『……では、現地と中継が繋がっております。現地のリィさん?』
画面が切り替わり、寒々しい朝の森へ。森の木々は見るも無惨に焼けただれ、消火剤の白いフォームに包まれて、みすぼらしい姿を晒している。ところどころの消し炭から立ち上る煙、時折慌ただしく画面を駆け抜けていく消防隊員の姿が、事態の急を物語っている。
画面中央に陣取った、若い女性リポーターも、いかついCBR防護服に身を包んでいる。リポーターは苦労しながらマイクを口元に持ち上げ、防護服のスピーカ越しのくぐもった声を出した。
『はい、リィです。えー、現地ではご覧の通り、一通りの消火作業を終え、現在はクローム・ムラクモ両企業の防衛軍による事後処理が進められています。
ご覧ください、ここは爆心地から3キロほど離れた地点なのですが……このように、木が真っ黒に焼け焦げています。爆発の威力を、物語っています』
実際にはその木は、爆発の後の火災で焼けたものだが、リポーターはそしらぬ顔で嘘だか本当だかわからない解説を続ける。
『えー、この爆発に関する記者団の質問に対して、ムラクモ社スポークスマンは、現在調査中で答えられない、との解答を示しています。またクローム社は一切の取材をシャットアウトした状態でして、正確な情報については、午後に予定されている公式の記者会見が待たれます。
ただ、UBCによる独自の調査では、爆心地から数十キロ圏内で大量の放射能が観測されており、これは少なくとも現用のミサイル十数発分に相当する量であると専門家は見ています。また、爆発は一度ではなかったという、目撃者の証言もあり……』
と、その時だった。画面の外から防護服に身を包んだ数人の男が現れ、女性リポーターに歩み寄った。
『ちょっと、どこの局? 困りますよー』
『UBCです。これは正当な取材ですよ』
『この付近は立入禁止です! 許可とってるんですか許可は? さあ出てくださーい』
『ちょっとーっ! クロームは報道の自由を侵害するつもりですか!』
『取材は許可を取ってからしてくださいねー。ほら、映さない!』
男の手のひらがカメラのレンズを覆い隠す。
そこで映像は一瞬乱れ、再びスタジオへと戻される。ひげ面のアナウンサーはしかめっ面をして、
『失礼致しました、現地に混乱があったようです。えー、繰り返しお伝えします。昨夜未明、アンバークラウン直上D337地区におきまして、原因不明の核爆発がありました。この爆発による都市部への汚染被害はありません。
それでは次のニュースです。今朝6時頃、BN46PPH地区の浄気施設に異常が発生し、一時、付近への送風がストップしました。異常の原因は、地上からの吸気口付近にある大型ファンの破損とみられており、現在は無事復旧しています……』
あれは新型のMTなんかではない。
エリィは、ついさっきツヴァイトとスミカにしたばかりの説明を、もう一度思い起こした。
あれは、ファンタズマはそんなものではない。
この泥沼の企業戦争を終息に向かわせる――あるいは、逆にさらに深い混乱の極みへと突き落とす、あらたな「力」だ。
戦略兵器。
その言葉に明確な定義がなされたこともあったが、今となってはほとんど意味はない。要は、少なくとも地球の半分以上を射程圏内に捉え、一撃で戦局を大きく左右するほどの破壊力を持った兵器、ということである。
大破壊以後、戦略兵器はその姿を消した。
原因は、人類の生活基盤が地下都市に移行したことだ。
地下深くに隠れたことで、主に頭上から襲い掛かることを中心に考えられていた戦略兵器群は、その効果を失ったのである。たとえ核搭載のICBMが炸裂した所で、地下都市までは影響を及ぼさない。
敵の都市に攻撃する方法はただ一つ、小型の機動兵器による直接侵入しかないのである。そしてそれがMTやACの飛躍的発展の原因ともなったのだ。
だが、連続する局地戦は、大きく戦力を疲弊させる。
企業抗争が表沙汰になっていない百年計画時代はそれでもよかった。クロームには、少々の疲弊をもろともしないだけの財力があったのだ。
だが、新興のムラクモ・ミレニアムが台頭し、クロームと並ぶ二巨頭と目されるようになってからは、状況は大きく変わった。各地での武力衝突は激しくなる一方。両者の疲弊は著しく、このままでは共倒れになる危険さえあった。
そこで目を付けられたのが、かつての戦略兵器だ。
