がががっと音を立てて、ゲートが開いていく。03、のマークがついたゲートだ。壁に書いてある案内の通りに来たし、たぶんこっちのほうで間違いないと思うのだが。
開いたゲートの中に、ヴィーダーがおそるおそる足を踏み入れる。中は明るくて広い、円形の部屋になっていた。他にも出口のゲートがいくつかあることを見ると、このエリアのターミナルかなにかだろうか。
それにしても、とんでもない基地の規模である。もうだいぶ奥まで進んできたというのに、まだこれだけの空間にでくわすとは。ACがなんの気兼ねもなく機動戦を繰り広げられるくらい広いといえば、どれほどのものかは想像できよう。
「大した秘密基地だぜ……どっから金が出てんだ?」
などと軽口を叩きながら、ツヴァイトはカメラをぐるぐる巡らせた。新型の双眼カメラアイは、レーザー三辺測量で数十kmの距離を誤差0.0001%の範囲内で測量することができる。まあ、せいぜい百メートル少々しかない部屋の中、そんな精密な測量は必要ないわけだが。基地内のマップを作っておけば、あとあと役に立つこともあるだろう。
ふと、ツヴァイトはその姿に気付いた。
「あ?」
広い部屋の真ん中に、一人の少女が佇んでいる。ACから見れば、まるで豆粒のようにちいさい少女だ。
頭部のカメラアイをそちらに向けて、映像を拡大する。やっぱり女の子らしい。ツヴァイトに背中を向けている。どこかの学校の制服のような、深い紺色のスカートと、真っ白なブラウスを着ていて……銀色のショート・ヘアを揺らしている。不思議と、自分自身が光を放っているかのように白く、明るく――そして柔らかそうな、抱きしめたくなるような――まるで、幽霊のように儚くて淡い――
何を馬鹿な。ツヴァイトは頭を振った。
ツヴァイトは外部スピーカのスイッチを入れた。
「おい、嬢ちゃん。そんなとこにいたらあぶねえぞ」
ひょっとして、ワナか何かか? にしては稚拙だが。ともあれツヴァイトは、いちおう警戒してあたりを見回しつつ、
「これから、こわぁいお兄ちゃんたちがドンパチやらかすんだから。どっか、危なくないところに――」
少女が、こちらを、振り向
ツヴァイトは息を飲んだ。
いま、確かに少女がこちらを向いたような気がした。ほっそりとした目鼻立ちが見えた気がした。だが、瞬き一つした今、もう少女の姿はどこにもない。ただ真っ白な床が一面に広がっているばかり。逃げたのか? ヴィーダーのカメラアイをぐるぐる回す。いや、いない。どこにも。
見間違いか? 何かの幻覚だろうか? それともただの気のせい?
狸か狐にばかされたような気分になって、ツヴァイトはしばらく、ぼうっと硬直していた。
しんと静まりかえる部屋。ただ、ヴィーダーの低い駆動音だけがエコーの中に無限後退して消えていく――
【テキ セッキン】
静寂を切り裂くコンピュータ・ヴォイス。ツヴァイトは反射的にペダルを踏み込み、操縦桿をひねり倒した。ヴィーダーの巨体がブースト・ダッシュで急速前進、上から降り注いだエネルギー弾の雨を回避する。
【キケン! キケン! キケン!】
――わかってらいっ!
そのまま足を踏み込み、ジャンプ。体を捻って宙返り、さっきまで自分が立っていた場所を正面に見据え、膝のサスペンションを効かせて着地する。
エネルギー弾を追うように、上から降ってきた白い影が一つ。
上――ちくしょう、とツヴァイトは歯がみする。この円形ターミナル、真上にもゲートがあったのだ。それにはさすがに気付かなかった。おかげで見事に不意打ちをくらってしまった。
しかも降ってきた白いのは、紛れもなくACだ。手足が妙に長く、コアがやたらに尖ってつきだしている、中量級か軽量級の二脚型。あのパーツ構成は、どこかの裏情報で見たことがある。クローム社の自社規格新型AC「ヴェノム」のエリート用カスタムバージョン、「ヴィクセン」ってやつだ。
装備もおそらく専用品。右手にはレーザーライフル――それにグレネードの砲門もくっついてる。左手には大型の盾。こいつもただの盾じゃない。盾の端からのぞく二つの発振器は、おそらくプラズマトーチ。
「いい玩具を持ってるなっ」
ツヴァイトはヴィーダーの体勢を立て直しながら、試しに通信を送ってみる。
『俺は面倒が嫌いなんだ』
返ってきたのは、涼しげな男の声だ。これがヴィクセンのパイロットらしい。
