「センジョウ!2時の方向!」
「あい……よ!!」
「チッ……!」
センジョウが前線を張り、ユウカが適宜火力支援を行うとともに、戦況を把握し索敵の負担を軽減する。そして、そんなユウカへの攻撃は、センジョウがその身を挺して庇い、攻撃を通さない。
二人が肩を並べて戦うのは、これが3度目だ。
1度目は、ヒエロニムスとの戦闘。動けないセンジョウを、ユウカが守り、攻撃までの時間を稼いだ。
2度目は、アリウス自治区への進軍戦。前線で戦うセンジョウのフォローをユウカが行い、二人で前線を押し上げるような連携。
そして、3度目。センジョウがユウカを守り、ユウカはそんなセンジョウを信頼し、サポートに専念する。
そのどれもが、打ち合わせが合った訳ではない。ただ、互いにできることが、任せるべきことが、なんとなくわかった。それだけだった。
戦況が違い、戦力が違い、戦場が違う。
3度の戦いに、どれも同じ状況などない。加えて、二人が共に戦うのは、一か月以上も久しぶりの話だった。
それでも、二人は視線を合わせる必要すらなく。自然と呼吸を合わせ、互いの不足を補い合うように、『
根拠なんてない。理由なんてない。ただ、センジョウとユウカはの心は一つだった。
『
────たとえ、どれだけ離れていても。どれだけの時間があろうと。『二人が共に過ごした日々』は。これっぽっちも色褪せていなかった。
しかし、それでも、『Nuill-Vana Period』に直撃を与えることはできない。
「……二人、いえ。二人とAIがかりでこの程度?」
『早瀬ユウカ』は、淡々と二人を見つめる。
彼女が余裕なのには、理由があった。
『早瀬ユウカ』の勝利条件は、目の前の彼らの妥当ではない。『キヴォトス』の滅亡だ。そのために必要なサンクトゥムは顕現しているし、時間さえあれば彼らの希望である『本船』も破壊される。
故に、ただ適当に相手をして、足止めをして、彼らを進めさえしなければ、それでよかった。
──はずだった。
「……これは」
A.R.O.N.Aが、わずかな困惑を示した。
「セキュリティシステムの破壊を確認……ウトナピシュティムとの接続が、解除されました」
「……まさか」
その言葉に、『早瀬ユウカ』は、キョウヤの姿を見る。
「"『みんなで』勝たせてもらうよ"」
────センジョウとユウカの戦闘自体が、囮だった。
前線を二人に任せることで、キョウヤはウトナピシュティムに残る生徒たちと連携をし、船のコントロールの奪取、およびサンクトゥムへの対抗策を進めていたのだ。
「A.R.O.N.A」
「……様々なプロセスからのアプローチを試みましたが、どれも実現は困難です。サンクトゥムの演算、および、ウトナピシュティムの本船の破壊は実現不可能です。加えて、『アトラ・ハシースの箱舟』の『自爆シーケンス』が準備中。該当シーケンスが起動した場合──」
「説明は十分よ」
『早瀬ユウカ』の問いに、A.R.O.N.Aは静かに答え、彼女はその言葉を遮った。
それは、つまり──『早瀬ユウカ』たちの作戦が失敗に終わったことを意味していた。
『早瀬ユウカ』は、大きく息を吸い込み……、大きな、大きなため息を吐いた。
「本当に……忌々しい!!」
彼らの姿に、『早瀬ユウカ』は苛立ちを隠さない。
「ここで私達の邪魔をしたところで、私と『
「────蒼井、センジョウ」
ギリギリとこぶしを握り締め、『早瀬ユウカ』は、センジョウを見た。
「貴方もそう。どうして、どうして諦めないの……。どうして、すべてを捨てない?貴方には、そういう楽な選択肢だってあるでしょう……!全部を捨てて諦めて逃げて遠ざけて目をそらして忘れて知らないふりをして!そうすれば何一つだって辛い思いをしなくていいのに!!どうして、────どうして!!」
