低い振動。
スミカは簡素なパイプベッドから弾かれたように起きあがった。間違いない。この振動は爆発。
「……来た!」
誰にも聞こえないよう呟くと、コンクリートの冷たい床に立つ。シミだらけの壁や床。どからともなく立ちこめるカビの臭い。窓一つない閉鎖された狭い空間には、洗面台とトイレとベッド以外何一つ置かれていない。鋼鉄の古びたドアには、顔をのぞかせられるだけの、格子つきの小さな窓があるばかり。
ここは牢獄。三食人体実験つきで家賃無料のお得物件だ。
スミカは緑一色の囚人服をひるがえしながら、ドアの格子に忍び寄る。狭い格子の隙間から外をのぞき見れば……好都合。看守はいま一人だけだ。それも、いつもすけべえな目つきでわたしを見ていたあいつ。スミカはぺろりと舌なめずりする。
胸一杯に息を吸い込み、
「ねぇ~っ、看守さぁ~ん!」
鼻に抜けた甘ったるい声で看守を呼ぶ。ほーら案の定だ。看守は目をぱちぱちさせながら、好奇心満々っていう風に、ひょこひょこ近付いてくる。
「なんだ、うるさいぞ!」
「おねがいぃぃ、開けてェーっ……も、ダメ……がまんできないのぉ……」
「はぁ?」
格子を握ってドアをがたがた揺らすスミカの前に、あのすけべいな看守がやってくる。さすがにまだ疑ってるふうだ。ここからがポイントだ。スミカは目尻に涙を浮かべて、顔を真っ赤にして、上目づかいに看守の瞳を見つめてやる。自慢じゃないが、容姿にはそれなりに自信がある。いや、自慢だが。
「やつらにへんな薬、盛られたみたい……うずくの、ほしいのぉ……ねぇ、おねがいよぅ、もうがまんできないのぉっ!」
そしてスミカは片手を降ろし、パンツの中に突っ込んでもぞもぞやりはじめる。最後のオマケに、体をくの字に折って、あっとかやっとか甲高く泣いてみせる。看守はそれを見ているうち、だんだん疑いもなにもかも、どうでもよくなってきたらしい。
喜び勇んで、懐からキーを取り出した。
「へへえ、待ってろ、すぐ開けてやるからなあ」
ドアの向こうで響く、ガチャガチャ鍵をいじる音。
スミカはそれを聞きながら、映画に出てくる頭脳派の悪役みたいに、にやりと意地の悪い笑みを浮かべたのだった。
「おきてください。起きてってば……入りますよ?」
何度呼んでも返事がない。しかたなく、赤毛を長く伸ばした美女は、個室のドアロックにIDカードを通した。赤のLEDが消え、かわりに緑のLEDが灯る。空気圧の漏れる音を響かせて、クロム貼りのドアが横にスライドして開く。
赤毛の女性研究員、エリィは、ためらいもせず男の部屋に入り込んだ。
中は真っ暗で、彼は、まだベッドに寝ころがっているようだ。エリィは溜息をつき、壁のスイッチを押し込んだ。すぐさま白い蛍光灯が灯り、簡素な部屋の様子を照らし出す。飾り気らしい飾り気もない。デスクが一つ、ベッドが一つ。クローゼットが一つ、携帯端末が一つ。整頓らしい整頓もされていないが、それでも散らかってみえないほどに、ほとんど物が置かれていない部屋。
彼らしいといえば彼らしい。エリィは腰に手を当てて、口うるさい母親のように、つかつかとベッドに歩み寄った。
毛布一枚にくるまって、すうすうと寝息を立てている、銀髪の男がそこにいる。
「起きてくださいっ! スティンガーっ!」
銀髪の男、スティンガーと呼ばれた男は、面倒そうに寝返りを打ち、まだしょぼしょぼしている目でようやくエリィを見上げた。こりゃだめだ。まだ半分寝てるな。エリィは再び溜息を吐く。
しかし仕事をしないわけにはいかない。
「仕事よ。侵入者。ヴィクセンの用意をしてるから、すぐ迎撃に出てくださいっ」
「面倒だ……」
「あーもう! だだっ子かあんたは!」
このクソ忙しい時に! エリィは痺れを切らすと、毛布の裾をがっちりつかみ、スティンガーからそれをひっぺがした。
「うだうだいってないでさっさと出撃……しな……さ……」
声がだんだん小さくなる。
毛布の下から出てきたのは、たくましい男のオールヌード。
エリィはしばらくそれを呆然とじっくり観察いや堪能すると、突然、
「キャ―――――――!!」
ビンタが飛んだ。
ほっぺたに真っ赤な手のひらのあとを貼り付けて、スティンガーはパイロットスーツを着込む。
だいたい、どんな格好で寝ていようと自由じゃないか。いちいち着替えたり洗濯したりが面倒だから、素っ裸で寝る。どこが悪い。悪いのはおまえだ。いちいち細かいことで感情を爆発させる面倒な女という生き物が悪い。
どだい、女なんて面倒くさい生き物は、この世にいなくていいものなのである。
