逃げる時乗ってきたトレーラーには、三機のACが入っていた。
ヴィーダーと、コーラルスターと、そしてヴェノムである。
スティンガーも逃がすつもりで、あらかじめエリィが用意しておいたものだ。今となっては乗る者もいないヴェノムから、ツヴァイトは肩装備のロケットランチャーを取り外した。
ロケットランチャーだけでも、人間が持ち運ぶには少々重すぎる代物だが、それを動かすための作業用MTなりクレーンなりの機材は、十分に揃っていた。
あの、スミカが隠れ家にしていた古城である。
三人はあのあと、この古城に逃げ込んだのだった。他に逃げる場所もなかったし、ここならACの修理も組み替えもできる。味さえ気にしなければ食糧もあるし、燃料弾薬のストックも十分。
ツヴァイトはガレージに収めたヴィーダーの組み替え作業に余念がなかった。
エリィからファンタズマの正体を知らされ、そのエリィが報告の為にムラクモ社に戻ってから、ずっとガレージに籠もりっきりだった。誰とも一緒にいたくなかった。ただ、油の臭いのする相棒と、一人っきりで向き合っていたかった。
ヴィーダーから、自慢の六連ミサイルポッドを取り除き、その代わりに、さっきヴェノムから取ったロケットランチャーを装備させる。そして、再びトレーラーの中を覗き込み……
ツヴァイトは絶句した。
中型のミサイルポッドが一つ、荷台の隅に積まれている。エリィが報酬代わりにと用意してくれたパーツ。
こないだ売り出されたばかりの、正気を疑うような新型ミサイルである。
つまり、レイヴン向けの小型戦術核ミサイルだった。
ムラクモはこんな物騒な代物を売り出して何がしたいのだかしらないが、おかげで火力が増したと喜んでいるレイヴンは多い。その代わり弾薬費はべらぼうにかさんで、販売元のムラクモは大もうけという商品である。
なるほど。そうしたかったわけか。だが、このミサイルで自分の勢力が襲われることまでは考えてないのだろうか。
だいたい、こんなものを報酬代わりによこすエリィもエリィである。ばれたら首が飛ぶくらいでは済まないだろうに。
ともかく、今は助かる。ツヴァイトは作業用のMTをつかってそれを取り出し、ポッドに収められたミサイルを一つ取り出した。
ミサイル一つでも、ツヴァイトが両腕でようやく抱えられるだけの大きさと重さがある。ツヴァイトはそれを床に置き、早速分解を始めた。構造は案外単純だ。爆弾の部分だけ切り離すこともできそうである。
レーザー雷管へのアクセスも、一般的なミサイルと同じシステムだ。これならツヴァイトにも細工ができる。
と、そのとき。
ツヴァイトはふと、背後に気配を感じた。座り込んだまま、ゆっくりと振り返る。
トレーラーの荷台に手をついて、こっちをじっと見つめているスミカがいた。
一体いつからそうしていたのだろうか。その目は何かを訴えるかのように、ツヴァイトを責めているかのように、暗く輝いている。
「なんだ?」
「なにしてんの」
ツヴァイトは肩をすくめた。そのまま、ミサイルの分解作業に戻る。
「戦利品の値踏みさ」
「嘘」
スミカはつかつかと歩み寄り、ツヴァイトの正面に回り込んだ。腰に手を当て、鋭い視線で、頭の上から見下ろしているのを感じる。ツヴァイトは手を止めなかった。
「あんた、あいつをどうこうしようなんて思ってるんじゃないの?」
ツヴァイトは答えない。
「エリィから聞いたでしょ!? あれは化け物なの、火がついたら街一つ消し飛ばしちゃうような爆弾なのよ! 一体そんなの相手にどうしようっていうわけ!?」
「今考え中さ」
「ふざけないで!」
スミカはツヴァイトの肩に両手を置いて、ぐいと体重をかけてきた。スミカの両目が、綺麗な鼻が、ツヴァイトの目の前に寄せられる。その目が濡れているのがわかる。唇が震えているのがわかる。
でもどうしろっていうんだ。ツヴァイトは手を止め、じっと、スミカの目を見つめ返した。
「死にに行くようなもんだわ! そんなの馬鹿げてる。今すぐ逃げるべきよ。どうしても行くっていうなら、わたしはあんたをふん縛ってでも連れて逃げるわよ!!」
そしてスミカは俯いた。ツヴァイトに全ての体重を預けて、もたれかかるように。くずおれてついたスミカの膝が、床に転がっていたミサイルに触れた。ミサイルはころりと転がって、ヴィーダーの脚に引っ掛かって、止まった。
「やれよ」
やがてツヴァイトが呟いた。
「お前が本当にそれが正しいって思うなら、そうするべきだって思うなら――縛ってでも、引きずってでも、なんならぶん殴ってでも、そうすりゃいい」
そして小さく笑う。
「なんたって、女の子に縛られるのは気持ちいいしな?」
