プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#03-03 ヴェノム

 

 

 どずん。

 と、音を立てて、隔壁の残骸が向こう側に倒れる。ツヴァイトは操縦桿から手を放し、額に浮かんだ汗をぬぐった。

 ようやくこれで、全部の隔壁を排除完了である。この短い通路に、6枚も7枚も隔壁を立てるのだからいやらしい。いちいち一つずつトーチでぶちやぶるこっちの身にもなってもらいたい。まるで嫌がらせである。いや、嫌がらせなのだが。

 ともかく、これで一行の行く手をはばむものはないはずだ。このまま中枢の第三区画を占拠してしまえばこっちのものである。

『よし、ご苦労レイヴン! あとは再び我々に任せたまえ!』

「……へえへえ」

 後ろで道があくのをいまかいまかと待っていた野分隊が、これまた楽しそうに、切り裂かれた隔壁の向こうへ滑り込んでいく。先陣を切った一機が、通路の向こうの角を曲がり、

『さあいくぞ! 総員とつげ』

 どかーん。

『のわ――――!』

 ……赤い爆風に吹き飛ばされて、ごろごろ転がりながら戻ってくる。

『なんだなんだ?』

『おい、これ見ろっ! 奴ら基地の中に地雷しかけてやがる!』

 恐る恐る様子を見に行った別の野分が悲鳴をあげた。

「地雷だぁ?」

『いーかげん見境なくなってるわね……』

 呆れた声を出すばかりのツヴァイトとスミカを尻目に、野分隊は地雷をサーチしながら突撃していく。後に残ったのは、最初に吹き飛ばされた不幸なやつと、それに付き添ってる一機のみである。

『ミラージュさーん、大丈夫ですかー』

『ううっ……カンバービッチ君……私が死んだら、サボテンの花に水をやっておいてくれ……』

『はいはい、サボテンですね』

『し、死ぬまでに……一回くらいモテて……みたかっ……ぐふっ!』

『さようならミラージュさん。あなたのことは忘れませんついでに冷蔵庫に入ってたお酒も頂きます』

『ああっ! いかん! あれはダメだよカンバービッチ君!』

『……やっぱり生きてるんじゃないですか』

 動ける方の野分が、地雷を喰らったほうの野分に腕を一本ひっかけて、ずりずり出口の方へと引きずっていく。

『ねーカンバービッチ君、替えの機体持ってきてないのかね』

『あるわきゃないでしょう。さー、怪我人はおとなしく撤退しますよー』

 その背中を見送りながら、ヴィーダーとコーラルスターはカメラアイを見合わせた。

 

 

 来る。

 スティンガーは操縦桿を握りしめる。

 その手には汗一つ滲まない。不思議な安心感。確信がある。

 敵がもうすぐやってくるという確信。

 ジェネレーターの心地よい唸りに耳を済まし、意識を内へと拡大する。縮小ではない。内側向きに広がるのである。それは自分という刃を研ぎ澄ますということ。削ることによって鋭さを増す。そうしておいてから、風の素早さで即座に繰り出す。

 スティンガーはそうやって、今まで幾多の敵を突き刺してきた。

 一刺しでどんな敵をも殺す、ちっぽけな毒針だ。

 来る。

 スティンガーはもう一度確信し、

 刺した。

 

 

『れっ、レイヴン! 助け……』

 雑音。

 ツヴァイトは目を見開いた。通信機に入り込んできたのは、野分隊の一機からの悲鳴だ。彼の声はそれっきり、雑音の中に消えて聞こえなくなる。

「おいっ、どうした? おい!」

『電波のクラック方向、解析完了! こっちよ!』

 スミカのコーラルスターが通路のある方向を指し示す。コーラルスター……というか有明は、ムラクモ社のお家芸、電子戦に優れた機体である。通信電波がどっちから来たかなど、調べるのはお手の物だ。

 ヴィーダーがブースターを吹かし、コーラルスターの指す方へ走る。どこかで見覚えのある道筋。これは……

 あそこだ。

 ツヴァイトは舌を打った。

 このあいだスミカを助けるためにこの基地に侵入した時、奴が現れたあのターミナルへと通じる道筋である。

 嫌な予感がする。

 いくつかの曲がり角を抜け、ヴィーダーはその扉の前にたどり着いた。

 第三区画中央ターミナル、のペイント。

『ちょっとツヴァイト、ここって……』

 スミカも気付いたようだ。しかしツヴァイトは答えない。額に冷や汗を浮かべながら、ゲートのコントロールパネルに腕を伸ばす。開放をコマンド。

 ゆっくりとゲートが開き――

 その向こうから、奴が姿を現した。

 ターミナルの中央に佇む、緑色に塗装された、奇妙なフォルムのAC。右腕にレーザーライフルを、肩にロケット弾のポッドを装備し、左腕は空になっている。

 その空の左腕に握られているのは、無惨に引き裂かれた野分の残骸。

 奴だ。

『なにあれ……ヴィクセン?』

 平面を多用した対徹甲弾装甲。細長い手足。独特の鋭く尖ったコアパーツ。確かにそのACはヴィクセンに似ている。だが、アンテナのオミットされた頭部や、簡略化された肩の装甲などが、ヴィクセンとは違う。

