戦闘は、終わったようだった。
それをじっと見つめていた少女は、やがてすっくと立ちあがった。
氷のような冷たい瞳が見つめるのは、くずおれたACの姿か。或いは。
どこからともなく風が吹き抜けたかと思うと、もう彼女の姿はそこにはない。
密閉されたはずの空間に、ただゆるやかな風のみが取り残される。
やれやれだ。
ツヴァイトは涙目になりながら、破損箇所を確認する。左腕の装甲板は第三層まで見事に灼かれているし、システムエラーのレッドランプが二つ、被弾たくさん。
はあ―――っ……
盛大に溜息をつく。どんだけ修理費かかるんだ。泣くぞ。困るぞ。
しかしそれでも、あの厄介な白ウサギは片づいた。足元には、頭部パーツを砕かれ、機能停止に陥ったヴィクセンが倒れている。いくらなんでも、あれより手強い敵なんてそうそう出てくることはないだろう。
あとは、さっさとターゲットを見つけてかっさらって逃げないと。
ツヴァイトはゆっくり操縦桿を倒し、ヴィーダーを旋回させた。やまほどあるゲートのうち、どれに入ったものかとしばし思案。とりあえず一番近い奴にあたりをつけて、傷つき、機動性も落ちてきたヴィーダーを向かわせる。
と、そのとき。
【テキ サイキドウ】
淡泊なコンピュータ・ヴォイスがツヴァイトの耳に届く。慌ててツヴァイトは後部カメラに視線を送る。そこにはよろめきながらも立ち上がるヴィクセンの姿。
まさか、頭部コンピュータを壊されてなお動けるなんて思いもよらなかった。コアかどこかにサブコンプが搭載されているのか? しかも。
ヴィクセンのやたらに尖った細長いコアから、青白いアーク電流がほとばしる。まさか、あの尖った角みたいなのは――
コア内蔵のプラズマカノン!?
――やばいっ!
『貴様ごときがっ』
パイロットの声。
『このスティンガーにかなうわけがない!』
慌ててツヴァイトは操縦桿を捻り倒す。だが間に合わない。鈍重な重量級のヴィーダーは、旋回性能も加速性能も並以下。この距離で真後ろから撃たれるプラズマカノンのエネルギー砲弾を、避ける術はない。
ヴィクセンのコアに内蔵された砲口に、青いプラズマの光が灯り――
次の瞬間。
ヴィクセンのそばの壁が、いきなり爆発した。
「……あ?」
爆発のあおりを受けて、体勢を崩すヴィクセン。放たれたプラズマ砲弾はあらぬ方向に飛んでいく。そして。
『どどどどいてどいてぇーッ!」』
壁をぶちやぶって突っ込んできた一台の真っ赤な戦車――いや、戦闘リグが、そのままヴィクセンに体当たりをぶちかました。
「……ああ?」
『なんだとォッ!』
『きゃわー!』
呆然とするツヴァイトの目の前で、そのまま二機はくんずほぐれつ、どんがらがっしゃんと派手な音を立てながらぶっ飛び、反対側の壁に激突してようやく動かなくなった。
「……あああ?」
さっきからあしか言ってない。
ようやく旋回を終えたヴィーダーが、こんがらがったままブスブス黒い煙を立ち上らせている、二機の機影をカメラに捉える。今度こそ、ヴィクセンは指先一つも動きはしない。どうやら今の衝撃で、コアのコンピュータも完全にいかれてしまったようである。
それはまあ、いいのだが……
なんなんだ。いきなり突っ込んできたあの真っ赤な戦闘リグは。
――戦闘リグ?
