そうだ。譲っちゃならない。
絶対に。自分が信じる、最後の一線だけは。
絶対に、譲っちゃならない。
ツヴァイトの意識が拡大する。ロケットが一直線に飛んでいく。ツヴァイトは無意識に指を動かし、次々にトリガーを引いた。全部で四発。ロケット弾は狙い違わず着弾した。
ファンタズマの放った、エスコート・リグに。
かつてスティンガー自身が放った、一撃必殺の毒針。
ECMロケットの砲弾が。
「なん……だと?」
ファンタズマに全ての理性を奪われたはずのスティンガーが、自身の口から小さく声を漏らした。
核兵器は、雷管さえ作動しなければただの燃料。強力なECMに制御を乱されたエスコート・リグは、ヴィーダーの姿さえ見失い、ただのろのろと空中を彷徨い、やがて全ての推力を失い、地面に堕ちた。
こんなのはおかしい。
こんなことはあってはならないはずだ。
その瞬間、スティンガーを縛り付けていた、張り詰めた琴線が、音を立てて切れ飛んだ。
「スティンガー」
ツヴァイトは、ペダルを踏みつけた。
呆然と浮遊するファンタズマに、ヴィーダーは全力のブーストダッシュで肉薄する。残った左の腕を振り上げる。
もはや戦う意志をなくしたスティンガー。奴がほんとうの操り人形になってしまう前に。ファンタズマが奴の全てになってしまう前に。
「お前の鎧を貫いてやる」
ファンタズマの間近に迫った瞬間、ヴィーダーの動きを微かな違和感が阻んだ。強力な反ヒッグス粒子防御スクリーン。その内側へと、ヴィーダーは入り込む。
亡霊の近くへ。
肌が触れ合うほど近くへ。
『なぜ――?』
弱々しいスティンガーの声が、ツヴァイトの耳に届く。
ヴィーダーの左腕が、ファンタズマに触れる。
「不器用なもんでね」
左腕の、本来プラズマトーチが格納されるべきスペースの中で、それが唸り声をあげる。
あらかじめしておいた細工。ファンタズマに勝つ為に、用意しておいたとっておき。ミサイルから取り出して、そこに隠しておいた、最後の手段。
「荒っぽいやり方しか知らねえのさ」
核弾頭。
炸裂。
――俺が……まける……?
至近距離で炸裂した核の炎が、ファンタズマの装甲を焼き尽くしていく。
神経リンクを通じて、焼け付く肌の痛みが脳に叩き付けられる。だがそんなものにどれほどの苦しみがあるだろう。全てをなくして、全てから遠ざかって、何もない、全く何もないだけの空間になってしまった自分の世界の中では。
わかっていたのだ。
アヤが、ただのファンタズマにすぎないということに。
死んだ人間のために、できることなんてないということに。
――ファンタズマ……俺が……俺の全てが消えていく……
だが、それでいい。
何もかも、消えてしまえばいい。
そうすれば、楽になれるんだ。
――これは……面倒なことに……
スティンガーは目を閉じた。
そのとき。
眩しい光がスティンガーの瞼を貫いた。コックピットのハッチが、外から無理矢理こじ開けられた。装甲は熱く焼けているはずだった。誰も亡霊の行く手を阻めないはずだった。
だがなぜ奴は二度までも阻む?
ツヴァイト。
「認めねえ」
ツヴァイトは、眩しい光に目を細めるスティンガーを見下ろしながら、言った。
「俺の目の前で死んで楽になろうなんて――そんな勝手は認めねえからな!」
静かに。
スティンガーは目を閉じる。
死ぬ為にではなく。
眩しすぎる光から身を護る為に。
生きる為に。
「全く――面倒な奴だ――」
小さく。
しかし確かに、スティンガーは呟いた。
少女は――アヤは全てを見ている。
どこか遠い場所から、ここと重なりながらここではないどこかから、じっと世界を見つめている。
男達の世界を見つめている。
あざ笑っているわけではない。哀れんでいるのではない。喜んでいるのでもない。
ただ、じっと、冷たく、淡く。
しかし確かに。
アヤは、全てを見ている。
to be concluded.