「実家に帰らせていただきます!」
スミカみたいなセリフを叫んだのはツヴァイトである。エレベーターで上に上るや否や、つかつかとヴィーダーの方へ歩き出す。必死に腕にすがりつくスミカをずりずり引きずりながら。
「あーんちょっとおー! もう少し話きいてよー!」
「うるせえきいてられるか! 何が女の子だからだふざけんなっ!」
「ピンクはコーラルの色なのよ! テレビでやってるでしょ珊瑚の少女コーラルライン! 変身してドリルで戦う魔法少女なんだから! いまはやりなのよちょーかっこいいのよそんなことも知らないのうっわーやっだーおっくれってるゥー?」
「意味わかんねえよ!? だいたいあんな色の機体で出撃してみろ、百キロ先からでもあっというまに見つかるだろうが!」
「それはまあ、おいといて」
「置くな!」
「なによなによっ! いいじゃない色くらい、趣味なんだから!」
ちぇっ、とツヴァイトは舌打ちを一つ。
いきなりスミカを腕から剥がし、その胸ぐらをひっつかんだ。真剣で鋭い、ツヴァイトの視線。さっきまでとはうってかわって、低く押し殺した声でツヴァイトは言った。
「じゃあ、オレはおまえの趣味で、命を危険にさらすってのか?」
スミカが息を詰まらせた。瞬間、その目に怯えたような、後悔の色が走る。
もうこれ以上言う必要はなさそうだった。ツヴァイトはスミカの胸ぐらから手を放した。数歩たたらを踏んでスミカは立ち尽くし、悔しそうに俯いた。
……ちょっと、きつく言い過ぎたかな。
後悔がツヴァイトの頭を駆けめぐる。どうも苦手である。こうやって涙目になってただ俯いている女の子というのは。間違ったことは何一つ言っていないつもりなのだが、なぜか、自分が悪いことをしたような気分にさせられる。
「色のことは、その……」
スミカがようやく顔をあげ、ぽつりと呟いた。
「でも、報酬はちゃんと払うから……お願い、わたしには、あなた以外に頼る人が……」
他に頼る人がいない、か。
それは確かにそうだろう。有明を回されるほどムラクモに深く取り入ったレイヴンなんていうのは、ネストからみればネストを仲介しない直接契約を結びかねない厄介者、他のレイヴンからすれば妬みの的だ。かといってムラクモは、レイヴンなど使い捨ての便利なコマくらいにしか思っていないだろうし。
孤立無援。辛い立場だろうとは思う。
だが、それなら、ツヴァイトは一体誰を頼るというのだ?
「悪いな」
ツヴァイトは正直なところを口にした。
「あのスティンガーとかいうのが出てきたら、次は勝つ自信がねえんだ。もっと腕のいいレイヴンを見つけてくれ」
それが、本音だった。
一回目だからこそ通じた奇策もあった。スティンガーの腕と、ヴィクセンの性能に、二度と勝つ自信は、正直な所全くないのだった。
ツヴァイトは溜息を吐いて、トラックの荷台のハッチに手を掛けた。さっさと中のヴィーダーを引きずり出して、最初の救出の報酬だけ頂戴して、アイザックに帰るつもりだった。
これ以上ここにいると、情が移ってしまいそうだった。
「ツヴァイト!」
スミカが悲鳴にも似た叫び声をあげる。
「いま、この瞬間も……やつらの実験台になって、苦しんでる人たちがいる。痛みに泣いている人がいるのよ! それを……助けようとは思わないの!?」
ツヴァイトは一瞬ためらい、そしてハッチを引っ張った。
「不器用なんでね」
ハッチは開かない。ずいぶん固く閉められているようだ。今度は両手で取っ手を握り、力一杯に引っ張る。
「他人のことまで……頭がまわら……」
開かない。さらに片足を支柱に引っかけ、腿の力を総動員して渾身の力で取っ手を引っ張る。
「ねぇぇぇぇ……なぁぁっ!?」
……やっぱり開かない。
「なんじゃこりゃあっ! 一体どんだけ固いんだこのハッチはっ!」
「ふ……ふっふっふっふっふ……」
不気味な笑い声が聞こえる。もちろんスミカの笑い声。嫌な予感が背筋を走る。いつぞやにシャトルのコックピットでスミカ自身がそうしたように、今度はツヴァイトがぎぎーと首の筋肉を鳴らしながら振り返った。
「ふっ……ふはははははっ!」
スミカが高く掲げた右手に、燦然と煌めくリモコンスイッチ。
「たぁぁぁわけものめえぇぇぇっ! トラックの荷台は完! 全! にロックさせてもらったわぁッ!」
さっきまで涙目だったと思ったら! まるで悪の大魔王みたいなセリフを叫びながら胸を張る。
「てめえッ! なにしやがる!」
「ほーっほっほっほ! 依頼を受けてくれるまでACは返しませーん!」
「ふっ、ふざけんなよ貸せそのリモコン!」
つかみかかろうとしたツヴァイトをひょいとかわし、スミカはにやりと不適に笑う。そしてシャツの胸元をはだけて、胸の谷間にそのリモコンを挟み込んだ。そのまま再び胸元を閉じる。
「あっ!」
「さーあ奪えるもんなら奪ってみなさい! ほぉーれほれほれ服でもひっぺがしてみますかぁ~やっだーすっけべーへんたいー色欲魔ー」
「こ、こンの野郎ッ……!」
ツヴァイトの握り拳がぷるぷる震える。ツヴァイトの性格を見抜いた見事な戦術である。ツヴァイトは純情である。純情オヤジである。間違っても女の子の服をむりやりひっぺがしたりおしたおしたりなどというハレンチな行為はできない男なのである。なんせついこの間だって15歳の女の子に見事にぼったくられたばかりなのである。
「さぁーってと! 車、出してくるね!」
「……ああ?」
もう怒っていいんだか呆れていいんだかもわからなくなったツヴァイトに、
「買い物、行くの。二人分の食糧、買ってこなきゃ」
スミカは、にっこり微笑んだ。
「ねっ!」
(つづく)