プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#02-05 フラッシュバック

 

 

「あーんもうっ!」

 せっかく広げた食材もほったらかして、スミカは地下ガレージに向かう。その途中でエプロンを脱ぎ捨て、手近なMTの腕に引っかけておく。ド派手な蛍光ピンクのふりふりレースエプロンがひらひら揺れた。

「コマンド! ハッチ開放!」

 スミカが放った特別な周波数の声は、コーラルスターの内部システムを起動する。コーラルスターのコックピット・ハッチが開き、取っ手のついたワイヤーが垂らされる。スミカはそれにしがみつき、一気にコックピットの中まで巻き上げられた。

 シートに腰を落ち着けたかとおもうと、スミカの指がすぐさまコンソールの上を踊る。長年繰り替えし続けてきたからこそできる、人間離れしたスピードの起動作業。全ての手順が一分の狂いもなく正確にこなされていく。

【メインシステム・戦闘モード起動します】

 オーケイ。

 スミカは目を閉じ、操縦桿を両手で握った。フットペダルの遊びの感触。瞼を通して伝わってくるモニタの光。低いジェネレーターの唸り声。全てを肌で捉える。自分自身の感覚を開放する。

 ACの外装へ、自分自身の皮膚感覚を、

「ダイブ!」

 

 

 ――ミスった。

 ツヴァイトはうずくまり、呻きながら左腕を押さえた。スティンガーの投げナイフに切り裂かれた二の腕が、じくじくと嫌な痛みのパルスを放っている。

 脂汗をかきながら見上げれば、にやりと笑ってこちらを見下ろすスティンガーの顔。肩をすくめた時の僅かな銃身のぶれ……あれも計算のうちか。全ては、左の隠しナイフの間合いにこちらを引き寄せるためのワナだったというわけだ。

 まんまと一杯食わされた。まったく情けない話だ。

 かちゃり。

 音を立てて、スティンガーの銃口がツヴァイトの頭を捉える。

 まずい。この距離ではとても避けられないし、自分の銃は下に降ろしたまま。

 万事休すか。

 スティンガーが引き金に指をかけ――

 と、そのとき。

 二人のすぐ横の床が突然真っ二つに裂けたかとおもうと、その下にぽっかり口を開けた穴の底から、リニアレールリフトに載った、巨大な人影が飛び出した。

「な……?」

 スティンガーが絶句するのも無理はない。

 ド派手な蛍光ピンクのアーマード・コア。

 コーラルスター。

「スミカ!」

 とツヴァイトが叫んだ瞬間。

『ツヴァイトあぶない!』

 びったん。

 コーラルスターの巨大な張り手が、まるで虫でも潰すみたいにツヴァイトの鼻先に振り下ろされた。

 スティンガーは舌を打ちながら、すんでのところで転がって避ける。そのままコーラルスター目がけて銃の引き金を引くが、たかが拳銃程度で傷が付くほどACは柔らかくない。

 もうひとつ舌打ちをすると、スティンガーはガレージから飛び出していった。

 その間ツヴァイトは固まりっぱなしである。

「い……」

 ようやく我に返ると、ツヴァイトはコーラルスターのカメラアイ目がけて指を突きつけ、

「いま鼻にかすったぞてめえ!!」

『いやぁー、ごめんごめん。でもあぶなかったから』

「こっちのほうが危ないわ! オレを殺す気か!」

『それはともかくっ! 敵のMT部隊が近付いてるみたいなの。逃げなきゃヤバいわ!』

 ツヴァイトは立ち上がり、ジャケットを脱ぐと、シャツの裾を破って腕の傷口を縛る。古式ゆかしい応急処置だか、なにもしないよりはまだましだろう。

 しかもこんなときにMT部隊の襲撃とは。ツヴァイトは肩をすくめて、

「オレもヴィーダーで出る。トラックを開けてくれ」

 

 

 スミカは言われて初めて、ブラとおっぱいの間に挟みっぱなしになっていたリモコンのことを思い出した。シャツの上から、胸元の固い感触をそっと撫でる。

 スミカはにやりと悪戯っぽく笑った。

「服、脱がしてみる?」

『自分で脱げ、自分で』

 冷たい言葉。スミカはぷくっとほっぺた膨らませ、

「女の子は、脱がせてくれなきゃヤなの!」

 

 