「『
「どうして────私の前に、立ちはだかるの!!!!」
怒りとも、憎しみとも、嘆きともとれる『早瀬ユウカ』の声に、ユウカは表情を暗くする。
「────私も、貴方の気持ち。少しはわかるわ」
もし、あのまま。喧嘩をして別れたまま、センジョウと二度と会うことがなかったのなら。
もし、あのまま。心の折れたセンジョウが、開き直るように全てから逃げ出していたら。
もし、あのまま。破壊する自分を受け入れて、戦いの中でだけ生きるようになってしまったら。
きっと────『
いつかのあの時。傷つき、孤独に震える、幼い子供の様な彼を、そっと抱きしめた、あの時。
私は、『先生』に、『センジョウに甘えすぎだ』と。そう言った。
いつの間にか、私も『センジョウ』に、甘えていたんだ。
私からも、彼からも、私たちの関係を言葉にしないで。ただ、なんとなくお互いを理解した気持ちになって。曖昧で、当たり障りが無くて、砂糖菓子の様に甘い、あの日々に。
甘えていたんだ。
そんな日常が、ずっと続けばいいなんて。なんとなく、そんなことを思っていた。その一瞬が、繰り返される『日々』が永遠に続くかのように、思えていた。
「でも」
この世界は。数字じゃない。計算の答えみたいに簡単でもなければ、定められた定理や定義の様に永遠に変わらないモノなんて。なにも存在しない。
人も、関係も、立場も、環境も、世間も、世界も。
ずっと、ずっと、繰り返しのような毎日の中で、でも、確かに少しずつ変化を続けている。ずっと変わらない『答え』なんて、ありはしない。
だから。
「私は、貴方とは違うわ」
その『違い』を、『変化』を、『成長』を。受け入れて、知って、学んで、理解して。少しずつ、少しずつでも。前に進んでいかなくちゃいけない。
ましてや、『ともに歩んでいきたい』と思える相手がいるなら。
──自分も、『
「私は────」
だって。私は。
「────────『
ユウカは、不敵な笑みを浮かべて『
「貴方みたいに。『
その言葉に、『早瀬ユウカ』は歯を食いしばる。
「そんなの」
バイザーで覆われた瞳に何が映っているのか。皆目見当もつかない。──けれど。
「不公平すぎる……!」
彼女は、泣いていた。
「どうして、どうして私は失って、貴方は取り戻して。私は苦しまなくちゃいけないの……?」
震える声で、バイザーの下からぼろぼろと涙を零す。
「こんな感情。こんな、怒りも、憎しみも、不満も、嫉妬も──因数分解なんて、できるわけない!!」
だから。彼女は吠える。……解の出ない答えを、探し求めて。
「だから私は!全部壊すの!全部、お終いにするの!そのために────」
「────私の『
彼女の叫びが、空間に木霊する。
「────指示を確認。『シッテムの箱』の演算支援を中止。戦闘支援モードに切り替えます」
「"アロナ──ッ!!"」
それに応じるように、『先生』が戦闘支援の体制へと入り────『大人のカード』を、互いに取り出した。
「"やっぱり持ってるよね……!"」
「どんなに抗っても無駄よ。ぬくぬくと平和な日常を享受していた貴方たちと『私』では────覚悟も、『経験』も違う!」
彼女の声に、想いに、嘆きに共鳴し、『Nuill-Vana Period』が禍々しくも怪しい美しさを放つ蒼紫色の輝きに包まれ、全身から同じ色の粒子を放出し始める。
────文字通りの、全開だ。
「"それならこっちは家族パワーだ!!親子三代の絆を見せてやるぞ!センジョウ!ナル!ユウカ!"」
『はい!行きましょう!みんな!』
「ああ、行こうぜ、ユウカ!」
「誰一人として血は繋がってないけどね……!」
キョウヤの言葉にユウカが苦言を呈しつつも、彼らも戦闘態勢を整える。
