プロジェクト・ファンタズマ   作:外清内ダク

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#02-03 青と緑

 

 

 きゅいぃイイイイん。

 最初は一体なんなのか分からなかったその音が、壊れかけた「陽炎」の駆動音なのだということに気付いたのは、奴の機影を見てからだった。

 アイザック・シティ直上、旧世代市街地ジリエラ・ビル屋上。あの夜、オレは、けったくその悪い依頼を受けて、そこにいた。

 アイザック直上の旧世代市街地は、大破壊以前に作られた古いものだ。大破壊から50年、ずっと放置されていたために、ビルというビルは全て朽ち果て、無惨な姿で永遠の眠りについている。コンクリートとクロムの外壁に這い回る緑の蔦が、まるで優しく包み込む毛布のようだった。

 その中にあって、今なお朽ちていない超巨大ビルがあった。三つの超高層ビルが、お互いを通路を支柱によって支え合っている構造。考え得るもっとも頑丈なその構造のおかげで、大破壊の脅威を辛うじてくぐり抜け、いまなお往時の隆盛を偲ばせる姿を保っている。

 それが、ジリエラ・ビルだった。

 あの夜、オレは、そこにいた。

 危険な場所だった。いかに頑丈な建物とはいえ、50年雨風に晒され、メンテナンスの一つも受けていないジリエラ・ビルは、いつ崩れてもおかしくない状態だった。重量級のヴィーダーがその上で暴れ回るには、いささか心もとない足場といえた。

 崩れれば、上空300mの屋上から、地上までまっさかさまだ。身震いがした。

 だがやらねばならない。

 オレは、奴を止めねばならないのだ。

 「陽炎」が、Cビルに立つこちらの様子をうかがいながら、AビルからBビルに飛び移った。ちょうど正三角形を描く位置にそびえる三つのビルだ。この移動に、位置取りのうえでの意味はほとんどない。まるで、300mの奈落を飛び越えることを、楽しんでいるかのよう。

 やはり、狂っているのか。

 プラス――次世代レベル強化人間の、暴走した実験台を抹殺する。それが今回の依頼だった。依頼主はムラクモ。報酬は格安。まっとうな依頼じゃない。

 それでもオレは、受けざるを得なかった。

 ムラクモの依頼文にあった実験台の名前は、オレのよく知っている名前だったからだ。

 レイヴン・ヴェントゲーエン。

 本名を、クロード・クラインという。

 オレの弟だった。

「クロード!」

 きゅいぃイイイイん。

 オレの叫びに、答えたのは不気味な駆動音だけ。

 レーダーに反応。

「正気に戻れ! クロードッ!」

 なんて虚しい叫びだったんだろう。それは、悲鳴にも似て――

 陽炎が、オレに

 

 

「ツヴァイトっ!」

 それてツヴァイトは我に返った。

 爽やかな音楽と、水着を着た女の子。そういう、ビールのプロモーション・ホロが投影される、スーパーマーケットの一角。気が付いたら、ツヴァイトは冷蔵庫とにらめっこしていたのだった。

「ねえ、聞いてる? トマト缶、取ってきてってば」

 隣には、ピンク髪の女、スミカ。彼女が押してるカートの中には、あれやこれやの食料品がどっさり積まれている。

 ツヴァイトは溜息を吐いた。なんでまた、唐突にあんな嫌な思い出がフラッシュバックしたのやら。

 だが傍目には、ただぼーっと突っ立っていたようにしか見えなかったらしい。通り過ぎていくおばちゃんたちの視線が熱い。いや痛い。なんだかにやにや笑われてるような気がする。

 どうやら、ショッピングを楽しむ女と、むりやりつき合わされてる退屈そうな男。そういうほほえましいカップルの姿に見えているようである。

「……勘弁してくれ」

「なに?」

「いや。トマトだな?」

 肩をすくめてツヴァイトは缶詰コーナーに向かう。その背中にスミカの大声が届いた。

「カットのほうねー!」

 わかった、わかったからそんなに大声出さないでくれ。なんとなく縮こまりながら、ツヴァイトはこそこそとカットトマトの水煮缶を取ってきた。

 そのときふと、自分が何をしようとして冷蔵庫の前に立っていたのかを思い出した。ビールを買おうと思ってたんだ。見れば、ちょうどスミカが冷蔵庫の前あたりで、牛乳のパックを手に取っているところだ。

