プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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MISSION#04 亡霊 "Phantasma"
#04-01 ファンタズマ


 

 

 ここはどこだ?

 まるで世界が無限に広がったかのよう。全てが見える。全てにさわれる。自分の感覚と外の存在との境界線がない。意識が滑らかな連続面を描いている。自分が遥か彼方まで拡大していく。

 なんて面倒のない世界にやってきたんだろう。

 全ては俺だ。

 スティンガーは最初の疑問を消去した。それは意味のない疑問だと悟ったからだ。ここにどこはない。どこまでもがここなのだ。後は作戦遂行の便宜上設定される三次元極座標系が用意されているだけ。

 そうか。

 痛烈にスティンガーは確信した。

 俺はどこへでも行ける。

 スティンガーは目を凝らした。隣に――いや、もっと近い場所に、彼女がいる。彼女はスティンガーのそばにそっと寄り添い、スティンガーの体に自分の頬を埋めている。暖かい。抱き寄せよう、と感覚する。彼女の温もりが大きくなっていく。

 どこへいこうか?

 どこへいくのでも、俺たちはもうずっと一緒だ。

 アヤ。

 

 

「ムラクモの部隊が壊滅しただと?」

 司令車の中で、クローム社ガンマ連隊隊長は部下からの報告に眉をひそめた。

 出張っていたのはムラクモ最強の懲罰部隊。それも一個大隊クラスの戦力を有していたはずである。それが唐突に壊滅したとなれば、理由はたった一つしかない。

「馬鹿め……あれの制御に失敗したな」

 となれば、こちらにとってはあれを手中に収めるいい機会である。上からは、少々の破壊はやむなしとの許しが来ている。行動不能に陥るまであれに攻撃を仕掛け、その後ゆっくりとパーツを持ち帰らせてもらう。

 それで十分なのだ。現段階で戦況を有利に進めているのはクローム。あれがムラクモの手に渡りさえしなければ、クロームの勝利は揺るがない。

「ワスプ隊を前へ! 地対地戦術核ミサイル発射準備!」

 小型の二脚型MT、ワスプの一隊が陣形の前面に出る。背中に装備された小型ミサイルを、大型の核ミサイルに換装した特別仕様機である。あれへの対策として用意しておいた部隊だ。

 いかにあれとはいえ、数十発の核ミサイルを受けては一溜まりもあるまい。

 だが連隊長は気付いていなかった。

 ムラクモの部隊も同じ備えをしていたはずなのだということに。

「北2キロ地点に機影確認!」

 オペレーターの悲鳴にも似た報告が舞い込む。

「ファンタズマですッ!」

 おおっ……

 司令車の中にいた全員が、モニターの映像を見つめて溜息を漏らす。

 赤。先の爆発で加熱した大地の上に、陽炎に揺らぎながら佇む赤。こちらの照明に照らされて、ぎらぎらと輝く赤。左右に大きな格闘戦用クローを装備した、細長い機体。その姿は脚のないロブスターを思い起こさせる。だがロブスターよりも遥かに巨大で禍々しい真紅の装甲板が、見る物を恐怖に凍り付かせる。

 静かに。揺れながらホバリングを続ける赤。

 その不気味なカメラアイが、こちらを睨んだような気がした。

 ファンタズマ。

 最初に我に返ったのは連隊長だった。唾を飛ばしながら叫ぶ。

「左翼ワールウィンド隊、長距離砲撃始め! やつを足止めしろ!」

 半分は任務遂行のため。

 もう半分は恐怖から逃れるため。

 大部隊の左手から、長距離砲撃用MTワールウィンドによる、キャノン砲の一斉掃射が始まる。すぐに次の命令をしなくては。この程度ではやつは止まらない。

「ワスプ隊、攻撃を許可する! ロックオン完了後即座に放て! ケチケチするな、ありったけをぶち込むんだ!」

 命令するが早いか無数のミサイルがファンタズマ目がけて殺到する。誰もが同じ思いだったに違いない。こいつを早く壊さなければ。目の前から消えて無くさなければ。こんな化け物が。

 やつはここにいてはいけない。

「各機シールド展開! 対衝撃防御態勢!」

 そしてミサイルが着弾する。指向性のある限定核が炸裂し、青い光が迸る。膨大な質量エネルギーが熱エネルギーに変換され、爆発と炎を巻き起こす。一瞬遅れて部隊を襲う猛烈な爆風。ワイヤーで地面に固定されているはずの司令車が、ひっくり返りそうなほどの揺れに見舞われる。

 連隊長は、ふらつきながらもなんとか踏みとどまった。爆風が収まる。爆風で乱されていた通信が回復し、モニタに映像が映し出される。夜。森。月の下、もうもうと巻き上がる土煙に閉ざされた視界。

「やったか……?」

 数秒の沈黙。

 次の瞬間。

 爆発。

「ワスプ隊壊滅!」

 オペレーターが悲鳴をあげる。

「やつは生きています!」

 誰か気付いていただろうか?