「……ヴェノムか」

『ヴェノムって、量産型の?』

「ああ。性能は段違いだけどな」

 もちろん、低い方に、である。そもそもエリート用のカスタム機であるヴィクセンと、ヴェノムを比べる方が間違っている。

 そんなものをわざわざ持ち出してくるとは、ヴィクセンの修理が間に合わなかったということか。ツヴァイトは全周波の通信回線を開き、

「この基地はもう保たないぜ。平和的に降伏したらどうだい」

 あの時の奴の言葉をそのまま返してやる。

「スティンガーさんよ」

『断る』

 スティンガーの声。

 ヴェノムが、握っていた野分の残骸を投げ捨てた。きれいな放物線を描き、赤い機体が床に転がる。野分にぽっかりと空いた二つの大穴は、プラズマトーチの傷跡か。あれではパイロットは生きてはいないだろう。

 ちぇっ、とツヴァイトは舌打ちをする。

『負けられん……俺はもう負けられないというのに、お前らは』

 ヴェノムが、

『いつまで面倒をかける気だ!』

 走る!

 

 

 猛スピードで迫るヴェノムを、ヴィーダーとコーラルスターは左右に分かれて回避する。間一髪で空を裂くヴェノムの左腕。そこから射出された金属製の尖った杭。

 腕部内蔵のパイルバンカー。ムラクモのAC、「陽炎」が装備している武器だ。クロームの技術屋は、ムラクモの提唱する奇想天外な兵器群に、ずいぶんコンプレックスがあると見える。

 ヴェノムは別れた二機の位置を確認すらせず、そのまま強力な脚のバネを利かせて跳躍。空中で宙返りしながら真っ直ぐにコーラルスターのほうへ迫る。

『ちょっとおっ! こっち狙わないでよ!』

 スミカの悲鳴など、スティンガーは気にも留めない。二対一、ただでさえスティンガーにとって不利な状況。だからこそ、まず装甲の薄いコーラルスターを短期決戦で排除するつもりだ。

 スミカのコーラルスターが慌てて飛び退く。ヴェノムが頭上から放った二発目のパイルは、虚しく床に突き刺さる。落下したヴェノムはサスペンションを効かせながらコーラルスターの目前に着地。

 瞬間、まるで地面に貼り付けられたかのように動かなくなるヴェノム。

 着地した時の衝撃が、ヴェノムの装甲を小さく震わせる。ステイシス・エフェクト。ACのスペースド装甲は、一定周波数の衝撃に対して共鳴反応を起こし、著しくその機動を制限してしまう。

『てぇいっ!』

 その隙を狙ったコーラルスターの徹甲弾が、けたたましい音を立てながらヴェノムに迫り、

 突如バーニアを噴かしたヴェノムが、紙一重でそれを回避する。そして右腕のレーザーライフルの銃口をコーラルスターに向け、引き金を引きかけた所を、ヴィーダーから飛んできた援護射撃に阻まれ、やむなく後退。

『スミカっ! オレの後ろに下がれ!』

『りょーかい!』

 ヴェノムに向かって前進するヴィーダー。逆に距離を取り、ヴィーダーの後ろに隠れるコーラルスター。

 ヴィーダーならば、ヴェノムの火力にも真っ正面から耐えられる。ちょこまか動けるコーラルスターを援護に回し、ヴィーダーとヴェノムの対決に持っていくのが、ツヴァイト達には最善の戦術だ。

 しかしスティンガーも、そんなことは百も承知。ヴェノムがバーニアを噴かし、火花を散らしながらクロムの床を滑走する。目指すはスミカのコーラルスター。行く手を阻むヴィーダーという壁。

 スティンガーが、低く猛々しく叫ぶ。

『退け!』

『言われて退くかっ!』

『ならば押し通る!』

 真っ正面からヴィーダーに突っ込む。加速は最大。

 対するヴィーダーは左腕を掲げ、内蔵プラズマトーチから高出力のプラズマビームを放出。ヴェノムのコアを目がけて一気に振り下ろす。

 ヴェノムはパイルバンカー内蔵の左腕を突きだし……

 次の瞬間、ヴィーダーの目前で跳躍した。

『なっ……』

 ツヴァイトの驚きの声が響く。

 ヴェノムは、ヴィーダーの肩に手を突いて、その頭上を宙返りしながら飛び越した。

 その行く先には――蛍光ピンクの装甲、コーラルスター!

『うっそぉっ!?』

『逃げろスミカッ!』

 慌ててバーニアを噴かすコーラルスター。しかし加速が間に合わない。

 ヴェノムの左腕が、がっちりとコーラルスターの頭部を掴み取る。

『一つ目だ!』

 どん。

 ヴェノムの左腕から放たれたパイルが、コーラルスターの頭部に深々と突き刺さった。

 ピンク色の装甲を煌めかせながら、コーラルスターが膝を突き、轟音を立てて床に倒れ伏す。

 頭部コンピュータによる制御を失ったACは、予備のコンピュータを他に用意していない限り、もはや動くことはない。

 コックピットの中で、スティンガーは荒い息を吐いている。

 ようやくこれで戦況は五分。スティンガーはそう考えている。

 負けられない。絶対に負けられない。スティンガーはそうも思っている。

 少女はそれを感じていた。

 風のように舞うスカートに身を包んだ少女は、淡く光る亡霊のような姿を晒し、烈しい戦闘をじっと見つめていた。

 一言も発せず、視線を動かしもせず、淡々と、ただじっと――

 スティンガーを見つめていた。

 

 

(つづく)

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