きゅいぃイイイイん。
もう二機とも限界だった。
対峙するヴィーダーとヴェノムは、全身の到る所から焦げくさい臭いを放ちながら、なんとか倒れないように機体のバランスを維持していた。駆動音ももはや正常ではない。さっきから、時折妙に甲高い音が混じり始めている。
腕を一本失い、機体バランスを制御するので手一杯のヴェノム。
ECMユニットに電子機器を乱され、まともに操縦できないヴィーダー。
この二機の戦闘の行き着く先は、血みどろの肉弾戦だった。互いに銃撃はあたらない。自然と間合いは縮まっていき、パイルバンカーとプラズマトーチによる攻防が繰り広げられる。
ヴェノムのパイルが、ヴィーダーの肩口に食い込み、ヴィーダーのプラズマが、ヴェノムのコアに半ばまで食い込む。そのたび、余計に機動が鈍っていき――
そして、このざまだ。
ツヴァイトは荒く息を吐き、死を目の前にした緊張で高鳴る鼓動を押さえつけた。
「……っ、は、はあっ、なあ、大将、よ」
『なんっ……だ……』
「っ……ふー。これ以上は、不毛だ。引き分けって、事に、しとかねえか」
『はーっ……馬鹿なことを、言うな』
「あんたのその機体じゃあ、オレをなんとかしても、その後が続かないだろ? 動けるうちに逃げとかないと、組織に肩入れして命まで落とすことになるぜ」
『俺は逃げない』
ヴェノムが膝を曲げ、身を低く縮めた。もう一度来るか。ツヴァイトも操縦桿に手を掛け、膝を縮めて敵の動きに備える。
『俺は勝たねばならないんだ!』
――「負けられない」じゃなかったのか?
ツヴァイトが微かな違和感を感じたその時。
『両者動くな!』
朗々とした女の声が響き渡る。
瞬間、ツヴァイトは目を見張った。ターミナルのゲートというゲートが開き、次々に無数のMTたちが雪崩れ込んでくる。MT部隊はヴェノムとヴィーダー、そして倒れたままのコーラルスターを取り囲み、いくつあるのかもわからない銃口を、一斉にこちらに向けた。
その数およそ20機。しかも、さらに次々と戦力が追加されている。
野分隊。そして、後衛に回っていた東雲隊である。後衛までもがここに来たと言うことは……
『我々はムラクモ・ミレニアム査問委員会旗下懲罰部隊です。当施設は我々が完全に占拠しました』
と、いうことだ。
これで助かった。さすがにこの戦力を前にしては、スティンガーも銃を降ろさざるを得まい。無駄な戦闘で命を危険にさらすなんてのは、とても賢いやりかたとは言えないのだ。
……と。
ツヴァイトの脳が、違和感を理解に変換した。
ムラクモ・ミレニアム……査問委員会旗下『懲罰部隊』!?
『エリィ! ちょっとー助けに来るのが遅いじゃない!』
スミカがいきなり声をかける。もちろん、『懲罰部隊』を仕切っているらしき、女性の声に対してである。ツヴァイトはエリィなどという名前は知らない。というより、さっきの部隊に女性なんていただろうか?
『エリィだと!?』
スティンガーまでもが叫ぶ。こっちも知り合いだったのか。
『貴様っ! どういうつもりだ!』
『こういうつもりです』
野分隊が、素早い動きで滑るように近付いてきて、ACを取り囲み、間近から銃口を突きつける。
ヴェノムと、そしてヴィーダーとコーラルスターにも。
『な……』
スミカが戸惑いの声をあげる。ツヴァイトは顔をしかめて舌を打つ。
『どういうことよっ! これは!』
懲罰部隊。
ムラクモミレニアム内部の不正や汚職を裁く査問委員会。そこが抱えている、ムラクモ最強にして最悪の部隊である。
『この組織と施設、そしてこの作戦に関する情報は、我が社の最高機密に属します。ですので――』
奴らが出てくるということは、この組織がムラクモの身内だったということだ。そして裏切った身内を消す時、内部のごたごたを外に見せないため、懲罰部隊が取る方法は――
『機密漏洩回避のため、あなたがた全員を拘束します』
くそっ。
ツヴァイトはコンソールをぶっ叩くと、そのままシートに体を投げ出した。
がっちょん。
呆然と立ち尽くすスミカの前で、クロム貼りの重たいドアが、問答無用に閉められた。
ここは地下の収容施設。もとは研究の実験台を入れておくために使われていた場所だ。他にいい場所もないというので、懲罰部隊はここを捕虜収容所として流用することにしたらしい。
もちろん捕虜というのは、スミカとツヴァイトとついでにスティンガーのことである。
