プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#03-06 アヤ

 

 

「隊長!」

 ムラクモ懲罰部隊の大隊長は、部下に呼ばれてちらりと視線を向けた。

 透明ポリマー製の窓の向こうでは、真紅の装甲板に包まれた、不気味な機体が起動作業を進められている。あれこれ忙しく動き回っている白衣の男達は、ムラクモからウェンズディ機関に送り込まれていたスパイたち。わざわざ技術者ばかりをスパイに選んだのも、この日のために、ファンタズマに関する知識を吸収させるためだ。

 この作戦を成功させれば、大隊長は勲章ものの功績を刻むことになる。そう思えば、目の前で安らかに眠りにつく真紅の機体が、愛おしくさえ見えてくる。

「どうした」

「クロームの部隊が動き出したと、アンバークラウンの観測所から連絡がありました。敵戦力は一個連隊クラス、機動兵器の総数は百機弱と推測されます」

「そうか……」

 自分たちが派手に動いたせいもある。クロームもさすがに、ウェンズディ機関とムラクモとのごたごたを嗅ぎつけたというわけだ。

 そもそもが間男的な業務提携を横から差し込んできたクロームである。その意図は知れている。ファンタズマ計画を自社に吸収することだ。ならば、ムラクモの手に完全に渡る前に、力ずくでもファンタズマを奪おうとすることは必至。

 この攻撃行動も予測の範疇だ。

「どうしますか」

「ファンタズマ関係の技術者以外は哨戒第二配備。恐らく敵部隊とは睨み合いになるだろう。そのまま時間を稼げ」

「わかりました」

 こちらには、いざというときのための戦術核が用意されている。無論、いざというときというのは、ファンタズマが制御不能に陥った時のことである。

 向こうも同じ事を考えて、戦術核か、それに相当する大火力を用意しているはずだ。下手に戦闘を仕掛ければ、互いに全滅という事態にもなりかねない。大戦力で牽制だけはしておいて、あとはこちらの出方を待つに違いない。

 甘い考えだ。連中は、こちらの技術者がファンタズマの扱いを知り尽くしているなど想像もつくまい。

 一瞬だ。ファンタズマさえ起動してしまえば、一瞬で全てが終わる。

 大隊長は、窓越しの真紅を――ファンタズマを見据え、にやりとほくそ笑んだ。

 

 

 これは、なんだろうか。

 ひどく断片的だ。

 雨の中、あいつは一人うずくまっていた。電灯の影で、激しい雨に打たれることに気付いてもいないかのように、ただじっとうつむいて、うずくまっていた。白い電灯の光にあいつの体が照らされて、まるであいつ自身が淡く輝いているかのようだった。

 あいつは、くしゃみをした。

 俺はあいつに傘を差しだした。

 最初はただの気まぐれだったんだ。

 あいつは俺の家に住み着いた。自称八歳の子供が、よく働いた。掃除も洗濯も、別に言いつけたわけでもないのに、勝手にやってしまっていた。俺は自分の周りにあるいくつかの面倒を、あいつに任せられることに甘えて、あいつをうちに置いておくことにした。

 これが俺とあいつを結ぶ偶然と必然の連結点だった。

 二年ほどして背が伸びると、あいつは調理台の前に立てるようになった。俺の食事は店売りの出来合品から子供の手料理に代わった。

 今度は必然が必然を結んだ。

 さらに二年が経つと、あいつは自分が学校に行っていないことにコンプレックスを抱き始めた。あいつは勉強がしたいと言い出した。だが市民登録番号を持たないあいつは学校には行けない。俺は暇を見て、あいつに数学を教えた。それ以外は、週に一回、塾に通わせてやることにした。

 必然の連鎖は止まらない。

 また二年が過ぎ、あいつは少しずつ女らしくなってきた。それまで見せたことのないはにかみを、俺に見せるようになった。俺は、面倒だと思いながらも、あいつに時折微笑むようになっていた。この俺が笑っているのだ。

 必然は俺をすっかり変えてしまった。必然こうなるなら、俺はもともとこういう人間だったということだろうか? 時間というのは流れるものではなくあるものだから。時間は縦横高さに続く四本目の長さなのだと、大破壊以前の科学者も言っていたから。

 そして最後の二年が過ぎた。

 あいつはある日、俺に抱きついた。そして震える声で、俺のことが好きだと言った。抱いて欲しいと言った。

 俺はなにもわからなかった。なにもわからないことに任せて、どれほどあいつを、そのまま押し倒してやろうと思ったか知れない。だが俺は踏みとどまった。壊してはならないと思った。紡いできた必然の糸を、こんなところで壊してはならないと思った。なによりも俺はあいつを大切に思っていた。

 だから、俺は答えた。

「馬鹿を言うな。お前は子供だ」

 まだ子供だ、と言いたかったのだろうか。

 俺の子供だ、と言いたかったのだろうか。

 今の俺には、もうその意味がわからない。

 ただ、アヤが泣きながらうちを飛び出していったという事実が、記憶に残っているだけだ。

 そしてアヤは、もう二度と帰ってこなかった。

 

 そうだ。これは、記憶だ。

 

 

「ん……もぉ、だぁめぇ……にゃむるる」

 スミカがベッドの上で、色っぽい声を出している。寝言である。散々文句をたれながら暴れ回っていたかと思えば、つかれてころっと眠りにつく。大した度胸だ。横にいる人間にとってはうるさくて仕方がないが。

