プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#04-06 閃光の中へ

 

 

 七色の閃光。

 ツヴァイトには一瞬なにが起こったのかわからなかった。

 ただ、ファンタズマから、突然、赤や青や緑や、数え切れないほどの様々な色の光が迸り――

 次の瞬間、ファンタズマの姿が見えなくなった。

 レーダーに反応。ツヴァイトは重たい頭を巡らせ、レーダーサイトに視線を送る。敵の位置を示す赤い光点は素早く動き、ツヴァイトの側面から後方へと回り込もうとしている。見えなくなったわけではない。死角に回られただけだ。

 だが、なぜ?

 なぜ奴の動きを目で追うことができなかった?

「くそっ!」

 叫びながらツヴァイトは操縦桿を握りしめる手に力を込める。いつもの通り、急速の旋回を――

 いや。

 ヴィーダーが動かない!

 違う、ヴィーダーが動かないのではない。操縦桿を握るツヴァイトの手が動かないのである。まるで体中に無数の重りを縛り付けられたかのよう。時間の流れが遅くなったかのよう。意識はあるのに、意識が筋肉に伝わらない。

 体が重い。

「これはっ」

 ツヴァイトの額に脂汗が浮かぶ。原因は一つしか考えられない。

 ファンタズマが放っている七色の閃光。

 あの光のパターンが、視覚から脳に働きかけて、神経の伝達を阻害している――ある種の催眠か暗示のようなものか。

『動けまい』

 背後のファンタズマから通信。

 まずい。ツヴァイトは震える指に力を込める。なんとかして操縦桿を倒さなければ。このままでは突撃の餌食になるだけだ。

『終わりにしてやる!』

「こんのォッ!」

 腹の底から気合いを吐き出し、ツヴァイトは渾身の力を込めて操縦桿をひねり倒した。ヴィーダーがファンタズマに背を向けたまま、横っ飛びに飛び退く。しかし遅い。後ろから仕掛けられたファンタズマの突撃が、ヴィーダーの右腕を肩口からもぎ取る。

 機体バランスが崩れる。配線がショートを起こしている。ツヴァイトはコンソールのスイッチを押し込み、右腕パーツのパージコマンドを走らせた。瞬間、右腕に繋がる全ての配線が切断され、重量バランスが再計算される。

 ふらつきながらも両の脚でなんとか着地。真っ正面のファンタズマを再び視界に捉え――

 そのファンタズマから、二度目の閃光。

 ツヴァイトは反射的に目を閉じた。だが間に合わない。ほんの一瞬あの光を見ただけで、ようやく動くようになってきた体が、再び鉛の重りに縛り付けられる。

『今度こそ』

 スティンガーの声。

『今度こそ終わる!』

 ファンタズマの背中に灯る、青いプラズマの輝き。

 ――だめかっ……!?

 ツヴァイトが奥歯を噛みしめた、その時。

『終わるかあっ!』

 突如舞い込んできた通信。

 甲高い女の声。

 ツヴァイトは反射的に上を――アビス・ドームの天井に空いた大穴を見上げた。

 飛び込んでくる目が痛いほどの蛍光ピンク。

「スミカっ!?」

 

 

『なっ……なにしに来やがったっ!?』

「あんたを助けに来たにきまってんでしょーがっ!」

 間違っている。

 スミカはそう思った。

 ツヴァイトを一人で戦わせちゃいけない。

 死なせちゃいけない。

 あの時はわからなかった。

 そして今もわからない。

 ツヴァイトが助けて欲しいと思っているのかどうか。生き延びたいと思っているのかどうか。一体ツヴァイトがどうして欲しいと思っているのかなんてこと――

 それでも、こうするべきだと思うから。

「こんのおッ!」

 飛び降りざまに、コーラルスターはファンタズマの真上からマシンガンの掃射を喰らわせる。その弾丸の全ては、強力な反ヒッグス粒子防御スクリーンの弾道を歪められ、床に穴を穿って終わる。だがそれでいい。奴の注意を引きさえすれば。

 案の定。ファンタズマの機体後部に灯っていた青いプラズマの光が消え失せた。代わりにファンタズマの意識がこちらに向けられる。コーラルスターが肌で感じるその感覚を、スミカは強化人間の超感覚で読みとった。

『雑魚は散っているがいいっ!』

 スティンガーの声。それと同時に、ファンタズマから閃光が迸る。

 攻撃――ではない。スミカは戸惑い、しかしその光が無害であることを悟ると、覚悟を決めてそのままファンタズマの直上に狙いを定め、重力に体を任せて落下した。

 スティンガーにもファンタズマにも予測は不可能だった。それは完全な偶然だった。

 特殊な色のパターンで敵に暗示をかける催眠兵器が、色を理解できないスミカには、全く効果がないということは。

『鈍らない!?』

 スティンガーの悲鳴が響く。スミカはかまわず、コーラルスターの左腕を真下に向けた。マシンガンで効果がないなら、至近距離からプラズマトーチをぶちこんでやるしかない。機体の天地を逆さまにして、そのままブースター噴射で突撃する。

