──システムダウン。搭乗者の保護を優先。強制解除。
「『Nuill-Vana』……?センジョウ!!」
ジェネレーターを破壊された『Period』が、その輝きを失っていく中、短く告げられたアナウンスと共に『早瀬ユウカ』が排出される。
そして。
『Nuill-Vana Period』のジェネレーターは、爆発した。
「センジョーーーーーーウ!」
『早瀬ユウカ』は、落ちて行きながら、『
しかし、破壊され、機能を停止したソレは──何も、応えない。
ガシャン!と音を立て、『ソレ』は床へと崩れ落ち、『早瀬ユウカ』も床へと叩きつけられた。
「ユウカ!頼む!」
「世話が焼けるわね、本当に!」
一方で、センジョウはユウカへと受け止められ、スマートに着地を成功させた。
「センジョウ!……センジョウ!!ダメ!」
地面へ落とされた『早瀬ユウカ』は、損壊し、崩れ落ちた『Nuill-Vana』へとすがり付く。
「お願い……いかないで……、私を、残さないで……!一人に、しないで…………!!」
少女は、一人。冷たく、物言わぬ鎧に額を当てて、嗚咽を漏らす。
「ずっと一緒に……ずっと、ずっと一緒だって……そう、決めたのに…………!」
その慟哭が、部屋に響く。
「もう、二度と……貴方を、一人にしないって……決めたのに……!!!!」
────それは。『終焉』の記憶。
「あんなに、あんなに、探して。ようやく見つけて、でも、もう手遅れで。脱け殻の貴方をみて、形を失った貴方に触れて……!私は、それでも私は、貴方といることを選んだのに……!キヴォトスも、ミレニアムも、友達も、……みんな、みんな、捨てて、壊して、切り捨てて、逃げ出して、それでも貴方を選んだのに……!」
全てが『終わった』世界で。全てが歪みきった物語のなかで。
それでも、たった一つの小さな救いを。後悔を。彼女は、ただ。
「────『
そんな彼女に、センジョウは歩みよった。
「…………」
近づいたセンジョウを、気にも止めず、『早瀬ユウカ』はただ、泣いていた。
愛しい彼を、その腕に抱いて。
その身に纏う、『シャーレのコート』に。センジョウは見覚えがあった。
──父が撃たれたあの日。
──シャーレを受け継ぐことを選んだあの日。
──自分達の、意志が。想いが。沢山の願いが、込められた、血濡れた、コート。
「…………お前は、沢山のものを、背負っていたんだな」
沢山の人の想いが、願いが、希望が。
その、小さな背中に。覆い被さって、のし掛かって。
彼女を、歪めたんだ。
「……どうして?どうして、こんなことになるのかな……」
だって、きっと。
「──始まりは、みんな、優しい祈りだった筈なのに」
──あの日。アリウススクワッド共に戦いへ赴くセンジョウを、『早瀬ユウカ』は、止められなかった。
それは、傷つかないため。『大事なものを遠ざける』センジョウの、想いを、意思を、尊重したから。
だからせめて、帰ってきた彼を、温かく迎えようと。
そう。考えていた。
けれど。『彼』は、帰ってこなかった。
世界を書き換えるほどの、世界を、思い通りにする力の代償に。彼は──その存在を、『Nuill-Vana』へ、捧げてしまった。
そうして彼は、人の理から外れ、輪廻から解き放たれ。『キヴォトス』に収まらぬ存在となり。
『色彩』に、触れた。
きっと、きっと。『早瀬ユウカ』の見つけた脱け殻は、『
『色彩』に歪められ、『
ソレでも彼は。世界を守りたくて、誰も傷つけたくなくて。一人でそれを押さえ込んで、抱え込んで。
そして、一人、眠りについた。
けれど。そんな彼を、ユウカは起こしてしまった。
ただ、彼に会いたかった。それだけの、小さな望み。
そんな小さな願いすら。歪んでしまった。
全部。全部。始まりは、小さな、小さな。
ただ、ほんの少しだけの『
────だから。
『……!』
『彼女』は。まだ、終わらない。
『おじいちゃん!プレナパテスが……再び動き出しました!!』
アトラ・ハシースの全エネルギーが、『プレナパテス』へと集中していた。
「先生!センジョウ!ユウカ!助けに来たよ!」
「モモイ!……それに、ゲーム開発部のみんな!?」
先生達を救うため、管制室へと向かっていた生徒達が、彼らに合流する。
「……センジョウ!みんなの指揮を頼む!」
「オヤジはどうするんだ!?」
「時間がない!アトラ・ハシースの自爆シークエンスを作動させるとリンちゃんから連絡が入った!俺は、『脱出シークエンス』の管理に入る!」
「ソレでみんな助かるんだな!?」
「信じろ!」
「……わかったよ!」
父の言葉に、センジョウは生徒達の元へ駆け寄る。
そして、同時に。アトラ・ハシースの自爆が……始まる。
「全員!射撃姿勢、少しでもプレナパテスの邪魔をしてやれ!!ただし動くなよ!」
