「……あれ、が。別時間軸の、私」
センジョウから話を聞いて、その存在を聞いていたユウカだったが、実物を見れば────その違和感たるや、口で言い表せるものではなかった。
服装、表情、武器に至るまで、そのどれもが異なっているのだから、ほとんど他人の様なものなのに。なぜかそれが『早瀬ユウカ』であると、どこか理解してしまう。
そして、その存在が証明することは。
「……あなた達は、別の世界の、別の時間軸の『私達』なのね」
ユウカの問いに、黒い服の『A.R.O.N.A』が静かに頷く。
「一部肯定。彼女は確かに別時間軸の『早瀬ユウカ』であり、私は『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOSの『A.R.O.N.A』です」
そして、『A.R.O.N.A』はその後、こちらの世界の『先生』の姿を見た。
「────回答。それはここが『状態の共存』を維持している『アトラ・ハシースの箱舟』の内部であるためです。……この、『ナラム・シンの玉座』は、次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う混沌の領域」
「そして、こちらの『A.R.O.N.A』には、留まるべき『教室』がない。けれど、この空間を『Nuill-Vana』を介して『キョウカ先生』が定義することで此処に実在させられているのよ」
此処に居ない誰かの問いに答えるように、二人は言葉を返す。
「……誰と話しているのか。という顔ね。……私たちは今、あなた達の先生の持つ『アロナ』と会話をしていたのよ」
『アロナ……。私のような存在が、先生にもいるんですね』
ナルの言葉に、『早瀬ユウカ』とA.R.O.N.Aが不審そうな顔をする。
「────私たちからすれば。貴方こそ不可解な存在なのだけれどね」
『……私が、ですか?』
「ええ。そうよ。私達の知る限り、『Nuill-Vana』に自立型のAIなど存在しない。……シッテムの箱におけるA.R.O.N.Aの様な存在であることは、これまでのやり取りの中で推測はつくわ。…………けれど、どういう経緯で誕生したのか、どういう経緯で此処に居るのか。その理由は皆目見当もつかない」
もっとも。とユウカは続ける。
「これから終わりを迎えるあなた達の要素の一つでしかない以上。追及する意味も、その要因を分解して解析する必要もない」
「『早瀬ユウカ』の言葉に同意します。……私はあくまで、『シッテムの箱』の所有者であるキョウカ先生を助け、サポートするだけの存在」
A.R.O.N.Aの言葉に、男は、震える声で問いかける。
「────シッテムの箱の所有者が、『先生』が……『プレナパテス』だというなら、どうして、『キョウカ』の名前が、出るんだ……?」
『早瀬ユウカ』も、『アロナ』も、この場にいるのは、『別時間軸の同一存在』のはずだ。
なら、なぜ、その所有者が。彼女たちの『先生』は、『自分』では、ないのか。
「────一部肯定。確かに、彼女は連邦捜査部『シャーレ』の顧問です。しかし」
「貴方は……『蒼井キョウヤ』は、我々の時間軸では、『先生』が赴任するよりずっと以前に。死亡しています」
「……俺が、赴任前に、死亡、してる…………!?」
A.R.O.N.Aの言葉に、男──『蒼井キョウヤ』は、大きく動揺した。
「ええ。私達の世界では、『蒼井キョウヤ』を失った『蒼井キョウカ』が『先生』としてキヴォトスへと赴任してきた。……そして、『プレナパテス』も、既に死んでいるわ」
『早瀬ユウカ』が、追い打ちをかけるように事実を告げる。
「────先生を殺したのは、私だから」
「私が、先生を……?」
「ええ。先生を殺したのは、『
「────待てよ」
とうとうと言葉を語る『早瀬ユウカ』に、センジョウは真剣な表情で割り込んだ。
「俺は。俺はどうなったんだ」
────そう。彼女たちの話には、『蒼井センジョウ』だけが、出てきていない。
もし、もし、ユウカが自分の家族を殺そうとしたなら、『蒼井センジョウ』が、それを止めない筈はない。
「貴方の話は、もう言ったでしょう?」
そんな彼に、少女は昏い視線を向ける。
「私たちの知る貴方は。全部を捨てて、どこかへ消えた。……キヴォトスも、生徒も、先生も」
「────私の事も」
「……どうして、俺が……?」
「さあ。知らないし、分かりたくもない。……分かったところで、何も変わらないもの」
『早瀬ユウカ』は、冷めた瞳でその場にいるすべてを見つめて。宣言する。
「ここで終わりにするのが。『私たちの使命』なのよ」
その言葉に呼応するように、『Nuill-Vana Period』が再び蒼く輝き始める。
その場にいる全員が、明かされた真実に戸惑い、混乱と動揺に、判断が鈍る。
それは、仕方の無いことかもしれない。……信じていたものが打ち崩される否定。『死んだ筈の人』が、死体のまま、自らに敵対する衝撃。そのいずれもが、想像を遥かに越えた出来事だった。
それでも。『彼女』は、迷わない。
『────お父さんッ!!迷うのも考えるのも、後悔するのも、後でできます!!!!』
ナルの言葉に、その場にいた全員が『Naill-Vana』へ視線を向ける。
『まだです!まだ、お父さんの『望んだ未来』は、ここにはありません!だから!立ち止まっている場合ではありませんッ!!』