どこかで聞いたような響きに、ふと、ツヴァイトの頭に嫌な予感がよぎる。
『いっ、た、たたたぁ……ああんもぉ、お尻ぶつけちゃったじゃないっ』
聞こえてくるのは、女の声。たぶん、あのリグのパイロット。
『そこのあなた! レイヴンね!? マッスル!』
マッスル? いきなり声をかけられて、ツヴァイトはまともに動揺する。頭の中から覚えていた単語を引っ張り出し、
「と、トラクター?」
『よかった、やっぱりあなたが例のレイヴンだったのね!』
要するに暗号である。要人が本人であるかどうかの。マッスルトレーサーというのはもちろんMTのことだが、それの、すこしアルファベットを打ち間違えたやつを、符合にしていたわけである。それを知っていながらも、女の子がいきなり筋肉なんて叫ぶから、気でも触れたのかと思ってしまったが。
しかし。と、いうことは。
『わたしが救出ターゲットです! とりあえずー、これ動かなくなっちゃったから、そっちのコックピットに乗せて!』
……やっぱり。
ツヴァイトはがっくりうなだれて、小さく小さくぽつりと呟いた。
「やっかいなことになりそうだぜ……」
『ん? なんか言いました?』
「いぃえぇ、なーんにもォ」
「そこかっ!」
ツヴァイトは身を乗り出して、操縦桿のトリガーを引く。放たれたパルスライフルのリング曳光弾が、角から顔をのぞかせた、最後のナースホルン・タイプをぶちぬいた。そしてぷにぷに。
「さわるな! ばか! すけべ! つまりセクハラは厳禁ということ!」
……思いもかけない方向から、反撃が飛んでくる。
思いもかけない方向というのは、自分の膝の上である。反撃というのは女の子のビンタである。
「ああんもぉ! 狭い!」
「ったりめーだ! ACは一人乗りだぞっ!」
さっきから、ツヴァイトの膝の上にちょこんと座って騒ぎ立てているのは、あのぶち壊れた戦闘リグから這いだしてきた女である。
ド派手なピンク色の髪をした若い女――まだ20代前半といったところか。たぶんここの職員から奪ったのであろう、だぶついた紺色の制服を着ている。たしかに、ちょっとばかりかわいい女の子ではある。それは認める。しかし。
「あなたちょっと降りなさい! もしくは縮みなさい!」
「無茶言うなよ!? うだうだ言ってると、ほっぽりだして装甲板にくくりつけるぞ!」
……やっかましいことこの上ない。
人のACに勝手に上がり込んで、人の膝の上に座っておいて、まだぶちぶち文句を言うなんてどういう神経をしているのやら。だいたいなんで膝の上に座るのだ。たしかに、お尻の感触がぷにぷにしていて気持ちいい。それは認める。
そこで、どさくさまぎれに、胸やふとももを触ってやるのである。狭いうえに密着しているから、操縦桿を操作しようとおもうと、どうしてもそうなるのである。これは不可抗力、しかたがない必要悪なのである!
ということにしておく!
さて、警備のナースホルンもあらかた片づけたし、目指すシャトルポートまではあと少しだ。この女の話によると、そこにはACを格納可能で、手動操作のきくシャトルが、何機かあるらしい。それを奪って逃げようというわけだ。
何から何まで奪って済ませる、サバイバル性に富んだ女の子である。
二人乗りのせいで多少ぎこちない動きになったヴィーダーは、なんとか最後のゲートにたどりついた。ドアロックなどものともしない。プラズマトーチでぶちやぶる。
ゲートの向こうは、目的のシャトルポートだった。崖をくり抜いてつくられた大きな窓の向こうに、白み始めた空の青が見える。カタパルトには一機だけ、確かにACを格納できる、大型のシャトルが残されている。
それを見るなり女は膝の上で飛び上がり、
「あったわ! 中へ、はやくっ」
「わぁかったから動くなっ! 動きにくいっ」
その時、ポートのなかにレッドランプが灯る。そこら中から、生身の警備員がわらわらと飛び出してくる。その手には、対AC/MT用の、トリモチ・ベークライト・グレネードが握られている。これはまずい。下手なACよりタチが悪い。
ツヴァイトは迷わず、足元めがけてパルスライフルの弾を放った。床に着弾した曳光弾が弾けて、一際まぶしい光を放つ。パルス曳光弾の放つ強烈な光は、生身の人間相手なら、スタングレネードとして使用可能なほどの明るさなのである。
狙い通り、警備員たちはそろいもそろってのたうち回っている。
「いまのうちっ」
再び身を乗り出して、ツヴァイトはペダルを踏み込んだ。ブーストダッシュでシャトルに近付き、一気にその後部ハッチの中に滑り込む。身を乗り出した時にまたおっぱいやら人には言えないような場所やらを触ってしまったと見えて、女がきゃーきゃー悲鳴を挙げているが、今は気にしている暇はない!
急いでヴィーダーを膝立ちにする。そのままツヴァイトの指先がコンソールを走り、コックピットハッチの開放をコマンドした。コアを包んでいた装甲板が開いて、狭いコックピットに生ぬるい風を送り込んでくる。
「出るんだ、急げ!」
女はこくりと頷き、ワイヤーを伝って外に飛び出す。つづいて降りようとしたツヴァイトを押しとどめ、
「操縦はわたしにまかせて。あなたはここから援護射撃をお願い」
なるほど、合理的だ。
ツヴァイトは女に頷き返すと、女が降りるのを待ってからヴィーダーを再起動した。パルスライフルを両手に構え、開いたままのハッチの外に狙いを定める。やがてシャトルのエンジンが唸り声をあげはじめ、小さな振動がヴィーダーごとツヴァイトの体を揺らした。
ヴィーダーは、手近な拘束具に機体を絡め、Gに備える。
瞬間、シャトルは大空へ飛び立った。
(つづく)