 ツヴァイトは便器に水を流すと、ズボンを引き上げながら、ぺたぺたと牢の中を歩き回った。白い蛍光灯は消え、薄暗い常夜灯のみに照らされる、殺風景な部屋の中。パイプベッドでシーツにくるまり、寝返りを打つスミカ。差し入れされた二枚の毛布のうち、一枚は鉄格子のそばにまるまっていて、もう一枚は壁際のスティンガーを包んでいる。

 スティンガーはあれから、ほとんど動こうとしなかった。もちろん一言も口を利かない。

 ただじっと、床を見つめて考え事に耽っているばかり。

 ツヴァイトはベルトを締め、自分の毛布を拾い上げると、スティンガーの隣にどっかりと腰を下ろした。壁に背を預けながら、臭い毛布に体を包む。

「よお」

 スティンガーに声を掛けてみる。だが、彼は答えない。

「悪いことしたな」

 その言葉に興味をもったのか、スティンガーがちらりとこちらに視線を向けた。あの突き刺すような鋭い光は、もはやない。どんよりと曇った瞳に、常夜灯のオレンジ色が浮かんでいるだけだ。

「なにか、事情があったんだろ。邪魔して悪かった」

「……くだらん」

 再びスティンガーは俯く。

「人は、各々の目的の為に、他者の目的を踏みつける。それは自然なことだ。なぜ謝罪する必要がある」

「そういう気持ちになるからさ」

「なら、お前は自分の感情を満たす為に、善良な風を見せて、お前を憎むという俺の感情のはけ口を潰すのか」

 こいつは難物だ。ツヴァイトはげぇと顔をしかめて、そっぽを向いて舌を出した。よくこういう人のあらを探すような考え方で生きていけるもんである。ツヴァイトなら息苦しくって三日ともつまい。

 ツヴァイトは大きく溜息を吐き、

「じゃあ謝らねえよ。その代わり事情を聞かせろ。場合によっちゃ、手伝わないでもないぜ?」

「この状況で貴様になにができる」

 確かに。ACもない。武器もない。それどころか牢屋の中に閉じ込められて、多分そのうち処刑される予定。でもそんな風な言い方ってないじゃないか。

「んなもん、やってみなきゃわからんだろうが!」

「ほう。何をやってみるんだ?」

「今考え中だ!」

 ツヴァイトがなかばやけくそ気味に断言すると――

 スティンガーが、笑った。

 小さく、喉の奥から漏れるような声を出して、くっくと笑った。ツヴァイトはなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして目をそらす。楽しそうな笑い。しかし気が触れたかのような不気味な笑い。

 やがてスティンガーは口の端に笑みを浮かべたまま、小さく呟いた。

「女がいた」

 そして、天井を見上げる。整然と並んだ格子状の天井パネル。裸の蛍光灯が白くてまっすぐな姿を貼り付けている。常夜灯が夕暮れの太陽のように、今にも消え去りそうな揺らぎを見せながら、じっと耐えている。

「娘のようであり、妹のようであり、そして――」

 スティンガーは再び言葉に詰まり、俯いた。

「俺のせいであいつは死んだ。俺が殺したようなものだ。守ってやれなかった」

「……復讐とかそういうのか」

 横からツヴァイトが口を挟むと、スティンガーはまた無表情に戻り、じっとツヴァイトの目を見据えた。

「俺はアヤを生き返らせたい」

「生き返らせる?」

「アヤの脳は無事のまま、保存されている。ファンタズマ計画が完成すれば、その技術で死者を生き返らせることさえ可能になる。俺はウェンズディ機関専属のレイヴンとなり、その代わりファンタズマ計画が完成したら、真っ先にアヤを生き返らせる。そういう契約だった」

 ツヴァイトはスティンガーの真剣な視線に耐えきれず、きっぱりと顔を背けた。

 どう考えてもまともじゃない。ファンタズマ計画というのがどういうものだか知らないが、死んだ人間が生き返るなど、世迷い言もいいところだ。ツヴァイトは別に技術に詳しいわけではないが、とても信じられない。

 だが、こいつは信じている。

 スティンガーはそれだけを信じて、今まで戦ってきたのだ。

「さて……貴様に何ができるかな」

 スティンガーは嫌みったらしく言った。

 ちぇっとツヴァイトは舌を打ち、

「いぇめん……え?」

 スミカが寝言でなにか呟いた。

 と、その時だった。

 

 

 ぱちっ。

 小さな音を立て、部屋の全ての灯りが消え去った。

 大隊長は顔をしかめ、部屋をぐるりと見回す。コンピュータの類だけは、データ破損防止のための緊急電源が用意されているため、動いているようである。しかし通常電源を使っている照明その他の類は全滅だ。

 手持ちの通信機を取り上げ、大隊長は不機嫌な声で叫んだ。

「おいっ、なんだこれは」

『全館で停電が起こりました。原因は今調査中で……』

「調査は後でいい、とにかく復旧を急げ」

『はい』

 そして今度はチャンネルを切り替える。相手はファンタズマの起動作業に取りかかっている技術者である。

「今の停電でファンタズマに影響は?」

『いえ……特にありません。電気が戻れば作業を再開できます』

「復旧を急がせる。お前達は復旧まで待機だ」

『はい。それはそうと、A生体ユニットなんですが、ウェンズディ機関に保管されていたサンプルの一つを使いますが、よろしいですか』

「それを使うと何か問題があるのか?」

『誰の脳みそだかわかんないのは戸籍上の問題ですね。でもまあ、それで制御に問題が生じるわけじゃありませんから』

「ならどうでもいい。そんなことは自分で判断しろ!」

 

 

(つづく)

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