センジョウの指示に従い、生徒達はその場へ足を止めて、少しでも時間を稼ぐために、プレナパテスへと攻撃を開始する。
着々と、プレナパテスの右腕にエネルギーが集積されて行くのが、肉眼でも確認できた。
空間を歪める程の力が、そこへ集まっている。
止まらない。
どれだけの弾丸を浴びせても、プレナパテスは身じろぎ一つしない。
「クソッ……!」
崩壊が始まる『アトラ・ハシース』の中で、センジョウは悪態をつく。指揮、等と言われても、これではやれることは殆ど無かった。
しかし、そんな中。
「"ターゲット、固定。座標、確定……。リンちゃん!今!!"」
キョウヤの声が響き。ウトナピシュティムが、光を放った。
主砲による砲撃は、的確にプレナパテスを直撃し。彼女は膝をついた。
そして、集められていたアトラ・ハシースのエネルギーも霧散し──『脅威』は、完全に沈黙する。
「"脱出シークエンスを起動させる!"」
キョウヤの声と共に、生徒達の転送が始まった。
光に包まれ、一人、また一人と方舟の中から去って行く。
自然と、ユウカとセンジョウと先生の3人が。いつの間にか残っていた。
────新しい居場所。見つけたんだね。
優しい。声がした。
その声に、その場にいた全員が、『蒼井キョウカ』の方をみる。
彼女は、優しく。『早瀬ユウカ』へ語りかける。
────ごめんね、ユウカ。こんなことに、付き合わせて。……弟が、迷惑をかけたね。
「先、生……」
────ずっと、ずっとセンジョウの傍に居てくれて。ありがとうね。……私には、出来なかったことを。貴方に背負わせてしまった。……私は、『先生』失格だよ。
「そんなの……そんなこと。……そんなこと、ありません……!私は、だって、私が」
────ううん。ユウカは、優しいから。私と、センジョウのわがままに付き合ってくれた、優しい子だから。……本当に、ありがとう。
「先生………………」
────センジョウ。もっと、貴方の顔を、よく見せて欲しいな。
その言葉に、センジョウはゆっくりと『蒼井キョウカ』に近づいていく。
────ああ、うん……いいね。随分、男前になったね。立派だよ。
「…………俺、俺は」
────うん、うん。……一杯、頑張ってきたんだね。
「そうだよ。母さん……俺。おれ、一杯、がんばったんだ」
────わかるよ。良くできました。偉い、偉い。
「…………うん」
懐かしい、母の言葉。その温もりに、センジョウは涙をこぼす。
触れ合えずとも。言葉だけで──十分だった。
────これからも。まだ、沢山色んな事があると思う。
「うん」
────辛いことも、悲しいことも。きっと、沢山あるよ。
「……うん」
────それでも。……頑張れる?
その問いに。センジョウは。
「─────俺、頑張るよ。もう、諦めないから、だから……」
泣きながら、けれど。精一杯の笑顔で。答える。
────うん。良い子だ。
そこにいるのが。例え、『本当の
────センジョウ。君はね…………。
それでも。
────『
構わなかった。
「母さん…………ッ、姉さん!!!!俺、……俺は!!!!」
センジョウは、胸の中に溢れる想いを。喉元へとつまる、『行かないで』の言葉を。
けれど。飲み込んだ。
「…………貴方に……会えて…………ッ…………よかっ………………た………………!!!!」
死人は。蘇らないのだから。
────キョウヤ。
「…………」
そして、キョウカは、最期に。その男の顔をみる。
────本当に、夢みたいだなぁ。……最期に、もう一度。貴方に逢えるなんて。
「…………俺もだよ、キョウカ」
男と、女は。静かに言葉を交わす。
────ごめんね、キョウヤ。私、貴方に『さよなら』を言えなかったから。
「お互い様だ。……俺だって、何度それを後悔したか」
────ふふふっ……。そっか。そうなんだ。……私たちらしいね。
世界で一番、愛した人との、最後の会瀬に。二人は喜びを分かち合う。
本来なら、あり得ない……奇跡を。
────ずっと、ずっと話していたいな。ずっと。ずっと貴方と一緒に。
「…………ああ。俺だってそうさ。ずっと、お前に逢いたかった。ずっと、一緒にいたい」
────でも。私達、もう。大人だもんね。
「そうだな。子供の頃みたいには、いられない」
だから。二人は。
精一杯に、『格好』をつける。
────"生徒達の事。よろしくお願いします"
「"まかせて"」
そして。
────「""さよなら、愛しい
キョウカは、別れの言葉を一つ残して。
静かに。ここから去っていった。
そうして『先生』は……『早瀬ユウカ』を救うために、彼女を地上へと送る。
残されたのは。3人。
「先生」
ユウカが口を開く。