「俺は面倒が嫌いなんだ」
「ずぼらなだけよっ! あんたはっ!」
エリィは耳まで真っ赤にしたまま、肩をいからせてのしのし廊下を歩いて行った。逃げていったと言ってもいい。
スミカは紺色の帽子をきゅっとかぶった。
奪い取った看守の制服は、ちょっとばかしだぶだぶだが……まあ贅沢はいえまい。きっと、右も左もわからない新人みたいでかわいく見えるに違いない。そういうことにしておく。
スミカは腰に手を当て、溜息一つつくと、呆れたように足元を見下ろした。
「いまどきこんな手に引っ掛かるなんて……」
彼女の足元には、パンツ一枚でしあわせそうに気絶している、例のすけべい看守。のしかかってきた瞬間にバックフリップを決めてやった。しばらくは目が覚めないだろう。せいぜい、えっちでしあわせな夢を見ていてもらいたい。
「やっぱり、男はみんな死んでいいです!」
そしてスミカは駆け出した。自由という名のゴールにむかって。
岩壁に偽装したゲートを、パルスライフルでぶちやぶり、ヴィーダーはカタパルトの中に潜り込む。とたんに真っ赤な回転灯が灯り、けたたましいサイレンが響き始める。天井からつきだした固定砲台が、ヴィーダーに狙いを定めている。
「やべ」
ツヴァイトは小さく呟くと、操縦桿をひねり倒した。ヴィーダーの背中のブースターが火を噴き、その巨体を軽々と左に飛び退かせる。ついさっきまでヴィーダーがいた空間を、固定砲台のバルカン砲が貫いて過ぎる。
「おどかすなッ!」
すぐさま砲台に狙いを定め、トリガーを引く。パルスライフルのリング型ビームが固定砲台に炸裂し、その高熱で砲台を根本から融かしさる。
ほっと胸を撫で下ろし、ツヴァイトはペダルを踏み込んだ。ブースト・ダッシュで、長いカタパルトの奥まで突撃する。頭部パーツ内蔵レーダーに反応。赤い光の点がレーダーサイトに表示される。あの曲がり角の向こうだ。
手前でヴィーダーを立ち止まらせ、曲がり角から頭だけのぞかせて向こうの様子をうかがう。そのとたん、向こう側から飛んでくる砲撃の雨あられ。慌てて引っ込めた頭のわきを、無数の徹甲弾がかすめて過ぎた。
ツヴァイトはちぇっと舌打ちを一つ。
「ちょっと派手にやらかしすぎたかな……」
後悔してももう遅い。いまさら戻るわけにもいかない。
さっきちらりと見えた機影は、四脚無人移動砲台のナースホルン・タイプだ。火力はそこそこ、移動速度は遅め。四脚型だけあって装甲は薄い。レーダーを見る。ナースホルンの位置を示す赤い点は、少しずつこちらに近付いてくる。好都合。
力押しで行こう。
覚悟を決めて、ツヴァイトは操縦桿を捻った。ヴィーダーが曲がり角から躍り出る。すぐさま降り注ぐ徹甲弾の雨。左腕の下腕装甲を盾がわりに掲げると、ヴィーダーはそのまま突進する。装甲板にうがたれる無数の穴。その穴から緩衝液が吹き出す。だが致命傷は一つもない。こちとら、重装甲だけが自慢の重量級。
ナースホルンの目前まで近付くと、ヴィーダーは左腕を振り上げた。
「だらぁっ!」
そしてそのまま振り下ろす。左手の甲から吹き出した青白いプラズマが、ナースホルンの白い装甲を灼き斬る。真っ二つに切り裂かれ、アーク電流をほとばしらせながら、ナースホルンは動かなくなる。
プラズマ・トーチとか、レーザー・ブレードとか呼ばれる装備。本来は通路を開けたりする時につかう作業用なのだが、うまく接近できれば十分武器になる。
そのとき、館内放送が響き始めた。慌てた男の声で、
『第三区画で被験者が脱走、戦闘リグを奪って逃走中! 手のあいている警備員はそちらに回れ! 繰り返す……』
なるほど、予定通りだ。こっちの騒ぎに応じて、とらわれの要人自身が脱走を計るという手筈になっていた。しかしまあ、戦闘リグ――ホバータイプの戦車だが――を強奪とは、なかなかワイルドな要人である。
あとはこの要人とやらと合流しなければならないが……問題がひとつ。
「……第三区画ってなぁ、どっちだ?」
ツヴァイトがぽつりと呟くと、足元に転がっているナースホルンの残骸が、がたりと小さく音をたてた。慌ててヴィーダーが足元にライフルの銃口を向ける。だがナースホルンは、長い砲口をかたむけただけで、それっきりまた動かなくなった。
どうやら、回路がショートかなにかして、誤作動を起こしただけらしい。
ほっと息を吐き、ふと、ツヴァイトはかたむいた砲口の指す先を見やった。壁に刻まれたマークは、
←Area03
ツヴァイトは後ろ頭をぽりぽり掻いて、
「ありがとさん」
(つづく)