電子キーを熱心に閉じている兵の横で、にやにや笑っているのは赤毛の女性。目を見張るほどの美人だが、人の不幸を心底楽しそうに笑っているその顔がなんともぶんなぐってやりたい風情である。
スミカやスティンガーから、エリィと呼ばれていたあの女性だ。
「やーはははごーめんなさいねぇー」
エリィはてんで謝ってるように聞こえない声で謝った。
その声に火がついたか、スミカが牢の鉄格子にすがりつき、鬼のような剣幕でエリィに食ってかかる。
「あんたねー! わたしの気持ちをうらぎったなー! 父さんと同じにうらぎったんだー!」
「父さん?」
スミカのよく分からない叫びに首を傾げているツヴァイト。エリィはそのツヴァイトに、今度はほんとうに申し訳なさそうに微笑んで、
「ごめんなさいね、ツヴァイトさん。巻き込んじゃって。わたし、ムラクモの研究者で、スパイなんです」
ちぇっ、という舌打ちが聞こえる。ツヴァイトが見やると、奥で面倒くさそうに座り込んでいたスティンガーが、ぷいと顔を背けていた。
「実は、ウェンズディ機関のスポンサーはムラクモだったんです。でも勝手にクロームと業務提携してあれこれ怪しいことやってたんで、裏切り者は潰しちゃおうということになって……監査役に派遣されたのがわたし。スミカが逃げる手伝いしたのもわたしだし、古城でスミカに危険を知らせたのもわたし。ついでにいえば、今日の攻撃で、内部からハッキングを仕掛けたのも幹部を暗殺したのもわたしってわけで」
「そいつは」
ツヴァイトは、一つしかないパイプベッドにごろりと横になった。
「おつとめご苦労さんだな」
「どーも」
エリィは憎たらしいくらいにきれいに微笑んで見せた。
ぴぴ、とドアで音がする。兵がロックを終えたようである。エリィはこくりと頷くと、スティンガーにふと目を留めた。
「あ、そうだ。スティンガー」
スティンガーはぴくりとも動かない。
「わたし、仕事とか抜きで……あなたのことは、ちょっと好きでしたよ」
そう言われて喜ぶスティンガーでもない。じっと床に視線を落としたまま、膝を抱え、部屋の一番隅でうずくまっているばかりだった。むしろ余計に背中を丸めたようにさえ見える。
エリィは苦笑しながら肩をすくめた。ふー、と溜息を吐くと、どんよりしたムードの牢の中に向かって、あかるくたのしくぱたぱた手を振り、
「じゃあまあ、そーゆーことで! グッバイ再見サヨナラアディオスアデュー」
「おにょれー! こらまてー! うらぎりものー! ひとでなしー! メガネー!」
スミカがどんなに罵声を浴びせても、エリィの背中は止まらない。こつこつと心地の良いリズムを刻む靴音は、次第に遠ざかっていって、とうとう聞こえなくなった。
静寂の訪れた牢屋の中に、残された気まずい空気の三人組。ツヴァイトはできるだけほかの二人と顔を合わせないように気を付けながら、ごろりとベッドで寝返りを打った。
――がんばってくださいね、か。
一体何をがんばらせるつもりだろうか。
ごとん。
考え事をしていたツヴァイトは、不意打ちをくらってベッドから引っ張り降ろされた。もちろん引きずり落としたのは涙目のスミカである。
「ってえー! いきなり何しやがるんだ!」
「やっかましい! 男が二人! 女が一人! そしてベッドは一つだけ! つまり男は床で寝ろっていうこと! これ世間の常識!!」
「あーそうですかほーそうですか」
「ああっ、もう、やだー。わたしなんっっにも悪いことしてないのになんでこんな目に遭うのよぉー!」
「あの、もしもし?」
ツヴァイトはいましがたスミカにつけられたたんこぶをさすりながら、低い声で呟いた。
ふと、スミカが牢の中をぐるりと見回した。殺風景な灰色の壁や床、一面は鉄格子になっていて、その隅にしゃがまなければ通れないサイズのドアが貼り付いている。天井には裸の蛍光灯。あとはパイプベッドが一つに、いちおうのついたてに隠された便器が一つ、そしてトイレットペーパーがあるだけで……
「あ」
スミカが小さく声をあげた。
「なんだよ」
「ねー……トイレ、あれ使えってことだよね」
「そーだな」
……。
永劫続くかと思われた沈黙の後で、
「見るなよ!? 見たら殺すからね!? 絶対死ぬからね!?」
唾飛ばしながらスミカは叫んだ。
スティンガーが面倒くさそうに舌を打ったのは言うまでもない。
(つづく)