「スティンガーっ!」

 後ろから呼び止める声。スティンガーは、近くに止めておいた車を目前にして立ち止まった。

 振り返れば、見慣れた顔。赤毛のメカニック、エリィ。

「あと二分でオーガーとジャヴェリンの部隊が到着します。さっ、わたしたちは逃げましょ!」

 早口でまくし立てると、スミカは先に運転席に乗り込んだ。やけに急ぐその様子が、なにかスティンガーの意識に引っ掛かる。スティンガーはゆっくりと助手席に乗り込み、エリィが慌てて車を発進させるのを待ってから、低い声をひねり出した。

「……今まで、どこに行っていた?」

「あなたが心配だから、のぞきに行ってたんですよ。行き違いになっちゃったみたいですけど」

 エリィは即答する。その声に澱みはない。

 しかし――

「あと一歩のところで、スミカが救援に現れた」

「あら。じゃあ結局成果なしですか」

「ACでな」

 エリィがちらりとこちらに視線を向ける。スティンガーは真正面をむいたまま、フロントガラスに反射する半透明の写像でそれを確認する。微かなアクション。それが産んだ、隙。その微かな隙間に、突き刺せるだろうか。意識を鋭く研ぎ澄ます。

「AC?」

 少し遅れて問い返すエリィに、スティンガーは静かに答える。

「ACだ。スミカはツヴァイトを助けるのに、わざわざACを持ち出してきた」

「ツヴァイトって?」

「あのレイヴンの名だ」

「なんか、聞いたことありますね。アイザックのほうでは名前の知られたやつじゃないですか?」

 二度目のアクション。こんどは視線ではなく、論理のアクションだ。

 明らかだ。エリィは、こちらの思考の矛先を逸らそうとしている。

 スティンガーは、それっきり押し黙った。

 車は、朽ちかけた古代の都市遺跡の道なき道を、疾走した。

 

 

 索敵索敵。素敵な索敵。

 ヴィーダーを立ちあがらせるや否や、ツヴァイトは頭部コンピュータに索敵を命じた。ヴィーダーが装備している頭部は、高性能な電子戦向き装備である。おかげで一般的なAC用頭部パーツにくらべて、ずいぶんと頭でっかちなフォルムになってしまっているが。

 弱電波クラックレーダーには、まだ反応がない。頭部のそれは、ACの戦闘距離における解像度に特化しているため、索敵範囲はあまり広くないのだ。仕方なく、ゲートを開いて表に出て、二連カメラアイによるレーザー三辺測量で敵の位置を測量する。

「北のほうに、3機……機種は……なんだろな、ありゃ。とにかく二脚型」

 そしてヴィーダーが頭を巡らせる。

「西からも3機。逆関節タイプ。でかいシールドを前面に貼り付けてる」

 ツヴァイトは知らないが、前者がオーガー、後者がジャヴェリンという名のMTである。

 オーガーは目の覚めるような青の装甲板が印象的で、ジャヴェリンは前面に貼り付けた大型シールドの緑の塗装が良く映える。

 距離はおよそ2キロ。あと1分で戦闘距離にエンゲージ、というところか。

『全部で6機? 厄介ねえ』

 ヴィーダーの後ろに続いて、コーラルスターが城から出てくる。ツヴァイトはひょいと肩をすくめると、

「おまけに挟み撃ちって風体だぜ」

『どうするの?』

「背後を取られないように、お互い背中合わせで両面の敵と戦う」

 敵は2タイプ。ツヴァイトは頭の中でざっと計算を巡らせる。おそらく動きが早いであろう二脚型のオーガーは、同じく動きの早いコーラルスター向き。逆に動作が緩慢だが防御力の高いジャヴェリンは、高火力のヴィーダー向きだ。

「よし。青いのは任せた。緑のはオレがやる」

 

 

 フラッシュバック。

 スミカの脳裏を駆けめぐる記憶の残滓。まるで亡霊のような後悔と憎悪が、スミカの意識を支配していく。青。緑。鮮烈なカラー。

『1、2の3で同時に行くぞ。いいな』

 記憶の外から声がする。スミカは両目を見開いて、自分の両目と一体化したコーラルスターのカメラアイを凝らして、迫り来る敵の集団を見つめる。

 灰色の塊。それが敵。

『スミカ? おい、聞いてんのか』

「わからない」

 気が付けば、スミカはぽつりと呟いていた。

『……あ?』

「どっち」

 わからないのだ。

「どっちが、青いの?」

 記憶の外からまた声がする。

『何言ってんだ。見りゃわかるだろうが』

 またそうやって、同じ事を言う。

 あの時と同じ事を。

 

 

(つづく)

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