プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#04-04 アビスへようこそ

 

 

「制御できない!?」

 エリィは上司の言葉を聞くなり、一枚板の高級なデスクに、両の手のひらを思いっきり叩き付けた。

 ムラクモ・ミレニアム・アンバークラウン支社。エリィはアイザックの出だが、入社直後に配属されたのがここの特殊技術局である。優秀な技術屋というのはどこの企業でも欲しがっている。それを利用して、他企業に技術屋のふりをしたスパイを潜り込ませるのが、特殊技術局の仕事だ。

 スパイとしての技術は無論のこと、技術者としての技量もなければつとまらない仕事である。

 特殊技術局の局長は、怒りに震えるエリィに詰め寄られても、眉一つ動かさなかった。

「ウェンズディ機関が埋め込んでいた罠だ。我々が奪取しても使用できないようにしたつもりらしい」

 と、局長は数枚のハードコピーをエリィに手渡した。ムラクモ社が行った、ウェンズディ機関の秘密基地に対する調査の報告書である。

 エリィはそれにかじりつき、一言一句まで逃さず流れるような速さで読み始める。右へ左へと視線がせわしなく動き――

 やがて、絶望に凍り付いた。

「パイロットが搭乗すると、ファンタズマは神経リンクを通じて快楽中枢に働きかけ、パイロットに幻覚を見せる。パイロットが深層意識に持っていた願望を満たす幻覚を、な」

「そして本来、ファンタズマの制御――いや、最終安全装置として働くはずのパイロットを、逆にファンタズマ本体に隷属させる――」

「今のファンタズマは、プログラムされた『地下都市の破壊』という存在理由を満たす為だけに動く、制御不能の怪物だ。おそらくは最も近いアンバークラウンの中心部で炸裂することを狙っているのだろうな」

 エリィの手が、ハードコピーの端をくちゃくちゃに握りつぶした。もうどうしようもない。ファンタズマの外部からの制御は不可能。ファンタズマを物理的な手段で止めるにも、とてもじゃないが、時間も戦力も足りない。

「どうするんですか」

 押し殺した声でエリィは問うた。

「アイザックの本社から、撤収命令が出た」

「撤収!?」

「他の部署は既に作業にかかっている。重要なデータ、物資、人材だけを、最優先でアイザックに運び込むようにというお達しだ」

「重要な人材だけって、そんな……!」

 それはつまり、アンバークラウンの民衆を見捨てるということ。

 食ってかかろうとするエリィを、局長が鋭い視線で睨み付ける。

「心配しなくても、君もその『重要な人材』の内に含まれている」

 まるで蛇に睨まれたカエルのように、エリィはぴたりと動けなくなった。有無を言わせない言葉。全てを凍り付かせる眼光。

 なんでこんな言葉で動けなくなったんだろう。自分がどうとか、そんなことは関係ないはずなのに。

「確か、アイザックの研究所に彼氏が勤めてるんじゃなかったかね? 早く帰って、彼を安心させてやりたまえ。きっと心配している」

 そのはずなのに。

「ファンタズマは、もういつ炸裂するかわからん状態だ。一刻も早く逃げねば我々も危ない。私だって心は痛むが、身を削ってまで他人の心配はできんのだよ」

 ――スティンガー。

 エリィはうつむき、奥歯を噛みしめながら、彼の顔をふと思い起こした。

 ――あなたならきっと、面倒なことを考えてないでさっさと逃げろって、そう言うんでしょうね。

 そういう、優しい奴だったから。

 でも、エリィはもう動けない。

 

 

 ツヴァイトはぶるぶると頭を振った。水しぶきがシンクに飛び跳ね、流れて消えた。

 洗面所の鏡に向かい、ツヴァイトはじっと自分の目を見つめる。冷たい水に引き締められた顔。黒々と輝いている瞳。とてもいい具合だ。迷いがない。

 少なくとも今はそう思える。

 壁掛けのタオルをひっぺがして顔を拭くと、ツヴァイトは決意を固めてトイレを出た。

 その背中に声がかかる。

「ほんとに行くの」

 外で待ちかまえていたスミカだった。

 ツヴァイトはすこしためらった。行くかどうかではない。応えるかどうかを、だ。短い逡巡を切り抜け、ツヴァイトは小さく自嘲気味に微笑んだ。うつむき目をそらすついでに。

「弟は、オレが殺した」

 スミカの筋肉が固まるのが、離れていてもわかった。

「他のレイヴンに負けて、借金がかさんだあいつは、強化人間の実験台にされたんだ。でも実験は失敗……暴走したあいつを抹殺するっていう依頼が、偶然オレの所に舞い込んできた。

 あいつはもう完全に狂っていた。手遅れだった。だから、殺した」

「そんなの!」

 悲鳴にも似た声。

「そんなの……」

 しばらく沈黙が続いた。

 ひたり。蛇口からシンクへ、水の落ちる音が聞こえてきた。しっかりコックを閉めてきたはずなのに。水道の圧力はとても強くて、弱い蛇口のコックなどでは、とても全てを封じ込められない。少しずつ高まった圧力が、一滴、また一滴と水を滴らせる。