「"ユウカ!ここから先はセンジョウと並んで前に出て大丈夫だよ!私が君の力になる!"」
「『大人のカード』の力、ですね。……分かりました。無駄遣いは厳禁ですよ、先生!!」
『大人のカード』により、この『物語の法則』から外れた力──言い様によっては、『神』にも匹敵する力──の後押しを得たユウカが、センジョウと、ナルに並ぶ。
どちらが支えるでもなく。どちらが守るでもなく。
共に、肩を並べて。
「全員まとめて────『
『絶望』へ。挑む。
「『Nuill-Vana』ァ!!!!」
『早瀬ユウカ』の叫びと共に、蒼紫の波動が『Period』から放たれた。
「ナル────ッ!!」
『任せてください!!』
それに対抗し、『Naill-Vana』の全身が山吹色に輝きを放ち、波動とぶつかり合う。
『終焉』を望む嘆きと、『未来』を求める叫びが。空間を大きく揺らす。
『終わりになんてさせません……まだ終わりません!私たちの過ごす日々は、未来は!私たちの手で守り抜いて見せます!』
『Naill-Vana』の放つ輝きは、人の心の光。明日を求め、未来へ、求めた『先』へたどり着くための力。
その力は、『Period』の持つ『すべての物語を終焉へ』導く力と拮抗し、相殺し、中和していく。
そのどちらが勝るでもなく、劣るでもなく。その『力』は、完全に互角だった。
故に、ここから先は────意地の、張り合いだ。
「合わせろよ、ユウカ!」
「言われるまでもないわ!」
ナルが『Period』の現実改変能力を抑え込んでいる間に、センジョウとユウカが『早瀬ユウカ』へと向かって走り出す。
「二人がかりで来たところで……!」
『早瀬ユウカ』は、それに対し、腕部に備えられたガトリングを放つ。
「今の私に攻撃が命中する確率は────」
しかし、ユウカはその銃口と弾道、弾速を予測し、自身の進行ルートを即座に組み上げる。
「極めて低いッ!」
軽やかにステップを踏むように左右に体を躍らせ、狙いを定めさせないように距離を詰めてゆく。
そうして、それにより前線が押し上げられれば、当然彼にチャンスが回ってくる。
「ターゲットロック……ファイア!!」
ユウカの背後から飛び出したセンジョウは、チャージされたエネルギーを左腕のマシンガンから打ち出した。
「くっ……!」
強力な一撃を察知した『早瀬ユウカ』は、行っていたガトリングでの射撃を中断し、回避のために後方へと飛ぶ。
しかし、ユウカはその隙を見逃さない。
「まだ終わらないわよ!」
攻撃が中断されたのを確認すると、即座にロジック&リーズンを両手に構え、全火力を彼女へと集中した。
「そんな豆鉄砲で……!!」
『早瀬ユウカ』は、その攻撃に対し、即座に自身のパルスフィールドを展開し、その弾丸のすべてを遮断する。
「ランサーモード!!」
立て続けに、センジョウがパルスブレードを槍の様に構え、その盾をめがけて、翼をはためかせて高速で飛翔した。
しかし、その一撃は彼女に届くより早く、その『パルスブレード』へと阻まれる。
バヂバヂと、独特の干渉音を出しながら、両者の剣が鍔競り合う。
「──戦況の変化を確認。支援を開始します」
そんな中、A.R.O.N.Aの声が響く。プレナパテスが、タブレットを操作すると、即座に『Nuill-Vana』の手元へ、一丁のライフルが現れる。
「『マグナム』かッ!!」
空で見た、規格外の火力を持つ、艦砲射撃級の装備の出現に、センジョウは息をのんだ。
『お父さんッ!』
即座にナルが反応し、エネルギーラインの一部から、山吹色の粒子が塊となって射出された。
衝撃を伴う一撃は、『早瀬ユウカ』にダメージを与えるには程遠いが、その姿勢を崩すだけの斥力を生み出した。
突き付けられる銃口を、センジョウは即座に蹴って、上へと逸らす。
バギューン!!
