プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#04-05 ラスト・バトル

 

 

 行かなきゃ。

 エリィは車に乗り込むなり、ムラクモ・アンバークラウン支社の地下ガレージから飛び出した。綺麗な照明に彩られたアンバークラウンの中央通りを突っ切り、螺旋ターミナルを伝って下層に降りる。アクセルは踏みっぱなしだ。

 目指す先はもちろん、閉鎖実験施設、アビス。

『おい、応えろエレン! エレン・ガブリエラ! 戻るんだ、戻れと……』

 上司の声を吐き出し続ける通信機を、エリィは人差し指一本でオフにした。

 行かなきゃ。

 まるで強迫観念のようなその思いだけが。

 

 

 横っ飛びに飛び退いたヴィーダーの脇を、赤い刃が突き抜けていく。凄まじいスピードのファンタズマ。両腕のクローを前面に押し出しての突撃だ。かすりもしなかったその攻撃が、次の瞬間には爆発にも似た衝撃波となってヴィーダーを襲う。

 コックピットの中で踏ん張りながら、ツヴァイトは視線をモニター中に走らせた。そして赤い姿を見つけると、二度と見失わないように両目を見開いてその姿を追う。

 奴のスピードは亜音速にまで達している。あの見たこともない超大型プラズマジェットスラスターの成せる技か。

「ちょっとブーストしすぎだぜ」

 さしずめ、オーバードブーストっていうところだ。

 だが、とツヴァイトは舌なめずりする。あのスラスターは偏向制御ができないと見える。かなり単調な軌道しか取れないはずだ。ならば、どれだけ速くても狙い目はある。

『俺はついにこいつと一体になった!』

 スティンガーの叫び声。旋回するファンタズマ。赤い亡霊が大きく弧を描きながら、アビスの中心に佇むヴィーダーを正面に捉える。

 対するヴィーダーはパルスライフルを正面に構え、頭部カメラの正確無比な測量で、寸分違わず狙いを定める。一分の狂いもあってはならない。仮説が正しければ、ほんの少しでもずれたら奴にはかすり傷さえ負わせられない。

『もう誰も!』

 来る!

 二度目の突撃。ツヴァイトは動かない。ただじっと、ファンタズマに収束するロックオンマーカーを見つめ――

 引き金を引く。

 放たれたリング型の曳光弾は、ファンタズマのやや上の方を目がけて飛んでいき、そして命中の直前で大きく軌道を上にそらされ、遥か彼方へ虚しく飛んでいった。

 はずれか。しかし――

 舌を打つ暇もない。突っ込んでくるファンタズマに、ツヴァイトは思いっきりペダルを蹴りつける。跳ねるように横に飛ぶヴィーダー。重量級の鈍い動きでは、ファンタズマの突撃をかわしきれない。クローがかすったか、衝撃波に耐えかねたか、肩の装甲板が一枚剥がれて吹き飛んでいく。

 空中で体勢を立て直し、ヴィーダーはなんとか両の脚で地面に着地した。そして再び大きく弧を描くファンタズマを視界に捉える。剥がれ落ちた装甲板の下から、どろどろとした緩衝液が、まるで血のようにしたたっている。

『俺を止めることは!』

 三度目。ファンタズマが、ヴィーダーを真正面に見据え――

『できないッ!!』

 ツヴァイトの全神経がファンタズマに集中する。さっきはあそこを狙って、ああいう軌道になった。脳が全力で計算を巡らし――そして煙を噴いた。だめだ。計算じゃだめだ。計算ではとても捉えきれない。

 計算では捉えられないなら。

「できる」

 ツヴァイトは腹の底から叫んだ。

 三度目の突撃を仕掛けてくるファンタズマの真っ向に、ヴィーダーが銃口を突きつける。真ん中。真ん中だ。ただ奴の真ん中を――

「できる!」

 ツヴァイトはトリガーを引いた。

 

 

 スミカはコーラルスターの巨体を見上げた。

 ガレージの常夜灯を浴びて、蛍光ピンクの装甲板が輝く。流れるように滑らかで、すべすべした装甲板。灰色に染まってしまった死の世界の中で、ただ一つだけ明るく輝いている鮮明な色。

