不可視の刃を弾き、避ける。

 能力ではなく魔術に近しく、しかし魔術であるとは断定出来ない。魔術であるならば何らかの伝承、或いは物語をなぞっている筈だ。

 もしくは―――神か仮想の存在の名に沿う術式か。

 名前とは、魔術的にも強力な意味が込められる。まだ登場はしていないが、かの有名な雷神の名を持つ魔術師がこの世界には存在する。

 その魔術師は、自身の名である雷神としての力と雷神本来の術式の両方を振るう事が出来る。

 彼もまたその類なのか。神裂火織はそう思考した。思考はした―――のだが。

 

「そんなものか、聖人ッ!!!」

(考え続ける余裕がないッ! まさか、彼が土御門の情報にあった―――!)

 

 土御門元春。彼女が属する魔術師の組織『必要悪の教会』に所属する魔術師の一人であり、現在進行系で学園都市に潜入しているスパイにして上条当麻の学友の一人。

 彼は言った。確かに伝えたのだ。「両面宿儺には気を付けろ」――――――と。

 

 ガンッ、ドゴッドゴッドゴッドゴッドゴッ!!!!!!!

 遠慮はなく、寧ろどこか愉しむ様に鬼人は聖人を殴る。何度も何度も殴り続ける。女であろうが容赦なく、愉快に痛快に拳を振るう。

 聖人の反撃を容易く躱し、常人であれば決して辿り着けない音速の領域を叩き出す彼女に、鬼人は直ぐに追い付いて刃を解き放つ。

 豆腐の様に崩れるビル。いや、学区そのものが崩壊していると言っても過言ではないだろう。鳥は自由に空を飛ぶものだ、誰に縛られるでもなく翼を羽撃かせる。

 その斬撃もまた、鳥の様に飛ぶだけだ。あらゆるしがらみを斬り捨てて、たった一人、されど一人の最強を斬り捨てる為に向かっていくのだ。

 受け流す事も出来ぬ刃を躱しても、躱した先には鬼人が待つ。天高く振り上げられた足が神裂の肩を穿ち、コンクリートの地面へと叩き落とした。

 宿儺は嗤いながら問う。

 

「その太刀は飾りか? その膂力は飾りか? 頑張れ頑張れ、でなければ小娘も浮かばれんなぁ」

「知った様な口をッ! あの子の事を何も知らない貴方が、あの子の問題に無関係な貴方が何を言うのですかっ!」

「そうか。あの小娘が貴様の枷であり鍵か。であれば――――――そうだな。

 

俺に一撃でも入れたら小娘を渡してやる。今後一切、俺は貴様等には関わらん。縛りを結んでも良い。あぁ、魔術で言うなら誓約(ゲッシュ)か?」

「―――二言はありませんね?」

「愚問だな」

 

 外れた肩を入れて、神裂は腰に差した大太刀を抜き取り、左手に持ち替えてその柄へと手を走らせる。

 『七天七刀』――――――刃渡り2mの大太刀。令刀とも言われる類のそれは、本来であれば抜刀出来るものではない。だが、神裂火織はそれを抜刀する。

 抜刀不可能であるにも関わらず抜刀し、空間ごと斬り裂く御業。その名も――――――

 

「『唯閃』」

 

 一撃必殺。神裂は一瞬にして決着をつける為に、極限にまで研ぎ澄まされた切り札を用いた。完全に隙を突いた一撃だ。

 空間を斬り裂く斬撃。それは“未だ”、彼が辿り着けていない世界。神域と言っても良いだろう。

 だが―――その必殺技には、確かな動作が必要となる。

 

「捌」

 

 対して、宿儺の攻撃には動作と言える動作が存在しない。腕を振るうか指を振るうか。或いは―――自分の意思。

 両面宿儺の術式は斬撃を放つもの。だが、それには二つの種類がある。

 一つは「解」。純粋に、ただ斬撃を放つだけのもの。連射、形状の調節が可能。

 二つは「捌」。それは、相手の呪力量、強度に応じて自動で最適な一太刀を放つ斬撃。

 この世界で言うならば、魔力。或いは―――天使の力。それに応じて最適に調整されて放たれる斬撃が、どれだけ恐ろしいものか。

 空間を斬る斬撃と、それを放てる聖人を斬り捨てられる斬撃。二つの斬撃が衝突し―――

 

「ちょっと待てェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 部外者(主人公)が、争いを止めに入る。

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