「残りの転送回数を。教えてください」
「"…………"」
その問いに、先生は口を閉ざす。
「考えていること、当ててあげましょうか?」
「"……いや、いいよ。解ってる"」
────転送シークエンスは、残り1回。
「……俺はナルの力で単独降下できるとしても、後送れるのは、一人だけか」
「"だから、ユウカを送って。私はセンジョウと────"」
「断ります」
ユウカの明確な拒絶に、先生は顔をしかめる。
「"私には生徒を守る義務がある"」
「そんなこと知ったことありません。私は、決めたんです」
ユウカは、先生に一歩も引く事無く言葉を続ける。
「私は、センジョウの傍にいます」
────もう二度と。離れるつもりはないと。そう、告げていた。
「オヤジ」
そんなユウカの隣に、センジョウが並ぶ。
「俺がユウカを、必ず守る。だから、オヤジは先に帰って、待っててくれないか」
「"……センジョウ"」
よく知っている筈の、我が子の瞳が。まるで、別人の様に見えた。
蒼井センジョウは、蒼井キョウヤの息子である。けれど、同時に。そこに立っているのは。
一人の、男だ。
「────センジョウ」
誰かを守りたいと言う、その意思を。
他の誰でもない、『自分自身』を信じる、彼を。
「男と見込んだ。……必ず守れよ」
鼓舞するように、言葉を残し。キョウヤは、脱出シークエンスを自分へと使用した。
崩れ行く、天空の要塞で。少女と、少年が。二人、残された。
「急ごう。ユウカ」
「ええ。……落としたりしたら、承知しないから」
「それはお前の体重次d──いってぇ!?」
デリカシーのない言葉を言いかけたセンジョウの背中を、ユウカは思い切り平手で打った。
「格好つけるなら最後まで格好つけなさい!!」
「はい……」
「まったく……」
どうにもしまらない、そんなやり取りをしている二人の表情は、明るく。落ち着いていた。
あとは。帰るだけ。
────の、筈だった。
『…………おか、しいです』
沈黙を貫いていたナルが、突然口を開く。
『アトラ・ハシースの崩壊が……想定より明らかに遅く……いえ!加速度的に崩壊までの予測時間が増え続けています!!』
その言葉に、センジョウとユウカに緊張が走った。
「ナル。状況を解析しろ、できるか!」
「情報をモニターに出せる?私も計算するから」
『わ、解りました』
二人の指示通りに、ナルはホログラムモニターを展開し、アトラ・ハシースの崩壊のデータと速度を画面へ投影しつつ、自身はセンサーのスキャンを用いて、原因の究明に努めた。
「ナルの言う通りね、確かに。自爆直後よりも崩壊の速度が遅くなってる。爆発の感覚が遅くなっている。……というよりは、爆発しているのに破壊が正常にされていない、と言うべきね」
「自爆シークエンスの動作不良か?……なら、離脱前に一仕事必要そうだな」
「結論を急ぐのはよくないわ。ナルの解析を──」
『解析、出ました!』
ナルの言葉と共に、モニターに新たな情報が追加される。
『結論から言うと……、アトラ・ハシースは自爆シークエンスを実行しつつも、その機能を修復しつつあります』
「機能の修復……?この状況で、一体どうやって」
『解りません。……ただ、どうやらそれには、多次元解釈演算を活用している様子が見受けられます。……完全な状態のアトラ・ハシースへの同期を、不完全ながらに繰り返すことで、コアの修復が行われ、結果として自爆シークエンスが不完全のまま、このアトラ・ハシースは────』
『キヴォトスへ……墜落します』
それは。つまり。
「そんなの……!こんな質量の物体が地表にぶつかったら、一環の終わりよ!世界は滅ばなくても、キヴォトスが滅ぶには十分すぎる……!!」
『はい、ですから。何とかして、アトラ・ハシースのコアを修復している存在を突き止め、それと共にコアを破壊する必要が───』
センジョウは、一人静かに、二人の会話を聞いて。考え込んでいた。
『早瀬ユウカ』は、色彩に歪められていた存在ではない。
そして、色彩に歪められ、最後まで世界の破壊を試みた『プレナパテス』は、もう存在しない。
だとすれば。なにが、誰が。
どうして、こうまでも、『終焉』を求めるのか。
ふと。『早瀬ユウカ』の言葉が──甦る。
────……これが、
…………『早瀬ユウカ』は、この世界を終わらせる『役割』、『使命』を語る時。必ず、『私達』と、告げていた。
そして。『早瀬ユウカ』は、色彩に触れていないのであるとすれば。いまここにいるユウカが、終焉へ抗う事と矛盾している。
だと、すれば────
そうして。『蒼井センジョウ』は。
答えへ、たどり着く。
──ナル。
──……?お父さん、どうしたんですか?急に直接心でお話なんて……。
──頼みが。ある。
──頼み、ですか?
