■ ■
「なんて事をしてくれたんですか、宿儺ちゃん!」
「不可抗力だ。あとちゃん付けを止めろ」
インデックスの首輪は、魔術の解析を進めた宿儺の『解』によって完全に破壊され、原作のように上条当麻の記憶が消える事もなく平和のままに解決した。
しかし、その平和の代償として上条当麻の担任である月詠小萌が住んでいた部屋は、もはや災害が起きたなんて言葉では言い表せない程に無茶苦茶になっていた。
そこら中は斬り裂かれている上に、私物もズタズタだ。荒らされたと言っても過言ではないだろう。
まぁ、事実として意図的ではないにせよ荒らされたのだが。
その要因となった一人は病院で上条に付きっ切りだし、魔術師と聖人はいつの間にか何処に消えるし。
そんな訳で、宿儺が修理に来ていたのだった。
ちなみに、一応は彼も生徒である。テストの時だけしか来ない不登校な上に稀に暴力沙汰を起こす問題児なのだが、それでも生徒である。
だからこそ、彼女はちゃん付けしているのだ。呼ばれている当の本人は嫌がっているが。
「何故俺が態々この様な面倒事を…」
「文句言わない! 宿儺ちゃんはただでさえ殆ど不登校で評価が低いんですから」
「試験は満点だろう」
「テストの点が良くても普段の態度が悪いんですー! もう…先生としては、学生らしく皆と青春を謳歌してほしいんですけど…」
「くだらん」
「また一蹴されました!? もー、どうして宿儺ちゃんはいつまでも不良なんですかー!?」
「ちゃん付けするなと言っているだろう。そして、何故貴様に理由を話さねばならん」
「貴様って言いましたね!? 私、これでも先生なんですよ!?」
「知っている。だが、それだけだ。結局は他人だろう」
忌み子。親の顔も知らず、親の名も知らず、自分が何処で産まれたのかすらも碌に分からない。
己の名前しか分からぬ鬼の子。普通の人間よりも異質な見た目。善よりも悪を心地良く感じる破綻。
そんな存在と、一体誰が関わろう。そんな存在が、一体誰と関わろう。
自分で分かっているから、繋がりを作ろうとしない。ただの人間とそうでない人間は、関わった所で意味はない。
上条が莫迦なだけで、上条当麻があまりにも特別なだけで―――人間とは元来、自分とは全く異なる存在を隔てるものだ。
「それでも、私の可愛い生徒ですよ。宿儺ちゃんの良い所も悪い所も含めて、大事な生徒なんですから気に掛けるのは当然です!」
「……相変わらず、よく分からんな」
白い目で見られても仕方ない。そんな存在を、生徒として大切にしようとする。宿儺は溜め息と共に、分からないと吐き捨てた。
上条も彼女も。宿儺にしてみれば、訳の分からない存在だ。だが、それ故にこうして関わりを持っているのかもしれない。
月詠小萌は、良い教師だ。教師として正しい姿勢をしている。彼も、それは理解しているのだ。
「それに、皆良い子ですから。吹寄ちゃんは怒ってましたけど…」
「ふん。あの健康莫迦の事だ、好き勝手に暴れ過ぎるな、いつまでも人の飯に集るな、とでも言ったのだろう?」
「分かってるなら止めてほしいです!」
「有象無象が勝手に喧嘩を吹っ掛けてくるのだ、俺の意思ではない。食事に関しては上条だけだ」
「上条ちゃんの食費が掛かってるんですよ!?」
「食材は自費だ」
「そんなに上条ちゃんのご飯が食べたいんですか…?」
「普通極まる味わいだが、不思議と飽きない。興が乗ったなら、専属のシェフにでもしてみるか」
「上条ちゃんの将来がどんどん狭まってますっ!? 先生は心配です!」
「寧ろ将来を確定させているのだから感謝してほしいものだな」
最悪、それでも良いかもしれないとは、近い将来に出席日数がピンチとなる上条の言である。
部屋の片付けを済ませ、あらかた修理も終えて解散となった宿儺は、いつもの様に帰路を辿っていたのだが。
家へと辿り着くまでの道にある公園にて、
「う〜い〜は〜る〜!」
