プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#03-04 毒針の一刺し

 

 

「いた……た……」

 コーラルスターが倒れた時にお尻を打った。シートベルトをしていなかったら頭も打って気絶していたところだろう。おまけに、コックピットが完全に横倒しになってるし。さかさまにひっくり返らなかっただけマシと言う所だろうか。

 頭部コンピュータは完全におしゃか。替えのパーツはストックにあるが、当面は動けそうにない。

 いちおう、通信機器とコア内蔵のサブカメラは生きているようである。横に寝っ転がってる形なので、身動きするたびに髪の毛が鼻先をちらついて鬱陶しい。苦労しながらサブカメラの映像をメインモニタに回す。

 映し出されたのは、静かに対峙するヴェノムとヴィーダー。

 ちっくしょう。スミカは歯がみした。為す術もなくやられた。これじゃただの足手まといだ。

「なんなのよ、一体」

 悔し紛れに通信を送ってみる。

「性能はだんちなんじゃなかったの!? 普通じゃないわよ、あの機動!」

 

 

 言われてツヴァイトはぽりぽり頭を掻いた。

 カタログスペック上では、ヴィクセンよりはるかに劣るはずの機体なのだ。怒られたって困る。

 だが、ヴィクセンに乗っていた時より、スティンガーの動きが良いように見えるのも確かだ。スミカの腕前は間違いなく一級品である。ツヴァイト自身も、腕に自信のないほうではない。それをあっさり出し抜いて、ムラクモの虎の子、有明の機動を一発で捉えるなど……

 考えられる仮説は、いちおうあるにはある。

「ヴィクセンってやつは、高級機だ。確かに機能的には優れてるが、そのぶんジェネレーターとか駆動系には余計な負担がかかってる。腕のいいパイロットであればあるほど、そういうことを気に掛けて、思いっきり機体を動かせないってことはある」

 と、説明している間もヴェノムからは目が離せない。瞬き一つしただけで、自分の間合いまで踏み込んできそうな、一触即発の気配がある。

「ヴェノムの方がそのへんに余裕がある分、動かしやすいってことじゃねえのかな」

『じゃあなに、安物だから遠慮せず使い捨てられるってわけ?』

「……まあ、そーゆー言い方もできるけど……」

『なにそれ。ただの貧乏性じゃない』

 ……緊張感のない女である。

 溜息吐いて、再びツヴァイトはヴェノムを睨み付ける。

 さて、どうするか。

 奴の動き……つまり、機動の大胆さや反応速度が、前より増しているのは確かである。だが、その代わりに奴が失ったものといえば……

 こんな具合で行くか。

 ツヴァイトは覚悟を決めてペダルを踏み込む。ヴィーダーがそれに答えて急速前進。均衡が破られたのをバーニアの最初の一噴きで見抜き、ヴェノムはレーザーライフルを乱射しながら、ヴィーダーを囲む円周機動で間合いを一定に保とうとする。

 やはり。奴は恐れている。

 レーザーライフルの曳光弾が、ヴィーダーの分厚い装甲を叩く。だがその程度でびくつくヴィーダーではない。お返しにパルスライフルをくれてやり、ヴェノムが回避に専念しはじめた所へ、ロックオンしておいた肩のミサイルを叩き込む。

 白い糸を引いて迫る六発のミサイルを、ヴェノムは急速切り返しで回避、逸らしきれなかった数発を、さらに跳躍でかわしきる。その一瞬、ミサイルの白煙がヴェノムの視界を閉ざし――

 次の瞬間、白煙を裂いてヴィーダーがヴェノムに迫る。

 慌てて後退するヴェノム。しかし、軽量級のはずのヴェノムがヴィーダーを引き離せない。

「やっぱりな」

 いかに操縦技術が以前より優れているとはいえ、ヴェノムとヴィクセンには覆らない性能差がある。加速と最高速の違いだけは、操縦技術ではどうにもならないのだ。

 つまり――

 ヴェノムには、完全に加速しきるまでの数秒間、重量級であるヴィーダーからさえも逃げ切れない時間が存在するのである。

「この距離からならっ」

 ロックオンはすでに完了している。

 トリガー。

 ヴィーダーの肩から六発のミサイルが再び放たれる。至近距離からの誘導弾。ヴェノムは横っ飛びに回避運動を取るが、間に合わず一発が右腕のレーザーライフルを直撃する。

 ライフルが誘爆。ヴェノムは体勢を崩して地面に落ちる。再び発生するステイシス・エフェクトに、ヴェノムの巨体が動きを止める。

 ――行ける!