『私は、私は。たくさんの人たちの姿を見て、皆さんの抗い、生きる姿を見て、願いを託し、他者を思う姿を見て、その『心』を学びました!だから、これまで皆さんが言ってきた言葉を……あえて!私はここで皆さんに贈ります────』
『────諦めないで!!』
……ナルの、必死な。心からのその言葉に、センジョウは笑みを浮かべる。
「……子供にこういわれちゃ、親としては、格好つけないわけにはいかないよな?」
「そうね。ナルの言う通り、まだ諦めるわけには……って、ナル。もしかして……」
『あっ。はい!お父さんにお父さんって認めてもらえました!』
「ん?んん??センジョウ???お父さん今ちょっとスルーできない単語が聞こえたんだけど????」
「あー!あー!!俺は今そんな話してる場合じゃないと思うなーーーーッ!!!!」
動揺と混乱に覆われていた、全員の雰囲気が変わる。
「……引っかかるところはあったけど」
そうして、キョウヤはパシン!と自分の頬を両手でたたく。
「"格好つけなきゃってのは、概ね同意見だしね……!"」
「そういうことだ。……いけるな?ナル、ユウカ」
『はい!もちろんです!』
「そうね。私も一緒に戦うわ」
それぞれは、それぞれの武器を手に、己の『運命』と対峙する。
「……私は。貴方達に同情するわ」
そんな、『希望』に満ちた彼らの姿に、『早瀬ユウカ』は、哀れみの視線を向ける。
「希望を持つから、絶望までの絶対値は大きくなる。……何も知らずに、絶望の泥の中で眠っていれば、大切な人を失う苦しみを、知らずに済んだのに……『A.R.O.N.A』」
「はい。……多次元解釈演算、加速開始」
「『サンクトゥム』、顕現します」
「シュウコさん!大変です!!」
地上、シャーレビルの執務室。『先生』の机に座っている『柳木シュウコ』の元に、一人の生徒が駆け込んできた。
……本来出撃予定のなかったセンジョウが抜けた穴を、なし崩し的に埋めることとなったシュウコは現在、空で戦う彼らの為に、キヴォトス地上を守る、『シャーレの先生代行』の席に着いていた。
「落ち着いて、まずは報告を」
「そ、それが……!」
空が再び赤くなって、とたんに生徒達が混乱を始めた中の報告に、シュウコの頭に嫌な考えがよぎる。
そして。
「────虚妄のサンクトゥムの、目撃情報があります……!!」
それは、現実となった。
「──まずは現状の整理です!目撃情報を纏めてください。パターンを考えるのであれば、今回も6本の柱がある筈です!場所の特定、急いで!」
「は、はい!」
一瞬の思考の後、シュウコは即座に指示を出し、そして、通信回線へと手を掛ける。
「──空崎さん、聞こえますか」
『聞こえているわ。何かあったのね』
「単刀直入に言います。『虚妄のサンクトゥム』が再出現しています」
『先生達は、苦戦しているみたいね』
「…………その、様です」
ヒナの言葉に、最悪の展開が頭をよぎる。
そんな彼女に、ヒナは言葉を投げ掛ける。
『貴方も知っているんでしょう。『センジョウ先生』の事』
「それは……」
『今回は随分時間がかかってるみたいだけれど。……前に進むと決めた彼がいて。そんな彼を後ろから支える『先生』までいるのよ。心配する必要はないわ。……私達がするべきなのは、私達のなすべき仕事を終わらせること』
彼女は淡々と、けれど、冷酷からは程遠い声で続ける。
『帰ってきたあの人達に、仕事を増やしたこと、追求できるように纏めておきましょう?』
「…………」
堂々としたその振る舞いに、シュウコは頬を緩める。……彼女の、言う通りだった。
「……解りました。残業時間の計上はお任せください。ティーパーティーでも似たようなことはありましたので」
『ふふ。頼りになるわね。貴方、ゲヘナの風紀委員会に興味はない?』
「ティーパーティーからの引き抜きですか?それ、政治問題になりますよ」
『『エデン再建の一歩』と言って頂戴。……こちらも『虚妄のサンクトゥム』の捜索に入るわ、後はよろしく』
「はい。……こちらこそ、よろしくお願いします」
その言葉を最後に、シュウコは通信を終えた。
キヴォトスにいる、『みんな』が、戦っていた。
「───誰の許しを得て、こんなところにテメェの領土を主張してやがる」
「気に入らねぇな。ここはオレの『国獲り』の獲物だぜ」
「その無駄に立派な錦の御旗を建てたけりゃ────」
ドッバゴォォォンン!!
「────オレを、『殺して』からにしな」
キョウヤが、『シッテムの箱』を手に取った。
「"センジョウ、ユウカ。……あと、ナル、ちゃん?"」
『はい!ナルであってます!』
「"うん、ここは戦うよ。みんなと一緒に乗り越えよう"」
『……はい!よろしくお願いします!おじいちゃん!』
「"お、おじいちゃんかぁ……!"」
ナルがセンジョウの娘だとするなら、確かにキョウヤはナルにとっての『
そんな一方で、センジョウとユウカは肩を並べ、武器を構える。
「ねえ。センジョウ。……すこし、あの時に似てない?」
ユウカが、ふとそんなことを口走る。
「……ああ。そうかもな」
彼女が何を言いたいのか、センジョウはすぐにわかった。
強大な壁。肩を並べる自分とユウカと、仲間達。
それは──彼が、初めてユウカと共に肩を並べて戦った、『
「なら────貴方は、この戦いの勝率、どう計算する?」
そして、ユウカは。あの日自分に出された『問題』を、彼に返す。
センジョウは、そんなユウカの問いに、ニヤリと笑みを浮かべて、ユウカの顔をみた。
「俺とユウカにナル。加えて、『
「1000%だ」
───最終決戦の、幕が上がる。