放たれた弾丸は、アトラハシースの内部を貫通し、一撃で風穴を開けた。
「"センジョウ!ユウカ!あれは食らったらまずい!"」
「見れば分かりますよ……センジョウ!!」
「問題ない!お前に向けては撃たせねぇよ!」
距離を取れば、リロードの隙を与えることにもなる。しかしそれは、『早瀬ユウカ』の狙い通りでもある。
「貴方ならそうするわよね。直撃なんてさせられない。……だから、至近距離戦に持ち込むしかない」
「チッ……!やっぱりそれが狙いかよ!」
空中へと逃げる『早瀬ユウカ』を追い、センジョウは羽を羽ばたかせる。
しかし、それはユウカにとっては手の届かぬ戦場であり、同時に、火力支援をしようにも、至近距離戦を持ち込まれている以上、誤射のリスクが高すぎた。
擬似的な分断による各個撃破。それが『早瀬ユウカ』の判断だった。
『ナラム・シンの玉座』の中空を、2機のマシーンが高速で飛び交い、交差と共に互いを切り結ぶ。
「これじゃ……!」
あまりの速度に、狙いを定める事もできず、ユウカはただ備えることしかできない。
だが。
「ユウカ!!」
そんな彼女に、センジョウが声をかける。
「ゲーム開発部!」
たった、それだけ。高速で繰り広げられる戦闘の中、センジョウが出せた声は、それが精一杯で。
そして、それで十二分だと、確信していた。
「──無茶苦茶するわね、ほんと!!」
一瞬の思考の後、センジョウの言葉の意味を理解したユウカは──プレナパテスへと走り出した。
「……!?」
既に一度、プレナパテスへの攻撃を試み、それが無意味であることを理解している筈のユウカが、射程圏よりさらにプレナパテスへと近づいて行く姿に、『早瀬ユウカ』は驚きの表情を浮かべる。
理由はシンプルだ。
──自分なら、この瞬間、その行動に意味がない筈がないからだ。
一体、どんな手段が、どんな算段があるのかわからない。
だが、もしそれでプレナパテスがやられてしまえば──
「させない……!!」
『早瀬ユウカ』は、即座にセンジョウを蹴り飛ばすと、ユウカへ向けてマグナムの引き金を引く。
だが、既に一度見た攻撃で。それが、とっさに狙われたものであり、弾速も、攻撃範囲も理解しているユウカに──回避の計算が、出来ぬわけはない。
弾丸が放たれるより、ほんのすこし前に、ユウカは大きく跳躍し、弾丸を回避する。
「避けられた……!」
元から回避をする算段だった事を、そこで『早瀬ユウカ』は理解する。
「よそ見してんなよ!!」
直後、すこし離れた距離からセンジョウが距離をつめる。
「ちっ……!!」
咄嗟に、マグナムの引き金を引く。
「ナル!!」
『はい!』
しかし、空で戦った時と同じように、センジョウはその光条を翼で払い除ける。
「──なら、これでどう?」
その行動で足が止まったセンジョウをよそに、『早瀬ユウカ』は再び、ユウカへと銃口を向ける。
今の彼女は回避のために大きく体制を崩している。
掠めれば十分なマグナムなら。回避も間に合わない。
そうなれば、当然。
「ッ!!ユウカ!!」
センジョウは、叫びと共に自らの体を盾にする為に、高速で射線へと体を滑り込ませる。
──だが、それこそが『早瀬ユウカ』の狙い。
翼で払い除けると言うことは、翼以外への直撃は十分な痛手になるということの証明だ。
そして、裏を返せば、『弾丸を当てれば、翼は弾き飛ばせる』。
ユウカを守るため、翼でその身を包んだままのセンジョウが射線へと滑り込んだ瞬間、『早瀬ユウカ』は引き金を引いた。
光条が放たれ、翼へ直撃する。
そして。
「これで、終わり────」
────翼が弾かれた、『Naill-Vana』その中は、誰もいなかった。
「無人、操作────!?」
「────お前なら、これだけは『絶対に無い』と、計算するだろうからな」
背後から、声がした。
「ただの人間である俺が防具を脱ぐなんて自殺行為。するわけ無い。……ってな」
「セン……ジョウ…………!!」
消え行くパルスフィールドを足場に、パルスブレードだけを右腕に装備したセンジョウは、『早瀬ユウカ』が振り向くより先に、『Nuill-Vana』の心臓部である、背部ジェネレーターへと飛びかかる。
「計算通り────」
そして。
「カンペキィ!!!!」
『絶望』を、引き裂いた。