 そこを狙ってヴィーダーが走り、左腕のプラズマトーチを叩き込む。

「腕一本いただきだッ!」

 ヴェノムの装甲に食い込む光。プラズマの嵐は細長い右腕を、その根本から切り落とした。

 勝機が見えた。その瞬間、ツヴァイトの意識が弛緩する。油断が心に忍び込む。これなら勝てると、ツヴァイトが確信したそのとき。

 ヴェノムの肩で、じっと息を潜めていたロケット弾のポッドが、突如として火を噴いた。

「うわっ」

 衝撃がヴィーダーのコックピットを襲う。ツヴァイトは反射的にヴィーダーを後退させ、距離を取ってから損害の様子を確認する。それほど強力なロケット弾ではなかったか、あるいは当たり所がよかったのか、ほとんど傷ついた様子はない。

 ほっと一息。そして再び、メインモニタに映る、無惨な姿のヴェノムを――

 と。

 突然、モニタの画像に激しいノイズが走った。

「……あ?」

 システムエラー。エラー。エラー。灯るレッドランプ。画像はついたり消えたり歪んだりを繰り返し、通信機は雑音を吐き出し続ける。FCSのロックオン表示もいつの間にか消え失せている。

「あら? あらら? らら?」

『……の性能の劣る機体で、易々と勝てるとは、思っていないさ』

 ようやく通信機が正常な音を出し始めた。これは。これはまさか。

『ならば肉を切らせて骨を断つまでだ。面倒だが、な』

 ECMロケットか!

 見れば、さっきのロケット弾の着弾点あたりに、小さな異物が付着しているという警報が出ている。おそらくこれが強力なECMユニットだ。電磁波でACの制御コンピュータを乱し、特に火器のロックオンに深刻な影響を及ぼす電子兵器。

 ロックオンなしで、あのスピードの機体を捉えることなど不可能に近い。

 敵の弱点を掴んだつもりだったが、逆にしてやられたということか。全てスティンガーの策略だったのだ。ヴェノムの長所と短所をこちらが掴むことも。それを逆利用して、急接近からの近接戦闘を仕掛けることも。

 そして、波に乗った一瞬、ツヴァイトが気を緩めることも、だ。

 一発でもはずせば、こちらはECMを恐れて二度とその射程に近付かない。最初の一発を確実に当てるために、捨て身で打ったスティンガーの策略。

 どんな猛獣も死に至らしめる、毒針の一刺し。

 こいつっ……

 ツヴァイトの歯が軋む。

「まずいぜ……」

 

 

 きゅいぃイイイイん。

 不気味な駆動音。

 アイザック直上旧市街地のジリエラ・ビルを、まるで亡霊のような「陽炎」が舞う。

 オレはヴィーダーのペダルをキックしながら、モニタの中を縦横無尽に飛び回る、陽炎の機影を必死に追った。無茶苦茶な機動だった。あんな動かし方をしていては、機体の駆動系が保ちはしない。それ以前にパイロットがGに耐えられないはずだ。

 そのはずなのに。

 ――レオス兄さん。

 クロードの声が脳裏に蘇る。

 ――僕は一人で行くよ。

 何故だ?

 オレのしたことが間違いだったというのか?

 オレはただ、クロードに強くなって欲しかった。このシビアな世界の中で、たった一人でも生きていけるように、オレがいなくても生きていけるように、ただ強くなって欲しかった。

 ――確かに僕は、兄さんより弱い。

 そのために、クロードを鍛えるために、わざと辛くあたったこともあった。

 でも、

 ――でも、

 オレはお前が嫌いだったわけじゃないんだ。

 ――兄さんが思っているほどには弱くないんだ。

 クロードの、狂ったクロードの駆る陽炎が、パイルバンカーを振り回しながら近付いてくる。

「クロードッ!」

 きゅいぃイイイイん。

 

 

(つづく)

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