「おい、ビシャモン・ドライの青も入れといてくれよ」

 ビシャモン・ドライは、緑のほうが苦い奴で、青のほうがすっきりした奴だ。ツヴァイトはどうも、いかにもビールビールした苦い奴は苦手なのである。

 その時だった。

 スミカが弾かれたように顔を持ち上げた。そして冷蔵庫に並ぶビシャモン・ドライの青と緑を見つめ――

 そして、何も取らずに逃げるように肉売り場へ向かう。

「ああ?」

 取り残されたツヴァイトは頭を掻きながら、自分で冷蔵庫に歩み寄り、ビシャモン・ドライ青のロング缶をつまみ上げる。

「なんだよ……取ってくれたっていいじゃねえの」

 

 

 うずたかく積み上げられたキャベツの山を一つ一つ手に取り、熱心に品定めをする。いちばん中身が詰まっていて新鮮そうなのをようやく探し当てると、それを脇に抱えた籠に入れ――

 そこではたとスティンガーは気付いた。

「……何をしているんだ、俺は?」

「買い物でしょ」

 隣のエリィが、鼻にひっかけたミニグラスをいじくりながら、ジャガイモをまじまじ見つめ、スティンガーの持っている籠に放り込む。

 例によって居眠りしていたところをたたき起こされ、まだ意識もはっきりしないうちに連れ出され……気が付いたらスーパーマーケットで買い物の手伝いをしているのだった。

 血の臭いがぷんぷんする怪しげな男と、化学薬品の臭いを放つ怪しげな女。奇妙なカップルがここにも一組。通り過ぎるおばちゃんたちの視線が熱い。いや痛い。

 スティンガーは、スーパーマーケットなどという場所が苦手である。むやみに人がたくさん集まるし、子供や女性ばかりでどうにも場違いに思えてならない。こういう場所に来ると、周囲の視線が気になって仕方がないのである。それはとてもとても面倒なことだ。

 案外、小心者なスティンガーだった。

「どーせあなた、ほっといたらロクなもの食べないでしょ。あなたの体調管理もわたしの仕事ですから。責任持って手料理つくらせていただきます」

「このあいだ、おまえのカレーを食べて死にかけた」

「あっ……あれは、その、ちょーっとカレー粉と赤リンを取り違えただけじゃないですか!」

 それはちょっとの取り違いなのか。スティンガーは大きく溜息を吐いた。

「過ぎたことをとやかく言うなんて男らしくないですよ。そもそも女の子が手料理つくってあげてるんだからウソでも喜びにむせび泣くのが男の義務ってもんです。たとえその結果死に至ろうとも!」

 無茶苦茶な理屈である。そんな面倒な義務があってたまるか。

 と、その時。

 一人の男が、棚の向こうから姿を現した。男はエリィの隣まで歩み寄ると、棚に並んだジャガイモをまじまじと見つめた。かと思うと、やおら顔を持ち上げ、声を張り上げ、

「おぉいスミカー! ジャガイモ二種類あんだけどー?」

 スティンガーとエリィは二人揃って凍り付いた。

 どこかで聞き覚えのある声。

 スーパーのどこかから、高い女の声がそれに応える。

「メークのほうー! はやくもってきてー!」

 やっぱり。

 男は、ジャガイモがいっぱいに詰まったビニール袋を持って、棚の向こうに消えていく。男の姿がすっかり見えなくなってから、スティンガーはぽつりと呟いた。

「……聞いたか」

「はい……」

「奴だな」

「たぶん……」

「今の男の声にも聞き覚えがある」

「だいたい想像つきます……」

 間違いない。

 スミカ・ユーティライネン。もとはウェンズディ機関に所属していた強化人間のレイヴンで、機関を裏切り、実験台にされた女。昨日脱走したばかりの女。

 そしてもう一人。ついさっきまで、エリィの隣にいたあの男。

 スミカの脱走を手助けした、レイヴン。

 スティンガーの愛機ヴィクセンを、再起不能になるまでたたき壊してくれた、あのレイヴンだ。

 スティンガーは手にした籠をそっと床に置くと、慎重に棚の影から向こうの様子をうかがった。並んで歩いている男女が見える。一人は派手なピンク色の髪をした女――スミカ。そしてもう一人の背の高い男が、さっきのレイヴン。

 スティンガーは懐に手を入れる。指先に銃把の固い感触がある。

「うわあ、ほんとにスミカだ……何してるのよこんなところで」

 くっついてきたエリィが、スティンガーと同じようにそっと様子をうかがっている。

「買い物、だな」

 スティンガーは鼻息を吹いた。

「おい、本部に連絡しろ」

「しますけど……わたしたちはどうするんです?」

 スティンガーは顔を引っ込めると、ひょいと肩をすくめた。

「仕事は、他人に任せるより、自分でやったほうが面倒がなくていい」

 懐から電話を取り出していたエリィが、目をしばたたかせた。

「そう思わないか?」

 

 

(つづく)

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