「もし、わたしにわかっていたら」

 スミカは小さく呟いた。誰に向かって呟いたのだろうか。

「彼が何を欲しがっているかがわかっていたら、もっとうまくやれたのかもしれない。

 でも、そんなことわかりっこないよ。わかるわけない――」

 あの時もわからなかった。

 そして今もわからない。

 でも。

 それでも。

 ――本当にそうすべきだって思うなら、そうすればいい。

 スミカは固く、白い指を拳の中に握り込んだ。

 

 

 迸るリング型曳光弾。それはまごうことなくファンタズマの中心目がけて飛んでいき――

 ファンタズマの赤い装甲板に、強烈な衝撃を叩き付けた。

「あたったっ!?」

『うおおッ!?』

 スティンガーの呻きが聞こえる。ファンタズマの巨体が揺らぐ。しかしファンタズマはギリギリのところでホバーユニットを動かし踏みとどまると、よろめきながらもヴィーダーの突進を再開する。だがその速度に依然ほどの脅威はない。飛び退くヴィーダーを捉えきれず、ファンタズマのクローは虚しく宙を裂いて過ぎる。

『おのれ……おのれえッ』

 三度目の弧は弧ではない。今度はヴィーダーの周りを、円を描くように動き始める。

 恐れか。あるいは戸惑いか。

 いずれにせよ、ファンタズマはヴィーダーに近付きたがらない。

『なぜだ!?』

 スティンガーの声を借りて叫ぶ。

『なぜ俺は傷つく!?』

「ど真ん中を射抜いたからさ」

 いつの間にか、ツヴァイトの息は軽く弾んでいた。

 緊張していたからか。ファンタズマを射抜く為に、意識を集中しすぎていたからか。

「核攻撃でも傷一つつかないファンタズマの防御力――その正体は、なんのことはない、ふつうのACにも使われてる反ヒッグス粒子防御スクリーンの強化版ってこった」

 ともかくツヴァイトは大きく深呼吸して、どくどくと力強く脈動する心臓を抑え込んだ。落ち着け。冷静になるんだ。でないと亡霊には勝てない。亡霊の姿は見えない。そう自分に言い聞かせる。

「ってことは、対処法も同じ。弾道を曲げられないようにスクリーンの法線方向から運動エネルギーを加えるか、あるいはスクリーンの内側から攻撃すればいい。つまり」

 亡霊と戦うには。

「真っ正面から心臓をぶち抜くか、肌が触れ合うほどに近付くか、ってことさ」

 亡霊を見据えなければならない。

 亡霊に近付かねばならない。

『貴様ッ! 貴様だけはッ!』

 だが、亡霊に声は届かない。

 ファンタズマが回頭する。プラズマジェットスラスターを停止させ、通常のホバーだけで浮遊しながら、荒々しくヴィーダーの睨め付けた。

 憤怒。あるいは焦燥に、塗りつぶされた心。

『死ねぇえっ!』

 ファンタズマの背中から、無数の砲塔が姿を現す。ツヴァイトはそれを見るなりペダルを蹴りつけ、ヴィーダーを急速後退させる。どんな砲撃かはしらないが、これだけ距離が離れていれば――

 次の瞬間。

 ツヴァイトの意識が凍り付いた。

 

 

 残骸。

 全て、残骸へ。

 歌うように、祈るように、スティンガーは意識を外へ広げる。全ての矛盾を平らげるために。全ての不条理を掃き捨てるために。どこまでも広がる真っ平らな地面のイメージ。それを創る。何一つない世界。完全に平坦な地平。

 全て、残骸へ。

 内から沸き上がるその衝動を、もはやスティンガーは疑わない。アヤの願いが、アヤの祈りが、スティンガーの心を塗りつぶす。肉体と心と精神が、バラバラに砕けて離れていく。

 スティンガーであるかのように振る舞う肉体。

 アヤの姿を借りる亡霊に取り憑かれた心。

 そして、精神は?

 全て、残骸へ。

 お前の精神は、一体何を望んでいる?

 

 

(つづく)

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