「くそっ、逃げられた! 追撃だ、シミターを出せ!」
ヴィーダーのめくらましを喰らった警備員の一人が、まだチカチカする目を擦りながら、半狂乱で命令を飛ばす。しかし間に合わないか。あのシャトルに追いつくにはWIG巡行ユニットを装備させなければならないが、装備を換装している暇は――
と、そのとき。
ヴィーダーがぶちやぶったゲートをくぐり、一機のACが姿をあらわした。
真っ白なボディ。細長い腕。尖ったコア。頭部パーツは完全に破壊され、装甲板が何枚も剥がされて無惨な姿を晒すAC。
「ヴィクセン……! スティンガーか!」
「殺してやる……」
スティンガーは、いつ機能停止してもおかしくないヴィクセンを巧みに操り、空の彼方に見えるシャトルに、狙いを定めた。頭部のメインカメラがないせいで、シャトルの姿はおぼろげにしか見えない。しかし。
乗っているのだ。あのシャトルに。俺をコケにしたあのレイヴンが。
ヴィクセンのコア内蔵プラズマカノンが、青白いアーク電流を放ち始める。このカノン砲なら、ここからでも十分、シャトルは射程圏内だ。
拡大されたシャトルの映像に、FCSのロックオンマーカーが収束し――
「殺してやるぞっ!」
スティンガーは、引き金を引いた。
あの白いやつは!
加速が落ち着いたのを感じると、ツヴァイトは開いたハッチから、秘密基地のカタパルトを睨み付けた。いまこそヴィーダーの優秀な測量機能が役に立つ。鮮明なカタパルトの映像には、半壊した真っ白なACの姿が映されている。
間違いない。あの独特なフォルムは、ヴィクセンである。
あれだけ傷ついてまだ動けるとは。クローム製品の頑丈さには恐れ入る。
「まずいな……あのカノンなら」
ツヴァイトの脳裏を、嫌な予感が駆けめぐる。両脚でしっかり踏みとどまり、こちらを正面に捉えるヴィクセン。その鋭く尖ったコアから、青いアーク電流がほとばしる。
やはり!
あんなものを喰らったら、このシャトルではひとたまりもない! かといって、あの女に知らせて回避運動を取らせるには時間が足りなさすぎる。
どうする?
額に滲む冷や汗。ツヴァイトはシャトルの中を見回した。なにか使える物は……
ふと目に入る、開かれたままのハッチ。
「これだっ!」
ツヴァイトは思うがはやいか、ハッチに歩み寄った。ヴィーダーが左手を振り上げ、ハッチの蓋にあたる部分を、プラズマトーチで切り裂いていく。鎖線を書くように、点々と切れ込みを入れて……
モニターに灯るレッド・アラート。
ツヴァイトは反射的に、遥か遠くのヴィクセンに目をやる。放たれた青い光。プラズマ砲弾。必殺の破壊力を持ったそれが、みるみるシャトルに迫ってくる。ツヴァイトは大きく息を吸い込んだ。
「派手にいくぞぉっ!」
タイミングを見計らい、ヴィーダーが一気にプラズマトーチを振るう。
シャトルから切り離されたハッチの外壁。ヴィクセンの放ったプラズマ砲弾が、浮遊するそれに着弾し、はじけ飛ぶ。
爆発の青い光がほとばしり、それが収まった後には、粉々に砕け散ったハッチの残骸と、僅かな傷だけで助かったシャトルが残されていた。
秘密基地のカタパルトはもう、ヴィーダーでも探知できないほど離れた所にある。これ以上の追撃はしてこないだろう。
ツヴァイトは溜息を吐くと、疲れた体をシートに投げ出した。
あのヴィクセンのパイロット。スティンガーとか言ったか。
執念深いわ射撃は正確だわ。とことん敵に回したくないタイプの男である。
「やっかいなことになりそうなわっ!?」
その時。
いきなりシャトルががくんと揺れた。
自分の足で走るのも、一体何時間ぶりだろうか。凝った肩をごきごき鳴らしながら、ツヴァイトはシャトルのコックピットに駆け込んだ。
キャノピーの向こうには、目の覚めるような青空。そして眼下に広がる一面の荒野。殺風景だが、きょうび地上はどこもこんな具合である。それはまあ、いいのだが。
なんだ。あのいかにもがんばってますよってな具合で操縦桿を握っている、冷や汗だらだらのピンク髪は。
「おいおい、なんか変な揺れかたしてんぞ。ほんとに操縦できんのかよ?」
ツヴァイトは、冗談のつもりで言ったのである。
それなのに。
女は、ぎぎぎーと音をたてながら、ぎこちなく首をこっちへめぐらせた。
「た」
た?
「たぶん……」
ぴきっ。
世界が凍り付いたような気がした。
「まてええええっ! たぶんってなんだたぶんって! 操縦やったことあるんだろ!?」
「バカにしないで! あるわよ!」
「免許はっ!?」
「いやその、おっかしーなーフライトシミュは得意だったんだけどー」
「ゲームかよ!!」
ふと目に入るキャノピーの外。なんだか地面の傾きがおかしい。慌てて計器を確認すれば、高度計の数値が絶賛急降下中!
「おいおいおいおい高度が落ちてる高度がっ」
「それはよかったわっ! 天国から遠ざかってるってことですね!」
「うまいこと言ってるばあいかあああああッ!」
「あら? なんだか風景が回転してますことよ?」
「こっちが錐もみ回転してんだっていうかおまえ現実から逃げてるだろ!?」
「ああー母なるだーいーちーがそこーにー」
「歌ってんじゃねえよわあああああ落ちるううううううっ!」
「だいじょうぶよッ!」
あわてふためくツヴァイトの肩に手をのせて、女はあわてずさわがず自信たっぷりにこう言った。
「この高度からなら、苦しまずに逝ける!!」
「逝くな―――――ッ!!」
そして。
一面の荒野に、ちっちゃな砂埃が舞い上がった。
シャトルは、なんとか砂漠に胴体着陸。
ハッチから投げ出され、逆さまになって砂の中に埋もれているヴィーダーの上を、砂漠のとかげがぺたぺた這っていく。
惨状である。
ツヴァイトは、斜めに傾いたコックピットの床に、ボロ雑巾かなにかのようにひっくり返っていた。もーやだ。帰ってエーアストをどつく気力もない。こんな仕事もーやめたい。そんなことを考えながら。
くちゃくちゃに乱れたピンク髪を揺らしながら、女がぴょこんと顔をのぞかせた。シートの背もたれによりかかり、床に転がるツヴァイトを見下ろす。
「なんとか、無事に助かったわね」
「……どのへんが無事なんだ」
「細かいことはいわないっ」
そして女はにっこり微笑む。
「わたしは、スミカ。スミカ・ユーティライネン。アンバークラウンのレイヴンよ。あなたは?」
「……ツヴァイト」
「そう。よろしくね、ツヴァイト」
スミカがすっと手を伸ばす。
「助けてくれて、ありがと」
その笑顔は、まるであの眩しい太陽のよう。
渋々、ツヴァイトはその手を握り返す。
――やっかいなことになりそうだぜ。
ツヴァイトは人知れず、そっと溜息を吐いたのだった。
少女は、全てを見ている。
どこか遠い場所から、ここと重なりながらここではないどこかから、じっと世界を見つめている。
男達の世界を見つめている。
あざ笑っているわけではない。哀れんでいるのではない。喜んでいるのでもない。
ただ、じっと、冷たく、淡く。
少女は、全てを見ている。
まるで儚い亡霊のように。
to be continued.