弾かれたようにスミカが顔を上げた。もちろんそのほっぺたは、不満にぷっくり膨らんでいる。スミカは伸び上がってその勢いで頭突きをかますと、痛みにのけぞるツヴァイトを突き飛ばすように立ちあがった。
「あんたねーっ! 冗談で言ってんじゃないのよ!?」
「いや、わかった、わかってるって。悪かった」
ツヴァイトは頭をさすりながら、転がったミサイルを追って立ちあがった。ヴィーダーの足元で静かに眠っていたそれを、両手でなんとか拾い上げ、ポッドの中に収め直す。
「昔な」
ツヴァイトは、むくれているスミカに背を向けたまま、ぽつりと言った。彼の手元で、ポッドの蓋がぱたりと小さな音を立てて閉じる。微かな風がツヴァイトの髪を揺らして過ぎていった。
「弟がいたんだ。弟もレイヴンだった。レイヴンとしての名前はヴェントゲーエン。本名はクロード。いいやつだった」
「だった、って……」
スミカが眉をひそめる。ツヴァイトはかまわず話を続けた。
「弟は、強くなかった。弱いって程でもなかったけど、この業界で一人生き延びられるほどには、強くなかった。オレはあいつに強くなって欲しかった。だからオレは、あいつを鍛えようとした。辛いトレーニングを無理にやらせた。あいつは強くなっていったけど、まだ足りなかった。オレにはそう思えた。
ある時、あいつはオレのしごきに嫌気が差して、うちを飛び出した。どこかの街で、一人で仕事を始めた。
しばらくして、あいつがあるレイヴンに殺されたと、噂で聞いた」
空気が急に緊張するのを、ツヴァイトは感じた。背中の後ろでスミカが気を張り詰めているのに違いなかった。
「それが」
スミカが小さく声を上げた。
「それが、何の関係があるっていうの」
ツヴァイトは答えない。
と、その時だった。
ヴィーダーのコックピットの中で、アラームが鳴っていた。
メールが届いたという合図だった。
暗い。
ここはなんて暗いんだろう。
スティンガーは、たどり着いたその場所をぐるりと見渡した。全方位カメラアイがその助けになった。光量の乏しいことが、ファンタズマの優秀な暗視フィルター越しにも感じられた。
光吸収素材で包まれた、闇を生み出す為に作られた空間。
唯一、スティンガーがここに入ってくるために空けた大穴だけが、外からの光を導き入れている。どこかで爆発音が聞こえた。さっき片づけた警護のMTが、ついに爆発を起こしたのだろうか。
全て、残骸に。
スティンガーは彼女を喚んだ。彼女は瞬き一つするよりも早く、スティンガーのそばに現れた。いつものように、無邪気に彼の胸に寄り添い、そっと彼の肩に手を乗せていた。
こんな所へ来たかったのか、アヤ?
スティンガーの疑問に応えて、彼女が送ってくる「肯定」の意識。
なんて心地の良い意識なんだろう。
心の芯まで染み渡るような、暖かくて気持ちのいい、肯定と甘えに溺れながら――それでもスティンガーは、心に残っている疑問をなんとか言葉の形に練り上げた。
でも、こんなところで何をするつもりなんだ?
全て、残骸に。
すぐさま返ってくる単一の回答。
そのために、わたしは、つくられた。
ああ、そうか。
スティンガーは微笑んだ。心から安心したように。
そうしたいんだな、アヤ。
そしてスティンガーは、既に失われた腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。彼女の温もりが腕の中にあった。熱くもなく、冷たくもなく、とても心地の良い体温に包まれて、スティンガーは目を閉じた。光も、音も、何も要らない。この肌に触れる温もりさえあればいい。
俺は、お前の望むものをあたえてやれなかった。
スティンガーは声なき声でそっと囁いた。
だから、俺は今、嬉しいんだ。
今こそお前にあたえてやれる。お前の望むものをあたえてやれる。
俺はお前のしたいようにさせてやれるんだ。
全て、残骸に。
その瞬間。
最後に残っていたスティンガーの理性が、はじけ飛ぶ瞬間。
自分の世界の深淵にただ一人潜って、考えることをやめた男の理性が、救いを求めて最後の叫びを放った。
ファンタズマも、彼女も、自分自身さえも気付かないうちに。小さく、か細く、淡く。
――まるで亡霊のように。
From: "Phantasma" <43902jgfkops89.murakumo.uc>
To: zweit <zweit.mail13.ravensnest.az>
Subject:
>面倒だが、お前をセレモニーに招待してやる。
>閉鎖施設「アビス」まで来い。
>待っている。
ヴィーダーのコックピットの中で、表示されたメールの本文が、チカチカと小うるさく瞬いていた。
(つづく)