『くそッ!』

 ファンタズマのプラズマカノン砲口が、コーラルスターを捉えようと真上に動き――

 しかし間に合わない。

「どおおおりゃああああああああッ!!」

 コーラルスターがファンタズマの頭上に降り注ぐ。

 まるでひとすじの流れ星のように。

 

 

 どんっ。

 腹の真ん中を貫くような重低音が響き渡り、ファンタズマのボディが小爆発を起こした。コーラルスターのプラズマトーチと、その重力に身を任せた体当たりで、機体上部の砲塔が誘爆をしたのだ。

 七色の閃光が、止んだ。

 反動を喰らったか、どこかの回路がいかれたか、コーラルスターは、左のマニュピレータを肘のあたりまでファンタズマにめり込ませたまま動かない。

『おおっ……』

 スティンガーの、驚きと怒りの唸りが電波に乗って飛んでくる。

『おのれェ――――ッ!!』

 き。

 きゅいぃイイイイん!

 泣いている。

 ファンタズマが泣いている。

 ツヴァイトはようやく動くようになった首をもたげて、狂ったように奇怪な鳴き声を上げるファンタズマを見つめた。赤い亡霊は醜く歪み、ピンク色の異物を貼り付けたまま、スラスターに無理矢理プラズマを充填する。即座に吐き出される青いプラズマ。ファンタズマの巨体が弾かれたように宙に舞う。

 その衝撃に耐えきれず、コーラルスターの腕が折れ飛ぶ。そのままコーラルスターは振り落とされて、アビスの冷たい床に二三度跳ね返ると――ぴくりとも動かなくなった。

「スミカッ!」

『いっ……たたぁ……』

 ツヴァイトの叫びに、帰ってくる微かな返事。苦しげな呻き。だが、生きている。

「馬鹿野郎、なんて無茶しやがる!」

『なによその言い方っ! 助けてあげたんだからね! これで負けたら承知しないからねっつおー!? あいたたた……』

「馬鹿っ」

 ちぇっ、とツヴァイトは舌打ちを一つ。

「ほんとに馬鹿だお前は」

 そしてヴィーダーのカメラで上を捉える。

 アビスの広いドームの中を、苦しげに飛び回る赤い亡霊。ファンタズマは青い光の尾を引いて、空に模様を描くかのように、自分の飛んだ証を残るかのように、黒い空間に己の光を焼き付けている。

「だが助かった! あとはまかせとけっ!」

 武器を切り替え、肩に装備しておいたロケットにFCSを連動させる。次に奴が打つ手は一つ。最後の最後まで残しておいた取っておき。

『面倒だっ……』

 きゅいぃイイイイん!

 ツヴァイトの背筋を悪寒が走る。ファンタズマの意識がこちらを観ている。全ての闇を貫いて、幾重にも連なった装甲板を貫いて、奴はツヴァイトの姿を見つめている。その目に浮かぶのは、憎悪? 敵意? 殺意?

 いや、それは――

『面倒面倒面倒面倒面倒面倒面倒だッ! なんで貴様は面倒なんだ! なんで俺の好きにさせない!?』

 ファンタズマが回頭する。ヴィーダーをその正面に捉える。

『なんで命を賭けてまで……』

 来る。

『わざわざ俺の邪魔をするんだぁ――――――ッ!!』

 瞬間。

 ファンタズマの体中から、四基のミサイルが発射された。

 いや違う。ただのミサイルではない。エスコート・リグ。ファンタズマに装備された、自律制御の自走戦術核自爆兵器だ。ムラクモ懲罰部隊を壊滅させ、クロームの一個大隊を蹴散らし、そしてこのアビスを丸ごと消し飛ばしうる破壊力を持ったファンタズマの最後の武器。

「終わった後からできることなんてありゃしない」

 ロケットにロックオン機能はない。ツヴァイトの額に冷や汗が浮かぶ。ロケット弾の予想進路マーカーと、長年の技術とカンを頼りに、徐々に狙いを定めていく。

「だから俺は……本当に正しいと、信じられることだけは!」

 迫るリグ。これを外せば、もはや逃げ場はない。

 息を吸い込む。全ての意識を指先に託す。

「絶対に!」

 トリガーに指を乗せ、

「譲らないんだ!!」

 発射。

 

 

(つづく)

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