 いつのまにか、「あれ」が「やつ」へと代わっていたことに。

 

 

 レッカッジ。

 レッカッジ、レッカッジ、レッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジ。

 残骸。

 全てを残骸に。

 スティンガーは線を描いた。そういうイメージを創り上げた。敵は繊維の連なり。自分はそれを貫く針。縫うように、人々の意識の間隙を貫き通す。貫き通しながら毒で蝕み尽くす。

 何もかも残骸に。

「ああ」

 スティンガーの失われたはずの肉体が声を上げた。歓喜の声。恍惚の声。

「ああ!」

 

 

 ファンタズマが奔る。低空ホバー飛行で部隊の真ん中を突き抜け、次の瞬間、通り道の付近にいた全てのMTが爆発を起こす。夜空を照らす紅の閃光。司令車の側面モニタが朱に染まる。

「イーゲル隊、サガルマタ隊壊滅!」

「何故だ……」

 連隊長は司令車に壁にふらふらともたれかかった。

「核を叩き込んだんだぞッ! 何故死なない!?」

「隊長! 各部隊からやつの姿が見えないと報告が……」

 ぞくり。

 連隊長は背筋を冷たいものが走っていくのを感じた。

 思わず振り返る。そこには司令車の後部モニタ。ファンタズマが逃げていった方角の映像が映し出されている。連なる木々と、その中に閉ざされた闇。鼻の先も見通せないような闇の中で。

 赤が煌めいた。

「ひ……」

「隊長っ! 味方の損耗率が30%を越えています! 隊長、命令を……隊長っ!!」

「ひあっ!」

 来る!

 ファンタズマの赤い体が猛スピードで近付いてくる。輝くカメラアイ。ただ一直線にこちらを捉える瞳。突如、ファンタズマの体から七色の光線が迸り――

 次の瞬間、ファンタズマの姿が視界から消え失せた。

 ――やつの姿が見えないと報告が……

 意識の外で聞いていた声が、頭の中に蘇る。

「亡霊……」

 その呟きを誰かが聞くより先に、司令車は炎に包まれた。

 

 

 レッカッジ。

 これで全ての中心を残骸に変えた。

 スティンガーは低空ホバーから飛行モードへ切り替え、夜空にふわりと舞い上がった。眼下に広がる森林。その中で蠢く虫たち。頭を失い、目を失い、どこへ動いていいのかも分からなくなった哀れな虫の胴体。

 全て、残骸に。

 スティンガーは二発目を放った。

 

 

 ファンタズマから発射されたエスコート・リグが、真下のクローム部隊めがけて突撃する。誰もそれに気付く者はいない。MT部隊は、見えないファンタズマの姿を必至に探し回るばかり。遥か上空から迫る恐怖に気付く者はいない。

 その方が幸せだったかも知れない。

 エスコート・リグ――遠隔操作可能なミサイルの子機が、狙い違わずクローム部隊の中心に着弾した。

 炸裂。

 その瞬間。

 核の炎が森を包み込んだ。

 

 

 レッカッジ。

 レッカッジ、レッカッジ、レッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジレッカッジ。

 残骸に。

 全て、残骸に。

 スティンガーは、百あまりの残骸の上に、静かに降り立った。

 全てが赤く染まっている。森も。夜も。もはや動かなくなった兵器の群れも。

 そして自分自身さえも。

 そう、俺はこいつと一つになったのだ。

 アヤ。

 スティンガーはアヤに呼びかけた。アヤはスティンガーのそばに現れて、にこりと微笑んだ。あの頃のアヤと寸分違わぬ、可愛らしい笑みだった。

 この笑みが、ようやく自分の手の届く場所に帰ってきた。

 俺はもう二度と、お前を放しはしない。これからはずっと一緒なんだ。

 どこへ行っても。どこに居ても。

 だから、さあ、アヤ――

 

 ――どこへ行こうか?

 

 

(つづく)

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