『平和的に降伏するなら、殺さないでおいてやる』
何を言い出すかと思ったら。ツヴァイトは操縦桿を握りしめ、ペダルの上に足を載せた。はん、と鼻で笑い飛ばす。
「あいにく不器用なもんでね」
操縦桿をねじ倒す。
「荒っぽいやり方しか知らねぇのさ!」
ヴィーダーが走る。
その、円形のターミナルの壁には、いくつものキャットウォークが張り巡らされ、人間用の通路として使われている。
その中の一つに、彼女は腰掛けていた。手すりの支柱のすきまから、両脚を出して、数十メートル支える物のない空中に、それをぶら下げている。支柱を握りしめ、まるで檻の中から――牢の中から外を見つめる、哀れな囚人のように、繰り広げられる戦闘を見つめている。
ヴィーダーが一気に距離をつめ、プラズマトーチの一撃を繰り出した。ヴィクセンは左の盾でこれを受け止め、すぐさま右手のレーザーライフルをヴィーダーのコアに突きつける。ヴィーダーが体を捻る。放たれたエネルギー弾は、ヴィーダーの肩の装甲板をかすめて過ぎる。
接近しての撃ち合いは、装甲の薄いぶんだけ不利と見たか、ヴィクセンが軽々と跳躍して後退する。それを狙って、ヴィーダーの肩に装備されたミサイルポッドが火を噴く。合計六発のマイクロミサイルが、白煙を吹きながら迫っていく。ヴィクセンは十分これを惹き付けてから、再びジャンプ。逆関節型なみのジャンプ速度を追い切れなかったミサイルが、地面にあたってはじけ飛ぶ。
彼女はじっと、二人の戦いを見つめていた。
真っ白な少女。
白いブラウスと、紺色のスカートを着た、細身の少女。その姿は淡く、儚く、風が吹けば飛んでしまいそうなほど。胸元にゆれる赤いリボンが、まるで唯一の命の証明のように、彼女の体に明るい色を添えている。
彼女はじっと、二人の戦いを見つめていた。
まるで何も見えていないかのような、冷たく曇った瞳で。
――ええいちょこまかとっ!
ツヴァイトは歯を食いしばりながら、操縦桿をひねり倒す。ヴィーダーの重たい体がブースターの推力に無理矢理押され、その場を飛び退く。間一髪、迫ってきた敵のエネルギー弾は肩の装甲をわずかにかすめるにとどまった。
さすがに新型だけのことはある。動きの軽さは軽量級の二脚なみ、脚部サスペンションでのジャンプは逆関節なみ、そしてレーザーライフルの威力はバズーカなみだ。パイロットの腕もいい。機体性能では、ヴィーダーなどおよびもつかない。
さあて、どうする? ツヴァイトは細く息を吸い、着地したヴィクセンの姿を見つめる。あのイカサマじみた新型を相手に、この貧乏ACでどう戦う?
『大口を叩いた割には』
敵のパイロットの声が聞こえる。ヴィクセンがブースターを小刻みに吹かしながら、空中から躍りかかってくる。
――これしかないかっ?
ちぇっとツヴァイトは舌打ち一つ。ペダルを蹴り飛ばし、ヴィクセンの姿を正面に捉える。とにかく一度あいつを捕まえることだ。一発叩き込みさえすれば。新型とはいえ軽量級、おそらく一撃でカタが付く。
撃ち込まれるレーザーライフルの弾丸。ヴィーダーはブースト噴射で機体を左右に切り返し、エネルギー弾の雨を回避する。しかし動きは最小限。かするどころか直撃だって少なくない。だがこれでいい。
死にさえしなければそれでいい。動きすぎて体勢を崩すことだけは避けねばならない。
『動きが止まって見える!』
――勝手に見えてろっ!
機動性で大きく負けているヴィーダーでは、とてもヴィクセンの猛追から距離を離しきれない。ほどなくヴィクセンの白い機影が間近に迫った。
ヴィクセンが、左腕のプラズマトーチを振りかぶり――
今!
ツヴァイトは、足元のペダルを蹴り飛ばした。
ヴィーダーは、避けない。
その場にじっと踏みとどまり、左腕を頭上に掲げ、振り下ろされたプラズマの剣を真っ向から受け止める!
『な……!』
驚愕の声をあげるヴィクセンパイロット。ヴィーダーの腕が軋んでいる。ほとばしるプラズマに、分厚い装甲が灼かれていく。だが。
『なぜ避けないッ!?』
セラミック-アルミ合金複合三重スペースド装甲の耐熱性能は、一瞬で灼き斬れるほど甘くはない!
「大立ち回りは」
ほくそ笑むツヴァイト。彼の指がトリガーを引き絞る。
「苦手なんでね!」
至近距離から放たれた、パルスライフルの一撃が、ヴィクセンの頭部を粉々に吹き飛ばした。
(つづく)