一撃で戦局を大きく傾かせる戦略兵器が完成すれば、勝利も容易く転がり込んでくる。そこまで行かなくても、停戦か休戦の条約をかなり有利に展開することができる。
クロームとムラクモは、地下都市に対しても有効な戦略兵器の開発に躍起になった。
そのなかの一つ、一番最初に完成の目処が立ったのが、ファンタズマである。
そのコンセプトは単純だ。自分で判断できる核ミサイル。高性能なAIを搭載し、鉄壁の防御と、露払いのための強大な火力を持つ、動く核爆弾だ。発射すれば、勝手に敵の都市まで飛んでいって、勝手に地下都市の防壁を破って内部に侵入し、敵の迎撃を突破して、都市の中心部で炸裂する。そんなミサイル。
ムラクモが進めていた次世代レベル強化人間計画PLUSと、そのコンセプトが見事に融合した。
そしてできあがったのが、ファンタズマ計画と――それを完成させるためのウェンズディ機関だ。
いま、その悪魔の新型兵器に――あいつが乗っている。
スティンガー。
理由はわからない。短いとは言えない間、彼のパートナーとして仕事をしてきた。だから、彼が何かに執着していることは、わかっていた。
しかし、それが何なのかまでは、わからなかった。
今となっては、彼が何のためにファンタズマのパイロット――いや、生体制御ユニットとなったのかは、エリィには知る術もない。そして、いまさら知っても仕方がない、とも思う。
いまさら、彼のために何をしてやれるわけでもないのだから。
「できることがあるなら、それは」
エリィは、車のハンドルを握ったまま、小さく溜息を吐いた。
目指す先は、ムラクモ・ミレニアム・アンバークラウン支社。
「それは――」
エリィはぽつりと呟いて、アクセルを思いっきり踏みつけた。
きゅいぃイイイイん。
気が付けば、オレは操縦桿をひねり倒していた。
ヴィーダーの左腕が――そこに格納されていたプラズマトーチが、青白い不気味な火を噴いて、陽炎の丸っこいコアパーツを貫いていた。
「あ――」
呆然と呟くことしかできないオレの目の前で、崩れ落ちるように、陽炎が倒れた。ジリエラビルの老朽化した屋根の上に、巨大な青いACが転がり、もうもうと砂煙が舞い上がった。
オレはしばらく、凍り付いたように動かないヴィーダーの中で、ただじっと空中を見つめていた。カメラアイが意味もなく夜空を捉えている。真っ黒な空に浮かぶ、淡い月。流れる雲。月の光が影の中に隠れてぼやける。
オレはようやく我に返った。
「クロードッ!」
頭の上のハッチを開き、オレはヴィーダーの外に這いだした。ワイヤーを引っかけて、それを伝って、倒れた陽炎の上に降りた。陽炎の薄っぺらいスペースド装甲の上に立つと、べこんと間抜けな音を立てて、青い装甲板がへこんだ。
オレは狂ったかのような勢いで、陽炎のコックピットハッチにとりついた。ハッチは電子ロックで封鎖されていた。パネルを開いて、がむしゃらにキーを叩いた。どうにもならなかった。懐から銃を取り出して、二発撃った。ロック装置が壊れた。
取っ手に手を掛け、オレは思いっきり引っ張った。
コックピットの中で、それは倒れていた。
ひゅー。ひゅー。風の吹き抜けるような音。
「レ……レイ……ヴン……」
ひゅー。ひゅー。
それは、オレを視界に捉えると、奇妙な甲高い声でそう言った。
「きー……をつけろ……お前……も……」
それっきり、それは動かなくなった。
瞼を閉じたりはしなかった。それには、閉じる瞼もなかった。
眼球は摘出され、代わりに、かたつむりの角のような、二つのカメラアイが生えていた。耳は丸い金属パーツに覆われていて、あるのかないのかもよくわからなかった。首の後ろには無数の細いコードが差し込まれていた。頬には自分が吐き出す唾液に灼かれてできた穴があいていた。腕は筋肉が不自然な程発達して巨大化していた。脚は全部金属製だった。
透明な頭蓋ケースの中に、うす桃色の脳が収まっていた。
オレも、なんだというんだ。
クロード。
オレもこうなるっていうのか。
『……イヴン、応答しろ、レイ……』
ハッチを開けっ放しのヴィーダーから、微かに通信の声が聞こえていた。
『戦闘が終了したように見えるが……回収に向かうぞ、いいな? おい答えろ、おい!』
オレは一歩後ずさり、
そのまま、震える手で陽炎のコックピットハッチを、閉じた。
もう二度と、オレはそいつを開こうとはしなかった。
(つづく)