 ひたり。

 また一滴、水が落ちた。

「わかってる。殺しちまったのは仕方がないことだ。

 でもオレは、あいつを強くしてやりたくて――結局そうできなかった」

 ツヴァイトは顔を持ち上げた。

 スミカの瞳を真っ正面から見つめた。

「誰かに何かをしてやりたいって、本当に思えた時――オレには何ができるんだろう。

 そいつの望みを叶えてやればいいのか。

 それとも、たとえそいつが望まなくても、オレが正しいって信じられることをするべきなのか」

「あなたは」

 スミカが拳を握りしめる。

「弟さんのためになるって、信じてやったんでしょ。ならそれでいいじゃない、あんたは悪くないわよ」

「だがクロードは死んだ。それが結果――事実だ」

「……やめて」

「もっと巧いやりかたがあったはずなんだ」

「もうやめて」

「本当にあいつのためになる、巧いやりかたが――」

「やめてって言ってるでしょ!?」

 叫ぶと、スミカはツヴァイトにつかみかかった。力の抜けた柔軟なツヴァイトの体は、押されるまま、壁に叩き付けられた。軽い衝撃が背中からツヴァイトの体を走る。一瞬だけ、息が詰まる。

「あんたの昔話なんかには興味がないの! 死にに行く言い訳ばっかり聞かせないで!」

 ひたり。

 また、一滴。

「――悪かった」

 そして、優しくスミカを引きはがす。

「でも、ほっとけないんだ。オレと同じ間違いをしようとしてる、あいつがさ」

 ツヴァイトはスミカに背を向け、長い廊下を歩き始めた。

 その背にスミカは、銃口を向ける。

「行かせないわ!」

 ツヴァイトはしばらく考えて、それから応えた。

「言ったろ。それが正しいって思うなら、そうすればいい」

「止まんなきゃ撃つって言ってんのよ!」

「それもいいさ」

 小さく笑い、

「不器用なもんでね。荒っぽいほうが性に合ってる」

 そしてツヴァイトは歩き出す。

 まっすぐに、ガレージに、愛機ヴィーダー・ツ・コメンに向かって。

 スミカは両手で拳銃を構え、じっと、その背中に狙いを定めていた。引き金の上に乗った人差し指が、何度となく動こうとするのがわかった。

 でも、撃てなかった。

 遠ざかっていく背中を見送り、すっかりその背が見えなくなってから、ようやくスミカは銃を降ろした。

 なぜ撃てなかったんだろう。撃たなきゃならないとわかっていたはずなのに。

 わかっていたはずなのに。

「そんなの」

 銃が床に落ちた。

「そんなのただの言い訳じゃない」

 

 

 閉鎖された断光実験施設「アビス」。

 アンバークラウン最深層の中央部にあるこの施設は、元々はニュートリノ観測実験のために建造されたものだ。巨大な球形の空間を、高密度の断電磁波素材で覆い、電磁的に密閉な空間を造り出す。それをくぐり抜けるのは波長のごくごく短い宇宙線くらいなので、ニュートリノのような透過率の高すぎる粒子を観測するのに役立つ。

 他にも反ヒッグス粒子スクリーンの実験にも使われていたとかいう話だが、そんな最先端の実験施設がなぜ閉鎖されたのか、その答えはだれも知らない。採算が取れなかったか、何かの技術的な不都合が生じたか、そんなところだろう。

 ヴィーダーは、その球形空間の天辺に空いた大穴から、アビスの中に飛び込んだ。

 上から漏れ込む光以外に灯りのない空間を、ヴィーダーはどこまでも落ちていく。深い。とても深い。まさに深淵の底までとどきそうな空間。やがて、ヴィーダーは平らな床の上に、バーニアを噴かしながらゆっくりと着地した。

 球形空間の真ん中に、真っ平らな円形の床を取り付けてあるらしい。暗くて壁や天井は見えないが、おそらくはドーム状の部屋になっているのだろう。

 カメラのシステムを切り替え、光増幅モードに変更する。いまのアビスは完全な閉鎖空間ではない。天井に空いた穴から差し込む光が、乱反射してアビスの中を満たしているはずだ。その僅かな光を、高性能な光学処理で増幅する。

 ツヴァイトの額に汗が浮かんだ。

 ぼんやりと、暗闇の中に浮かび上がってくる機影。

 闇の中でも輝くかに思えるほどの。

『アビスへようこそ』

 鮮烈な赤。

『これがファンタズマだ』

 スティンガー。

 カメラが光増幅の具合を調整するにつれて、ファンタズマの姿が次第にはっきりと見えてきた。

 真っ赤な曲面装甲に覆われた、平たいシルエット。サイズはACより一回り大きい程度。背が低くて前後に細長く、前面の左右に大きな格闘戦用クローを装備したその姿は、甲殻類を彷彿とさせる

 機体の下部には、大型のプラズマカノン。機体上部には四角いミサイルポッドのようなものが装備されている。

 ファンタズマ。まさしく、あのときウェンズディ機関の基地でちらりと見た機体だ。

「一応礼は言っとくぜ」

 ぎろりと、ファンタズマの前面に突きだしたカメラアイが、下からすくい上げるようにヴィーダーを見上げた。

「素敵なセレモニーに招待してもらって、光栄の至りってやつだ」

『礼には及ばない。お前にだけは、こいつを見せておきたかった』

 きゅいいいいい。

 スティンガーの声の背後で、子犬の鳴き声のような音が響く。

 耳慣れない音。一体、これは――

『俺のために何かができるだなんて』

 ファンタズマの機体後部に灯る、青い輝き。

 プラズマジェットスラスター!

 ツヴァイトは弾かれたようにペダルを蹴りとばす。

『傲慢をほざいたお前にだけは!』

 その瞬間。

 真紅の亡霊が、漆黒の闇を切り裂いた。

 

 

(つづく)

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