「…………」
訳の分からん掛け声と共に、両手を勢いよく上げる女子中学生を見掛けてしまったのだ。
僅かに、本当に微かに、ふわっ…と小さく弱い風が巻き起こるだけで、それ以上は何も起きない。
はぁ…と、少女は溜め息を吐いた。
「まだダメかぁ…もっと勢いよくしないとダメなのかな。『幻想御手』の恩恵も完全に消えちゃったのかな…」
「―――貴様、能力者か」
「へあっ!?」
ビクッと肩を大きく揺らし、少女は跳ねる様に退いた。
そして、公園の入口の立つ宿儺へと目線を合わせる。
「あー…もしかして、今の見てました?」
「あぁ。随分と莫迦げた修行だと思ってな」
「あはは…手厳しい。でも、やっぱりそうですよね…無能力者の私じゃあ、レベルの高い能力者なんて」
学園都市の『能力者』にはランク付けがされているのは、ご存知の通りだろう。
無能力者。レベル0。
低能力者。レベル1。
異能力者。レベル2。
強能力者。レベル3。
大能力者。レベル4。
超能力者。レベル5。
無能力者とは言うが、観測出来ない程の微弱な力というだけで実際には能力が宿っている。だが、それを発揮する事が出来ないからレベル0なのだ。
宿儺は能力者ではない。しかし魔術師でもない。だからこそ、能力者と魔術師の両方に強い興味を持っているのだ。
「宝の持ち腐れだな。貴様は何も知らんだけだろう?」
「え…?」
「力の出し方、使い方、そして自らのイメージ。それら全てを知らんというだけだ、貴様はな」
莫迦を嗤う様に、宿儺は公園に植えられた木の太い枝へと指を振るう。
ザンッ―――ゴトッ。
根から綺麗に斬り捨てられ、太い枝が地面へと強く打ち付けられる。
まるで諭すかの様に、宿儺は少女へと語りかける。
「力とは漠然的なものでな。単に力というだけではイメージも碌に出来ん。だから我らは己が力を何かに例え、そしてそれを扱う自分をイメージする」
「例え…イメージですか?」
「力の解釈を広げ、一歩先の自分をイメージする。莫迦な貴様でも、それくらいなら出来るだろう」
「能力の解釈…一歩先の自分」
「―――最初から何もかも吹き飛ばせば良いのだ。『超能力者』に行き着くまで、一切悉くを思うがままに吹き飛ばせば、それで良い」
力の使い方には、正しいも誤りも有りはしない。
どれだけ扱い方について説明をしたところで、力を扱うのは結局のところ力を持つ本人でしかないのだ。
強くならんとする者が、その力を誰かを守る為に使おうが何かを壊す為に使おうが、それは宿儺の知った事ではない。
ただ興が乗ったから。それだけの事であり、宿儺としては力なんてものは、ただ自分の思うがままに振るうべきものだ。
生かすも殺すも、守るも壊すも、それは自由だ。
生かす者、守る者はただ何かを生かすか守るかをイメージした者と、殺す者と壊す者は力で何かを殺すか壊すかをイメージした者。
この少女がどちらに傾くかは知らない。だが、どちらに傾けどその先の未来は愉快なものだろう。
力の使い方が分からない者に、鬼人が教えを説くならば―――それは果たして、善き先へと働くものだろうか。
「……ありがとうございます! 何となく、掴めた様な気がします!」
「礼など要らん」
「あれ、本当に要らないって感じだ!? 謙虚とかじゃなくて本当に要らないって思ってるこの人!」
「単に興が乗った、それだけの事だ。どう転ぼうが俺は知らん」
それだけ言って、宿儺は再び帰路へと足を向ける。
少女は待ってくださいと声を掛けるが、宿儺は聞く耳を持たずに歩いていく。
「私、佐天って言いますー! お兄さん、本当にありがとうございまーすっ!」
礼は要らんと言っただろう。そう零して、宿儺は手も振らずに進んでいった。
これが、佐天涙子と両面宿儺の出会いだった。忌み子である事を理解している彼が、忌み子故に誰とも関わろうとしない彼が、自らの意思で初めて関わった人間が彼女である。