「多次元解釈を用いた修復であれば、実行できる端末も限られてくる筈。まずは、アトラ・ハシースのデータベースにアクセスして、バックアップへつながる場所を絞り込めば──」
「ユウカ」
「どうかしたの、センジョ────」
そっと。俺はユウカの事を抱き締める。
「……え?」
俺から一方的に、こんなことをしたのは、初めてだっただろうか。
自分より、小さくて、柔らかくて、脆くて、暖かい感触がした。
「……いきなりどうしたの、センジョウ?今は、こんなことしてる場合じゃ」
ユウカが、困惑した声で、そう語りかけてくる。
当然だ。俺は今から……。
「ユウカ」
もう一度。彼女の名前を呼んだ。
戸惑いを隠せないユウカとは対照的に。俺の心は、自然と、落ち着いていた。
「セン……ジョウ?」
彼女は、愛しい声で。俺の名を呼ぶ。
それだけで、心の中が満たされる感覚がした。
けれど。今は、そんなことより。伝えなくちゃならない、言葉がある。
「ユウカ。……俺は、キヴォトスに来て。君に出会えて。……君に、他の誰でもない、ユウカに。一番最初に出会えて、よかった」
沢山、沢山の言葉が浮かんでは消えていく。
言葉では言い表せないほどの気持ちが、想いが。俺の中に生きている。
けれど、だから。
その中でも。この言葉だけは、伝えなくちゃいけない、
「なに、言ってるのよ。なんで、そんな」
ユウカは、震える声で、俺に訴えかける。
どうして。と。
けれど、俺は。言葉をやめない。
「俺にとって、君との毎日は、そのどれもが大切で、愛おしくて、かけがえのない、大切な思い出なんだ」
大切なんだ。愛しているんだ。感謝しているんだ。
ずっとずっとずっとずっと。思っていた。俺が、俺自身の気持ちに気づいていない、そんな頃から。ずっと。
「やめて、……やめてよ。まだ、時間なんてたくさん有るじゃない……そんな、まるで……」
ユウカは、いつの間にか涙を流していた。
俺の服が、彼女の暖かい涙で濡れて、その冷たさと温もりが、伝わってくる。
今。確かに。俺たちは……生きている。
「おれも、ずっとユウカと一緒にいたい。……けど、そうはいかないんだ」
「聞きたくない……聞きたくない!!」
「ユウカ……俺の、最後のわがままを。聞いてくれないか?」
ユウカは、俺の体をつかみ、力強く突き放す。
触れ合っていた肌が離れ。寂しさが沸き上がる。
「いやよ!絶対にいや!!そんなの、だって、そんなこと……!!」
ユウカは、ぼろぼろと涙をこぼし、怒ったように、俺を見ていた。
大切な人を。愛している人を。こんなにも傷つけて。
……最低な男だ。俺は。
「ユウカ…お願いだ」
けれど。
それでも。
「俺は、この世界が大好きなんだ」
俺は。
「みんなが、兄さんが。……ユウカと、ナルが」
決めたから。
「大好きで、大切で。生きていて欲しいんだ」
「だから、ユウカ」
震える彼女の涙を、そっと指で拭う。
「…………俺は、君に託すよ」
俺は、上手く笑えているだろうか?
「やめて……やめてよ……そんなの……そんなこと……私には……」
ごめんな。ユウカ。……本当に、ごめん。
「……やっぱり、俺には先生は無理だったな。俺。結局、中途半端で、なんにもできずに、こうやって君にすがる事しかでない」
「……そうよ。だって、貴方は────」
俺はその言葉を閉じ込めるように────
────ユウカの唇へ、そっと。口付けをした。
本当に、卑怯で。最低なやり方で。
優しく、その心に蓋をする。
一瞬の、その時間が。永遠にも感じられて。
そして、そっと。
ユウカの体を、突き飛ばす。
「…………さよなら。ユウカ。大好きだった」
そうして。ユウカは、『Naill-Vana』に包まれて。空から墜ちて行く。
「センジョーーーーーーーーーーーウ!!!!」
きっと。ユウカは怒るだろう。
でも。それでも。
これは、俺のワガママで。
「……『俺達』の、取るべき『責任』だから」
そうして、俺は。決意と共に、『
「さあ、行こうぜ。『Nuill-Vana』」
「────これが、世界を救う、ラストミッションだ」
君が迎えてくれたから。俺は、此処にいた。